
適正規模を追求し“正直”を納める養鶏場「人の目線よりケージを高くしない」
身近な食材である卵。日本人が年間一人当たり消費する卵の数は338個というデータ*がある。これは主要国のなかで2番目に多い数だ。
欧米では家畜を快適な環境下で飼養し、家畜のストレスや苦痛を減らす「アニマルウェルフェア」という考え方が進んでいる。しかし日本の畜産業界ではまだあまり一般的ではないのが現状だ。そんななか、10年以上前からアニマルウェルフェアに配慮したケージを導入しているのが新潟県柏崎市の「鎌田養鶏」。鶏の飼育環境にこだわり、栄養豊富で濃厚な味わいの「養生卵」を生産している。小〜中規模の養鶏場だからこそできる工夫や、競争が激しい養鶏市場で生き残る策とは? 鎌田養鶏の代表・立川正好さんにお話を聞いた。
*国際鶏卵委員会 主要国の1人当たり鶏卵消費量(2019)

人の目線よりケージを高くしたくない
鎌田養鶏は1976年創業、新潟県柏崎市にある養鶏場。全7棟の鶏舎で約5万羽の鶏を飼養している。養鶏業界では、小〜中規模の養鶏場だ。
大きな特徴は、全鶏舎でアニマルウェルフェア対応のケージを導入していること。日本ではまだ「アニマルウェルフェア」という言葉すらあまり知られていなかった2010年に、ドイツの養鶏・養豚設備メーカーであるビッグダッチマン社からオーダーメイドでケージを購入。日本では最初の導入だった。
鶏が十分に動き回れる床面積を確保し、止まり木や砂場、爪をとぐ場所があるなど、自然に行動できる施設を備えたケージ。このケージは、旧来型の効率性を優先した「バタリーケージ」に対し、「エンリッチド(改良型)ケージ」と呼ばれている。「鶏が生まれてから死ぬまで行動欲求を満たし、ストレスが少なく健康的に過ごせることを目指しています」と立川さん。

1棟あたりの鶏の数は、一般的な養鶏場と比べるとかなり少ない。わかりやすい目安が、ケージの段数。日本で一番多いところでは、7段ケージを積み重ねる。これはビル2〜3階の高さに相当する。しかし、鎌田養鶏では2段。実は、導入するとき3段か4段がスタンダードだとメーカー側から言われたが、立川さんには「人の目線よりケージを高くしたくない」という思いがあった。「2段が無理なら、導入をやめます」と交渉し、メーカー側にカスタマイズしてもらったのだ。

「3段の高さは人の頭の上。毎日鶏の健康状態をくまなく見るのは不可能になりますから」と立川さん。ひどいケースだと、段数が多い養鶏場では鶏が死んでいることに気づきにくく、数日後、鶏が白骨化した状態で見つかることもあるという。段数を高くすることで、小さな土地(鶏舎)でできるだけたくさんの鶏を飼い、低コストで卵を生産する。そのために動物の生命がないがしろにされている。
「日本の養鶏場で一番多く導入されているバタリーケージでは、十分に身動きできないですし、全羽の鶏が同時にケージから頭を出して餌を食べることができません。ほかの鶏が食べ終わるのを待たなくてはならないし、狭いので食べ終わった鶏が待っている鶏の背中の上を登って場所を入れ替わります。そういう飼い方ですから鶏にストレスがかかるわけです」

自分たちの手で、正直なものを納めたい
鎌田養鶏がエンリッチドケージを導入した頃、EUではバタリーケージが段階的に廃止され、2012年についに全面禁止となった。日本ではおよそ9割の養鶏場がいまだにバタリーケージを採用している。ちなみに欧米では、近年「ケージフリー」への切り替えが急速に進む。まずはバタリーケージからエンリッチドケージへという流れは日本にもいずれは来ることを見越し、鎌田養鶏は日本では比較的に早い2010年にエンリッチドケージを導入した。

立川さんは、その選択が小さな養鶏場が生き残る術でもあったという。2010年以前は、約8万羽の鶏を飼養していた鎌田養鶏。数十万羽、百万羽を飼養する大手養鶏場と比べると、大量に生産することもできないし、設備や飼料なども大きな養鶏場のほうが安く手に入る。市場で生き残る方法を苦心していた。

「うちは家族経営している小さな養鶏場なので、方向転換はスムーズでした。『自分たちの手で、正直なものを納めたい』という家族の意見が一致しました」
エンリッチドケージの導入に加え、新潟県産の飼料用米を一部使用した上質な飼料で鶏が健康的に、さらに卵にビタミンEやDが豊富に含まれるように工夫。さらに施設の衛生管理を徹底し、2019年には新潟県内の養鶏場ではじめて農場HACCP*認証を取得。卵の質と価値を高める方向で進めてきた。
*農場HACCP…畜産農場にHACCP(Hazard Analysis Critical Control Point)の考え方を採り入れ、家畜の所有者自らが有害物質の残留等の危害や生産物の温度管理等の重要管理点を設定し、継続的に記録・管理を行うことにより、生産農場段階での危害要因をコントロールする飼養衛生管理。(農林水産省WEBサイトより)
「年々、穀類の価格が上がっており、それに合わせて飼料の価格も高くなっています。スーパーに並ぶ卵もこれから全体的に高くなっていくはず。そのときに『やっぱり美味しいほうを』『安心なほうを』と鎌田養鶏の卵を選んでもらえるようになったらと思います」

秘訣は「適正規模」より大きくしないこと
鎌田養鶏は居酒屋、割烹、寿司屋、ケーキ屋などに卵を卸しており、自社でもプリンなどのスイーツを製造販売している。一般の人に向けては、スーパーでは販売しておらず、直営店3店舗(上越市・十日町・刈羽)のみで販売。「あえて、ここに来ないと買えないようにしています。来てもらった人にはサービスしていますよ」と立川さんは笑う。
たとえば店頭でインパクトが大きかったのが、かごに入った卵。2.5キロ、40個ほど入っていおり、おまけの卵が2〜3個ついてくる。時期によるが、10回かごの卵を買ってくれた人には、1回分かごの卵を無料でサービスすることも。かご代の100円はかごを返却すると戻ってくる仕組みになっている。こうして直営店のファンを増やしてきた。「ほかの卵を食べて、結局うちの卵に戻ってくる人も多いです。直営店に訪れるお客さんは年々増えています」。

卵の数は大手ほど多くないが、高品質な卵を地域のファンに手堅く届けている鎌田養鶏。着実に事業が運んでいる秘訣は「適正規模」にあると立川さんは言う。
「どの産業もそうですが、今は『適正規模』を考えない時代になっていると思います。大きくなれば、なるだけなっていこうと。私の考えでは、昔の考え方かもしれないですけど、一家の家族がちゃんと食べていけて、少しいい暮らしができるというのが適正規模だという感覚です。あとは、働いている人にちゃんと給料を出せることも大事。そのくらいの規模を守れば、鶏が物扱い、機械扱いにはならないと思います」
なんでも成長させようとするのではなく、未来を見据えて着実に大切なことを選択していく鎌田養鶏の「適正規模の哲学」。健やかな畜産のあり方、事業のあり方のヒントがありそうだ。
Photo:神宮巨樹