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東彼杵町の魅力を掘り起こす「くじらの髭」の編集力【東彼杵ひとこともの公社】

長崎県東彼杵町(ひがしそのぎちょう)にあるリノベーション倉庫Sorrisoriso(ソリッソリッソ)。地域の交流拠点として2015年に誕生し、まちづくり景観資産にも登録された。Sorrisorisoを運営するのは、一般社団法人 東彼杵ひとこともの公社。オフラインの拠点とともに、オンラインではWebサイト「くじらの髭」で多様なコンテンツを展開し、まちづくりの輪をどんどん広げている。東彼杵ひとこともの公社の代表理事森一峻さんに、自身のUターンの経験、編集者視点でのまちづくりにおける創意工夫などを伺った。

東彼杵町の地元有志が結成「くじらの髭」

長崎県東彼杵町のことを知りたいなら、情報サイト「くじらの髭」を訪ねてみるのがおすすめ。地域のイベントや個性的なお店、東彼杵町の人々のあれこれが丸わかりのWebサイトなのだ。

くじらの髭を運営しているのは、地元の有志が集まった一般社団法人 東彼杵ひとこともの公社。2013年に活動を始め、2015年には旧千綿村の農協米倉庫をリノベーションして交流拠点「Sorrisoriso」を誕生させた。

Sorrisorisoには、スタンドコーヒー「Tsubame coffee」、文化観光交流拠点としての「くじらの髭」が入っている。コーヒーを飲んでゆっくりする人もいれば雑貨や古着を購入する人も。コミュニティスペースとして活用されることも多い。

近年は九州電力との協業によって、新たな交流拠点「uminoわ」も誕生。uminoわにはコインランドリー「洗濯場 わ」、衣服のリメイクなども手がける「縫製場 わ」、特産品のそのぎ茶やスイーツなどを味わえる「茶飲場CHANOKO」が出店している。

「今までは、Sorrisorisoの店舗に地域の人たちが、あまり頻繁に来るものではありませんでした。ですので、もう少し地域の生活に近いものを入れ込んだらここに来やすくなるかなと思って、コインランドリーや縫製屋さんに入ってもらったんです」

新拠点のuminoわには、森さんたちのこんな想いが込められている。

「(街の活性化の)戦略を考える上で、Webにあるものをリアルで伝えるための場を作りたいというのも、uminoわ を作った目的のひとつです」

uminoわを交流拠点として浸透させるべく、Sorrisorisoとは少し異なるテイストも打ち出した。

「基本的に(くじらの髭の活動は)全部リノベーションでやってきたんですけど、uminoわを新設した理由は、スタジオみたいな使い方をするためです。スタジオは県と行っている事業だったり、隣町の病院の先生に人材育成の取り組みで使っていただいたことがあります。東彼杵町が行っている企画で、発信の場というかたちでスタジオを使うこともあるんですよ」

Uターン後の家業継承に立ち込めた暗雲

東彼杵町で生まれ育った森さん。高校卒業後は株式会社セブンイレブン・ジャパンに就職し、西日本を中心に仕事に邁進。20代半ばにはスーパーバイザーとして、フランチャイズ店の経営改善などを担当していたそう。

「OFC(オペレーションフィールドカウンセラー)として7店舗位を担当して、売上をどう改善していくかを考えていました」

若いうちからどんどん経験と実績を積んでいったのは、「早く東彼杵に帰ろう」という感覚を持っていたからこそ。

「元々家業が酒屋なんですが、僕が小学校のときに親父がコンビ二を始めたんです。セブンイレブン長崎1号店で、将来的には家業を継ごうと思っていました」

東彼杵町へ戻ってきてからは、父親の店舗とは別に自身の店舗経営をスタート。Uターンから二年程が経った頃、いよいよ父親の店舗を継ごうとしたのだが……。

「ちょうどセブンイレブンの契約更新のタイミングだったのですが、売上が低すぎて更新できないと言われたんです。コンビニも成り立たないのが東彼杵の現状なのかと驚きました。コンビニは人口比率がめちゃくちゃ影響します。人口が減れば売上も下がる。流動が下がればもっと下がるんです」

過疎化や人口流出は、多くの地方都市が直面する課題。森さんが幼少期を過ごした頃と比べても、東彼杵町には変化が起きていたそう。

「どんどん人がいなくなって、寂しくなっていってる感じです。海が近い漁師町なので、昔は漁師さんが5人位はいました。僕が8歳のとき、海沿いで全身やけどをしたことがあったんです。そのときに助けてくれたのが漁師のおじちゃんたち。漁から帰ってきてお酒を飲んでたおじちゃんたちがそこにいてくれたから、僕は助かったと思うんです。ですが町からどんどん人がいなくなり、昼間から飲む漁師のおじちゃんたちもいなくなりました。船の数も圧倒的に減って、稼働しているのは一隻だけ。街が静かになってきています」

エリアリノベーションで挑む地方再生

人口流出など東彼杵町が抱える課題に直面した森さんだが、「何とか立て直せる」という期待感も湧いていた。

「最近はフランチャイズみたいな町並みが増えて、どの近郊に行っても景色が一緒で個性がなくなっていると感じます。ということは、自分がやってきたことの真逆をやったらこの街は面白くなるかもしれない、と考えました」

家業でもあり、高校卒業から続けてきたコンビニ経営。そこから発想を転回し、始めたのがsorrisorisoだ。

「2013年に、セブンイレブンから契約更新できないと言われたときに、sorrisoriso構想の取り組みをスタートしました。千綿の農協米倉庫が解体されることが決まったのもこの年。活動拠点として(解体せずに)米倉庫を使わせてもらえないかと、農協と交渉を始めました」

