読むふるさとチョイス 地域の挑戦者を応援するメディア

危機を乗り越え「砂むし温泉」存続へ。唯一無二の和式サウナ復興への道【砂湯里】

指宿(いぶすき)、と聞いてたいていのひとがまず思い出す場所が、「砂むし温泉」だろう。その名所がいま、危機に立たされている。

指宿市が運営している砂むし温泉施設2か所のうちのひとつ「砂湯里(さゆり)」の背後にある斜面が2021年11月に崩落し、休館を余儀なくされているのだ。

その復旧に向けて、クラウドファンディングが行われた。砂むし温泉の伝統を守ろうとする地域の人々の思いを探った。

観光地だけど観光地じゃない。300年以上続く、和式サウナ

パラソルがいくつも並んだビーチに、満たされた顔で砂に埋まる人々。指宿といえば、まず思い浮かぶのが、この砂むし温泉の光景だ。砂むし温泉は指宿を代表する名所で、これを目当てに昔から多くの旅人が集ってきた。天然の地熱を利用した砂むし温泉は、日本はもちろん、世界でも類を見ないスポットだ。

「砂むし温泉はもともと300年以上も前から地元の人に親しまれてきたものです。だから観光名所ではあるのですが、観光目的で造られた温泉ではありません」と語るのは指宿市役所産業振興部の小園幸平さんだ。

現在日本中でサウナが一大ブームだ。けれど指宿の砂むし温泉はサウナが登場するずっと前から、人の体を蒸してきた。いわば「和式のサウナ」とでも言おうか。

その「整い度」はサウナにも負けてはいない。「温泉熱を利用して体を温めるのに加え、砂の重みで体に圧がかかる効果もあります。砂から出た時の爽快感・解放感は、たまりません」と小園さんは熱っぽく語る。全身に砂の重みも感じながら蒸されていくうちに、悩みもストレスもすべて砂の中へ……砂むし温泉にはそんな効果がある。

実際に鹿児島大学医学部の田中信行教授らが血圧や心拍数、心電図などを調査したところ、数々の有効性が判明したという。寝て入るために血液が心臓に還流しやすく、さらに砂の圧力で心臓から送り出される血液の量が増加する。加えて血管拡張され、心機能を高める作用もある。その効果は普通の温泉の3~4倍という結論が出たというから驚く。

砂むし温泉がほかの温泉施設と違うのは、海岸に行くと通称「砂かけさん」という係員がいて、一人ひとり丁寧に砂をかけてくれること。「熱いのが苦手な方は『ぬるめで』とオーダーすれば、温度が低めの砂をかけてもらえます。また入浴中に足や手が出てしまい、冷めてしまっても、『おかわり』も可能ですよ」と小園さんは砂むし温泉ならではのお作法も教えてくれた。

存続の危機も、「整った」人々に支えられ

そんな砂むし温泉だが、2021年11月に危機が訪れた。指宿市を代表する砂むし温泉施設のひとつ「砂湯里(さゆり)」の斜面が崩落したのだ。崩落したのは施設裏の斜面を人工的に造成した「のり面」。「もともと砂むし風呂は地熱の恵みである温泉熱を利用しています。砂むし温泉の周辺も地熱が高く、土壌に影響を与えやすい。地熱がのり面の崩落につながったのです」。

無残にも崩落したのり面により、砂むし温泉の営業は休止に。そこで指宿市では、復旧に向けてのふるさとチョイスにてクラウドファンディングを募った。結果、開始早々に目標金額を達成。200万円の目標額に対し、目標額を上回る2200万円以上の支援が集まる結果となった。

「もちろん目標額を達成できればいいなと思っていましたが、正直こんなに多く集まるとは思っていませんでした。しかも寄付は全国から集まりました。本当にありがたいですね」。クラウドファンディングに協力した人の多くが、指宿を訪れたことがあるという人だという。砂むし温泉で「整った」思い出が、砂むし温泉の存続への力となって返ってきたのだ。

現在、復旧工事に向け予算ならびに工法が確定し、入札を経て2023年1月には着工する。1年かけてのり面の復旧工事を行う予定だ。「隣接する露天風呂『たまて箱温泉』と行き来できる遊歩道も設ける予定です。両方を行き来することで、さらにゆったりと過ごせるような場所になります」。

