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保存食からスイーツとなった干しいも。「製造に1年かかるスローフード」【鶴田商店】

サツマイモを蒸して厚切りにして乾燥させる製法が生み出されたのは、1820年代の話だという。それが現代でいうところの「干しいも」である。身体にやさしい保存食として人々の間に少しずつ定着した食べものは、昨今の “お芋ブーム”に伴って「スイーツ」として市民権を得るようになった。手間ひまをかけた滋味深い干しいもが人気の「鶴田商店」の武昌吾さんにその成り立ち、魅力について話を聞いた。

忘れがたい記憶を呼び起こす、「鶴田商店」の干しいも

茨城県小美玉市で40年以上前から干しいもの製造販売をしている「鶴田商店」。彼らが作る干しいもは、もっちりとした食感と上品な甘さがクセになる。そして、咀嚼するほどに口のなかに広がる旨みに惹かれて、リピート買いするファンが多い。こうした上質な干しいもが存在するのは、茨城県で干しいも文化が醸成されていることが理由のひとつ。地域で作られるようになった歴史的背景はどういったものだったのか。

「静岡県の方が干しいもを伝承したことが始まりだと聞いています。その後、静岡はメロンとお茶の生産に力を入れるようになり、干しいもづくりをやる人がいなくなったのだとか。そこで茨城県は『これからは干しいもだ!』と言って、ひたちなか市で干しいも文化を盛り上げた人物がいました。それが1955年頃。以来、少しずつ浸透していったようです。私たちが製造販売を始めたのは1978年ですね」

干しいもといえば、表面に白い粉(麦芽糖)がふりかかった平べったい保存食といったイメージで止まっている人がいるかもしれない。冬の時季にアルミホイルで干しいもを包み、ストーブの熱で炙って食した懐かしい風景を思い出す人もいるだろう。そうした古きよき干しいも文化に新しい波が訪れ始めたのは、10年ほど前のことだと、武さんは振り語る。

「粉がふいたカチカチのかたさが特徴的な干しいもから、表面の粉がない、やわらかかったり、ねっとりとしていたりする食感にシフトしている印象があります。いわゆる保存食からスイーツや嗜好品といった趣に変化したのかな、と。実際、若い人はスイーツという印象しか持っていない人もいるんですよね。昔ながらの干しいものイメージで止まっているお客様には、僕らが作る干しいもがなぜ黄金色をしているのか、粉をふいていないのかをご説明することもあります」

写真提供:鶴田商店

「ベにはるか」をチョイスすることで、味わいが豊かに

ひとくちに「干しいも」といっても、ジェネレーションによって、イメージするものが違うことが面白い。さらに、選ぶサツマイモの品種、熟成の仕方によって、味の個性は変わってくる。「鶴田商店」の干しいもは「べにはるか」を使用している。

「もともと干しいもの製造を始めたときは『玉豊』(タマユタカ)を使っていました。その後、2005年に原材料であるサツマイモの生産を自分たちで始めました。茨城県小美玉市は、自然が豊かで土壌に恵まれていてサツマイモの栽培に適した環境なんです。全部で20ヘクタールくらいの広大な土地をお借りして、自分たちで畑を耕しています。2010年に新品種として『べにはるか』が登録されました。そのときにうちのスタッフが食べてとてもおいしかったので干しいもにしてみよう、と。それで『玉豊』からすぐに切り替えたんです」

実際、切り替えてみてわかったのは「べにはるか」は干しいも造りに適した品種だということ。

写真提供:鶴田商店

「量も取れて病気にもなりにくく、さつまいもの中では育てやすい品種です。栽培は畑の畝を覆う農作物用の『マルチシート』を利用します。そこに開けた穴から苗を横に寝かせるように入れて、苗の根っこになる方をやや斜めに土中へと埋めていきます。雑草が畑に増えてしまったり、雨によって肥料や土壌が削られてしまったりすることを防ぐために畑一面に使用し、丁寧な栽培を心がけています。うちが『べにはるか』に切り替えてしばらく経った頃に、焼き芋から火がついた“お芋ブーム”がやってきたんです。その後に、蜜が溢れるようなどろっとした食感の焼き芋が出てきて、『べにはるか』の存在が知れ渡りました。干しいもがスイーツとして注目されるようになったのはそれからですね」

