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「地域に根差す豊かさを次代へ」越前海岸の水仙がつなぐもの【ノカテ】

福井県の越前海岸に広がる水仙畑。千葉の房総半島、兵庫の南淡路島と並ぶ日本三大水仙群生地のひとつであり、日本水仙発祥の地とも言われている。人々の生業と越前海岸の風土がつくりあげる産地の風景は、日本各地の特色ある暮らしを理解するために欠かせない国の「重要文化的景観」にも選定されている。そんな日本有数の水仙産地で「SUISEN Bouquet(スイセンブーケ)」のEC販売を始めたのが、ノカテだ。ノカテが目指すのは、新しい生業と人の流れをつくり、産地の風景を次代へとつなぐこと。「いつか、どこかで、誰かの糧(かて)」をコンセプトに、ノカテが取り組んでいることを代表の高橋要さんに伺った。

断崖に咲き誇る可憐な水仙が持つ可能性

日本水仙といえば、生け花などでも用いられることが多い、暮らしを彩る花のひとつ。そんな日本水仙が、福井県の海沿いで咲き誇っている。産地の風景を部屋でも楽しめるようにと、日本水仙のEC販売を始めたのがノカテだ。

Photo by Kyoko Kataoka

一般的に葉付きで流通することが多い日本水仙を、ノカテでは花と軸だけを束ねたオリジナルブーケにして販売。届いた箱を開けると水仙の甘い華やかな香りが広がり、幸せな気分を味わえる。部屋に飾れば、白と黄色の可憐な花に思わず笑顔がこぼれそう。

「日本水仙が葉付きの状態で出回るのは、華道や生け花で花と葉を一緒に使うことが想定されているからなんです。規格もそういう需要に合わせてつくられている。だけど、実際には花と軸だけでも十分にきれいだし、香りもなんら遜色ありません。そういう新しい楽しみ方を提案して、実際に楽しんでくれる方が増えたら、産地の中に新しい形の生業をつくることができるんじゃないかと思いました」

福井県嶺北地方の越前海岸は、ダイナミックな奇岩断崖がそびえ立つ迫力満点の海岸線。冬の冷たい潮風を受けながら、可憐な水仙が斜面一帯に咲き誇る様子には驚かされる。

そんな越前海岸の水仙畑は、土地の風土とそこに暮らす人々の生業がつくりあげた特色ある景観として、令和3年3月に国の重要文化的景観に選定された。福井市、越前町、南越前町の3つの市町にまたがっており、このエリアでは100年ほど前から水仙の栽培が生業として根付いてきた。


「水仙の花が咲き始めるのは11月の下旬から12月の上旬ごろですね。農家さんはつぼみの状態で収穫するので、大体11月半ばごろから収穫が始まるんですけど、その年の天候などによっても変わってきます。水仙って時期をずらして花を咲かせる気まぐれな花なので、畑に花が咲く風景自体は2月末ごろまで楽しむことができます」

未来のためにできること、ヒントは地域のなか

ノカテ創業のきっかけとなったのは、福井市が主宰していた事業創造プログラム「XSCHOOL」だ。県内外から集まった専門性も背景も異なる受講生が、福井の文化や風土を紐解き、社会の動きを洞察しながら、自らを起点とした未来に問いを投げかけるプロジェクトの創出を目指す。

「2019年のXSCHOOLのテーマは『未来の土着』でした。僕はメンターの一人として参加していたのですが、テーマが難しかったこともあって、メンターもチームを作って参加することになったんです。僕らなりに未来の土着を紐解いていったとき、これまで地域に根付いてきたものにこそ未来に向けて根付かせたいもののヒントがあるんじゃないかと考えました」

「そんな中、福井市の郷土歴史博物館学芸員の藤川さんからは『文化的景観』という言葉について教えてもらいました。 ちょうどその時期、越前海岸の水仙畑が国の重要文化的景観に選定されるかどうかのタイミングだったんです。そんなこともあり、チームで越前海岸へフィールドワークに行ってみました」

