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「屋久島ブランドにあぐらをかかない」誠実なコーヒーを淹れ続けて二十年【一湊珈琲焙煎所】

屋久島北部の港町・一湊に、スペシャルティコーヒーのロースタリーがある。「庶民の小さな贅沢のようなコーヒーを淹れたい」と語るのは、店主の高田忠幸さん。妻のみかこさんと共に、誰に対しても誠実なコーヒーを淹れ続けて20年。屋久島宮之浦港のフェリービル2階にコーヒーショップも出店し、旅行者や地域の人々のくつろぎの場になっている。スペシャルティにこだわる理由、一湊での過ごし方などをお二人に伺った。

屋久島の日常に溶け込む、ちょっと贅沢なコーヒー

屋久島の森や海に囲まれながら飲むスペシャルティコーヒーは、幸せなひとときをくれる特別な味わいだ。離島でもこんなにクオリティの高いコーヒーが飲めるとは、という嬉しい驚きも付いてくる。

焙煎するのは忠幸さん。一湊珈琲焙煎所のコーヒーは、フルーツ感と甘さがしっかりあることが特徴だという。コーヒー豆の持つ甘さを引き出せるのは、焙煎の技術が高く安定しているから為せる技だ。

「うちのコーヒーは、庶民の小さな贅沢みたいな感じ。ラグジュアリーすぎず、毎日飲むコーヒーであってほしいんですよ」(忠幸さん)

屋久島でスペシャルティコーヒーを出すことを決めた頃から、こんな想いを抱き続けてきたという。

「離島だし観光地だからこれぐらいでいいでしょ?みたいな気持ちで焙煎するのは嫌だなと思っています」(忠幸さん)

「屋久島ブランドの上にあぐらをかきたくない」と、みかこさんも語る。

屋久島は今や世界有数の観光スポット。雄大な自然に抱かれる体験は、多くの人を魅了している。だからこそ、そんな屋久島でスペシャルティコーヒーを出すことにプライドと誇りを持っているのだ。

店内で流れる忠幸さんセレクトの音楽も心地よい。海外からの利用客がコーヒーと音楽を楽しむ姿も見られるのだとか。

「コーヒーや音楽を通じて共通の言語を持っている感覚がしますね。屋久島にいるとコーヒー好きや音楽好きの海外の方と交流する機会が本当に多くて面白いです。コーヒー豆を韓国など海外にも卸しています」(みかこさん)

屋久島の空き家からスタートした2人のお店

屋久島出身のみかこさん、熊本出身の忠幸さんが出会ったのは、2人が大学生で東京で暮らしていた頃。大学卒業後に初めて屋久島を訪れた忠幸さんは「海の近くに住みたい」という子どもの頃の漠然とした夢を思い出したそう。

「屋久島に戻ったきっかけは、うちの父から海辺の空き家で何かしたいという相談が入ったことでした。当時の私は会社勤めだったんですけど、1か月休んでお店の立ち上げの手伝いに来てみたんです」(みかこさん)

「僕は大学卒業してからフリーターでプラプラしていたので、いつでも屋久島に行ける状態(笑)。それで屋久島に行って、空き家で海の家みたいなカフェをするようになりました」(忠幸さん)

当初は夏休みの間だけなど、短期間のみオープンするカフェだった。ところが二人の予想を超えて客足は伸びていったという。

「東京と屋久島の往復が大変になってきたんですよね。僕らも20代後半になって、そろそろ自分の身の振り方を考えるようになり、一湊でお店を始めることにしたんです」(忠幸さん)

自分たちの拠点を持つと決めた頃、世の中ではコーヒーやカフェのブームが起こり始めていた。ところが二人のお店は当初、コーヒーショップというよりは食事客の多いカフェだった。

「カレーを出していたら人気になり過ぎたんです。自家焙煎を始めた時もメニューにカレーを残していたんですけど、カレーのお店という認識が取れなくなっちゃったんです」(みかこさん)

「お客さんもランチしか来ないし、食べ終わったらすぐに帰ってしまう。もっとゆったりしてほしかったし、いっこうにコーヒーに注目されない。それならカレーは完全にやめて、コーヒーに切り替えようと決めたんです」(忠幸さん)

スペシャルティコーヒーで描いた夢の実現

コーヒーショップのコンセプトはさまざまだが、高田さん夫妻がスペシャルティコーヒーにこだわった理由は何だろう。

「ブルーボトルに出会った衝撃が一番大きいですね。2008年位にサンフランシスコに新婚旅行に行って、フェリーターミナルで開催されていたファーマーズマーケットに寄ったんです。そこでブルーボトルがポップアップをしていて、日本のコーヒーよりもカジュアルなのにクオリティが高いことに驚きました」(忠幸さん)

「使用しているミルクは近くの農場で採れているものでしたし、お客さんのことを名前で呼ぶフレンドリーなカルチャーもいいなと思いました。クオリティが高いこと、フェアであること、 誰も損しないこと。このスタイルを日本でもできないかな、と考えたんです」(忠幸さん)

「焙煎日が明記されたコーヒーに出会ったのも、ブルーボトルが初めてでした。すごく誠実ですし、私たちもこういう方向性でやりたいと強く思いました」(みかこさん)

コーヒーに本腰を入れるべく、マシンを購入。悪戦苦闘の日々がスタートした。

「コーヒーショップを始める人って、コーヒー店で修行したり勉強したりしていた人が多いんですよ。でも夫は一切修行してないので、焙煎機を3台買い替えたり……。かなり行き当たりばったりで無謀でした。どうしても美味しく煎れなくて、夫の顔がどんどん青くなっていった時期もあったんです」(みかこさん)

