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「兄弟でつくる〝こだわり松阪牛〟」生まれ育った地で兄が育て、弟が販売【若竹】

三重県松阪牛は国内最高級品質の牛肉。多気町の商業施設ヴィソンにある松阪肉専門店「若竹」は、同町内の竹内牧場の直営店だ。竹内牧場で牛を育てるのは、兄・竹内一晃さん。愛情と丹精込めて育てた松阪牛を若竹店主の弟、章博さんに渡す。牧場で生まれ育った兄弟が協力し、質の良い松阪牛を消費者に届けているのだ。一晃さんと章博さんに、美味しい松阪牛を届けるための工夫、兄弟の絆などを伺った。

牧場直営の松阪牛“のみ”を取り扱う精肉店

若竹は商業施設ヴィソン内の産直市場「マルシェ ヴィソン」に位置する牧場直営の精肉店。若竹を訪れれば、牧場こだわりの上質な松阪牛を購入することができる。

「若竹で取り扱うお肉は自社の松阪牛のみです。鶏肉とか豚肉はもちろんのこと、他社の松阪牛も一切置かず、竹内牧場で育てた松阪牛のみを販売しています」(章博さん)

高い品質を維持できるよう、牛の体調に日々気を配っているのは一晃さんたち牧場スタッフだ。

「いつも牛たちが元気でいられるように、しっかりエサを食べてくれるようにと、みんなが気を付け、こまめに世話をしています。例えば、牛の様子や食べたエサのチェックには特に気を配り、体調が優れない子をみつけたらすぐに対処をしてやります。早期発見早期治療が大事です。与えるエサの量も細かく調整をして、一頭一頭しっかり世話をしています。美味しくて上質なお肉の牛に育て上げるには、日々の細かな世話がとても重要です」(一晃さん)

行き届いたケアで大切に育てられた松阪牛は、兄から弟へ託される。若竹では、すき焼きやしゃぶしゃぶ、焼肉、ステーキなど、食べ方に応じて松阪牛を切り分けてもらえる。

「一頭買いなので、あまり市場に出回らない希少な部位も色々とご購入いただけます。若竹ではイチボとランプが人気ですね。ただ、量にも限りがあり、その時に店頭に出ていなかった場合には、他の部位を提案することもあります。例えば、先日はイチボがなくて、同じモモの部位であるヒウチをおすすめしました。後日そのお客様から『この前のヒウチ、美味しかったよ』と喜んでいただき、とても嬉しかったです」(章博さん)

「いちがいにお肉と言っても、部位によって味が違ったり、同じ部位でも牛によってまた味が違う。お肉の面白みも楽しみながら召し上がっていただけると嬉しいですね。若竹で扱うお肉は、どの牛のお肉なのかがはっきりしています。店頭にも毎日表示してありますので、それを見て買われるお客様も。牧場スタッフが一生懸命に育ててくれた牛のお肉なので、責任を持ってお客様にお届けしたい」(章博さん)

牛のそばで生まれ育った兄弟の絆

竹内牧場で質の良い松阪牛を育てるのは兄の一晃さん、その松阪牛を若竹で提供するのが弟の章博さん。牧場で育った兄弟の絆が、牧場と精肉店を支えている。

「弟は農業高校に進学したんですけど、僕は普通高校でした。牛の仕事は面白そうだなと思ってはいたんですけど、親からは『自分が思うようにやったらいい』と言われていました。

せっかくなので牧場とは違うこともやってみようと思って、高校卒業後は名古屋の大学に進学。電気関係の会社に就職しました」(一晃さん)

自身をのんびりとした性格だという一晃さん。元々、牧場の仕事に関心があったことからキャリアチェンジを考えるように。

「働いていた会社の社長に相談したら『一般人が牛飼いになるなら、富士山にたとえると下から上がっていかなくてはいけないけれど、竹内君は既に5合目位に来ている。高みを目指して牛を極めるなら恵まれているし、応援するよ』と言ってくれました」(一晃さん)

その頃、弟の章博さんは既に精肉関係の仕事に携わっていたという。

「小さい頃は兄貴が牧場を継ぐと思っていたんです。僕は自動車が好きだったので整備士になろうかなと思っていました。でも中学生のとき、先生から『お兄さん抜きにしてあなたはどうなの?牛の仕事をしたいんじゃないの』と聞かれたんです。それでよくよく考えてみて、そうだ、僕はやっぱり牛の仕事がしたい! そう心を決め、地元の相可高校生産経済科に入り、牛を育てる勉強などをしました」(章博さん)

相可高校在学中に家畜商の免許を取得。高校生ながら子牛市場の競りにも参加をし、少しずつ経験を積んでいった。

「相可高校で学んだ後は、群馬県にある食肉学校に進み、一年間お肉について勉強をしました。その間に3ヶ月間の研修があって、僕は京都の老舗精肉店で勉強をさせてもらったのですが、実際の現場に入り色々と貴重な体験をさせてもらいました」(章博さん)

