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「40歳からのコーヒー道」丹波篠山で夢見るコーヒー農園【マグナムコーヒー】

兵庫県丹波篠山市にあるマグナムコーヒーは、オーガニックのスペシャルティコーヒーを味わえるお店。店主の古荘利治さんが産地のブラジルに趣き、農園主と触れ合いながらコーヒー豆を厳選している。 開放的なテラスで篠山の豊かな自然を眺めながら、スペシャルティのフレーバーを堪能できるのもうれしい。古荘さんが抱くのは「コーヒー農園を作りたい」という夢。移住先の丹波篠山で挑むチャレンジについて、古庄さんに想いを伺った。

丹波篠山の自然に囲まれながら最高の一杯を

丹波篠山市のデカンショ街道のすぐそばに、山々に囲まれたマグナムコーヒーがある。店舗は、昭和初期に建てられた芝居小屋をリノベーションした造り。木の温もりとスペシャルティコーヒーの香りに包まれるのが心地いい。大阪でもコーヒーショップを開いている古荘さんだが、篠山に移住したのは、大きな夢を抱いているからだ。

「心斎橋の店の常連さんが丹波篠山に移住されてて、その方から紹介していただきました。僕はその頃、ちょうど焙煎所を作ろうと思っていたんです。最終的には農園を開きたいと考えているので、最低でも20坪は欲しい。それでこの土地を見た瞬間、この景観、この広さ、もう即契約しました」

マグナムコーヒーは篠山の山々に囲まれている。近くには川が流れ、自然を身近に感じられるのが魅力だ。店内には、カフェスペースや焙煎機、珈琲の木、ラボなどコーヒーにまつわるものが詰め込まれている。まさに美味しいスペシャルティコーヒーのための空間だが、移住当時はほぼゼロの状態だったそう。

「元々は映画や芝居が上演されていた芝居小屋。僕らが来たときは、床下から草とか木が生えていて、廃墟というかボロボロだったんです。最初の一年は家賃が低く、すぐ契約書にサインしました。建築をやっている知り合いに見てもらったら『えらいとこ借りたなぁ。これは2年保たへんで』と(笑)」

古荘さんこだわりのウッドデッキに出れば、篠山の景観や綺麗な空気も楽しめる。格別のスペシャルティコーヒーを求めて、土日は大阪や神戸、京都からお客さんが訪れるという。

「立地が良いんでしょうね。この辺りは道もめちゃめちゃ良いんですよ。天気が良かったら自転車やバイクでも来られますよ」

ファッション業界から一転、コーヒーの道へ

現在はマグナムコーヒーのほか、大阪南船場のコーヒースタンド「ミルポア」、天王寺の「マグナムコレクション」も経営している古荘さん。コーヒーショップの前は、大阪を拠点に夫婦で洋服屋を営んでいた。フランスへ買い付けに渡ったり、洋服のリメイクをするなど、ファッション業界で15年ほど活動を続けていたという。

「僕らは自分の好きなものだけを作っていたんですけど、ちょっと時代とずれてきて売れなくなってきていたんです。そうするとしんどくなりますね。そんなときにコーヒーに出会ったんですよ」

意外にも、古荘さんはコーヒーは好きではなかったという。ひと休みするときになんとなく飲むもの、というのがコーヒーに対するそれまでの印象だった。

「今でもそうなんですけど、コモディティコーヒーを飲むとムカムカしてきちゃうんです。ですが東高津に住んでいたときに、近くにフレンチレストランがあって(現在は閉店)おいしいと有名でした。そこで料理を食べて、最後に飲んだエスプレッソ。これがめちゃくちゃおいしいスペシャルティコーヒーだったんです。それでコーヒーに目覚めて、洋服屋は辞めることにしました」

