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「継承されにくい技術がこの街にある」再出発した京都の人気ギャラリー

西陣織などの伝統工芸から普段使いの工芸まで、古くからものづくりに関わる人や場所が多い京都。そんな街の中心部で、全国の工芸好きに愛されてきたのが「SHOP&GALLERY YDS」だ。2021年8月には10年間の営業に幕を閉じるも、2022年6月には「Nunuka life」と屋号を一新し、新しい場所で再スタートを切った。再出発の理由や京都のものづくりについて、オーナーであり、京友禅の職人でもあった髙橋周也さんに話を伺った。

企画展は作家と二人三脚で作り込む

ギャラリーYDSは、明治32年創業の染工房「髙橋徳」の1階と3階に店を構えていた。陶芸、ガラス、木工、漆、金工など器を中心としたセレクトや完成度の高い企画展には、国内外のファンが多かったが、母体である髙橋徳の閉業とともに2021年8月に閉店。その新店として、左京区は浄土寺にオープンしたのが「Nunuka life」だ。

哲学の道のほど近く、大文字山へ伸びる坂道が続く路地の一角に店はある。もともとは住まいとして、その後は日本画家のアトリエとして使われていたという築およそ70年の日本家屋。緑の植物に覆われた塀や建物の前後に設けられた坪庭、また窓から望む大文字山など、街にいながらも自然を身近に感じられる。

この日開催していたのは、柿落としとなった陶芸家・鶴野啓司氏の企画展『名も無き原土に』。1階の土間から上がることができる和室には、砂利の上に作品が配置され、まるで石庭のような空間に。急勾配の階段を縄に掴まりながら2階へ登ると、床の間に豪快に置かれた原土や床に敷き詰められたそば殻が、焼きものの背景を物語る。展示の世界観を毎回作り込む、こうした作家と高橋さんとの“共創”は、新天地でも受け継がれている模様。高橋さんのギャラリーが作家に愛される理由だ。年に1,2度しか個展を開かないという鶴野さんも、高橋さんのお店で行うのは今回で3度目という。

「鶴野さんの作品は例え同じアイテムでも、どれも違った趣きがあって。前回の展示では、鶴野さんに『101客碗』展をしませんか、とお願いしたところ、鶴野さんは『一つとして同じものがあってはダメだ』とこちらが思っていた以上に目標を高くして、本当に101種のお碗を作ってくれました。で、せっかくだからお客さんには全部を見ていただきたいね、となり、購入いただいた方全員に会期終了後の納品とさせてもらい、また会場ではお好きな碗でお抹茶を楽しんでいただけるようにもしました」

発送作業は大変でしたが、自分でハードルを上げてしまったので(苦笑)と高橋さん。作家とギャラリーオーナーが高め合いながら良い展示を目指す。YDSやNunuka lifeの展示が特別なのには、そんな理由がある。

作り手を自分事として理解

高橋さんはギャラリーの運営のみならず、Nunuka lifeや自宅の改装・修繕も自分でするという凝り性。ギャラリーを始める前は20年以上、家業の「高橋徳」で手描き京友禅の着物や帯を制作していた職人でもある。

「休みの日は骨董品やヴィンテージの家具などの古いものを見に行くのが好きでしたが、平日は工房に籠って制作ばかりしていました。外食も1年に数える程度で、ギャラリーに行ったこともなければ作家さんも知りませんでした」

そんな知識も経験もゼロの状態から店を開き、作り手との距離を縮めていけたのは、高橋さん自身が職人という部分が大きい。作り手の環境や心情を、自分事として理解できるからだ。

「作り手というのは孤独の世界。とはいえ、良いものを作るには自分では気づかない外からの目線も必要です。私が、気になった作家さんの工房にまず足を運ぶ理由もそこにあります。工房に行けば、形になる前の素材や打ち捨てられた失敗作などから、そうした発見が得られるからです」

