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「鰹のアラや牡蠣殻を土作りに」海と山が生んだパワフル野菜【中里自然農園】

うっとりする色つやのししとうに、収穫翌日までトゲのあるきゅうり、鞘を切り離したそばから香り立つ枝豆……口に運ぶ前から「生命力」という言葉が浮かぶ中里自然農園の野菜たち。味自体も濃厚で、シンプルにいただくのが一番のご馳走だ。その時々に収穫したものがお任せで届く野菜便は、県内外に多くのファンがいる。これらパワフルな野菜を作るための工夫や、難しいといわれる有機&露地栽培を貫く想いを伺いに、農園を夫婦で営む中里拓也さんと早紀子さんを訪ねた。

最悪の土壌と格闘。微生物の力を信じて

高知市から西へ車で約1時間。周りを山々に囲まれ、かつサーフポイントもあるような美しい海沿いに広がる町が中土佐町久礼(くれ)だ。ここで中里夫婦は、「自分たちが安心して食べられるものを届ける」という想いのもと、農薬・化学肥料を使わない有機栽培、かつハウスを使わない露地栽培で、年間40〜50種類の野菜を育てている。地鶏・土佐ジローの平飼いや日本みつばちの養蜂も行ない、卵や蜂蜜を販売することもある。

最も力を入れているのは「微生物の多い」土作り。20年以上、アメリカの大学で植物の進化学を研究してきたバックグラウンドをもつ拓也さん曰く、微生物にはこんな働きがあると言う。

「土の中にいる微生物が有機物を分解する時、様々な成分・分子が放出されます。それらを植物が吸収することで、野菜の風味や味の深みが作られていくのです。土に有機物を入れることで微生物が増え、美味しさが詰まった野菜ができます」

野菜の味の決め手となるのは、土壌中の微生物。それを増やすためにも、中里自然農園では有機栽培・露地栽培にこだわっている。というのも、できるだけ自然や土に負担をかけない環境で、野菜本来の美味しさを引き出したいという思いがあるからだ。

「有機肥料は長い年月を経て土そのものを豊かにしていくのに対して、化学肥料の効き目はすぐに野菜そのものに出ます。またハウス栽培では寒い時期でも野菜を作れる利点があります。ですが、自然本来の力を活かしきれない。季節に沿って栽培し旬のものを食べることが、土のためにも野菜のためにも、そして私たちの身体にとっても良いと思っています」

一般的に化学肥料に依存しすぎると、土中の微生物が失われ、それにより成り立っていた生態系が崩れ、土の保水力や保肥力も失われる。過剰に与えた場合には、植物が吸収しきれず地下水に流出することもある。また、ハウス栽培では加温するための燃料や資材のコストも軽視できない。同じ設備下で同じ野菜を作る(連作)場合が多く、植物の生育に影響も出やすく苦労は絶えない。季節を問わず野菜が手に入る今の時代、こうした食環境を支える農業には、様々なコストや環境への負荷がかかっているのが現実だ。

では、自然の力に任せた栽培ともなれば、もともとポテンシャルの高い風土だと思うかもしれない。確かに、久礼は冬でも野菜ができるほど温暖で、山から引いてくる沢の水も豊富。しかし土壌的には、「野菜を育てるには最悪ですね(苦笑)」と拓也さん。

「昔からここ一帯は重粘土といわれる土でできていて。雨が降ったらドロドロになり、乾いたらカチカチになるような扱いづらい土です。以前、土壌医(土の性質を見る先生)の方がいらして、『これは大変や……野菜ができたときの喜びは大きいやろ』と漏らしたくらいです」

一方で、久礼の土にはこんな見方もできる、と拓也さんは続ける。植物はストレスを感じると自己防衛システムが働いて自ら強くなる、というものだ。雪の下で貯蔵することで甘みが増す雪下野菜などは有名だが、それと同じことが起きているという。

「硬い土もそうですし、野菜は太平洋からくる潮風に年中さらされている。そうしてストレスを感じることで、味や甘みが深まるのかもしれません」

肥料の代わりに鰹堆肥、石灰の代わりに牡蠣殻を

久礼といえば「美味しい鰹を食べるなら久礼大正町市場へ」と言われるように、高知のなかでも鰹漁が盛んな町。伝統漁法である「鰹の一本釣り」を行う腕の良い漁師さんや、信頼できる目利きの魚屋も多く、質の高い鰹が市場に出回る。