旧千綿農協米倉庫は、1953年に建築された漆喰土蔵造りの建物。歴史ある米倉庫の利活用を提案し、解体計画を取りやめてもらうよう交渉に取りかかった。

「一年間交渉を続けたんですよ。『解体は農協さんの理事会で決まっているので無理です。ひっくり返せません』と言われたのですが、うちの家業の状況や自分がしようと思っていることを伝えたんです。生産人口などデータも使用して交渉しました」

森さんの熱意に耳を傾けてくれたのが、東彼杵町の行政と農協。そうして解体は取りやめとなり、2014年からは米倉庫の手入れや活用法についての説明会を開催できるように。2015年12月16日には街の交流施設として、Sorrisoriso千綿第三瀬戸米倉庫がオープンした。

「セブンイレブンではドミナント戦略を実施していて、フランチャイズ店を固める戦略があります。この戦略を東彼杵町でするとしたら、フランチャイズ店で固めるのではなく、カフェなど小商いのオリジナルのお店が集まるエリアにしたら面白いと考えたんです。これを僕たちはエリアリノベーションと呼んでいます」

くじらの髭のエリアリノベーションは近年、街に変化を起こしつつある。

「東彼杵町の半分位に当たる旧千綿村エリアの地図を見ると、2015年頃は居酒屋とセブンイレブンなど、お店がポツポツあるかなという状況でした。2021年になると増えてきていて、今は20〜30店舗程に。点ができてきているんです。最初の13店舗位には僕も(立ち上げに)関わっていましたが、あとは自然とお店ができてきています」

街の魅力を可視化・言語化する編集の力

2015年から五ヵ年計画で始まった、sorrisorisoの活動。地域を盛り上げるエリアリノベーションの動きを、今後はどのように展開していくのだろう。

「5年が経って、2020年で一旦区切りをつけました。街にできたお店などの点を、今度は線や円にしていく動きが必要です。実際に地域の人や行政と交わることですね。その動きとして、くじらの髭のweb編集が入ってきます」

Web編集の取り組みへの意義を感じたのは、Sorrisorisoで得た経験が大きかったそう。

「Sorrisorisoにこられる町内住民の方は、最初の頃、そう多くはありませんでした。ですが、きっかけがあると人は来るんですよね。そのきっかけが何かと言うと、その人とどっぷり喋ったときなんですよ。『森というやつが変な建物で何かしている』と地域の皆さんは思っていて、でも喋ってみると『こんなことをしようと思っていたのか』と理解してもらえる。それが取材だったんです」

くじらの髭では、「ローカルしらべ」というWebコンテンツを作成。森さんたちは東彼杵町を中心に、さまざまな分野で活躍する人への取材を敢行した。

「編集経験もないのに、編集サイトを作っちゃったんですよ(笑)。町の理解を深めるツールです」

取材を通して人々と交わり、東彼杵町に多様な人材がいることに大きな可能性を感じた森さん。長崎県地域づくり推進課と「キーパーソン」への取組も始まった。

「地域のコーディネーターが増えてきて、県から統括コーディネーターをしてくれないかと依頼されたこともありました。ですが僕は、『それはできません。横並びだったらします』と答えました。コーディネーターの皆さんは実際すごい人たちなので、僕より面白い人がたくさんいます。そういう面白い人たちを見える化するところがスタートでした」

東彼杵町には移住者も増えつつあり、街を盛り上げる人材が続々と登場している。

「最近、『日本仕事百科』編集長の務めた中川晃輔さんが移住してきてくれました。そういう人たちを取組にズルズル引き込もうと思っています(笑)。編集者が町を面白くしてくれるんですよ」

キーパーソンら個人のほか、長崎県の企業に対するインナーマーケティング事業も開始した。

「インナーマーケティングというのは、社内の内側を取材によって良くしていくという方法です。プランマーケティングは壁打ちですね。取材によって社員と社長との壁打ちを進めていくという方法を用意しました。内側をどんどん発掘すればするほど、発信につながるんじゃなかろうかというのが、僕らのインナーマーケティングのスタンスです」

東彼杵町の人材や企業にフォーカスする一方で、移住以外の関係人口にも着目している。

「移住してもらわなくてもいいなと思っています。東彼杵町に住んでいないけれど、遠くから応援してくれる編集者さんやライターさんが『記事を書きますよ。録音データをください』と言ってくれることも。最近は、ここ(ローカルしらべ)に載っている人も東彼杵町にいない人がたくさんいます。ローカルしらべを全国の各エリアに広げ、編集を通じてコンサルできる人のマップを作りたいですね」

くじらの髭が行なってきた活動に対して、地域の人々からのリアクションも届いているそう。

「くじらの髭を始めてから、地域の人に『役者がめちゃくちゃいるね』と言われるんです。けれど多分、どこの町にもそういう人たちはいるんですよね。その辺のおっちゃんとかでも、めっちゃ面白い人っているじゃないですか(笑)。営みが結果的にまちづくりになると僕たちはいつも言っていて、見える化や言語化がされていないだけなんです」

くじらの髭ではこれからも、東彼杵町の魅力や価値を掘り起こしつつ、町内外の垣根を越えて多彩な営みを展開予定。東彼杵町のことが気になった人は、まずはWebサイトを訪れて、どんな街かイメージを湧かせてみてはいかがだろう。

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