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5年や10年で終わらない双葉町再生プロジェクト「僕らの世代がやるべきことは……」【高崎のおかん】

2022年1月、中目黒にレストラン「高崎のおかん」がオープンした。店名の名付け親は放送作家の鈴木おさむ氏。料理と熱燗のペアリングで、日本酒の魅力を世界に発信する粋な店だ。熱い想いを抱く店主の高崎丈さんは、福島県双葉町出身。東日本大震災発生当時は地元で飲食店を営んでいたが、震災後は関東へ移住。がむしゃらに走ってきたこの十年。「高崎のおかん」で仕掛けるチャレンジや双葉町再生への想いを伺った。

料理と熱燗のペアリングは食が生み出す化学反応

「高崎のおかん」のコンセプトは「食材・酒・人に火を入れる」だと、高崎さんは語る。

「レストランでシェフが一番気を使うのは火。食材でも酒でもベストな火の入れ方をしたら絶対に美味い」

「高崎のおかん」が提供するのは、税込16,500円のコース料理(ランチは税込12,100円)。そして料理の美味しさをさらに引き出すのが熱燗のペアリングだ。料理一品一品に、高崎さんがチョイスする熱燗が添えられる。日本酒はいつも常温か冷酒という人にもぜひ熱燗ペアリングを味わってみてほしい。食材と熱燗が驚くほどマッチして、体の中に染み渡っていくのだ。

熱燗の奥深さ長く携わっている高崎さんが、さらに深みにハマったのが、「体燗(たいかん)トレーニング」に気づいてから。「体燗トレーニング」とは高崎さんの造語で、自然体で熱燗を向きあうことを指す。

大阪で開催されたイベントの打ち上げに参加中、「お燗をつけてくれ」と急に頼まれた。自分の店でもなければ熱燗をつける道具も一切ない。いわばアウェイの状況だ。体ひとつでどうやって熱燗をつけるのか。戸惑いながらも面白さを感じたという。その場にあったお酒を使い、お湯とタンブラーで何とかお燗をつけたところ、「美味しい」と喜ばれたのが始まりだ。

「あれは自分の中ではラッキーパンチ。何のロジカルもなく、確信的にそこに行き着いたわけじゃない。でもそのことがきっかけで、道具がなくても美味しいお燗をつけられるようになりたいと思いました。それから、お酒も道具も持たずに地方でもどこにでも行って、その場で熱燗をつける『体燗トレーニング』を始めたんです」

行く先々で多くの日本酒と出会った。体燗トレーニングではお酒の種類に合わせて温度を調整し、熱燗の輪郭をつくる。おちょこの形状によって、繊細な微調整を要することも実感した。

「その土地にあるお酒で、生酒や冷酒でしか飲まれていないお酒を熱燗にしてみることもありました。すると『美味しい!』と、地元の人たちが喜んでくれたんです。ローカルを扱う化学反応が面白いなと思いました」

知れば知るほど熱燗の奥深さに魅了されていった高崎さんは、熱燗をグローバルに広めるという夢を抱く。

コロナ過を経て思う日本の食文化の価値創造

「日本の飲食シーンは成長から成熟の時代に入っていると言われています。僕が思う成熟は、火を入れる温度の世界です。格好いいとかお洒落な店に対しては『こんな感じだよね』と皆が腹落ちしてる部分がありますが、温度の世界はわからないことがまだ多い。そこに対して伸びしろがあるはずです」

料理と熱燗のペアリングで、お客さんを温度の世界に連れていく。さらに高崎さんは、飲食シーンにもエンターテインメントやクリエイティブな「体感」が必要だと考えた。その仕掛けとなったのが、まさかの庶民食だった。

「僕のお店は料理と熱燗のペアリングがメインですが、最終的なオチとしているのは卵かけご飯です」

シンプルに見える卵かけご飯だが、お米と卵には栽培者の並々ならぬ情熱が込められている。お米は、無農薬・無肥料にこだわった福島県産の自然栽培米。卵も、ストレスフリーな飼育環境で育てられた鶏が産んだ自然派だ。

ひと目見ただけでも、一般的な卵かけご飯との違いは歴然。流行りの卵かけご飯といえば、オレンジがかった黄色をしていて味も濃い。ところが「高崎のおかん」の卵かけご飯の黄身は、レモンイエローのようなやさしい色。熱々のうちに頬張ると、お米の甘みと卵の甘みが口の中で溶け合う。

「この卵かけご飯を食べたときに、『美味しいとはなんぞや』っていうところに向き合ってもらいたい。これまで向き合ってこなかった人ほど、めちゃくちゃカウンターになる。うちの店は“食材・酒・人に火を入れる”をコンセプトにしていますが、『人に火を入れる』というのは、こういうことだと思います」と高崎さん。

高崎さんが出す料理とお酒はどれも美味しくて、熱燗ペアリングを楽しんでいるうちに体感温度が上がってくる。それは知らず知らずのうちに、自分自身に火を入れられているからかもしれない。

被災地再生を応援するクラフトジン「ふたば」

体燗トレーニング、熱燗ペアリングなど面白いこと好きの高崎さんは、クラフトジンの開発にもチャレンジした。

蔵前にある蒸留ベンチャーのエシカル・スピリッツ株式会社と共同開発を実施。原酒になったのは、福島県南相馬市産の酒米を使って雄町で醸造した「穏(おだやか)」だ。福島県郡山市の酒造「仁井田本家」が、「穏」の酒粕を再発酵させて蒸留。出来上がった粕取り焼酎をクラフトジン開発に活用した。そうして約一年半の試行錯誤を経て誕生したのが、クラフトジン「ふたば」だ。

