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60年かけ世界に認められた有機純米酒「100年かけてたどり着く水があるから」【福光屋】

1625年創業。398年の歴史を誇る金沢市内最古の酒蔵である「福光屋」。伝統を守りながらも、画期的で革新的な取り組みに挑み続けている。そのあらわれが「有機純米酒」。米と水にこだわり、60年の歳月をかけて生み出したそれは、「オーガニックな日本酒」として、国内はもちろん世界各国でも注目されている。進化を続ける酒蔵の姿勢には、伝統の技術に裏打ちされた矜持が感じられる。金沢から世界へ広がり続ける福光屋の取り組みを聞いた。

「全量純米化」宣言から「有機純米酒」への発展

福光屋が「全量純米化」を宣言したのは、2001年のこと。生産量1万石以上の酒蔵としては初めてのことだった。それが、どれほど革新的なことなのか。

そもそも、日本酒は酒と水で造られるものだということは、多くの人が知っていることだろう。そこに、サトウキビや穀物などからった醸造アルコールを加えて造られているのが、通称「アル添酒」。日本の清酒生産量の77%を占めている。

一方「全量純米化」ということは、醸造アルコールを一切添加せずにすべての酒を造るということ。

「使うのは、良質な酒米と仕込み水だけ。あとは微生物の力だけで発酵させていくということなんです。醸造には時間が必要ですし、もちろんコストもかかります。それでも、日本酒本来の姿を大切にしたいと決めたことでした」と、広報担当の岡本亜矢乃さんが教えてくれる。

福光屋のすごいところは、さらに純米化するための酒米の品質にもこだわったことだ。農薬も化学肥料も使わない有機米を原料として、酒造りを進めたのだ。なんとも愛らしい米の形の顔が描かれたラベルの酒「禱と稔」が、その結果。

ラベルの片隅には、しっかりと日本、アメリカ、EUそれぞれの有機制度に基づく認証を受けた印がある。これには、とても厳しい規定がある。書き出してみると、

・3年以上無農薬・有機肥料で育てられた農作物に与えられる有機JAS認定取得の米を使っていること

・洗米から瓶詰めに至るまで全ての加工工程で有機認証基準を満たした環境・製法であることを認められた加工場で醸造されていること

・認証機関の検査員が農地や加工場に直接赴き、厳格な実地検査を行なって、認証を継続するために年に1回の実地検査を受けること

となる。つまりは、米を育てるうえでも、醸造という加工をするうえでも、さまざまな条件をクリアしなければならない。福光屋は、それを成し遂げ、それを持続し続けている。

酒造りの根っこである米作りに挑む

「『禱と稔』は、福光屋がずっと取り組んできた酒米の契約栽培化の集大成といえるもの。約60年かけて農家さんと一緒に酒米作りをしてきたからこそ、できたものだと考えています」と岡本さんは誇らしげに話す。

契約栽培化とは、先に書いたように純米化を進めるうえで欠かせない取り組みだったという。「山田錦」や「金紋錦」「フクノハナ」という銘柄の酒米を作る農家と契約を結び、上質な原料を安定して仕入れられるようにしてきた。契約をしたと書けば簡単に聞こえるかもしれないが、全く違う。

「まず先代は、上質な山田錦を育てる作り手さんを探しました。ちょうどその頃、米の品質を正当に評価されない現状に直面し、全国の酒蔵を訪ね歩いていた兵庫県坂本の農家さんと巡り合い、何度も通い合ってお互いの理念と熱意が一致して、契約を始めたと聞いています。それが、60年前のこと。以来、生産者さんやその地域との3代にわたる関係が続いています」

「さらに、その意思を継いだ現社長は、『金紋錦』を作る農家さんがいなくなりそうだと知ると、また何度も現地へ通い、全量を買い取る契約栽培として続けてもらえるよう話をしました。そのお米じゃないと出せない味があって、代わりがありません。金紋錦を作る方がいなくなると、福光屋の酒の銘柄も減る。生産者さんと一緒に酒造りをするという気持ちでやらなければ、いいお酒は造れないんです」

全量買い取るという契約は、相当な覚悟が必要だろう。その真摯な姿勢や、必要とされていることを知れば、生産者はいい米を作ろうと一緒に取り組んでくれる。兵庫県や長野県、地元石川県、富山県と契約栽培をする農家が増えていき、福光屋は生産者との信頼関係を着実に強固なものにしてきた。

生産者との絆があってこそできた有機栽培米

ここでやっと、有機米の話に繋がる。この信頼関係があってこそ、有機栽培をお願いできたというのだ。先に書いた有機制度に基づく認証の条件を思い出してほしい。

「認証を取得するまでに最低3年かかるんです。農薬や化学肥料を使わないということはそれだけ手間も時間もかかります。非有機で使ったトラクターなどは持ち込めないし、ひたすら草取りに追われることになります。それでもお願いできたのは、契約栽培をするうえで、農薬や化学肥料を50%以下に減らす『特別栽培米』のお願いを始め、何度も現地に通ってやりとりしてきたから。健やかな米作りをしたいという思いを共有できているからだと思うんです」

