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「ないならつくればいい」生きる力を身につけるフリースクール【産の森学舎】

福岡県糸島市にある「NPO法人 産の森学舎」は、「『くらし』と『あそび』と『学び』をひとつながりで見つめ直す」をコンセプトとしたフリースクールだ。フリースクールは、個人経営、NPO法人やボランティア団体などが運営する民間の教育機関。方針や理念は多様だ。瓦屋根がどこか懐かしさを感じさせる産の森学舎には、小学部に18人、中学部に9人が在籍(2022年時点)。子どもたちは糸島の自然と触れ合いながら、生きる力を日々育んでいる。産の森学舎を創設したのは、大松さん夫妻と西尾さん夫妻。どちらも糸島にやってきた移住者家族だ。理事長兼小学部校長である大松康さんに、産の森学舎を案内してもらおう。

「あったらいいな」を自分たちで作る学びの場

フリースクールは、学校教育法の定める「学校」に通っていない児童(学生)が利用する民間の機関や施設を総称する言葉で、その概念は大変広義的。規模、設立趣旨、活動内容など実にバラエティに富んだフリースクールが全国で展開されている。産の森学舎は、小中学生を対象としたフリースクール。自然あふれる糸島で様々な創意工夫をしながら、活動を続ける。

「産の森学舎では、学校におもちゃを持ち込まないというルールがあります。ただし、自作のおもちゃはOK。カードゲームが好きで、厚紙に絵を描いてカードゲームを作った子もいました。最初は市販のカードの真似から始まるのですが、徐々に『こういうカードがあったらいいな』に変わり、オリジナルのカードゲームになることもあります」

ルールで子どもたちの自由を制限するのではなく、ルールがあることによって創意工夫の感覚が養われていく。

「子どもを消費者にしないというのが、一つのテーマです。『ここにないからつまらない』で終わるのではなく、『ないならつくろう』という動機付けに導くのが私たちの役割。それは大人が万能の立場で指導したり、採点して評価したりするような関係では実現が難しい。子どもの内から湧き出るアイデアや失敗を根気強く見守る大人がいる場所が、子どもたちにとって必要なんです」

産の森学舎の敷地内には子どもたちが自主的に野菜を育てているスペースがある。

「金曜日の授業では、『ここにこんなものがあったらいいな』とか『ここがこうだったらいいな』という意見を出し合って、産の森学舎を改善していく時間があります。畑もですが、ブランコが欲しいから作ってみた子どももいます。私も中学部校長の西尾さんも木工が好きなので、子どもたちと一緒に作ることもあります」

糸島への移住で変わった家族の生き方

産の森学舎も実は、大松さんらの「あったらいいな」から生まれた学校。糸島に産の森学舎が創立されてから、2022年で8年目になる。NPO法人となってからは5期目に突入した。

「元々は関東に住んでいたのですが、長女にアレルギーがあり、長女の肌に合うものをいろいろ探していたところ、オーガニックオイルやオーガニックコットンを使うと痒がらなくなったんです。そうしたこともあって、長女の体に合ったオーガニックな生活にシフトしていきたいと考えるようになりました」

大松さんは当時、監査法人に勤めていた。しかし、その仕事を一生の仕事にしようとは思えていなかったそう。いずれは出身地の福岡に帰ろうと考えていたこともあり、糸島への移住を決断。2008年に糸島へ移ってからは会計士の仕事をすっぱりと辞め、農業研修に参加した。

「アレルギーが落ち着いてきた時期に、長女が『保育園に行きたい』と言い始めるようになりました。食事のことを気遣ってくれる保育園を探したんですけど、なかなか見つからなくて。仲間同士で集まって『こんな保育園があったらいいのに』みたいなことを話していたとき、『作っちゃおうか!』となったんです。そこから仲間と準備を進めて、届出保育施設『みつばちおうちえん』ができました」