当時の古荘さんは40歳。エスプレッソの本場であるイタリアでの修行を夢見つつ、大阪でコーヒー修行を積むことに。

「手動でコーヒーを挽いているところがタリーズだったので、まずタリーズに入りました。土日もシフトを入れて何とかコーヒーの淹れ方を覚えたんですけど、タリーズってアメリカのコーヒーチェーンなんです。そこで次はアメ村のイタリアンバルで働きました。でも、そのバルで出すコーヒーと高級なコーヒーとの違いに目覚めてきて、ヒルトンプラザウエストを受けたんです」

当時のヒルトンプラザウエストには、神戸北野ホテル総支配人の山口シェフがプロデュースするイグ・カフェがあった。バリスタによる本格派コーヒーやオーガニックコーヒーが楽しめる名店で、高級コーヒーの修行にはうってつけだ。

「イグ・カフェでラテアートを学びたかったんです。スタッフの募集はしていなかったんですけど、直接伺ってみました。今でも覚えていますけど、橋本マネージャーという人が僕の話を聞いてくれたんです。『店を開きたいからここで学びたい。給料なんか無しでもいいから雇ってもらえませんか』と、想いを伝えました。すると橋本マネージャーが『任しとけ!』と雇ってくれたんです」

ラテアートや高級コーヒーについて多くのことを吸収した古荘さん。スキルアップを重ねていくうちに、日本にカフェブームが巻き起こっているのを感じたそう。そうして、心斎橋でコーヒーショップ「ミルポア」をオープンするに至った。

3坪から始まった念願のコーヒースタンド

念願のコーヒーショップを開業したものの、最初から順風満帆というわけではなかったそう。

「全然でした(笑)。ちょうど3坪のスタンドでした。使いたいコーヒーマシンがあったので、そっちにお金を使いたかったんです。当時の関西にはコーヒースタンドがなくて、お客さんも入ってきてくれない。だから2年間位は赤字だったんじゃないかな。なんとか親子三人ギリギリ食べていける感じでした」

経営的に厳しい時期が続いたが、モチベーションを保てたのはお客さんの存在があったから。

「やっぱりすごく楽しかったんです。一日にお客さんが一人だけということもありました。でもコーヒーを買ったお客さんがお店に戻ってきて、『こんなに美味しいコーヒーは初めて飲みました』と言ってくれたりするんです。神様がよこしてくれたんちゃうかって思えました」

コーヒー豆に圧力をかけて抽出するエスプレッソ。深みと共に苦味も強く出やすいが、ハマる人にはぴたりとハマる。

「(流行していた)アメリカのサードウェーブのような味というよりは、チョコレートっぽいフレーバーです。今までにない味わいに感動してくれたんじゃないかな。当時はSNSも今ほどではなかったので、徐々にですが人が来てくれるようになりました。あとは海外の人たちですよね。特にニュージーランドやオーストラリアの人が顧客になってくれました。店が狭いから表に席を出すと、そこで皆さんが飲むんですよ。『なんだか外国人さんが多いぞ』と、ちょっと有名になったみたいでした」

お店が軌道に乗り始めると、古荘さんはさらなるスキルアップを決意。自らコーヒーを焙煎する技術を習得すべく、再び修行を開始した。

「ワールド・バリスタ・チャンピオンシップでベストカプチーノ賞を受賞された日本人がいるんです。その焙煎をしているのが、UCCのOBの方がやっている東大阪のお店だと聞きつけて、修行させてくれと頼みました。僕のお店はアルバイトを雇えるようになっていたので、週に二、三回はそこで働くようになったんです」

スペシャルティコーヒーの農園を作るという夢

焙煎の修行では、豆の買い付けに同行する機会も得られた。産地に足を運び、生産者と触れ合う中、古荘さんの心に新たな熱意が芽生えたそう。

「良い豆を作る人ってやっぱりすごいんですよ。先祖代々プライドを持って豆を作っています。ところが日照条件が悪かったりすると、ひと山いくらで買われちゃう。それってもったいないですよね」

