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板2枚から始めた量り売りの店。お客との絆をつくる“押し付けない”原点ビジネス【パー・グロッサリー】

ヘタがピンと伸びたトマトや、手のひらよりも大きなしょうが、肉厚のマッシュルームがケースに並ぶ。奥の天井まである棚には、瓶に入った粉類や塩、ドライフルーツにチョコレートなど。歌代杏奈さんが営む石川県金沢市にある「per grocery」は、これらを「量り売り」する店だ。

量り売りのメリットは、必要な分だけ購入できることと、プラスチック製の容器を使う機会を減らせること。「なにより、自分でもなんだか楽しいなって思うんです。環境に配慮することも大切だけれど、『楽しい』『おいしい』と思えることがまず大事なんじゃないかな、と思って」と話す歌代さんの姿勢から、ものを売るための付加価値や、これからの町の小売店のあり方が見えてきた。

空き瓶持参で買う新鮮な野菜や調味料

店があるのは決して繁華街ではない。金沢市内の住宅街の一角で、郵便局の隣のもと不動産屋だったという場所。仕事帰りだという保育園の先生が自転車で訪れ「この前食べたのがすごくおいしかったから」とトマトとカリフラワーを手にする。歌代さんは、お祖母さんが折っているという新聞紙でできた袋に入れてお会計をする。先生は、嬉しそうに自転車のカゴにポンと入れて去っていった。

別の女性は、エコバッグから瓶を取り出してオリーブオイルを入れてもらう間に「あ、ナッツとドライフルーツもほしいんだった」と、さらにもう一つの空き瓶を差し出していた。もちろん、容器持参ではないお客さんもいて、店オリジナルの容器や、再利用できるクラフトバッグを購入することもできる。

歌代さんは、ことさら量り売りであることや容器をリユースすることは強調していない。店のどこにもその説明書きはなく、八百屋さんのように野菜が並び、カウンターの奥には調味料や食材があるだけ。

そんな環境配慮を押し付けない姿勢と、「グリルとかオーブンで焼くといいですよ。塩だけでもいいし、粉チーズとかごま油をかけてもおいしいし」と、嬉しそうに話してくれるおすすめポイントが人気なのだろう。近所の人たちはもちろん、遠くからも車で買いに来る人がいるほど、ここでは「量り売り」という形態が自然と受け入れられている。

倉庫の一角で、板2枚からスタートした店

きっかけは、至極単純で純粋な願望だった。ワーキングホリデーで行ったカナダの街に量り売りの店があり「地元にもこんな店があったらいいのに」と感じていたという。帰国後、八百屋さんでアルバイトをしながら、扱いたいものを考えていった。

「ありがたいことに、八百屋さんが休みの日曜日に倉庫を貸してくれて。とりあえずやってみようと、板2枚にナッツやパスタ、オリーブオイルを並べて始めたんです」

選んだ商品の基準を聞くと「主観です」と、きっぱり話す。歌代さんは、まず自分がおいしいと感じることを何よりも大切にしている。

「自分が食べたいと思うのが、添加物なしのできるだけナチュラルなものなので、自然とそういうものが多くなっています。オーガニックにこだわって、絶対そうしようと思っているわけではないんですよ。自分が食べたいからっていうだけなんです(笑)」

たとえば塩は、イタリアの天日干ししている海塩や、県内の輪島半島で作られている海塩をセレクトしている。「輪島に行って作っているところを見せていただいたことがあって。室内でじっくり低温で結晶化していくんです。すごくおいしいですよ」。

一方、小麦粉は、イタリア産古代硬質小麦ティミリア種の全粒粉や、オーストラリアのロゼラ種の薄力粉、スペルト小麦の強力粉など。「小麦らしい風味の強いものもあるし、グルテンが少なめのものもあります」と教えてくれる。

話せばいろいろなことがわかって、より魅力的に感じる食材ばかりだが、あえて説明は多く書かずに並べるだけにした。量り売りだということも強調しないように。そのスタイルは今も変わらないものだ。

