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「農業は儲からない」を覆す、元消防士が目指す「カッコいい農業」【ロックファーム京都】

農業の衰退が叫ばれる中、「農業をカッコよく」をスローガンに20~30代の若手が中心となって働くロックファーム京都。農産物の生産・加工からコンサルティング、企画などを展開するロックファーム京都を立ち上げたのは、元消防士の村田翔一さんだ。農業についてまわる「儲からない」「3K」というイメージを払拭すべく邁進し、会社設立3年目で売り上げ1億円を達成。石井食品と協同開発の「京都舞コーンスープ」は1分間で500袋を記録するほどの人気に(2020年)。農業に新しい風を吹き込む村田さんのモチベーションの源はどこから湧いてくるのだろう。

新進気鋭の農業法人「ロックファーム京都」

消防士から農業の起業家へと異色のキャリアチェンジを遂げた村田さん。売り上げが2億円(2022年)を超えるほどの業績を上げるロックファーム京都だが、当初は小規模な会社だったという。

「スタート時、会社に在籍していた社員は3名だけ。翌年に2名、近年は新卒で4名を社員として迎え入れました。最初は4ヘクタール12,000坪だった畑の大きさは、今は約3倍に広がっています」

人材も農地も増え、できることも多くなった。ロックファーム京都のオリジナルブランド野菜は、糖度21.6度(2021年)を誇る「京都舞コーン」。土作りからこだわった独自の栽培技術で、フルーツよりも甘いとうもろこしを誕生させた。

オリジナリティ溢れる野菜を開発する一方で、伝統的な京野菜を守ることも忘れない。ロックファーム京都では、京都府産九条葱「SAMURAI九条ねぎ」の生産にも力を入れている。

農家の四代目として生まれ、現在は新進気鋭の経営者となった村田さんだが、農業に対しては複雑な思いを抱えていた。

「小学生の頃から畑が遊び場でした。農業がすごく好きな反面、コンプレックスも感じていたんです。子どもの頃、うちの軽トラックは(農作業のために)いつも汚れていて、それが幼心にすごく恥ずかしかったことを今でも鮮明に覚えています」

農業といえば「3K(きつい、汚い、危険)」の代名詞だった。ICT技術等が発展した現代でこそスマート農業が推進され、農作業の省力化や負担軽減が謳われているが、農業に対するネガティブなイメージは根強い。農家に生まれた村田さん自身も、自分が農業の道に進むとは考えていなかった。

農家という未来図はなかった青年期

村田さんにとって幼い頃から身近だったのは、野菜が実る畑やそこで汗水流して働く母親の姿。成長してからも生活のそばには農業があった。

「大学生のときは大学と半々で農業をするように。自分で野菜を作って取引先に販売するところまでやっていました」と、村田さんは振り返る。

やがて大学卒業の時期が近づくものの、やりたい仕事が見つからなかった村田さん。ただし、農家になるという選択肢はなかったという。

「農家は儲からないと父から聞かされていたんです。父は私に消防士になってほしかったようで、私も自然とその道に進むようになりました」

農林水産省の農業所得に関する報告によると、全農業経営体は123.3万円、個人経営体では117.5万円、法人経営体では323.4万円(参考:「令和2年 農業経営体の経営収支」)。農業所得とは諸経費が差し引かれた金額だが、日々の手間ひまを考えると「農家は儲からない」と考えるのも無理はないだろう。村田さんの父親は保険の販売の仕事をしていたのでいわゆる兼業農家(週末のみ)。「保険の販売では、父は何度も表彰されていました。優秀で忙しい人なので、あまり家にはいなかったですね」と村田さんも語るように、兼業農家として忙しい生活を送る人は少なくない。

父親からのアドバイスもあり、大学を卒業した村田さんは専門学校に通い、公務員試験に合格。人命を守る消防士としての一歩を踏み出した。

消防士から農家へキャリアチェンジに踏み切るまで

村田さんは消防士として働きつつ、得た給料の一部は実家の農業の設備投資に充てていたそう。そんな中、消防士の仕事にやりがいを感じつつも、胸には不安が生まれていた。

「消防士としては多くのことを学ぶことができましたが、命の大切さや人生をより豊かにしたい気持ちが強くなったんです」

そうして気づいたのは、農業が自分のベースになっているということだった。

「ずっと農業が好きだったのですが、消防士になったばかりの頃は日々の仕事を覚えることに精一杯でした。時間が少し経って余裕が出てきたときに、やりたいと思ったことがやっぱり農業だったんです。どちらが副業というわけではなく、どちらも本気。だからこそ、いつまでも二足の草鞋ではいられないという気持ちがありました」

消防士としての自分と農業が好きな自分。二つの自分と向き合いながら、村田さんは30代を迎える。消防士の仕事では役職に就き、隊を預かる責任を感じるように。すると心の中にあった「今のままでいいのだろうか」という疑問がさらに強くなったそう。