そうして出会ったのが、美しい水仙と、地域の中でたくましくしなやかに生きる水仙農家だった。

「そのフィールドワークを通して、ぼくたちが今でもお世話になっている藤崎さんという水仙農家さんと出会うことができました。藤崎さんがどういう仕事をされてきたのか教えていただいて、ぼくたちも改めて日本水仙という花の魅力を認識して。すごく香りがいいし、花の姿もかわいらしいですよね。短い時間の中で、メンバーそれぞれが越前海岸と日本水仙の可能性を感じとっていました」

「同時に、出荷のための細かい選別作業が農家さんにとっての少なくない負担になっていることや、それだけ手間をかけて出荷しても1本あたりの売値がシーズン平均で40〜50円ほどの世界であること、近年では獣害が増えてその対策にも多大なコストがかかることなどを教えてもらいました。農家さんの高齢化が進み、畑を守る人がどんどん少なくなっていく中で、この生業を若い人が継いでいくためにはたくさんの課題があると感じました。でも、ぼくたちノカテのメンバーそれぞれが持っているスキルや経験、知恵やつながりを活かして従来とは違ったアプローチができたら、水仙の産地の現状に変化を起こせるかもしれないとも思ったんです」

着想を練りながら事業を構想。2021年からSUISEN BouquetのEC販売をスタートさせたほか、さまざまな取り組みにチャレンジ中だ。

「ノカテがメインで打ち出している事業は水仙ですが、行政から委託を受けて文化的景観に関連する案内サイン看板やガイドマップの制作も行っています」

限界集落での暮らしで気づいた、関わり合いの意義

山形の大学を卒業後、新潟の大学院に進んで学校の教員になることを夢見ていた高橋さん。現在のように地域との関わりにエネルギーを注ぐようになったのは、その頃の経験が大きかったという。

「僕がお世話になった研究室の先生が、まちづくりに関わるような研究をされていたんです。2010年に先生と一緒に、新潟県の旧川口町(長岡市)の木沢集落を訪れました。その集落は2004年に起こった中越地震の震源になった集落。元々過疎化の進む山間部で発災した中越地震では、震災を通して過疎が20年分進んだと言われる状態になりました」

「僕が木沢集落を訪れたのは震災から6年ほど経ったときでした。ほとんど若い人がいない小さな集落で、いわゆる限界集落と呼ばれるような状態。でも、そこに暮らしているおじいちゃん、おばあちゃんたちがなんだかすごく元気でいきいきしているんですよ。どうしてみんな元気なんだろう、と気になって足しげく通うようになりました」

日本のローカルに飛び込んだ高橋さん。継続的に地域と交流することで気づいたことがたくさんあった。

「中越では、今でいう地域おこし協力隊のような形で復興支援員が地域の復興デザインを手伝うなど、大学の教授や学生、外部からのボランティアが絶えず地域に出入りしていました。すると、外からきた誰かの言葉によって、当たり前だと思っていた自分たちの暮らしの豊かさに地域の人たちが気づいていくという状況が生まれていたんです。たとえば、木沢集落の棚田は、夕陽に照らされるとすごくきれいで、そこで採れるお米もめちゃくちゃ美味しい。外の人たちがそういうことを『すごくいいですね』と伝えていくことで、木沢のみなさんは自分たちの暮らしに対する誇りを深めていっていたんです」

大学院修了後は、木沢集落で一年間暮らすことに。その後は、木沢集落を訪れた地域研究者との出会いをきっかけに、京都市の公益財団法人に入職。青少年育成や地域に携わる経験も積んでいった。

「京都には一年半いて仕事も楽しかったんですけど、知り合いがいないところに行って自分の力を試してみたいと考えるようになりました。社会学や地域研究をされている草郷孝好先生に相談しに行くと、福井市に殿下地区という小さな地域があり、殿下地区が地域おこし協力隊を募集していることを教えてもらったんです」

