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「写真家・石川直樹さんのポスターや冊子をきっかけに」斜里町や知床の日常を伝える【知床しゃり】

世界自然遺産である知床を有する斜里町。2015年から「観光だけではない知床」として町のブランディング活動を行ってきた。写真家・石川直樹さんの写真を用いたポスターやブランドブックを制作したり、キャラクター「知床トコさん」のグッズを作ったり、町全体でスタンプラリーを開催したり。その活動を支え続けている一般社団法人「知床しゃり」について、宣伝広報の平野麻莉絵さんに話を聞いた。町の魅力を伝えるツールのあり方や、伝える姿勢の大切さとはなんだろうか。

写真家・石川直樹さんの写真をきっかけに斜里町に興味を持ち、好きになる

北海道の斜里町にいると、印象的なポスターと「SHIRETOKO! SUSTAINABLE」と書かれた冊子に目がとまる。駅で、土産物店で、郵便局で。知床の植物のアップだったり、雪景色のなかで笑う女の子だったりと、引き寄せられる写真があるからだ。これは、写真家の石川直樹さんが撮影したもので、斜里町では町のブランディングの一環として制作されている。平野麻莉絵さんも、このポスターと冊子のブランドブックに目を留めたひとり。

「すごくいい雰囲気でかっこいいなと衝撃を受けて見ていたら、石川直樹さんが撮影されていると知って。これが町としての取り組みだと知って、おもしろい土地だなと感じたんです」

知床に魅了された石川直樹さんは、個人的に何度もこの土地を訪れ、作品を通してその魅力を伝え続けている写真家だ。

旭川市出身の平野さんは、それまでは国内や海外で行きたい場所へ行き、アルバイトをして生活していた。転々としていたはずが、斜里町でしっかり暮らしを確立しようと移住を決意する。

「それまでは、農業の住み込みアルバイトをしたりしていろいろな場所で暮らしていました。それぞれに楽しかったのですが、改めて『住みたい』と思ったのは斜里町が初めてだったかもしれません。なぜ斜里町だったのか聞かれることがあると、いつも『恋をしたんです』と答えています(笑)。知れば知るほど好きになった場所。海と山が近くて、文化や歴史もある。街並みも風景も、暮らしている人たちまでも、なんだかおだやかな雰囲気で惹かれたのかもしれません。もちろん、冬は厳しいんですけどね」

斜里町内のにんじんの選別工場での短期アルバイトを見つけ、働きながら住む場所と仕事を探すことに。一緒に働く人たちに「斜里町に住みたい、この町で働きたい」と話をしているうちに、求人が出たのが「一般社団法人 知床しゃり(以下 知床しゃり)」。冒頭に書いた石川さんが編集長を務めるブランドブックを手がけている会社だった。

「斜里町で目にして、衝撃を受けたものに関われるなんて想像もしていませんでした。タイミングが良かったんだと思います」と振り返る。

観光ではなく文化事業としてのブランドブックの存在意義とは?

「知床しゃり」の設立は2019年。設立に当たっては、斜里町の取り組みから話をしなければならない。

「この会社ができる前の2015年、斜里町では『知床ブランディング・プロジェクト』として知床のイメージを見直し、石川さんたちアーティストの力を借りて知床本来の価値を掘り起こす活動が始まりました。デザイン会社の『トラウト』さんが制作したポスターが採用され、それが石川直樹さんの写真を使ったものだったそうです。石川さんご自身、知床が好きで通っていて、この地域のことをよく知ってくださっているんです。そのポスターが好評だったことから、ブランドブックも作ることに。観光を盛り上げるツールとしてだけでなく、町の文化を伝えるもの、30年経っても読み継がれていけるような一冊をということで観光事業というよりも『文化事業』としてスタートしました」

それまでは知床を「秘境」と謳うことが多く、年齢層は高めの観光客が訪れることが多かった。『知床ブランディング・プロジェクト』では、若い世代にも来てもらえるように、かつ、一過性のブームで終わらせず、町そのものを知って好きになってもらうことを大切にしているという。

当初は国からの予算を使っていたが、数年前から町の予算から捻出して続けることに。とはいえ、利益があるわけではないため、継続が難しくなってきていた。そこでできたのが「知床しゃり」。設立にあたっては斜里町商工会と知床斜里観光協会が出資をし、町役場だけでは手がまわりきらない活性化の事業を担っている。ブランドブックもそのひとつ。

「町と知床しゃりと合同で制作して、公共施設や宿泊施設、飲食店などには2000冊を町役場から無料で配布し、同じものを知床斜里が有料販売するという形にしています。印刷も一部だけ分けて、有料販売分には広告ページも入れるようにしています。そうすることで町も私たちも制作費を抑えられて部数も多く刷れるので、よりたくさんの方に手にしてもらえるという仕組みなんです」

国や市、町の予算内での事業はどうしても継続が難しくなってしまうことがある。それを続けるための手段として設立され、さらに大きく広げる役目も担っているのが「知床しゃり」というわけだ。

町のガイドブックや観光案内ではなく、知床の日常を伝える冊子に

ブランドブックのページをめくると、写真集のように風景や町の人たちの写真が続き、それらについての文章がつづられている。斜里町にある知床博物館の収蔵物を紹介するページもあり、古い生活道具や農機具が当時の暮らしを伝えてくれている。飲食店や宿泊場所などの紹介などのガイド的な要素はまったくなく、この本が文化事業だと言っていた意味が伝わってくる。

