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「ビジネスホテルの在り方を変える」30歳からの料理修行で挑戦的立て直し【城町アネックス】

福井県福井市で歴史をスタートさせた、老舗ホテルの城町アネックス。二代目の新海康介さんがオーベルジュタイプへと進化させ、泊まれるレストランとして地域に定着。絶品の洋食は、SNSや口コミでも大満足の声が多い。経営のピンチに陥りながらオーベルジュへと舵を切ったのは、ビジネスホテルとしての新しい在り方を模索したから。新海さんにレストラン「二ノ丸グリル」オープンまでの着想、料理経験がないまま飛び込んだ洋食修行の日々などを語ってもらった。

オーベルジュ型ホテルの思い出に残る料理

福井城跡のお堀のそば、赤レンガの三角屋根が城町アネックスの目印だ。街並みやお堀の緑を身近に感じつつ、出張疲れや旅の散策を癒やすのにぴったりのホテルとして愛されてきた。

城町アネックスの名物のひとつが、洋食レストランの二ノ丸グリル。モーニングはトーストにサラダ、スパニッシュオムレツに具だくさんのスープ。トーストは地域のパン屋から届く厚切りタイプで食べ応え抜群。窓から広がる福井城跡のお堀を眺めながら、ゆったりとした朝の時間を過ごせる。

ランチは洋食弁当やビーフシチュー、国産牛のアミ焼きなどのメニューから、どれを選ぼうか迷うのも楽しい。洋食プレートなら、ハンバーグやロールキャベツ、クリームコロッケなど8種類から2種を選べるので、何度も注文したくなるはずだ。

ディナーではハンバーグステーキやオムライスなど洋食の王道をたっぷりと味わえるほか、記念日のコース料理は大切な日を彩ってくれる。

二ノ丸グリルの絶品料理目当ての来客もあるほど、食の満足度が高いのが城町アネックスの特筆すべき点。シェフでもある新海さんは、大阪・東心斎橋にあった洋食の名店「洋食Katsui」(現在は奈良に移転)で腕を磨いた。

「洋食Katsuiのオーナーシェフ勝井景介さんとの出会いのおかげで、今の城町アネックスのかたちがあると言っていいくらい、大きな影響を受けました」

オーソドックスな洋食を楽しめる空間は、清潔に整えられて清々しい。

「勝井さんは掃除に気を配る方なんです。窓ガラスに指紋が付いていたら、せっかくの良い料理もマイナスになりますし、床のゴミも隅っこに溜まりやすい。修行を通して、真ん中よりも隅っこを見るようになりました。綺麗と言っていただくのが一番の褒め言葉ですね」

時代の変化の中、ホテルが輝くためのシェフ修行へ

新海家のホテル開業は1948年(当時:丸の内ホテル)。ビジネスマンがスマートに宿泊できる都会的なホテルとして1984年に新海さんの父が現在の場所に移転建築(アネックスホテル福井)。2013年にホテル名を「城町アネックス」に改称。昭和の時代を駆け抜け、平成のバブル崩壊やコロナ禍を経て令和へと続いてきた宿だ。

「1980年代の福井は旅館の町で、個人が経営している宿は基本的に旅館だったんですよ。ビジネスマンが出張に来たら、地域の旅館に泊まっていました。そこからビジネスホテルという新しいジャンルができていったんです。ホテルを開業した父自身、サラリーマンで出張に行くことが多く、都会的なビジネスホテルを経営したいと考えるようになったんですよ」

新海さんは元々ホテルを継ぐつもりはなく、大阪の企業に就職。ところがバブル崩壊の煽りを受け、実家のホテル経営が厳しい状況に陥っていることを知る。チェーンホテルがどんどん台頭する時代。個人ホテル経営の厳しさを感じつつ、ホテルの価値を創るために可能性を見出したのが料理だった。

「2000年代のホテルの食事というと、シティホテルのすごくしっかりしたご飯か、食事が付かないチェーンのビジネスホテルが多かったんですよね。その頃はオーベルジュなんて単語も知らなかったですし、食事をちゃんと出せる個人経営のホテルは珍しかったんです」

「もしも自分がホテルに泊まるなら、朝・昼・夜の食事がおいしいホテルがいいという想いもあって、これからのホテルは料理だと考えたんです」

起死回生を懸け、料理の修行先を探し始めた新海さん。たくさんの洋食店を巡る中、大阪で「洋食Katsui」に出会う。勝井景介氏はホテルマンの経歴を持つ料理人だ。

「ホテルマンと料理人がミックスされていて、勝井さんから独特の雰囲気が感じられたんです。本当にすごいと思ってお店に通いました。3回目に訪れたとき、修行をさせてくださいと頼んだのですが断られてしまって。それでもしつこくお願いしたら、一緒に働こうと言ってくれたんです」