分業制に限界を感じて

Nunuka lifeとしての再出発には、家業が120年余りの歴史に幕を閉じたことが大きなきっかけになった。京友禅だけでなく、今多くの伝統産業は岐路に立っている。

「京友禅は、江戸時代中期の発祥以来、ずっと細かな分業制がとられてきました。十数人の専業職人さんが各工程を担うので、それぞれ技術の専門性が高く、質の高いものができる。全部できる必要はなく、専門のパートだけ磨けば、その集大成として最高のものができる、という意味では分業は最高のシステムだと思います。ですが、関わる人が多く時間もかかるので金額はどうしても高くなります。それが、現代の需要と合っていないのです」

他方で、1人で全ての工程を担う“作家タイプ”の作り手も少なからずいるものの、「相当のセンスと技量がないと難しい」と高橋さん。

そんな伝統産業の課題に並行するように、高橋さん自身のライフステージもここ数年で大きく変化してきた。3年前にパートナーの央美さんと結婚すると、ギャラリー運営を2人で行うことも増えた。央美さんが金継ぎや和装の仕事をするようになると、そこからギャラリーとの新たな繋がりもできた。2人の価値観が混ざり合い、「可能性とやりたいことがどんどん広がっていった」という。そうした流れのなかで2021年には第一子が誕生。ギャラリーの仕事と家族の暮らしが急スピードで重なり合ってきたことも、再出発を決意させた。

暮らしと仕事はイコール。どちらも大切なものは変わらない。アイヌ語で「大切にする」を意味する「Nunuka」を使った新しい屋号からは、そんな思いが感じとれる。YDSでも「自分が暮らしに取り込みたいと思うもの」をセレクトの基準にしてきた高橋さんだが、Nunuka lifeでは一人称が「自分たち」になった。

作り手を現代の使い手に繋げたい

作り手として、また生活者として、双方から世界が見えているぶん、高橋さんの解像度は高い。Nunuka lifeでは、これまで付き合いのなかった伝統工芸寄りのアイテムも紹介していく予定だ。

「伝統工芸は技術も素材も非常に素晴らしい反面、そのままでは今の生活にフィットしないものも多い。自分たちの関わりのなかから、そうした作り手の技術と別の要素とを結繋げて、現代の暮らしや使い手にとって必要なものをご紹介していけたらと思います」

そこに感じられるのは、やはり高橋さんの作り手としての当事者意識。ライフスタイルや価値観が急速に変わる今、「これまでも途絶えていく技術をいくつも目の当たりにしてきました」と寂しそう。

「京都のものづくりは京都の暮らしそのものです。暮らしが変われば、職人さんのものづくりも自ずと変わる。この人が辞めたらもう最後だな、という技術が今この街には本当に多いです。とはいえ、その人が数十年かけて手に入れたものを理屈や理論だけですぐ受け継げるかといえば、なかなか難しい。そこをなんとかできれば」

商品を扱う以外にも、Nunuka lifeでは「良いものを直しながら長く使う」提案もしていく予定。古い家屋や家具を修繕する高橋さんと、金継ぎや着物の活動をする央美さんが、まさに自分たちの暮らしのなかで実践していることだ。

「箱に合わせて漉いた和紙を使って、美しい箱を仕立ててくれる職人さんがいます。本人は決して前に出ることはありませんが、その箱はネットで安く買えるものと作りが全然違う。僕らも便利さに頼ってしまうこともありますが、『使い終わったら、壊れてしまったら、コレどうするの……』というものの方が多い。無理せず、できるものから一つずつ切り替えていきたいと思います」

そんな彼らの姿勢を単なる「懐古主義」とするのはちょっと違う。彼らの目線はモノそのものではなく、モノを介して生まれる習慣や物語に豊かさを見出している。始まったばかりのこの場所が、作り手と使い手の間にどんな風を吹かせるのか、これから楽しみにしたい。

写真:町田益宏

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