「中途半端な状態で仲間の命と市民のみなさんの命を預かることはできない。一方で、農業でも昔からのお客様がいてくださるので、迷惑はかけられない。どこかで線を引かなければならない時期が来るだろうと思っていました」

そして10年勤めた消防士を退職し、農家へ転身することを決意。「消防士だった10年間は、人間としてのベースを作れた場所だった」と、村田さん。

「人間の強さや組織の大切さについても学ぶことができました。(消防では)同じ現場はふたつとありません。現場に着いてから臨機応変に対応すること、キャパシティを超えて現状に対応することが身についた10年間でした」

消防士の仕事で貯めたお金でトラクターを購入し、農業に専念。改めて農業と向き合い、2019年にロックファーム京都を立ち上げた。

カッコいい農業生み出すポジティブなギャップ

農業と真正面から向き合った村田さんは、この業界に対するイメージアップの必要性を痛感。そうして行き着いたのが、ロックファーム京都で挑戦する「カッコいい農業」だ。

「『カッコいい農業』とは、農業をビジネス化していくこと。農業は儲からないというネガティブなイメージをひっくり返すことを目標にしています」

小さな会社からスタートし、京都名産の九条葱の生産をメインに、試行錯誤しながら経営体制を整えた。近隣の農家やコンサルタントからのアドバイスを受けることもあったそう。失敗も経験しつつ経営は順調に拡大。農業をビジネス化するという目標は、さらなる大きな目標を生んだ。売上1億円超えを達成した現在、次に掲げるのは5年後の売上10億円だという。

宣伝のアプローチにも、「カッコいい農業」のコンセプトは生きている。ロックファーム京都のHPにはオリジナルブランド「京都舞コーン」の紹介が載っているが、とうもろこしを手に微笑む舞妓さんの写真が何とも印象深い。

「普段からお世話になっているちゃんこ屋の『いころ』さんに行ったとき、たまたま舞妓さんが来ていたんです。当社で京都舞コーンを栽培しているというつながりから、舞妓さんに畑に来てもらうことができました。畑に舞妓さんがいるギャップが人の興味を引きますよね」

村田さんが仕掛けるカッコいい農業は、たくさんのポジティブなギャップを生み出している。ロックファーム京都と京葱SAMURAIの2社の本社を兼ねたオフィスは、内装を白で統一。農家の事務所という言葉から想像しにくいほど、清潔感を前面に出している。農作業中のスタッフが着ているTシャツも、コーヒーショップの店員のような洒落たデザインだ。

「農業に対するダサい、汚い、というイメージを変えていかないと良い人材が来てくれません。ネガティブなイメージを変えていきたいと思い、わかりやすい言葉で「農業にカッコよさを」と謳っています」

勇気あるチャレンジが農業の未来を明るく照らす

設立から3年経った今、消防士から農家へ転身した頃の心境を思い出すと、やはり勇気も必要だったという。

「消防士、つまり公務員という安定を捨ててまで、農業というどちらかというと不安定な世界に飛び込むわけですから、家族を守っていかなければならないという不安もありました。けれど安定を捨てて不安定要素にチャレンジしていくということは、大きなやりがいにもなっています」

新しい世界へ果敢に飛び込む強さは、消防士時代に培われたメンタリティなのかもしれない。農業は古くからの伝統や習慣も残る世界。農業に新しい風を吹き込むことは、楽ではない道のりのはず。ところが村田さんの表情から迷いは感じられない。

「農業という狭いコミュニティの中で何かを変えていくことは、周りの反応を気にしていたらできないですから。ですが『こういう人も今後の農業には必要になってくる』と思ってくださる人もいます。私はそう思ってくれる人たちを大事にしたいです」

ロックファーム京都では農産物の生産や加工のほか、農業経営コンサルティングや就労支援、イベントの企画・運営なども手がけているのが斬新だ。村田さんたちスタッフが袴姿で出店したこともあった。

「袴姿で出店したのは、今までそんなことをした農家はいなかったと思うからです。裏では過酷な農業をしていても、面白くPRしていくことで通じるものがあると思っています」

村田さんはロックファーム京都の代表としての責任感のみならず、農業の未来のことも強く意識している。

「私自身もどんどん歳を取りますからね。次世代に引き継いでいってもらわないと、農業が盛り上がっていきません。昔の技術や伝統も大切にしていく必要はありますが、今の若い人たちの感性を農業にもどんどん取り入れて、新しいイノベーションを起こしていかないと何も変わっていかないと思っています」

誰かに強いられたわけではない。「やりたいからやっている」という村田さんの覚悟が、農業の未来を明るく照らす。

「仕事を仕事だと思っていないところがありまして、子どもの頃から好きだったことの延長がずっと続いているような感じもします」と語るように、村田さんが抱く農業への愛は深いのだ。

ロックファーム京都では、「京都舞コーン」のほか「あざといちご」や黒枝豆「麻ろ美」などこだわりの農作物を生産している。農業への愛とチャレンジ精神が込められた野菜や果物を是非味わってみてほしい。

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