福光屋の杜氏は、米作りにも至極詳しい。酒造りが終わって夏になると、兵庫県の山田錦を作る生産者のもとへ行き、一緒に米づくりに携わっているという。

「大学で土壌肥料学を勉強してきた杜氏なので、土壌の改良も含めて、一緒に米作りをしているんです。有機米を作ることの厳しさを身をもって知っている杜氏だから造れたのが『禱と稔』と言ってもいいのかも知れません」

じつは、「禱と稔」は、その構想から完成するまでになんと8年もの年月がかかっている。同じ品種の酒米でも、有機米を使うとどうしても「良くない匂い」が出てしまったのだという。

「麹や酵母がどんなふうに働くかは、やってみなければわかりません。微生物ですから、計算通りにいかないものです。精米の具合や、酵母の選定や配合には、気が遠くなるくらいの組み合わせがあります。いろいろ試してはうまくいかないことの繰り返しで、思い悩む杜氏の姿を見てきました。それがやっと形になった時は、全社で喜んだのはもちろん、生産者さんにもとても喜んでいただけたと思います」

60年以上かけて培ってきた信頼関係。苦労を厭わず有機米を育ててきた気概。それらを全て知っている杜氏が手がけたのが「禱と稔」というわけだ。

創業以来、福光屋を支えている地域の水

酒米の話ばかりになってしまったが、水の存在も重要で欠かせないものだ。創業以来、同じ場所で酒づくりをしているのは、この土地に湧き水があるからだ。これが福光屋の仕込み水として、長年使われ続けている。

「白山に降った雨が地中に染み込んで、貝殻層をくぐり抜けながらミネラル分を蓄えていきます。それが、なんと100年かけて福光屋の地下150メートルのところにたどり着くんです。酒蔵の脇に採水場があるんですよ。行ってみましょう」と岡本さんが案内してくれる。

杉玉としめ縄が飾られた軒下には、樽にこんこんと水が流れ込み、掬うための柄杓が置かれている。どうぞと言われて口にすると、なんだかキリッとした気持ちになれる。少しすると、近くの住民が汲みにきた。何本もの空のペットボトルにどんどん水を入れていく。

「この水で炊いたご飯は格別よ。お茶もおいしいし、なんでもおいしくなるから、多少重くてもここに汲みに来るんです」と嬉しそうに話しながら、車に積み込んでいった。自転車で来た人もいて、持参の水筒にさっと汲んで走り去っていく。福光屋の酒造りに欠かせない水は、地元の人たちにとっても大切な飲料水でもあるのだ。

「地域の資源として、大切にしています。この水があるからお酒が作れるし、この場所でずっと仕事ができるんです」

日本で初の「CRCコーシャ認証」を取得

こうして、酒米にこだわり、水を大切にして生み出してきた「有機純米酒」の影響は、他の酒にもある。2022年、福光屋では代表的な銘柄である「加賀鳶」や「福正宗」をはじめとした7ブランド、71製品で「コーシャ認証」を取得している。

コーシャとは、ユダヤ教の聖典に記された食べ物に関する定めに適合した原料、製造したもの。どんな動植物なら口にしていいのかはもちろんのこと、食べ合わせについて、さらには添加物、製造における設備や道具、工程、パッケージにいたるまでさまざまな規定があり、とても厳しいもの。

「つまりは、コーシャの規定をクリアしていたら安心して食べられる自然食品ということなんです。海外では、ユダヤ教徒だけでなく、健康への意識が高い消費者も食品を選ぶ基準として定着しています。なかでも、北米の最大組織である『CRC』のコーシャ認証を取得しました」

北米最大の地域正教会組織でイスラエル宗教省認定団体である『Chicago Rabbinical Councll(CRC)』では、初の日本酒の認証だという。安全で安心な日本酒であるという印は、北米から世界に向けての展開を見据えてのこと。さらにインバウンドへのアプローチとしても強い。

「派手に世界展開!ということではありません。時間をかけて生産者さんと一緒に酒米を作り、地域の水をいただいて造ったお酒ですから、大事に確実に広げていきたいです。実際、アメリカやカナダ、中国や香港などでは、日本酒が注目されていて、なかでも〈オーガニック日本酒〉はブランドとして価値がで始めていると感じています。いいものを造れば、必ず伝わると信じているので、焦らずにやっていくつもりです」

いいものは認められる。そう思える強さが福光屋にはあるのだ。60年かけて培ってきた酒米と生産者とのつながりがあり、8年かけて造ってきた有機純米酒があり、400年以上こんこんと湧き出る水がある。真摯に実直にものづくりをすることで得られるものは、時間をかけてでも必ず目の前に現れる。老舗の矜持が生み出す商品が、その証だ。

福光屋

Photo:相馬ミナ

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