「オーガニックやエコに興味のない人にも来ていただきたかったので、押し付けないようにしたかったんです。いろんな人に来てもらって『量り売りって楽しい』『この食材、おいしい』って思ってもらえたらいいな、と。それに『これ何?』って聞いてくださる方が多いので、直接話してお伝えする方がいいな、と」

八百屋さんの倉庫のなかで板2枚から始めた店は、少しずつ認知されていく。このころから、オリジナルのラベルを貼ったオイル瓶やガラス瓶を販売していたので、量り売りであることが自然と伝わっていったのかもしれない。空き瓶を持った人が店先に並ぶようにもなっていった。「持参してくださった瓶を抱えて、何を買おうか迷ってくださる姿を見るのが好きで、お店を始めてよかったなと思いました」と歌代さんは振り返る。

作り手のもとへ通って、納得できる味を仕入れる

やがて、自身の店をもつべく現在の場所へ移転。板に並べていた商品は、天井まである大きな棚に置くようになった。ドライフルーツやチョコレートは種類が増え、環境に配慮した生活雑貨のスペースも広がった。さらにはオリジナルでブレンドした雑穀米も扱うように。店頭に並べる野菜の品種を増やすべく、作り手のもとへ通う機会も多いという。

「カナダでのワーホリで収穫を手伝った時に、バックグラウンドを知るともっとおいしく感じるんだと実感したんです。だから、生産者さんのところへ実際に行って、どんな工程や思いで作られているかを知りたいし、それをみなさんにもお伝えできたらと思っています。わかったほうがおいしいですよね」

どこまでも「おいしいから」という姿勢が貫かれている。環境問題を問いかけたり、オーガニックの良さを伝えたりすることも、もちろん大切なことだとわかっている。しかし、日々の食材や日用品を求める人たち全員が興味を持っているとは限らない。歌代さんが大切にしているのは、まず、おいしさを味わってもらうこと、楽しさを知ってもらうことなのだ。「おいしい、楽しい」という気持ちは、どんな動機にも勝る強さがあるから。

「エコ関連のイベントには、あまり出ていないんですよ。一般的な食のイベントに出て、知ってもらうほうがいいかなと考えて。ただ年に1回ある『KANAZAWA SDGsフェスタ』には参加しています。みんなでできるだけゴミを出さずに、おいしいものを楽しもうという姿勢がちょうどいいなと感じています。スローガンがおもしろいんですよ」

『KANAZAWA SDGsフェスタ』の案内を見ると「S=知っている人が作るものを D=だいじに食べる G=ぐっとくるものを修理しながら s=さいごまで大切に使う」と掲げている。勉強くさくなく、押し付けもなく、これならできそうだと感じられるし、歌代さんが賛同しているのも頷ける。

日々の食事のことだから、地道にコツコツ

そもそも、量り売りという形態は、昔は当たり前のように行われていたことだ。しょうゆや酒は空き瓶を持っていって買っていたし、豆腐は持参のボールに入れてもらうものだった。とはいえ、多くの人はそんな話を聞くばかりで、目にしたことはほとんどないだろう。ましてや、これからの世代が知るのは、歌代さんのような店だ。

そこに行けばおいしい野菜や調味料がある。食べきれるぶんだけを買うことができる。空き瓶やリユースできる袋を持っていけさえすればいい。これが当たり前のこととして浸透するには時間がかかるかもしれないが、金沢の街の一角で実現できているのは確かなことだ。

野菜とはちみつを買ったお客さんが教えてくれた。「ここの瓶ね、perのロゴが入っているだけなのがすごく良いでしょう? 手にするのが楽しくて自然とまた使おうって思えて、もう習慣になったんですよ」と笑いながら。量り売りが楽しく、当たり前のことになったら。そんな歌代さんの願いが届いていることが伝わってくる笑顔だった。

per grocery

Photo:相馬ミナ

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