生産者との触れ合いを通してコーヒー豆の流通の問題点に気付くほか、大きな刺激をもらったという。

「アメリカのインテリジェンシア・コーヒーという会社があるんです。豆の買い付けでブラジルに連れて行ってもらったときに、その会社の人たちも来ていました。パーティーがあって僕らも出席したのですが、インテリジェンシアは自分たちが抱えているコーヒー農園主を連れてきていたんです。ブラジルはコーヒー豆に関する技術がすごいので、コスタリカとかニカラグアなどの農園主に技術を学ばせようとしていました」

インテリジェンシア・コーヒーは、スペシャルティコーヒーのパイオニア的企業。羽根の生えたロゴが特徴的で、世界中の農園から良質なコーヒー豆を仕入れ、バリスタが丁寧にコーヒーを淹れるところまでをプロデュースしている。古荘さんが目の当たりにしたのは、インテリジェンシアが生産者と共に成長しようとしている姿だった。

「これは痺れるでしょう。僕の本能に火を点けた。僕もこれがしたいと思ったし、最終的な目標はコーヒー農園を抱えること。良い豆を作る人たちと一緒に組んで、そこから僕らのコーヒーを作り上げたい。スペシャルティコーヒーは全体の5%なんですよ。コーヒーショップは大きくなると豆を集めきれなくなりますから、会社が大きくなるほどスペシャルティコーヒーを扱うのは難しい。スペシャルティコーヒーは、僕ら個人店でもコーヒー農家さんとダイレクトに取引がしやすいんです」

スペシャルティコーヒーには定義があり、生産国での栽培管理や品質管理が適正になされていること、適切な抽出によって飲み手が満足できるコーヒーであることなどが求められる。生産者とコーヒーショップのこだわりと協力が欠かせないのだ。

「(マグナムコーヒーで扱っている)農園はブラジルとエチオピアがメインですね。スポットで違う産地も入れていますけど、僕的には国はどこでもいいんです。一番重視するのは、やっぱり人ですよね。僕らと意見が合う人と一緒にコーヒーを作り上げていきたいです」

夢を叶える場所に丹波篠山を選んだ理由

コーヒー農園を作るという大きな夢の拠点である丹波篠山市。この土地の魅力は何か、古荘さんに聞いてみた。

「篠山は街の雰囲気も良いし、食べ物も美味しいですし、人が良いんですよね。マグナムコーヒーのオープン準備をしていた当時、前を通る人の9割方が入ってきました(笑)。『何してるの?』『何ができるの?』って好奇心旺盛です。この人たち絶対お店に来てくれると思いました」

移住者でもある古荘さんは、実際に丹波篠山で暮らしてみて心地よさも感じているそう。

「こういうところに住むのが小さい頃からの夢でした。昭和42年生まれで出身は大阪の十三。繁華街ではない、どちらかというと工場地帯に住んでいました。母方の実家が三重県の山側で、里山が近かったんです。川では美味しい鮎が釣れて、森にはカブトムシとかがいっぱいいる。そんな場所を僕はずっと探していたんです」

「古びた神社や田園風景とか、リアルな生活感がいいんですよ。娘はこっちに来てからギターを始めました。家と家が離れているから、夜にガンガン鳴らしても全然音が聞こえません。僕が一番気持ちいいと思っているのは、夏は極楽なこと。クーラーなしで布団かぶって夏に寝られるって、大阪ではありえない(笑)! 」

マグナムコーヒーは立地上、車やバイクで来店する人も多い。古荘さん曰く、朝陽と夕陽が見える時間帯は格別の風景を味わえるという。

「朝は鳥の綺麗な鳴き声で目覚めるんです。僕は朝4時とかに店に来て、一人で焙煎して店を開けることもあるんですが、朝陽が綺麗すぎてこれ以上の景色ってあるのかなと思います。家に帰るときの夕陽も綺麗です」

コーヒーショップ開業、田舎への移住など夢を次々と実現してきた古荘さん。次に目指すのは、スペシャルティコーヒーの農園を作ること。マグナムコーヒーがどんな風に進化を遂げていくか、これからも楽しみで仕方がない。

マグナムコーヒー

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