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「糸島地域の寛容性に助けられた」 移住者らが目指す“面白いファースト”

人口減少や地域活性に悩む自治体が多い中、福岡県糸島市に住む人が増えている。2020年12月末には人口10万2523人を記録。2010年の合併で糸島市が誕生して以来、最多の人口となった。10年半勤めた楽天を退社し、東京から糸島へやって来た福島良治さんも移住者のひとり。糸島に移住してから約10年を過ごしてきた福島さんから、住んでみないとわからない糸島の魅力を伺った。

都心から糸島へ 移住の決め手となったもの

東京に住んでいた頃は大手企業のサラリーマンだった福島さん。移住の大きなきっかけになったのは東日本大震災だったという。
「震災は日本全国どこでも起きる可能性があるものですが、都内では災害が発生したときのパニック具合がすごかったんです。東日本大震災が発生した日は交通機関がストップしたため、妻は身重の体で神田から芝浦まで歩きました。僕らはタワーマンションに住んでたんですけど、20階まで子供を担いで上がったことも覚えています」

東日本大震災のほか、爆弾低気圧発生時も都内のさまざまな機能が停止した。非常時だからこそ見えてきた風景。福島さんは都会を離れ、地方へ移住することを現実的に考えるようになった。

「最初は湘南や鎌倉辺りの自然豊かなところで子育てをしようかと思っていました。ですがある時『何て狭い範囲で考えているんだろう』と気づいたんです。僕らの幸せのためを考えたら、別にどこに住んでもいいんですよね。日本は広いし、世界はもっと広いんだから。そう考えるようになって、一番住んでみたいと思う場所で子育てをしてみようと思いました。そうして決まったのが糸島です」

幸せになれる場所として選んだ糸島。移住先を決めるまでは複数の候補地があったという。小学生の頃に住んでいた神戸、子育て世代からの人気が高い岡山、独自の文化を持つ沖縄、そして糸島。どの地域も魅力があるが、福島さん一家が糸島を選んだ決め手とは。

「糸島は都市との距離が近いんです。現在住んでいる糸島の家から福岡の天神まで、高速バスに乗って30分程。それでいて糸島には大自然がある。白い砂浜が広がる海も綺麗ですよね」

日本のビジネスの中心地といえばやはり東京だが、福島さんはビジネスパーソン視点でも糸島にメリットを見出している。

「グローバルに仕事をしていくことを考えると、糸島はアジアや世界に近いんです。福岡には『福岡市グローバル 創業・雇用創出特区 』の制度もある。フリーランスでも積極的に面白いことができる場所だと思います」

福岡市は国家戦略特区の指定を受けた都市。「グローバル創業・雇用創出特区」として、スタートアップ法人減税やスタートアップ支援などの制度を充実させている。環境もさることながら、福島さんが糸島に住み始めて感じたのは、住民の人柄の素晴らしさだった。

「来てみて良かったと思うことの一つは、やっぱり人です。糸島は、人の本質的な幸せがある場所。人とのつながりや人間関係が充足されると、幸福度がこんなにも上がるのかと気づかされました。面白い人もたくさんいますし、他者に対して寛容な人も多いです」

地域一体で子育てしていく安心感

福島さんは3人の子どもの父親。育児を通して、糸島や福岡の住民の優しさを実感しているという。

「子どもを連れているとベビーカーを使うことが多いですよね。公共交通機関に乗ると、ほぼ100%の確率で若者が席を譲ってくれます。こういうお兄ちゃんやお姉ちゃんを見て、うちの子どもが育っていくんですよね。飲食店でも店員さんが子どもの面倒を見て遊んでくれたり、子ども用の席や器が用意されていたり。街中では、悪いことをしている子どもがいたら地域の人が叱っているところも見ました。こういうことが子育てにはすごく大事だと思っています」

住民との触れ合いを通して浮かび上がる、東京での生活との違い。「東京の人が冷たいというわけではない」としつつ、福島さんは移住前の生活をこう振り返る。

「(地域で子育てする感覚は)東京だとしたくてもできないところもあります。知らない人に話しかけられたら子どもが怖がりますし、不審者の問題もある。マンションに6、7年住んでいても、隣人がどんな人か知りませんでした。街中を歩いていて知人に会うなんてことも数える程度。それは自分の行動範囲が狭かったからだと思うんです。東京には本当にたくさんの人がいるのに、あまり出会えていなかったんですよね」

一家で糸島に移住した福島さんだが、実は移住に対して賛成を得られていたわけではなかった。

「僕は長男で、妻も長女。妻は東京や神奈川から離れたことがなかった人でした。ですから僕が移住を考えていると伝えた当初は、『何で?』というリアクション。僕は移住したかったので、妻に『食わず嫌いしないで試しに見てみたらいいんじゃない?』と話して、移住候補地へ家族旅行に行ったこともありました。震災後は移住した人のブログも多かったので、そういう情報を見つけたら妻に転送し、移住の良さを共有して……もう洗脳ですよね(笑)」

現在は、自然豊かな糸島で子どもたちもすくすく育っているそう。福島さん一家は正に、糸島で幸せを育んでいる真っ最中なのだ。

面白い人が集まる糸島はチャレンジの宝庫

福島さん曰く、「糸島にはめちゃめちゃ面白い人がたくさんいる」。全国から糸島にやってくる移住者には、さまざまな分野のクリエイターやビジネスの最前線を走る人がいる。糸島の住民も個性豊かでオープンな人が多いという。