「僕は当時30歳ぐらいでしたが、オムレツも作れないくらい料理を何もしてこなかったんです。まずは洗い物から始まって、接客・サービスや人に喜んでもらう作法などたくさんのことを学びました。めちゃくちゃ怒られもしましたが、あれだけ真剣に怒ってくれるなんて愛があるし、勝井さんはすごく居心地の良い方なんです」

師匠に対しては、今でも大きな感謝と尊敬を抱いているという。

「料理や商売の師匠でもありますし、家族のような存在です。『康介、エビの殻剝き終わったらサーフィン行こう!』など、めちゃくちゃなところもあったのですが(笑)、いろいろな世代から愛されている方ですね」

口コミで広まった二ノ丸グリルの確かな味

大阪での修行を経て、新海さんが福井に戻ってきたのが2008年。ホテル内に二ノ丸グリルを開業した。

「福井に戻ってきてからの5年ほどは、レストランのことしか頭にない状況でした。宿泊は両親が細々とお客様を受け入れていたのですが、僕は客室の方を全然見れていなかったです」

レストラン開業当初は、ハンバーグとカレーが看板メニュー。地域の老舗ホテルで洋食を、という文化が根付いていたともいえず、順風満帆のスタートではなかった。それでも少しずつ客足が伸び、調理スタッフを増やすこともできた。

「レストランの経営が安定してきた段階で、ホテルの経理も気にかけられるようになったのですが、経営状況がさらに大変な状態になっていて……。パンドラの箱のようでした。 レストラン1本で行こうかと悩んだくらいだったんです。レストランは幸運なことに年々お客様が増えていたので、ホテルも経営するなら両方ダメになるんじゃないかという不安も感じていました」

ところが徐々に、宿泊客の様子にも変化が見られたという。

「ここ5年位でいろいろな人が来てくれるようになりました。ベースとしてはビジネスマンのお客様が多いのですが、月曜日にチェックインして金曜日にチェックアウトする滞在型のお客様が続いています。滞在中は部屋の清掃も不要だと仰る方もいて、静かで他のお客様が少ないのが良いみたいです。滞在型のお客様が土曜にチェックアウトされた頃に、観光客の方々がいらっしゃる……というパターンができてきました」

固定客も観光客も訪れるようになった城町アネックスだが、広告には力を入れていないのが驚きだ。
「広告を出したことはないのですが、SNSのおかげだと思うんです。インスタなどSNSで城町アネックスを知ってくださる方が多いようなんですよ。ある時期から急激にレストランのお客様も増えてきたのですが、スタッフが言うにはお客様がインスタで写真を上げてくださっているんですね」

スタッフとお客様に支えられつつ、宿泊も賑やかさを取り戻し、ホテル全体が活気を取り戻したのだ。

地域内外から愛されるビジネスホテル

オーベルジュ型シティホテルとして、福井の町に溶け込む城町アネックス。地域からはこんな愛され方をしているという。

「県外から福井県に引っ越しされてきた方で、まだ家が決まってない時に城町アネックスに滞在するお客様もいます。住むところが決まってお引越しされた後も、親戚の方などが福井に遊びに来られると、うちを利用してくださいました。その方が転勤で福井を出る時、荷物を先に送ってしまって最後にうちに泊まってくださったことも」

「京都や大阪から親戚が来るときに、城町アネックスに泊まってもらおうと考えるお客様は多いですね。大学受験の時にうちに宿泊し、合格してからご家族と福井に来てまた宿泊してくださる方もよくいらっしゃいます」

大切な人におすすめできるホテルとして、思い出に残る食事ができるオーベルジュとして。たくさんの人が城町アネックスで思い出を作ってきた。
「うちのホテルはポイント制はないのですが、長期的に利用してくださるビジネスマンのお客様も多いですね。何十年ぶりにいらっしゃって、『顔を見に来たよ』と声を掛けていただいたこともありました」

「一方で、チェーン店のビジネスホテルに慣れていらっしゃるお客様ですと不便を感じる点も。フロントは夜の10時で完全に閉まりますし、電話にすぐに対応できる体制を取っているわけでもないんです。いわゆるビジネスホテルとしての当たり前とは異なるところもあることを、少しずつ知っていただいてきたかたちですね」

一度は福井を出た新海さんだが、Uターンで帰郷してからは地元の良さをしみじみと感じるそう。

「福井は子どもの学力が全国トップ。ですが学校は定員割れが多くてお受験はほぼないんです。だから子どもたちは基本的に遊んでいて、すごく子育てしやすいですね」

「僕の子どもたちが通う小学校は人数が少なくてクラス替えもないのですが、みんな仲が良いんです。子ども一人ひとりにスポットライトが当たるので、埋もれることなく拾い上げてもらえていると感じます。小学校の窓から福井城跡のお堀を眺められるのも贅沢ですよね」

ビジネスホテルでありながら、福井市に暮らす人の思い出もたくさん作ってきた城町アネックス。美味しい洋食を食べれば、一日の幸福感がきっと増すはず。福井に足を運ぶときは、城町アネックスをぜひ訪れてみてほしい。

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