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「力を貸して」94歳だった父を継ぐ〝プロ釣り師のフルーツ栽培〟【農夢ワールド】

沖縄のTV番組「熱血!つり塾」では、10年に渡り“ちえり姉さん”の愛称で親しまれたプロ釣り師で、シンガー、ボイストレーナー、タレント、農家……。いくつもの顔を持つのは、「株式会社農夢ワールド」の代表・田袋智恵里(たぶくろちえり)さん。

94歳の父が人生でやり残したことを叶えるため、沖縄でのキャリアをリセットして徳之島に帰郷したのは2018年のこと。サトウキビ農園の3代目を継ぎ、自社農園でのフルーツの栽培から、カフェの開業、農産品加工事業まで、農業の道をひたむきに歩み続けている。故郷の島でマルチな才能を発揮する、彼女の原動力に迫る。

プロ釣り師“ちえり姉さん”の次なる挑戦

「生まれ育った家の目の前にあるこの港は、幼い頃から釣りに親しんできた私の大事なフィールドなんです。先住の海亀が居て、ロウニンアジも釣れるんですよ」と声を弾ませる智恵里さん。

フィッシングアドバイザーとして、10年間に渡りQAB琉球朝日放送の「熱血!つり塾」に出演。“ちえり姉さん”の愛称で親しまれた。画面越しに伝わってくる情に厚い人柄と、釣りに対する確かな知識で人気を博していた。

一方で、全国のライブハウスを行脚した実力派シンガーであり、現在は大手芸能事務所のボーカルトレーナーとして指導にあたっている。

これまで沖縄を拠点に表舞台に立ってきた智恵理さん。それまでのキャリアをリセットし、2018年に生まれ故郷の徳之島でサトウキビ農家の3代目を継承した。2020年には、娘の恵美(えみ)さんやスタッフ、地元の農家さんの協力を得て、島の農産物を活用したカフェ「YOSHIZO」を開業。自社農園での栽培や、農産品加工事業、より身体に優しいフルーツ栽培の研究など、さまざまな角度から自分なりの農業を描いている。

島に対する“父の思い”を継ぐ覚悟

「私は“農業を継いだ”というより、“父の思い”を継いだんです」

取材の冒頭で智恵里さんがおもむろに語り始めたのは、農業のことではなく父・田袋吉三(たぶくろよしぞう)さんのことだった。

例えば、徳之島の特産品であるタンカン。当時、島で無名だったタンカンにいち早く着目し、産地形成や共販体制の確立、販路拡大のために全国を駆け回り、市場開拓に寄与した。タンカン栽培の組合を設立し、20年間組合長を務めた。タンカンの産地化に尽力してきた功労者であり、地域の新たな特色を生み出す先見性や情に厚い人柄は、島民たちに一目置かれる存在だ。

島と本土を結ぶ、航空運賃の離島割引を陳情したのも吉三さんだ。徳之島は、“子宝空港”と命名されている通り、人口に対する平均出生率は日本一の島だ。家族の絆、人と人との繋がりが深い一方で、進学や就職などさまざまな事情で島を出て行く人も多い。「島を出ても、いつでも家族と会えるように」と自ら動く姿勢に頭が下がる。

「私が幼い頃から父は定期的に夜に出歩くことがありました。何をしていたかと聞けば、島で一人暮らしをする高齢者の方を一人一人訪ね歩いていたそうなんです」と当時を振り返る智恵里さん。吉三さんは、農業に留まらず、島民一人ひとりの暮らしにも心を砕いていたのだ。

農業が盛んな徳之島は、台風の通り道でもある。毎年、農産物の被害は避けて通れないものだ。収穫直前で傷が付き、味は変わりないにもかかわらず、A級品の値段では売れない農産物。島は送料が高く、送ることもできないため、手塩にかけて育ててきた作物を、農家自ら畑に廃棄する。吉三さんは、長年この光景に胸を痛めてきいたという。

「実はこれまでに一度、父は食品加工事業に挑戦していたんです。でも、その時は取引先との予期せぬトラブルで、やむを得なず加工事業から手を引かざるを得なくなってしまったんです」