「クラフトジン『ふたば』開発の背景にあったのは、東日本大震災の風評被害を受けて困っているお米農家さんを助けたいという想いです。エシカル・スピリッツの山口歩夢君とは元々交流がありました。捨てられるものを再利用して酒を作るのは、エシカル・スピリッツの基本的なコンセプト。そこに『穏』の酒粕を合わせられたらいいなと思いました」

高崎さんの故郷を想う気持ちが、たくさんの協力を得てクラフトジン「ふたば」としてかたちになった。クラフトジン開発のほかにも、高崎さんは人と人とのつながりの力を感じているという。「高崎のおかん」の店舗作りもそのひとつだ。

中目黒に位置する「高崎のおかん」は、店内に入ると高級感あふれるモダンな空間が広がる。かといって近寄りがたい雰囲気というわけではなく、木のあたたかみも感じられる。店の中央に位置する高崎さんと客席の距離は近く、コミュニケーションも取りやすい。

「こうしたデザインは僕ができるわけじゃなくて、僕の希望を理解してくれるチームに作ってもらいました。散々飲み散らかしながら、僕の考え方をヒアリングしてくれた人たちです(笑)」

「高崎のおかん」開店以前は、三軒茶屋で「JOE’SMAN2号」を開いていた。この2つの店舗では、コンセプトが大きく異なるという。

「「JOE’SMAN2号」では、居酒屋をやりながら気に入った熱燗を出している感じでした。「高崎のおかん」は熱燗を世界に広めるために作った店。乗り物でたとえるなら「JOE’SMAN2号」は自動車で、「高崎のおかん」は飛行機です」と高崎さん。

「高崎のおかん」という店名も、人との出会いから生まれた。名づけたのは放送作家の鈴木おさむ氏だ。体燗トレーニング中に鈴木氏と偶然出会い、熱燗への想いを熱弁していたところ、この店名をもらったのだという。

福島県双葉町で生まれた高崎さんが、東日本大震災やコロナ過を経て、世界を目指す。そんな高崎さんはグローバルな視点を持ちながら、心は故郷にも向いている。

福島県双葉町再生への想いとこれからの課題

高崎さんは福島県双葉町出身。父親も料理人で、「キッチンたかさき」は地元民から愛されるまちの洋食屋だった。東京に出ていた高崎さんも2009年に双葉町に戻り、「JOE’SMAN」を開店。故郷でこれからという時に、2011年に東日本大震災が発生した。

東日本大震災後、双葉町は全町民の避難が余儀なくされた。十年が経った今も、故郷に帰れない町民がたくさんいる。2022年6月解除を目指し、生活を再開するためのインフラ整備などが進められているのが現状だ。

高崎さんが抱く双葉町再生への想いは熱い。クラフトジン「ふたば」のほか、「FUTABA Art District」壁画プロジェクトの発起人にもなった。壁画事業を行うOVER ALLsと協働し、双葉町をアートの町として再生させる試みだ。2022年3月のプロジェクトでは、双葉町民の顔を描き出す壁画アート制作が実施され、町をカラフルに彩った。

「2022年の3.11で壁画プロジェクトが終了しました。プロジェクトが終わって何かをやり遂げた感覚があるかというと難しい。これからどうやって再生させていくかがすごく重要です。むしろこれからの方がウエイトが重い」と、高崎さんの表情が引き締まる。

というのも、双葉町の復興は自分たち双葉町民が担うものであるという意識が強いからだ。居住開始実現が近づく今こそ、改めて考えなくてはいけないことがあるという。

「町が一度停止してから再生するというのは、大きなパワーが必要だとすごく感じています。これまでの僕は『とりあえず動きながら考えます!』というスタンスでいたんですけど、双葉町の町自体を変えて再生させるとなると、行き当たりばったりでは成し遂げられない」

2021年には双葉町に株式会社タカサキ喜画を設立。双葉町再生のためには、個人ひとりの想いだけでは限界があることに気がついたからだった。

「クラフトジン『ふたば』を、ふるさと納税の返礼品にしたいんです。当初は僕が個人として働きかけていたのですが、行政は個人とは仕事ができないところがありました。どれだけ『面白いですね』と興味を持ってもらえても、どれだけいい企画を出せても、個人では止められてしまう。そこが難しかったです」と、高崎さんが振り返る。

がむしゃらに動きながら、人とのつながりをしっかりと育んできた高崎さん。複数のプロジェクトを起こし、故郷再生のために法人を設立。その身に宿る火はまだまだ尽きない。

「双葉町の再生プロジェクトは5年や10年で終わる話ではなくて、50年100年かけてどう育っていくかというところだと思うんですよね。僕らの年代がやるべき役割もあります。その役割は、例えば行政の仕組みであるとか、これからの双葉町の環境を整えることであるとか、外から人が来やすい環境をどう作るかというところです。僕ら世代が最初に確保しないといけないところがあって、誰かがやらなくちゃいけないんです」

熱燗への想い、双葉町への想い。高崎さんの熱い想いは、日本の飲食界や双葉町を元気にする。故郷の双葉町を離れた高崎さんだからこそ得られた、人とのつながりやエネルギー。故郷のために何かしたいという人は、高崎さんのように心に火を入れるところからスタートしてみよう。ふるさと納税や地域おこし、里帰りもきっと喜ばれる。小さな火でも始めてみること、続けてみることで、故郷に元気を与えるはずだ。

(文:鈴木舞)

高崎のおかん
東京都目黒区青葉台3-10-11

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