「今使っている焙煎機メーカーである井上製作所の井上忠信さんに育ててもらいました。焙煎したコーヒーを送って評価してもらったり、井上さんのところにある超高性能電子顕微鏡でチェックしてもらったり。自家焙煎を諦めかけたこともありましたが、何年もかけて、安定した焙煎技術が身に付いてきました」(忠幸さん)

コンセプトに技術が追いつき、自家焙煎のスペシャルティコーヒーは少しずつ評判を集めるように。生産者の顔が見えるよう、豆の仕入れの情報収集も怠らなかった。

「『TYPICA(ティピカ)』という日本発のダイレクトトレードのプラットフォームサービスができて、うちもダイレクトトレードができるようになりました。コーヒーショップを始めようとしたときの想いがひとつ叶った気がします」(忠幸さん)

コーヒーショップとしての自信と手応えを感じ、2018年7月には店舗を移転。

「通販で個人の注文が増えてきたので、宅配便の営業所に近い方が良いなと思っていて、ゆくゆくは宮之浦にと考えていました。コロナ禍では通販の売上が4、5倍に増えました。500グラムパックを発売したり、サブスクのサービスを始めたり、いろいろなことをやってみた時期でしたね」(みかこさん)

「通販なら100グラムの3種類セットが人気かなと思っていたんですが、500グラムが良いとお客さんから言われてびっくりしました。1キロずつ買う人も増えました」(忠幸さん)

国内有数の観光地・屋久島から見える風景

移住してから20年程が経ち、屋久島での暮らしがすっかりと馴染んだ高田さん夫妻。屋久島で生活を営みながら感じていることを聞いてみた。

「屋久島は他の離島に比べても、薪と真水に富んでいたことから、太古から交易の盛んな島です。 島には織物と挽物の古い伝統がないと言われているんですけど、外から品物を持った人が来るからわざわざ作らなくて良かったんですよね。そんなこともあって、人やものの出入りははげしく、海の向こうからやってくるものを歓迎する気風もあります」(みかこさん)

時代を問わず人々や文化、刺激を受け入れてきた屋久島。ところが近年は、そんな受け入れ文化に変化が起きているという。

「宿泊施設が増えれば雇用が増えるイメージがあったんですけど、地元の雇用は掃除とハウスキーピングが多くて、島内で経済格差が広がっているのを感じます」(みかこさん)

屋久島は1993年に日本初の世界遺産として登録された島。問題視されているオーバーツーリズムも看過できない状況だ。

「山は地元の人にとっては聖域で畏敬の対象。昔を知る人が、最近の山の映像などを観ると、驚くほど荒れていて、胸が痛いと聞きます。屋久島には、集落ごとの豊かな方言があるのですが、旅行者の中にはローカルの人と接触する機会が少なく、方言を耳にすることもなく帰ることもあるようで、『屋久島って方言がないんですね』と言われることも。ローカルにお金が落ちづらいシステムが、できあがりつつあるようにも感じます」(みかこさん)

みんなで作れば面白い、コーヒーを味わう空間

屋久島で自家焙煎のスペシャルティコーヒーといえば、一湊珈琲焙煎所。誠実なコーヒーを淹れ続けてきた二人は、新しい取り組みも始めたという。

「カフェ立ち上げの開業支援を数年前から始めました。ここでトレーニングして豆の勉強をした人がそれぞれの街にお店を開き、うちの豆で珈琲を提供しています。一緒にお店の間取りを考えるなど、必要に応じて、機材の手配も行います」(みかこさん)

「卸先が増え、取引量が増えることで、 良い豆も手に入りやすくなります。開業支援で、いろんな街と縁が生まれ、初めての街に行く機会でできたのもうれしいです」(忠幸さん)

若者に対しては、こんな期待と信頼も寄せているのだとか。

「コーヒー業界ではイノベーションが起きやすくなって、若い人も増えてきました。背景まで読み込んでくれる人が多く、信頼性の高いコーヒーやできるだけ搾取されてない豆を手に入れたいという気持ちが強いように感じます」(忠幸さん)

美味しいコーヒーを淹れながら、たくさんの人々と出会ってきた高田さん夫妻。この20年を振り返り、胸に抱く想いとは。

「前はもっとガチガチに自分の世界観を持ってお店をする方がいいと思っていたんですけど、それはなくてもいいかなと思うようになりました。お店って自分だけではどうにもならないんです。いろいろな人が来ることによって、お店としての面白さが出てくるんですよね」(忠幸さん)

「フェリー待合所という公共施設に入ったことは、大きな刺激になりました。店内は持ち込み不可ですが、店内で買ったコーヒーをグラスやカップごと待合所に持ち出して、買ってきたパンやおやつを食べることもできます。グラスにはステンレスのストローを使っています。こうしたことで、少しでも紙コップやプラコップの廃棄の削減になればと考えています」(みかこさん)

「みなさん、ご自身のことをゲストだと思っていますけど、僕らはそんな風に思っていない(笑)。みんなでなるべくこの場を良きものにしたいじゃないですか。屋久島にとっての旅行者にも言えることですが、ゲストでありながら、あなたも一緒にこの場所を作る一員なんですよ、と考えています」(忠幸さん)

美味しいコーヒーの楽しみ方に、絶対の正解はない。屋久島でどんなひとときを味わうかはあなた次第。こだわりのスペシャルティコーヒーをどこまでも気軽に自由に、心ゆくまで堪能してほしい。

一湊珈琲焙煎所

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