食肉学校卒業後は、東京で精肉店に就職をし、肉を扱う職人として研鑽を積んだ。そんな弟の姿に、一晃さんも刺激を受けたという。

「東京にいた弟が戻って来ることになりました。『牛を飼うなら、先ず肉を学ぶ』と言っていた弟です。経験と知識量ははるかに僕を上回るだろうし、これ以上離されたら追いつけない。『これはやばい!』と思い、僕なりに違う観点でやっていこうと考え、決断しました」(一晃さん)

会社勤めを辞めた兄、東京から帰ってきた弟。力を合わせ、牧場で働き始めた2人。それまでは両親と祖父の3人で約400頭の牛の管理をしていたが、若い人手が増えたことでより細やかな牛の管理ができるように。現在は、直営精肉店の出店で章博さんが牧場スタッフを抜けているが、正社員2名が加わり、牛にとってますます良い環境が整えられている。

ヴィソン出店で地元民にも遠方客にも松阪牛を

愛知県にある杉本食肉産業の契約牧場である竹内牧場。卸先は主に杉本食肉産業だが、東京や老舗の精肉店にも卸している。

「地元の方から『竹内牧場のお肉を食べたい』という声を以前からたくさんいただいていたので、それまでに培ったノウハウで自分のお店をやりたいと思うようになりました。そんな時に、ヴィソンで松阪牛専門の精肉店出店の募集があり、縁があってお店を出すことになったんです」(章博さん)

ヴィソンは三重県多気町に誕生した複合商業施設。東京ドーム24個分の敷地を有する、日本最大級の敷地には、ホテルや薬草湯、レストランや産直市場が立ち並ぶ。笠原将弘さんプロデュースの日本料理店が出店されるなど、飲食店のクオリティも高い。

「大きい施設でびっくりしましたが、僕は多気町出身ですし地元で挑戦してみたいと思いました。牧場育ちの僕が店長になって、これまでのスキルが通用するのか不安はありましたが、スタッフや家族の支えがあったので出店できました」(章博さん)

章博さんが食肉の修行後に竹内牧場に戻ってきたのが、20歳のとき。それから7年程は牧場で働き、ヴィソン出店に至った。

「お店の名前は、‟竹内の若い夫婦がやるお店”なので若竹にしたんですが、若竹のように大空に向かって真っすぐ伸びていきたいという思いも込めています。お客さんにも覚えてもらいやすいシンプルな名前でもあるし、すごく気に入っています(笑))(章博さん)

若竹開店当時はコロナ禍真っ只中だった。精肉店の開店は章博さんにとっても、竹内牧場を営む家族にとっても初挑戦。厳しい船出となったが、そんな状況下でも、嬉しい出来事があったという。

「若竹の松阪牛を購入してくれたお客様が『美味しかった。また送ってほしい』と言ってくれました。『コロナ禍でなかなか思うように旅行もできないから、せめて美味しいものを食べたい』と注文があったり、外出を控えていた方が『美味しいと紹介されたので買いに来ました』とわざわざ来店してくださったことも嬉しかったですね」(章博さん)

ヴィソンが多気町にオープンしたことについては、多気町民として感慨深いとのこと。

「三重県は大阪や名古屋にアクセスしやすいので、若い人が都会に出て行ってしまいます。多気町で仕事を探すのはなかなか難しかったんです。ですが最近は大手企業が地域に入ったり、ヴィソンができました。僕らの頃はこうした環境があまりなかったので、若い人たちが戻って来られる地域になっていってほしいです」(章博さん)

松阪牛を育て上げるためのこだわりや工夫

「牧場で丹精込めて育てあげた牛なので、その命を無駄にすることなくお客様に届けられるように心がけています」と章博さんが語るように、若竹と竹内牧場はしっかりとした絆で繋がっている。牧場で働く一晃さんに、改めて松阪牛の特徴や魅力を聞いてみた。

「味のある上質なお肉の牛に育て上げるには、一頭一頭しっかり顔を見て、手を抜かずまじめにコツコツと世話をしてやることが大事です。最後にはいただく命ですが、それまでの間は感謝を忘れず、しっかり世話をしてやりたいと思っています。

面白いもんで、松阪牛だから味が全部一緒というわけではないんですよ。松阪で育てている牛でも、飲んでいる水が違うと味が変わってきます。竹内牧場では櫛田川の伏流水を飲ませますが、山奥に行くと宮川の伏流水になったり。海側に行くと海風が当たるからか、またちょっと違うんです。そういう話を牛屋さん同士でよくしています」(一晃さん)