「砂湯里」を訪れたことがある人が口にするのは、そのロケーションの良さ。「天気がよければ南は屋久島まで望め、眼前には開聞岳が広がります。リラックスしながら自然の景観が楽しめるのです」と小園さんも太鼓判を押す。その景色は隣接するたまて箱温泉からも望める。絶景の後押しもあり、たまて箱温泉は口コミサイトで5年連続日本一に輝いたこともあるという。復旧工事が完成した暁には、体も心も目も整う、一大施設となりそうだ。現在のところ、2024年3月に完工し、24年4月からの営業再開を目指している。

多彩な恵みをもたらす地熱エネルギー

砂むし温泉があまりに有名な指宿だが、実は知られざる名所・名産は数多くある。地熱エネルギーはこの地に多彩な恵みをもたらしている。

そのひとつが観葉植物。指宿は日本有数の観葉植物の名産地でもある。「人気のヨガの動画を見ていると、おしゃれな観葉植物が飾ってあります。もしかすると指宿産の観葉植物かもしれません」と小園さんは教えてくれた。

温暖な気候の中で育てられる観葉植物は200種以上。小~大鉢をまで多彩なバリエーションを誇る。大型オフィスの壁面を飾る大規模なものからワンルームの部屋の片隅に飾るものまで、多様なニーズに応える。「天然温泉の熱を利用して育てている事業者もいるので、CO2の排出が少ないなど環境に優しい栽培方法をとっているのも特徴です」。

こうした観葉植物は市内の直売所などに並ぶほか、ふるさと納税の返礼品にもなっている。コロナ禍で在宅時間が増えた人を中心に、観葉植物のニーズは高まっているという。11月に開催された第8回ふるさとチョイス大感謝祭では、観葉植物の魅力を伝えるために苗木を使ったクリスマスツリー作成のワークショップを行った。「指宿の観葉植物が全国各地の人を癒していたらうれしいですね」と小園さんは語る。

砂むし温泉、観葉植物と「癒し」が堪能できる指宿だが、ほかにも清々しい癒しスポットがあるという。「平成の名水百選にも選ばれている唐船峡そうめん流しです。ここでは回転式のそうめん流しができます。真夏でもひんやり涼しい中で、名水で冷えたそうめんが味わえます」。

観光客だけでなく、地元民でも訪れる人が多いというスポットでは、こんな豆知識も。「数多くあるそうめん流し器の中には、二段になっているものがあります。上の段と下の段の流れが逆になっているんです。これは右利きの人も左利きの人も取りやすいようになっているんですよ」。

肉も魚も野菜も。蒸気とともに戯れる

唐船峡そうめん流しでは11月からの冬メニューには、鹿児島名物・黒豚丼も並ぶ。指宿は黒豚、黒牛と畜産が盛んな地だ。さらには日本有数のカツオ水揚げ量を誇る山川漁港を抱き、最高級品と言われる鰹節の「本枯本筋」の生産量も日本一。「ふるさと納税の返礼品としてもカツオのたたきや鰹節は評判がいいですね」。

一方の畑でも、いくつもの日本一が育まれている。 夏の名産はオクラ、冬の名産そらまめ、スナップえんどうが日本一の生産量を誇っている。

もしこうした畑の恵みを素朴に味わいたかったら、西郷隆盛が湯治したことでも知られる鰻温泉へ。ここには温泉の蒸気を利用した天然のかまど「スメ」があり、誰でも利用できるのだ。そこで味わえるのは、温泉の蒸気で蒸された地物野菜の、しみじみとした美味しさ。野菜を蒸して、自らを蒸されて――指宿では、蒸気と戯れて過ごしたい。

ワーケーションで温泉ラリーも

一方で有名観光地ならではの悩みもある。砂むし温泉を目当てに訪れ、入ったことで満足し、日帰りや1泊で帰る人も多いという。「他の地同様、高齢化も進んでいます。観光客はもちろん移住者、関係人口ももっと増やせれば……という願いがあります」。

小園さんおすすめは、指宿でのワーケーション。「指宿には1000カ所以上の源泉があり、市内のいたるところでさまざまなタイプの温泉が楽しめます。仕事終わりに毎日違う温泉に行く、ということも可能です」。

「砂むし温泉」が有名な指宿だが、それだけではないパワーを秘めている。豊かな地熱は、旅人にも地域にも、多彩な恵みをもたらし続けていく。

TOPへ戻る