ブームになったのは、おいしいだけではなく健康にいいという側面を併せ持っているから。

写真提供:鶴田商店

健康意識が高い人が求める、無添加のスローフード

「サツマイモ自体、食物繊維が豊富です。水溶性の食物繊維と不溶性の食物繊維がバランスよく含まれていることが、便秘の解消に効果的だと言われています。ビタミンB、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、カリウム、リン、鉄分、マグネシウム、銅など多くの栄養素が豊富に含まれているんです。原材料のサツマイモにこれらの栄養素は含まれていますが、干し芋にすることで、ギュッと凝縮される。だから、生芋や蒸し芋、焼き芋よりも高い栄養価がある食べものなんです」

さらに、美容に対して意識が高い人やボディビルダーを目指す人が愛する“スーパーフード”としても注目が集まっている。

「最近はGI値(食後血糖値の上昇度を示す指数)が低いことに一目置かれるようになりました。水分と一緒にいただくと、お腹が膨れるので食べたときの満足度が高くて、1度に食べる量もそう多くならないのではないかと思いますね」

無添加食品だから安心して食べられる干しいも。実際の製造は1年という長いスパンだ。

写真提供:鶴田商店

「時間をかけて『干しいも』になるので、僕らは“スローフード”と呼んでいます。まずは、そうした背景を知ってもらいたくて。種芋から苗作り、畑の植え付け、秋の収穫を経て2か月以上低温熟成をします。収穫したお芋の時点では、実はそんなに甘くないんですよ。なので、低温熟成といって、12〜3℃の倉庫で熟成させる期間が必要になります。デンプンが糖化して、糖分に変わることで甘くなります。最後に乾燥させることで甘みがぎゅっと凝縮されます。『べにはるか』は糖分の中でも麦芽糖が多いんですね。この麦芽糖は一般的な砂糖やグラニュー糖に比べるとすっきりとした甘みが持ち味。糖度は比較的高いわりに後味はすっきりとしています。ほかにもドライフルーツや乾燥させた干し野菜などもありますが、干しいものように味が変化するものはあまりないと思います。そこが、面白いところだと思っています」

食感の違いを噛みしめる楽しさ

「鶴田商店」は、食べやすい「平干し」タイプと小ぶりなお芋を丸ごと使った「丸干し」タイプを作っている。もちっとした食感を偏愛する“丸干しファン”も多いのだとか。

写真提供:鶴田商店

「僕自身、最初に『丸干し』を食したときに衝撃を受けました。太いお芋は蒸してから皮を剥いてスライスできるのですが、細いお芋の場合は蒸した状態で皮を剥くと果肉も一緒にこそぎ取れてしまいます。それによって果肉そのものが結構細くなってしまうので、スライスしても2枚程度にしかならないんです。それだともったいないし、丸ごと干して作る『丸干し』タイプが生まれました。乾燥する時間は平干しよりも3倍かかるので、より手間ひまがかかっています」

味変することでおいしさに広がりが生まれる

写真提供:鶴田商店

気軽に食べるなら「平干し」、ちょっと贅沢したいときは「丸干し」といったふうに使い分けて食すのもおすすめだ。いろいろな食べ方を試してきた武さんから、干しいものちょい足しレシピを教えてもらった。

「オーブンや魚焼きグリルなどで干しいもを軽く炙り、バターを溶かして食べるとコクが出ておいしい。そして、最強なのは、炙った干しいもの上にバニラアイスをかける食べ方。麦芽糖の上品な甘さと動物性のミルクの甘さが合わさると相乗効果が生まれます」

サツマイモは食べるだけではなく、蔓や葉っぱを染液に活用することもできる、と武さんはいう。あるとき、ふとそのアイデアを思いついたそうだ。

写真提供:鶴田商店

サツマイモの果肉以外の部分も、余すことなく活用する

「サツマイモは蔓や葉っぱがモサっと生えます。それをそのまま土に戻しているのですが、人の目に出ないで無くなってしまうのもさみしい、と思い、有効活用する方法を模索しました。そうしたタイミングに茨城県で農業廃棄物を染液に使うアップサイクル染色クリエイター〈futashiba248〉に出会い、Tシャツを作ってもらうことに。こうした循環を生み出させたのは意義深いことだと思っています」

サステナビリティを意識した取り組みをこれからも続けていきたい、と未来への意気込みを武さんが話してくれた。

「蒸したお芋の皮を剥いて畑に戻して肥やしにしていたのですが、その皮を小美玉市にある養豚場に豚のエサとして無償提供しています。こうした身近なところから自分たちにできることを探していきたいですね。別のアプローチとしては、茨城県で干しいもを作っている生産者同士が繋がり、もっともっと干しいも文化を盛り上げていきたい。自分たち以外の生産者をライバルと思って競争するよりも、干しいも自体が多くの方から愛される社会を目指したいと思います」

鶴田商店

photo : 阿部 健

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