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「街に戻った人たちの仕事場を」、活性化を使命とするうきは市の古民家宿

福岡市から車で約1時間のところにある福岡県うきは市。2005年に浮羽町と吉井町が合併して誕生した街で、平地には田んぼが広がり、ぶどうや桃、梨などの果樹園が多いことでも有名である。あわせて、うきは市は歴史的建造物が多いのも特徴。中心部である筑後吉井地区は、大正期までにつくられた白壁土蔵造りの商家や屋敷群約250軒がほぼ当時の姿のまま残されており、1996年より重要伝統的建造物群保存地区となっている。
2022年夏、この地に古民家を改修した「みなも」がオープンする。うきはの歴史に触れ、この地域のリアルな暮らしを体感できる宿泊施設だ。運営するのは株式会社tsumugi。「うきはならではのものづくりとものがたりを続ける」をコンセプトに、地域課題の解決に向け活動し、うきはの風景やいとなみを未来へつなぐ事業を行なっている。そのメンバーである竹熊若葉さんに、うきは市の魅力と「みなも」の展望を伺った。

水に支えられた、うきはの発展

「うきはの魅力のひとつが水。水をキーワードに、2つの良さがある」と、竹熊さんは語る。

ひとつは山脈から湧く地下水の水質の良さ。市内の水道には地下水(ミネラルウォーター)が引かれているため、上水道普及率はほぼ0%。

「蛇口をひねれば、まろやかな味のおいしいミネラルウォーターが出てくる感覚。うきはに来て水に味があることを知ったほど、ここの水は格別です」

もうひとつは、豊かな水源を確保するために尽力してきた先人たちの知恵。もともとは川より土地の方が高い地域のため水利が悪く、干ばつが多発していた。江戸時代頃の人が「どうにかこの地域に水を引きたい」と土地改良を重ねた結果、水を引き込むことができるように。当時の人々の努力の甲斐があり、今では九州一の穀倉地帯にまで発展。水を基盤とした農産業や製麺、酒造、醸造などの産業が栄えるようになった。

今回オープンする「みなも」は、街の歴史や文化を知り、体感できる場所にしていきたいという。

「うきはが果物や農産物で有名になった背景には、この地で生きてきた人々の類稀な努力の歴史があります。これこそがうきはという地域の物語のはじまりであり、ものづくりの起点です。単においしいお店がある、おしゃれなお店があるという表面的な楽しさだけでなく、たくさん果物が収穫できる理由や、この地域がこれまで歩んできた歴史・バックボーンといった、少し深いところを体感できる場所にしたいと考えています」

うきはのものづくりを感じる古民家宿

今夏にオープンする宿は2棟。1つは1棟貸しの「みなも 堀江邸」。かつて診療所を営んでいた家族の住まいとして建てられた、築100年を超える2階建ての建築だ。居間や寝室からは季節の移り変わりを感じられる美しい庭園が広がっている。さらに、すぐ横には江戸時代に開拓された南新川という水路があり、水のせせらぎを聴きながら穏やかな時間が過ごせる。

もう1棟は「みなも 堀江邸」から歩くこと10分ほどにある、1918年築の「みなも 碓井邸」。住宅街にある堀江邸とはうってかわり、白壁土蔵造りが立ち並ぶメイン通りに面した宿。漆喰塗りの2階建ての大きな町家で、こちらにはフロントと4つの客室がある。白の漆喰塗りの建物が並ぶ中、碓井邸だけは「ねずみ漆喰」と呼ばれる薄いグレーの壁。この理由は諸説あるが、富の象徴でもあった漆喰塗りはそのままの白色だと美しすぎるので、目立ちすぎないようにする意図でグレーの漆喰が用いられたのだとか。

宿はどちらも建物そのものがもつ風合いを極力そのままに活かした情緒漂うつくり。部屋には、作り手の温もりを感じられるアンティークな家具が並ぶ。

うきは市にある価値を未来へつなげる

竹熊さんは福岡県北九州市出身。大学で文化財について学び、観光業界に就職。地域文化を取り入れた宿泊事業に携わる中で、「地域文化・文化財にコミットできること」を追求しはじめる。その時に見つけたのが、うきは市の地域おこし協力隊。うきは市の文化財・郷土史に関する事業に携わると、あっという間に3年間が過ぎた。もっと色濃く活動するため、「みなも」に関わるようになった。

「うきははごはんもお水もおいしいし、温泉もあるし、人が温かい。とても魅力的な街だと感じ、この地で働くことを決めました。いいものはたくさんあるので、みなもを運営するにあたり、地域にある素材をどう活かすか、どうやったら魅力を再認識してもらえるのか、歴史や魅力を受け継いでいくためにどのような事業がいるのかというのを念頭において考えています」

歴史や文化を後世に伝えていくためには、一企業の取り組みだけでは不十分であり、「地域の人と取り組む+継続できる(未来に繋ぐ)手法」を見つけることが必要不可欠だ。地域の人とのコミュニケーションや生活を通して宿に活かせるアイデアを検討したり、イベントを企画したりすることも多い。昨年企画してコロナで中止になってしまったBARイベントでは、うきはの素材を活かし、福岡の名バーテンダーによる創作メニューを提供予定だった。これは今年の開催を目指して画策しているところだ。

うきは市も地方ならではの人口減少に直面している。進学や就職で市外に出て行かざるを得ない状況を変えるのはなかなか難しい。そんな状況下でも「あのとき住んだ街は良かったね」という思い出をつくることが、うきは市に戻るきっかけになるのではないかと竹熊さんは語る。

「戻ってきた人がきちんとこの土地で暮らせる、そのための仕事、まさに生業が必要だと感じています。地域の営みを継続し、時には新たに創造することで、うきはがうきはであり続けるんです。うきはは、30代後半から40代くらいの方たちを中心にプレイヤーがすごく多いんです。かつては個々がそれぞれ頑張る感じだったのが、徐々に街をよくするために皆が同じ方向を向き、一丸となってきました。そういう意識の変化も伝統や文化を未来へつなげる大きな一歩かなと思います」

「みなも」は地域との関係を深め、まちのつなぎ役となっていくであろう。自然が織りなす景色や歴史あるうきはのまちを楽しみ、ヒト・モノ・コトの成り立ちを知るーー。「みなも」を拠点に、日本の古き良きものの素晴らしさを体感してみてはいかがだろうか。

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