「この方向性については、もちろん賛否両論あると思います。もっと町を強く宣伝する方がいいという人もいるかもしれない。でも『観光だけじゃない知床、斜里町』を知ってもらうのが目的なんです。ここで生活している人や暮らしぶり、歴史や文化を紹介することで、この本を長く残せるものにしたい。町の方々にもそれを伝えるようにしています」

一冊を制作するにあたっては、石川直樹さんとデザイン会社のトラウトさんが編集方針を決める。例えば、今号で「鮭のことを伝えたい」となったら、町役場と知床しゃり側が、鮭漁に携わる人や鮭の加工場などの取材を調整していく。もちろん、石川さん自身やトラウトさんの知り合いも含めて、さまざまな人に取材や撮影をお願いしていくのだそう。

「私の個人的な感想ですが、石川直樹さんやトラウトさんという町外にいる第三者の方が見てくださることで、斜里町の魅力が俯瞰して表現されているのではないかなと思うんです。当たり前の暮らしが、じつはとても魅力的で大切なものに感じられる。住民の人たちが自分たちの土地を誇りに思えるようなページになったらいいなと思っています」

オリジナルキャラクターのグッズ販売やスタンプラリーも実施

「知床しゃり」では、ブランドブックの制作だけではなく、ほかにもさまざまな事業を手掛けている。町にいると、石川直樹さんの写真と同じくらい目にするのが「知床トコさん」というヒグマをモチーフにしたキャラクターだ。

ブランドブックと同時期に考案され、町のシンボル的な存在としてあちこちで道を案内したり、町内を走るバスを彩ったりしている。

「その商標の管理をしつつ、さらに、このキャラクターを使ったグッズを開発、販売するのも仕事です。町の方たちからの『こんなものがあったらお土産物として売りやすい』という意見をもとにして、タンブラーやタオル、アウトドアグッズなどを制作しています」

また、実際に町を訪れた人たちにより楽しんでもらえるよう「知床トコさんスタンプラリー」も計画。お店をまわってスタンプを集めると、知床トコさんのオリジナルグッズがもらえるというものだ。

「最初にお話ししたように『知床しゃり』は、商工会と観光協会の出資でできています。だから、町の商店と観光の名所とどちらとも繋がりがある。飲食店やホテル、アクティビティのガイド、バス会社、駅など、本当にさまざまな業種が混ざってラリーに参加しているのが特徴なんです」

これは、観光客だけでなく、町の人たちも楽しみにしている取り組みで、スタンプラリーの時期が来ると一斉にスタンプを用意し、たくさんの人たちを迎える体制を整えていくという。業種の垣根を超えて町全体で取り組めるよう、知床しゃりが調整役を担っているということなのだ。

より深く町で暮らす人たちの話を聞き、外へ伝えて、町の魅力に変えていく

さらに、ブランドブックとは別に、自分たちでもフリーペーパーを制作し始めた。「asiretok(アシリエトク)」と名付けられたそれは、現在3号まで出ていて、平野さん自身も撮影や執筆を担当している。「知床の学舎に生きる人」と題して、斜里高校や知床ウトロ学校の教師に取材をしたり、「知床の海とともに暮らす人」と題して、漁師を家族に持つガソリンスタンドのスタッフに話を聞いたりしてまとめたものだ。ブランドブックに関わったことで、この土地に住む側からの発信もしてみたいという考えがあってのこと。

「これは完全に斜里町に住む人たちで作っているものです。書き手やデザイナーも斜里町民、印刷所も斜里町内。ブランドブックとは違って、よりこの町に住む人にフォーカスして文章でしっかり伝える内容にしています。オンラインストアでグッズを買ってくださった方へ同封したり、いろいろなお店や宿泊施設などに置いていただいています」

これからの課題を聞いてみると、継続することだとキッパリ答える。

「ブランドブックも、グッズの販売などのさまざまな事業も、すべてお金も手間も時間もかかる。継続していくためにどうしたらいいのか模索しながら、町の人たちに喜んでもらえるように続けていきたい。観光だけじゃない斜里町、知床を知ってもらいたい。私がこの町に惹かれた原点のようなことを伝えていきたいです」

平野さんの好きな場所を教えてくださいと伝えたら、駅の近くの跨線橋を指定してくれた。

「じつは私、自然が大好きとか登山が趣味とかじゃないんです。だから、知床に移住したなかでも変わっているタイプかもしれません。でも、ここにいると斜里岳や海別岳、知床連山が見えるし、海からの音も聞こえませんか? いいでしょう? 町並みも見えて、吸い込む空気もすごく気持ちがいい。住んでから3年経つ今でも、いい町だなぁって思えるんです」

「asiretok」には、近い立場の人だからこそ感じることや、聞き出せるような深い話がつづられている。それは、平野さんがしっかりとこの地になじんでいることの証のようだ。その彼女が携わってできるブランドブックやグッズを見た私たちは、石川直樹さんの写真に惹かれたり、知床トコさんがかわいいと思ったりして、町に興味を持つ。やがて斜里町や知床を思う時間が多くなり、彼女と同じように斜里町に、知床に恋をする人たちが増えていくに違いない。

一般社団法人知床しゃり

Photo:相馬ミナ

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