読むふるさとチョイス 地域の挑戦者を応援するメディア

「菌も街もデザインする」SNS、宣伝をしない発酵料理店【ヘルベチカデザイン】

福島県郡山市に拠点を置くヘルベチカデザイン。その活動は一般的な「デザイン」という言葉からイメージする枠をはるかに超え、郡山の街づくりまで広がっている。

次なる挑戦は、なんと「発酵」。オープンしたばかりの発酵をテーマにした料理店「gnome(ノーム)/大地と食文化の研究所」を訪ねつつ、この店が目指すところ、そしてその先に見る未来を聞いた。

看板のない、発酵をテーマにした料理店

「このお店に関しては、SNSはやりません。看板も出さないし、住所も非公開です」。福島県の郡山駅にほど近い、発酵をテーマにした料理店「gnome(ノーム)/大地と食文化の研究所」。2023年2月にオープンしたばかりのこのお店を案内しながら、仕掛け人である佐藤哲也さんは少しいたずらっぽい顔でそう語った。「なんで?って周囲の人には言われるんですけどね」と言いながら。

ぬくもりがありつつ、どこか凛とした雰囲気のノームの店内。どこを切り取っても絵になるお店だけに、周囲の人が「なんで?」と聞くのもわかる。そうこうしているうちに、通りかかった人がしげしげとお店を眺めていく。

築50年を超える建物は、当時最先端のRC造り(鉄筋コンクリート構造)。かつては詩吟の家元が稽古や集いの場として使っていた建物で、多くの人の出入りがあった。それが2023年のいま、オープンキッチンにウッディなテーブル&イスが並ぶ、新たな空間に生まれ変わっている。街行く人は気になって仕方ないはずだ。

「毎日、通りかかる人に『こんにちは』って声をかけてるんです。一人ずつに声をかけて、ゆっくり広がっていったらなって」

震災で引き揚げる企業もいるなか、「予定通り」創業へ

「ノーム」仕掛け人の佐藤哲也さんは、郡山と東京に拠点を置くデザインファーム、ヘルベチカデザインの代表取締役だ。出身は郡山市の南にある須賀川市。もともと東京でアパレルやデザインの仕事をしていたが、震災直後の2011年8月に東京・郡山の2拠点でヘルベチカデザインを立ち上げた。

創業の背景には震災の影響があったのではと問うてみると、意外な答えが返ってきた。

「震災前からこの時期に郡山で立ち上げようと思っていたんです。だから震災があったからといって変わることはなく、『予定通り』でしたね。ただ福島から手を引く企業が多い中でしたが」

大地が揺れ、人々の心も企業の方針も揺れたが、佐藤さんは揺るぎなかった。

その背景にあったのは、「郡山ならさらに面白いことができそう」という思い。「東京だと編集者がいてカメラマンがいてデザイナーがいて……と個々の役割が決まっている。その点、地方のほうがデザインの領域が広いのではと感じていました」。

システムを俯瞰して感じた、一次産業の課題

それでも最初の頃はまったく仕事はなかったという。「震災後に求められたのは、料理ができるなど、直接的なスキルがある人でした。デザインが必要とされるのは、経済がまわってからなんです。デザインは広告で成り立っていたことを痛感しました」。

「自分は何ができるか」。その時は多くの日本人がそう自問し、時に自分の無力さにうなだれたはずだ。けれども佐藤さんは、そこでただうなだれ続けていたわけではなかった。

転機となったのは、地元の大野農園の仕事だった。まだ「ブランディング」という言葉も浸透していない当時。ヘルベチカデザインでは単にロゴやパッケージなどのデザインだけでなく、商品開発や販売戦略といったことまでを手がけていった。

この仕事を機にヘルベチカデザインは一次産業に関わる機会が増えていったという。しかし福島の一次産業が注目されていた時期であったからこそ、課題を目の当たりにすることもあった。

「特に水産業では震災の影響を強く感じました」という佐藤さん。震災前までは福島で水揚げした新鮮な魚は、そのまま東京など大都市に運ばれていった。だから福島では水揚げできても、加工処理する場が少なかったという。それが震災の影響で出荷されない水産物が出るという事態に。そこから福島に水産加工場をつくろう……という動きも始まった。