みつばちおうちえんの給食に使用されているのは、糸島産の無農薬野菜。大松さんの奥さんが代表を務め、糸島の自然の中でのびのびと遊ぶ子どもたちを見守っている。

フリースクール設立までに体験したギャップと共感

長女のためを思ってみつばちおうちえん設立を目指した大松さん夫妻だが、施設完成は長女の入園に間に合わなかった。幸い、隣県の佐賀に自然保育の保育園を発見。大松さん夫妻は安心して子どもを預けることができた。

「みつばちおうちえんの開園準備を進めながら、今度は長女の小学校入学のことを考えていました。アレルギーのことがあるので、やはり給食に懸念があったんです。せっかく生き方をガラッと変えて糸島にやって来たのに、小学校でぶり返したくはない。それで『保育施設を作ったんだから、学校も作ろうかな』と考えるようになりました」

そのアイデアは大松さんにとっては自然な流れだった。ところが周囲のリアクションは、大松さんの想像とは180度異なるものになった。

「『長女の小学校をどうしようかと思っているんだよね』と、周囲の子育て世代の友人たちに話したんです。すると『えっ?小学校に行かないって、なくない?』という考えがほとんどでした。そのリアクションにちょっとドキッとしたんです。保育園選びにはこだわった親御さんでも、話が小学校のことになると、こだわりへの賛同や共感が得られにくくなったように感じられたんです」

自身の「あったらいいな」を実践すべく、大松さんは学校作りの仲間探しを始めた。そんな時、学校作りに共感してくれる西尾さん家族と出会う。西尾さんの子どもが、みつばちおうちえんに入園していたことが縁となった。

「私が学校を作りたいという話をしたら、西尾さんは『それもありですね』と、すっと共感してくれたんですよ。大松家と西尾家でどんな学校にしたいかを話してみたら、イメージも遠くなかったんです。『一緒に学校を作りましょう!』と話が進み、場所を決めてからはむちゃくちゃ速かったです。2015年の4月に開校したのですが、半年もないかぐらいの期間で準備をしました」

中学部校長の西尾博之さんは美術学校を卒業した経験を活かし、産の森学舎で美術の授業を担当している。妻の昌子さんは畑の授業や学校の広報を担当。大松夫妻と西尾夫妻のほか、個性豊かな講師たちが授業を受け持ち、「しぜん」「くらしと料理」「もじとかず」などの学びの時間が設けられている。

子どもの「生活する力」を伸ばす学びとは

産の森学舎を作る上で、大松さんらが特にこだわったことがある。

「開校当初からご飯はみんなで作りたいと考えていました。最初の頃はキッチン設備がなかったので弁当から始まりましたが、キッチンができてからはここで作っています。長女のアレルギーがきっかけで作った学校なので、調味料や食材は質の良いものを選ぶようにしました。味噌などは自分たちで作っています。食材にこだわることで、結果的に料理がシンプルなものになっていくんですよ。凝った料理でなくとも、野菜に火を通して塩を振れば美味しいんです」

ご飯を作るのは子どもたち。献立もその場で相談して組み立てるという。

「子どもたちで『今日は何を作る?』と考えて、ごはんを作っています。基本的に野菜が月曜日に届き、水曜日に補充が来ます。野菜を見ながら『葉物から使おう』『イモは来週に取っておこう』など計算するんです。『葉物がダメになっちゃった。早めに食べなきゃいけなかったね』など、時々失敗もするんですよ」

好き嫌いが多かった子どもが、自分たちで作った料理ならば苦手な野菜でも美味しそうに食べることも。子どもたちが料理を通して、実践的な学びの機会を得ることも多い。

「たとえば『いつもはお米を9合炊いているけど、今日はお休みの人が多いから8合にしようか』『どのくらいずつ分けていけば、人数分行き渡るかな』など、暮らしの中には算数や国語的な文脈が含まれています。そうしたことを自分たちの手で丁寧にやっていくこと自体に、学びがあるんですよね」