以来、手付かずのままだった農産品加工事業。「自分の持てる資産をすべて注ぎ込んでも、廃棄作物の加工ができる場所を作りたい。力を貸して欲しい」そう吉三さんが智恵里さんに思いを打ち明けたのは、実に94歳の時だった。

「公私ともに誰よりも島のために尽くしてきた人ということは、そばで見ていた私が一番わかっていたつもりです。そんな父の思いを聞いてしまった以上、形にするのは、私以外にいないですよね」

父の積年の夢を成し遂げるために、智恵里さんは自らの人生の舵を大きく切る。島の農産物の美味しさを提供するカフェ「YOSHIZO」は、父の背中を見て、農業の道に生きることを決めた智恵里さんの決意表明なのだ。

自社加工でロスをなくし、島の味を全国へ届ける

「農夢ワールド」の自家農園では、サトウキビ、マンゴー、タンカン、島バナナ、アテモヤなど、多彩なフルーツを栽培している。代々続くサトウキビの栽培・加工は、島内に何人ものお弟子さんを輩出している。

「サトウキビの汁のみを使った純黒糖は、コクがあるのにさっぱりした後味が自慢です」と智恵里さん。

炊き込みの時間や温度を熟練の職人が見極め、昔ながらの製法で守り継ぐ味わいは、島内外で評価が高い逸品だ。「この黒糖が徳之島の“星”になったらいいなと願いこめて」全国的にも珍しい黒糖型抜き技術に挑戦。星やハートの黒糖は、智恵里さんの中に光るひたむきな希望そのものだ。

また、島の外に出ていた智恵里さんだからこそ、感じる島の魅力がある。「水のおいしさ」「フルーツのおいしさ」「元気な高齢者が多いこと」。カフェのある母間集落は、徳之島の中でも特に水がおいしいと言われる場所にあることからも、改めてその“おいしさ”の理由を解き明かす調査・研究にも余念がない。

泉重千代(いずみしげちよ)さんや本郷かまとさんを筆頭に、“長寿の島”として知られる徳之島。高齢者の多くが元気に畑仕事に励む風景は、島の魅力の一つだ。

「ある時、大学の研究室が地質調査に入ったんです。そこで島の地下には巨大な鍾乳洞が広がっていて、島の湧水や飲み水には高濃度のカルシウムが含有されていることがわかりました。育った作物にも水にもカルシウムが豊富に含まれている。だからこそ骨も内臓も元気になり、長生きなのだろうと。パワーみなぎる人と食材の秘訣は、私も農業をやると決めたからこそ見えてきた魅力です」

元気な高齢者と、ミネラル豊富で味が深い徳之島産のフルーツ。その共通項は、水にあるという。島の食材がおいしくなる理由を知ればなおのこと、食材に対する想いは深まる。

「農夢ワールド」では、自社農園での栽培と契約農家からの農産物の集荷、加工、販売まで一貫して行っている。食品ロスを最小限に止める農産品加工事業は、農業の閑散期に安定的な雇用を供給するという側面からも島の農家を下支えしている。

「農家さんが果物を持ってくる際に、“ありがとう”と言って持ってきてくれるんです。そのひと言が本当にうれしいですね」と智恵里さんは微笑む。

自家農園のフルーツ栽培では、無農薬に近い栽培方法で、もっと美味しくできないか。より環境に優しい栽培方法でおいしさを引き出すことはできないか。栽培から加工・販売まで、島の旬のおいしさを最大限に引き出し、全国に広めるための更なる研究を続けている。

瞬間冷凍保存したフルーツのスムージーやシャーベットは、島の味を気軽に味わえると島の人や観光客にも評判だ。

近年、特に力を入れているマンゴーの完熟栽培では、ブランドマンゴーに引けを取らない平均糖度16.8度をマーク。「農夢ワールド」の畑には、南国の光に照らされたミネラルたっぷりの島の宝石が輝いている。

吉三さんが農業に描いた夢を継ぎ、自分らしくその夢に色を足す智恵里さん。徳之島の人や自然に寄り添う、人情味あふれるその生きざまは、知れば知るほど奥深い、徳之島の魅力とよく似ている。 ゆたかさに満ちた島の魅力の原点を垣間見た気がした。

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