そんな鰹のアラを、中里自然農園では堆肥化して土に混ぜている。当然、栄養価は高く、ミネラルも豊富。また魚屋さんにも事欠かない、と早紀子さんは言う。

「魚屋さんからしたら、アラが日々大量に出て、産業廃棄物として処理している。自然界からいただいて自然に還るものにお金を払って処理するなんてもったないことですよね。ですが、実際堆肥化をしてみると、作っている途中は臭いが強烈で、虫もすごい。こんなにアラがあるのに地元の人が(堆肥化を)やっていないのが最初は不思議でしたが、その理由がわかりました(笑)」

鰹の堆肥に加えて、漁師さんの定置網に付着した牡蠣殻をもらい、畑に撒くこともある。畑に必要なアルカリ分を補うためで、通常は石灰を入れることが多いが、これも久礼ならではの資源活用だ。また時には、2人で汲んできた海水を薪火で焚いて自宅用の塩を作ることもあるという。山の恵みと海の恵みが、畑や生活を介して循環している。

「畑作業をやりながら、振り返れば山があるし、暑い季節には農作業着のまま海へ入ってクールダウンすることも。釣りに行くこともあれば、干潮時に合わせて貝やひじきを岩場へ採りに行くこともありますよ」

農業経験ゼロでスタート。地元の方が支えてくれた

久礼はもともと拓也さんの母親の故郷で、中里自然農園はかつて祖母が農業を営んでいた場所だ。拓也さんが田舎暮らしを、そして農業をしたいと久礼に越して来たのは10年前のこと。当時、アメリカで研究職に就いていた拓也さんも結婚を機に久礼へ来た早紀子さんも農業経験はゼロ。祖母や地元の人のやり方を見よう見まねで、手探りで畑に向き合う日々。

「鰹堆肥のことも祖母に聞きながら挑戦しましたし、畑に立っていると『この時期にそんなことしよったらいかんぞね』などと地元の方が教えてくれることは今もしょっちゅうです。皆さんそれを生業にしているわけではないのに、土地のことを本当によく知っているんです」(早紀子さん)

1年で2週間ほどしか採れないヤマモモの収穫時期のこと。夜中に貝を採れる日やそのスポットのこと。こうした情報は、地元の人たちが何世代にも渡って伝えてきたものだ。地域の暮らしに直結した、最も確かな情報。「畑で苦労しても、生活で苦労したことはほとんどない」と2人は口を揃えて言う。

「久礼の人はみんな少々人見知りですが、ひとたび警戒心が外れた瞬間に“ゼロ距離”になります。基本みんな明るくウラオモテがないので、お互い気を遣いません。私たち2人ともここが大好きなんです」

作りすぎない。自然のサイクルに合わせた農業を楽しむ

年間40〜50種類を、2人でできる量を作る。初めて作る野菜は、まず自宅用に栽培して、たくさん収獲できたら出荷用に回すこともある。「基本、自分たちが食べたいものを作っているだけなんです」と微笑う2人の姿は清々しいほどだが、こうした多品種少量を生産から販売まで自ら行うスタイルはいざという時にも強い。

当然だが、農業は常に自然の猛威とも隣り合わせ。近年では記録的猛暑や局地的大雨が多発するように、自然環境の変化は大きい。そうしたなか、2人のような手法では、無理のない種類・量を作り、適正価格で直接販売することで、きちんと収益を確保することができる。スーパーの野菜より値は張るが、消費者にとっては、野菜便に同封される野菜のレシピやSNSで発信される農園や田舎暮らしのストーリーも大きな価値になる。

「ここでは農業も生活も、自然のサイクルにうまく合わせていく必要があります。山にも海にも、全ての資源には旬があります。それらを逃さないように。毎日それを楽しんでいるので、意外に忙しい田舎暮らしですよ」

今後は有機栽培での米作りやシェフを呼んで農園の野菜や地元の魚介を調理していただく「farm to table」企画など、チャレンジしたいことは尽きない。農業が見直され若い世代の新規参入者も増える今、農園をそうした人の交流が生まれる場にしたい、という夢もある。

大量消費の時代は終わり、作る・使う責任が問われる今。作り過ぎず、自然に逆らわず無理をしない。そんな2人の生き方には、持続可能な暮らしのヒントが詰まっている。

Photo:石川拓也

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