「スキルと魅力にあふれる人たちが糸島内外にたくさんいるので、そういう人たちをつなぎ合わせていったら面白そうだと思ったんです。そこで『いと会』という飲み会を開催させてもらうことにしました。開催場所は、前原から徒歩圏内の居酒屋さん。今まで57回開催していて、参加者を合計すると1000人以上になるはずです」

『いと会』では、移住者と住民とがお酒を交わしながら夢を語り合うことも。ある時の『いと会』で、映画に関する夢を持っている人が多いことに気付いた。

「それなら皆で映画イベントをやろうかというところから始まったのが、糸島映画祭『いとシネマ』です。ボランティア活動だったのですが、まるで大人の部活みたいでしたね。公園で開催した第1回『いとシネマ』には2000人位が集まりました。そこに来てくれた人がきっかけになって、商店街でのショートフィルムフェスティバル開催へとつながりました」

いとシネマという形で皆の夢が実現し、さらにたくさんの人々とつながりを持つことができたという。福島さんはこのことをきっかけに、仲間と共に会社を作った。

「糸島内外にいる面白い人がつながって夢を語り合えたら、思ってみないような面白いことが生まれるはず。そうしたら糸島がどんどん楽しい場所になるのではと思ったんです。デザイン会社を経営している後原とCGクリエイターの下田と、僕との三人で『いとしまちカンパニー』という会社を始めました。だんだん発展して市の方々などとつながりながら、糸島をもっと面白くする活動に取り組んでいます。たとえば糸島の前原地域に、オープンコミュニティスペース『みんなの』を開きました。糸島市や糸島新聞さんが中心地活性化について話し合っていたとき、商店街で開催した『いとシネマ』の実績を見て、僕らに声をかけてくれたことがきっかけでした」

『みんなの』は誰でも気軽に訪れることができる場所。ここに集まった魅力あふれる人たちがつながりを築き、新しいことを生み出すためのサポートをしている。

「ここ(コミュニティスペース『みんなの』)は現在、20数人位のボランティアスタッフで運営しているんです。ボランティアスタッフには大企業で活躍された方や有名デザイナーもいます。九大生や地元の公務員の方もいれば、糸島の副市長も来ています(笑)」

糸島だからできる「面白いファースト」

糸島で新しいことへのチャレンジを楽しむ福島さん。前原商店街では70年程の歴史がある洋装店のビルを活用し、本屋作りを試みた。

「商店街に必要な機能としてその当時なかったもので、文化的なものを入れたいと思ったんです。いとしまちカンパニー共同代表の後原の会社で本屋をやっていたこともあり、テナントに入ってもらうためにリノベーションしました」

現在そのビルには、九州大学の学生が運営する「All Books Considered(オール・ブックス・コンシダード)」など4店舗が入店中。ユニークな書店が揃うビルとして注目を集めている。

こうしたチャレンジを可能にしているのは、糸島という地域性によるところも大きいそうだ。

「糸島の地域の寛容性にすごく助けられているという感覚はあります。糸島はかつての伊都國で、中国の歴史書『魏志倭人伝』の中にも記されている地域。歴史的に見ても大陸や朝鮮半島から来る人々と交流していた、日本の港の玄関口だったと思うんです。外から来る人を受け入れたり、外の文化と交流したりする素質があるのかもしれませんよね」

糸島の住民と移住者とが、深いところでつながりを築き交流する。これが糸島の歴史であり日常なのだ。実にさまざまなバックグラウンドを持つ人々が糸島に集まり、分け隔てなく活躍しているのが面白い。

「コスタリカのプロサッカーで活躍された有坂哲さんも糸島に移住し、いろいろな活動をされています。中島美嘉さんなどをプロデュースをしたクリエイターの濱洋一さんも移住者で、現在は糸島で映画の撮影中。僕もそのお手伝いをさせてもらっているところです」

糸島には面白い人がたくさんいると福島さんは言うが、福島さん自身もいい具合に糸島に染まっていることは間違いない。

「いとしまちカンパニーでよく口にしているのが『面白いファースト』。結果に対する計画をあまり持たずに、『面白いな、楽しいな』と感じたら素直にまっすぐに進む。すると思いもよらない未来が待っている。いとシネマが正にそうです。自分たちが映画製作に関わることができるなんて思ってもいなかった。目の前にある面白くて楽しいことをしてみた先に、想像もつかない未来が待っているんです。『面白いファースト』をこれからも引き続きやっていきたいです」

移住前の福島さんは、『いと会』のような集まりの発起人をしたり、地域のボランティア活動に取り組んだ経験は多くはなかった。移住者である福島さんが「糸島のためならば」と、積極的に動くことができるのはなぜなのだろう。

「やっぱり仲間ができたからじゃないでしょうか。仲間と夢を語り合い、一人では実現できない夢でも仲間がいたらできると思える。いとシネマだって、映画イベントの経験がある人がいたわけではありません。それでも『皆の知恵とスキルを合わせたらできるかも!』と思い、スタートできたんです」

福島さんたちが糸島で始めた「面白いファースト」が、現地の住民や移住者を巻き込みながら循環し始めている。糸島ではますます面白いことや楽しいことが紡がれていき、もっとたくさんの人を幸せにする場所になっていくはずだ。糸島への移住を考えている人は、移住情報サイト『きっと満足 糸島生活』を訪ねてみてはいかがだろう。

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