日本国内でもトップクラスの品質を誇るのが松阪牛ブランドだが、どんなこだわりがあるのだろう。

「松阪牛は歴史もありますし、肥育方法にも特徴があります。松阪牛は黒毛和種で出産をしていない雌牛(メス牛)のみです。そう規定しているのはなぜなのか?それは、雌牛は筋繊維が細いので非常に柔らかい肉質であることと、上質な脂を持っているからです。それに、深みのある甘く上品な香りが特徴です。和牛香とも言われ、あの香りも美味しさの一つですね。」(一晃さん)

竹内牧場で育てている約400頭の松阪牛も、すべて雌牛だ。さらに話を聞いてみると、松阪牛の定義には「生後12ヶ月齢までに松阪牛生産区域に入り、松阪牛生産区域で育てられる」という条件も必要だそう。

「どこで長く育ったかがブランドに関係します。子牛の市場に行ったら、竹内牧場に合う雌の子牛を触ってみたり血統を見たりして買ってくるんです。竹内牧場は肥育農家で子牛を大きくする農家ですが、子牛農家(繁殖農家という)さんは専門職。僕らは子牛農家さんから牛を引き継いで、松阪牛として大きく育てていきます。そして僕らからお肉屋さんに譲るという流れですね」(一晃さん)

子牛が松阪牛になるために、大切なのが地域の環境や育て方だという。

「僕たちは宮崎生まれの牛の子牛を買ってくるのですが、竹内牧場で育てた牛と宮崎で育った牛を食べ比べすると、やっぱり味が全然違う。血統は一緒ですが、育てる場所が変われば餌も水も気候や風土も違う。脂の質が大きく変わってくるみたいです」(一晃さん)

「ストレスの面で言うと、牛は体温が高くて平熱が38度5分位。なので暑さに弱いんですよね。竹内牧場では宮崎のほか、石垣島からも少しだけ子牛を買ってくるんです。沖縄の人が夏に時々、竹内牧場の見学に来ますが『沖縄より三重の方が暑い』と言います。沖縄は直射日光が強いけど、風が吹くから涼しくてカラっとしている。牛にとってストレスが少ないのかもしれません」(一晃さん)

多気町で健康的に牛を育てるため、より良い環境づくりには試行錯誤しているそう。

「僕らも牛にストレスをかけないように、換気したり扇風機をいっぱい回したりしています。夏は暑いので、一昨年は屋根を二重構造にして断熱しました。環境に合わせて牧場も徐々に変えていっています」(一晃さん)

松阪牛を通して幸せを噛み締める瞬間

ヴィソンへの若竹出店をきっかけに、注目度が上昇中の竹内牧場産松阪牛。牛肉の品評会では入賞も果たしたという。

「東京食肉市場で全国肉用牛枝肉共励会という大会が開催されるんです。北は北海道、南は沖縄まで日本中から牛が集まってきて、いかに良い肉なのかが審査されます。品評会に出場するためにはいろいろな条件を満たさなくてはいけないので、出場枠をもらえただけでも嬉しいこと。そこで竹内牧場が優良賞に入ったことがあって、ありがたかったです」(一晃さん)

若竹でお客様と触れ合う機会もある章博さんは、こんな印象的な出会いがあったことを教えてくれた。

「お孫さんが肉アレルギーで、肉類の中では牛肉しか食べられない、というお客様がいました。それまで旅行に行った地域のいろいろなブランドの牛肉をお孫さんに食べさせていたそうなんです。若竹のお肉をあげたところ、お孫さんが『すごく美味しい』と言ってくれたと、お手紙をいただきました。それからは文通みたいな感じでお肉の注文をいただいています」(章博さん)

「うちのような小さな精肉店を選んでいただいてすごくありがたいですし、牧場のスタッフと若竹のスタッフ共に、今後も味がブレないように頑張っていきたいとお返事しました。こういう声を直に聞くことができるのは本当に嬉しいです」(章博さん)

「誰からも美味しいと言われるお肉を…」と一晃さん。兄弟の強い絆で結びつけられた竹内牧場と若竹は、これからも品質の良い松阪牛を提供していく。

「兄貴に任せておけば牧場は大丈夫。兄貴がいなかったら僕がヴィソンで若竹を出すこともなかったと思いますし、信頼は強いです。うちは家族とスタッフで仲良くというか、みんなでよく相談をします。みんなの知恵を引き出してもらったほうが良いものができる。僕も若竹にいますけど、牧場が人手不足になったらいつでも現役でいけます(笑)」(章博さん)

取材後、松阪牛の女王を決める品評会「第72回松阪肉牛共進会」が開催された。「ふじはる」号(686キロ)を出品した竹内牧場は、見事、優秀賞2席を受賞した。多方面から評価されていることを裏付ける結果となった。

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