過疎地で深まる、かけがえのない絆

殿下地区は福井市西部に位置するエリア。平均年齢は70歳を超え、地域の人口は約360人と少子高齢化が進んでいる。

「実際に殿下地区を訪れて話を聞いてみると、小さい地区ながらに自分たちで何かやろうとするキーパーソンの人たちがいたんです。僕が特に感動したのが、東日本大震災で起こった原発事故の影響で外遊びのできない福島の子どもたちを、サマーキャンプで受け入れる取り組みをされていたこと。福島の子どもたちは殿下のホストファミリーの家に滞在するので、すごく密な関係性ができるんです」

「サマーキャンプでは、地区の外から大学生や社会人のボランティアなどを受け入れていて、その滞在場所をつくるために、地域の空き家をちゃんと確保していたのもすごいと思いましたね。当時の社会的な課題と、自分たちの地域の課題を重ね合わせて活動に取り組んでいたんです。僕は地域の中で仕事をつくることを目標にしていたのですが、殿下地区なら地域の人たちが元々やってきた取り組みとこれまでの自分の経験をうまく噛み合わせることができるんじゃないかと思いました」

福井で活動を始めてから9年。少しずつ地域の変化を感じているという。

「実はぼくが殿下へ移住してから、殿下への移住者が10組以上来ているんです。僕が来たことが直接的な要因というわけではないんですけど、僕みたいにここで楽しそうに暮らしている人間がいて、地域の人も外からくる若い子たちのことをよく見てくれていることが重なっているんじゃないかなと思います」

人間同士の関わりが、過疎を超えて移住にまでつながることを、髙橋さん自身が身をもって感じている。

地域の何気ない暮らしや景色を未来に残す

ノカテは越前海岸に咲く日本水仙を流通に乗せ、暮らしに寄り添う花としてさらに知名度を上げてきた。これからはどんな展望を描いているのだろう。

「産地の現状としては、水仙農家さんたちの高齢化が進んでいて、担い手となる人はほとんどいません。ノカテだけでSUISEN Bouquetの流通を回すというよりは、地域の外の人が関わって、新しい人の流れや地域への愛着を生んでいくことが大切だと考えています。ノカテとしてインターンのプログラムなんかも企画したいですね。地域の中の人と外の人がお互いにエンパワーメントし合う状況を生んでいきたいんです」

地域の未来のためにも、近々オープン予定なのが宿泊施設「点景」だ。

「滞在できる場所があることで、地域との関係性が生まれる時間をつくることができます。2年ほど前に建物を購入してから、徐々に改修を重ねてきました。2階に客室が3部屋あり、一組限定の一棟貸しの宿として泊まっていただく予定です。1階部分はコミュニティスペース的な使い方も考えていて、冬場は水仙の作業を体験できるスペースにもなる予定です」

「ツーリズムもやってみたいなと考えているんです。自分たちにしかアクセスできない穴場スポットもありますし(笑)。現場でワークショップをするような、地域に関わる時間を増やす取り組みをできたらいいですね。越前海岸には僕ら以外にも素敵なプレイヤーがいるので、このエリアの可能性を見せていきたいです」

地域の日常を、写真や文章でZineとして形に残す取り組みも行ってきた。

「今しか残せないもの、今しか継いでいけない暮らしの景色や営みがあって、それらを残していきたいんです。工芸や産業とはまた違って、その季節でしか食べられない山菜、あのおばあちゃんしか作れない料理、ここにいるから味わえるものみたいなものがありますよね。それ自体がお金になるわけじゃないんですけど、豊かさだと思うんです」

福井で地域に溶け込み、共に未来を創るノカテ。高橋さんが、これまでの活動を振り返ってくれた。

「普通に生きているだけでも誰かの力になれるんだな、と感じているんです。それはつまり、みんなが誰かの糧になる可能性を秘めているということ。ノカテの名前の由来でもあります。地域の人たちも僕らが外から人を連れてくることも楽しみにしてくれているので、いろいろな人を連れてこなきゃですね」

部屋に飾るのにも誰かへの贈り物にもぴったりなSUISEN Bouquet。一本一本の花にも地域のストーリーが込められている。水仙の香りを楽しみながら、福井に暮らす人々に想いを馳せてみてほしい。

ノカテ

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