デザインの話をしていたら、いつしか水産加工物の話に。そこには一見大きな隔たりがあるようで、佐藤さんの中では密接に繋がっている。「デザインを考えるとき、それがどこにどう届くか、システムを把握することが大切です。そこから課題が見えてくることも多い」。

デザインで目指す、「自信が持てる街」

デザインを通して地域産業と密接に関わってきた佐藤さんだが、さらに深く地域に根差したのが、現在ヘルベチカデザインが拠点を置く「ブルーバードアパートメント」の創設だ。郡山駅から徒歩圏内にある築45年の4階建てのビルをフルリノベーションし、1階には喫茶室、2階にはオフィス、そして3階〜4階にはシェアオフィスとイベントスペースを設けた。

ブルーバードアパートメントの創設に当たっては、新たに一般社団法人ブルーバードを立ち上げた。

「ヘルベチカデザインで街づくりをやりますというと、商売だと思われるかなと。そうではなくて、自分がこの街に暮らしているからこそ拠点となるお店もほしいし、ゲストが来たときに一緒に過ごせる場もほしかったんです」

「デザイン」をキーワードにプロダクトから流通販売まで関わってきた佐藤さんは、こうして郡山で“街をデザイン”し始める。

「暮らしを面白くしながら、仕事を面白くするような場所。住んでいる人たちが街や暮らしを自慢に思えて、自信に繋がるような拠点づくりができればと思っています」。

SNSを使わない本当の理由

そんな佐藤さんの次なる拠点づくりがここ「gnome(ノーム)/大地と食文化の研究所」だ。発酵をテーマにしているだけあって、店内のオープンキッチンにはさまざまな保存瓶が並ぶ。理科の実験でもできそうな2階の空間では、大量の柿が干されていた。

「発酵って、生き物(の活動)なんですよね。その時その場所にいる菌をとらえて、その場所だけの発酵が進んでいく。ノームでは味はもちろん、そうした時間の流れも楽しんでもらいたいと思っています」。佐藤さんはここで、「優秀な子が多い」と自ら太鼓判を押すスタッフとともに、菌すらデザインしている。

「ノーム」で使っているのは、これまでの仕事でつながった地域の農家さんたちの食材。メニューにはそれぞれの農家の特徴がこと細かに記載してある。中には「独自にブレンドした菌床を飼料として再利用している」畑もあり、味わう前からそそられる。

「メニューはシーズンごとに細かく変わります。ここに来れば福島の旬がわかる店にしたいと思って」

福島の恵みを受けた食材に滋味を加えるのは、地元の鈴木醤油店の木桶仕込み天然醸造醤油など、厳選された調味料。ノームのキッチンで生み出されたものも多く、この日のメニューには一週間かけて仕込んだ玉ねぎ麹や自家製コチュジャンの文字が並んでいた。

ドリンク類も佐藤さんがチョイス。造り手の顔が見えるクラフトビールやナチュラルワインなどが並ぶ。ノンアルコールメニューに「自家製コンブチャ」がラインナップされているのも、このお店らしい。

「ブルーバードのほうは喫茶室だから、こちらではお酒も楽しみたいと思って」と佐藤さん。その根底にあるのは、やっぱり自分たちが楽しめて、しかも自慢したくなるようなお店だ。

「だからSNSはやらないんです。いまはSNSで見知らぬ他人の評価に振りまわされることがすごく多いと思っていて。ここはゆっくりでいいから、人と人のリアルなコミュニケーションの中で広がっていけばと思っています。こんなお店があったよって、人から人へ伝わっていくような」

よいものはロングライフデザイン、すなわち時代を超えてずっと使われるデザインだと佐藤さんは言う。

「街づくりもやっぱりロングライフデザインがいいと思うんですよね。SNSなどで宣伝しないのは店の経営的にはダメなのかもしれない。でももしそれを誰かに突っ込まれたら、僕はお店を経営しているんじゃなくて、街をデザインしているんですって言おうと思っています」

そう言って佐藤さんは笑う。その横では保存瓶の中で、たくさんの食材が静かに発酵を続けていた。

ヘルベチカデザイン株式会社 

Photo:小田駿一

この記事の連載

この記事の連載

TOPへ戻る