こうした経験は、子どもたちの「生活をする力」を強めてくれるという。

「たとえば災害が起きた時、ご飯がなくて支援を待つしかない場面がありますよね。私が農業研修を受けていた時の師匠が『そういうときは米を炊け』とよく言っていました。火と鍋と水があれば米は炊けるからです。ここでは羽釜でご飯を炊いています。電気を使えない状況でも、火さえ起こせればいろいろなことができる。産の森学舎の子どもたちはたくましく米を炊くと思います」

フリースクールに通う子どもたちの将来

フリースクールは学校教育法が定める「学校」には該当しない。フリースクールに通っている子どもは基本的に小学校にも籍があり、卒業の時期には卒業証書をもらうことが可能。これは義務教育に当たる中学校でも同様だ。高校入学の場合は高校を受験することになる。

「フリースクールに通っていると内申点がつかないケースが多く、その場合、高校入試では不利です。ですが最近は、高校にも種類がたくさんありますよね。たとえば私の長女は通信制高校の2年生になりました。学校の形態を検討したり、エリアを広げれば、もっと選択肢が増えます」

子どもの将来を考えたとき、フリースクールが選択肢を狭めるとは限らないのだ。

「高校が人生のゴールになることって、あまりないですよね。『あの高校で部活をやりたい』『甲子園に出場したい』とかの希望があるなら、その高校に行く必要があります。ですが高校の3年間をどう過ごすかは、フリースクールに通う子どもにもたくさんの選択肢がある。大学に行きたい場合も高卒認定試験を受験するなどの方法がありますから、勉強を頑張りさえすれば大学進学は可能です」

令和2年文部科学省の資料によると、小学校や中学校に通っていない不登校児童・生徒のうち、約11~12%は、フリースクール等民間施設の利用経験がある。一方で、そうした施設を利用できる環境にない子どもたちは、約40~42%に上る。

この数字の中に、産の森学舎のような場が身近に「あったらいいな」と思っている子どもがいるかもしれない。

今の教育に必要なのは、子どもと大人が一緒に学ぶ場

産の森学舎での暮らしを通して大松さんが感じた、子どもと大人のコミュニケーションの理想形を伺った。

「失敗はしたくないし、失敗したら恥ずかしいと感じる。でも失敗をしたら頭をひねり、できることを増やしていく。その先にはさらにやりたいことがあって……ということを、子どもも大人も一緒にやるのが産の森学舎。大人が必死こいて学んでいる姿の横に、子どもがいる。それが学校になるんじゃないかと思っています」

大人だからといって、子どもより上の立場にいるべきとは限らない。大松さんも子どもたちと一緒に多くの発見や失敗、学びを得てきた。子どもの成長に必要なものとは何か、糸島という地で大松さんはどんなことを感じているのだろう。

「教育の話になると、『どう上手に教え、鍛えるか』という論調になりやすいですよね。しかし教育が実生活から切り離されて特殊なものになっていくと、単なる特殊技術になってしまう。教育のバックグラウンドに必要なのは、親や地域の大人たちが、自然に子どもと付き合ったり話をしたりすることではないでしょうか」

大人と子どものコミュニケーションをもっと色濃く、もっと双方向的に。そのためには、大人が気付かなくてはいけないこともある。

「子どもって、野山をわんぱくに駆け回る子ばかりじゃないんですよね。私の長女も、私自身もそうでしたけど、静かに本を読んだり一人で考えごとをしたり、内省的なことに長けている子もいます。そんなバラバラな個性豊かな子どもたちがそれぞれのペースを尊重し合いながら一緒にいられる場所でありたい。子どもたちそれぞれが得意不得意を持ちつつ、昼食、味噌、運動会、ルール、いろいろなものを自分たちで手作りしながらひとつの「暮らし」の場を形成していくという経験は、子どもたちにとってとても大切なんじゃないかと考えています」

山と海に囲まれた産の森学舎で、一人ひとりの子どもの個性がきらきらと輝いていく。子どもの可能性を伸ばす選択肢として、小学校や中学校以外の道があってもいいはず。産の森学舎で成長する子どもたちが、どんな大人になるのか楽しみに見守っていこう。

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