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週2日に2時間だけの鉄板焼きや「多様な町で好きなように暮らす」【ニューオーモン】

京都の中心街に、1日2時間だけ営業する鉄板焼き屋がある。その名は『ニューオーモン』。営業日は不定期でだいたい週に2日。メニューは基本、焼きそばとホルモン焼きだけ。17時に開店し、18時半にはラストオーダーをとる。

他にも2店舗を経営するオーナーの前田さんは、一見忙しそうに見えるが「実はそんなに働いていない、長時間働きたくない」と話す。ニューオーモンが19時で閉まるのは、毎晩子どもをお風呂に入れるためだそうだ。

常識や体裁に捉われず、好きなことで稼ぎながら生活を楽しむヒントを伺いたい!ということで、これまでの一風変わった道筋と、理想の人生をつくる選択のコツを伺った。

好きな仕事も子どもとの時間も、両方大事

京阪三条駅から徒歩3分。鴨川沿いから住宅街に入りすこし歩くと見えてくる、雰囲気のある店構え。17時を過ぎると瞬く間に人が集まり、店の顔ともいえる鉄板の周りを客が囲みはじめた。

「老後にこんな店がやりたいなと思ってたんです。近所の子どもに焼きそば焼いてあげたりしてね」

そう話すのは、『ニューオーモン』のオーナー、前田隆汎(たかひろ)さん。ある時、前身のバインミー屋が移転することになり、物件が空くことを知る。じゃりン子チエを彷彿とさせる理想的な店の雰囲気に、すぐさま手をあげ、前オーナーからバトンを引き継げることになった。

「ちょうど他の2店舗がスタッフに任せられるようになってきて、夕方少し時間が空くようになっていたので、酒ばっかり飲んでいたんですよ(笑)。店始めたら自分も飲めるし、予定よりちょっと早いけれどやろうかな、くらいの気持ちで始めました」

営業は週にだいたい2日ほど。インスタグラムでその都度告知される。まだ小さい息子を風呂に入れるため、片付けをして20時半には家に帰り、土日も家族で過ごす時間は取れているという。

ニューオーモンの徒歩10分圏内には、1店舗めの骨董屋「アンティークベル」、2店舗めの飲食店「にこみ鈴や」を経営。にこみ鈴やは店長に任せているが、アンティークベルの骨董の仕入れは前田さんの仕事。月の半分ほどが仕入れ日のため、仕入れのない平日にニューオーモンを開けている。

「やっぱり骨董の仕入れが一番楽しい。いくつか仕入れ先や早朝の市もありますが、個人宅から依頼がある買い受けもめちゃくちゃ面白いんですよ」

ずっと動いていて忙しそうだと伝えると、「僕あんまり働いてないですよ」と軽やかに笑う。今の前田さんに至るまでの、若い時代の話を伺ってみた。

酒場が視野を広げ、人生を拓いてくれた

「20代の頃は、正直酒しか飲んでませんでした。飲み代で結構な借金があったくらいです(笑)」

前田さんは京都市生まれの宇治市育ち、生粋の京都っ子。出身校は、近畿地方で四本の指に入る難関私立大学・立命館大学だ。

「立命館の近くで北野天満宮という市が開かれていたんですけど、そこで骨董品がいっぱい売られてたんです。昔から古着とか古い物は好きやったんですけど、骨董は特に奥深いのが面白くて、どんどんはまっていきました」

卒業後、一度就職を試みたものの、サラリーマン生活は1か月と持たなかった。

当時は“ちゃんと働かないと”と焦り悩んだというが、前田さんの視野を広げてくれたのは酒場だった。

「京都って、この人どうやって生活してるんやろう?って人がいっぱいいるんですよ。自由な人がたくさんいて、そんな人たちを見てたら『まあええか』って気分になってきたんですよね(笑)。30歳になったら骨董カフェをやろうとだけ決めて、あとはたまにバイトして酒飲んでた20代でした」

2015年の国勢調査によると京都市は、横浜市・名古屋市・大阪市に次いで、全国で4番目に自営業主・家族従業者数が多い。

商売をする人同士のコミュニティは小さく、飲食店の横のつながりも濃い。前田さんは飲み歩きながら、京都の商売感覚を自然と身につけていたのかもしれない。

ちょうど30歳を迎えた頃、独立のチャンスが訪れる。

「通ってたバーの近くに寿司屋があったんですけど、オーナーが『うちの定休日に店の前使っていいよ』と言ってくれて、週1回だけ軒先で売らせてもらってたんです。30歳になった頃、その近くに良い物件が出たんですけど、家賃が高くてちょっと迷ってたんですよ。じゃあ寿司屋のオーナーが『毎日弁当作ったるし、それ売って僕が家賃出したるから』って後押ししてくれて」

物件との出会いと知人たちからのプッシュに、自然と独立の運びとなった。

「開業資金も飲み友達が出してくれたんです。1口5万円で、5年後にもし儲かってたら利息をつけて返すっていう約束で200万円くらい集まりました。返さないでいいって言ってくれた人もいたし、結局3年くらいで全部返すことができましたね」

金銭的に飲食設備までは入れることができなかったが、2002年の冬に骨董屋『アンティークベル』はスタート。当時ほとんどなかった “骨董や古道具をカジュアルに買える店” として、瞬く間に人気となった。

仕事、家族、趣味、何に時間を使いたいか

「2店舗目である飲食店『にこみ鈴や』を出店したのも、知人がきっかけでした。飲食店をやってみたかった気持ちもあって、お誘いを受けました」

2010年の夏、初の飲食店をスタートした。

「僕はどの店も積極的に自分から始めたというより、チャンスをいただいた中からやりたいことをやってる感じなんですよね。金持ちになりたいわけでもないし、店舗を増やしたい訳でもない。ベルを始めてちょっとした頃は東京出店も考えたんですけど、大変やし、良い骨董ってそもそも数が多くないし、やっぱ京都がええなと(笑)」

現在、にこみ鈴やとベルはスタッフに任せることができているという。

「ベルをオープンして、最初の二年くらいは一人で回してて、めちゃくちゃ働いてましたね。自分の時間をどうやって作ろうかずっと考えていて、結局スタッフが入ったのは三年目くらい。もちろん一時的に収入は減りましたけど、しばらくしたらスタッフのおかげでちゃんと戻ってきました。みんな本当に優秀で助かってます」

ただ、スタッフに任せて時間を作ることも、次のビジネスではなく自分のためだと言い切る。

「昼寝したり酒飲みに行ったりしたいですから。最近はパラパラ漫画描くのにハマってますけど、そういう時間をもっと作りたい(笑)。まあ結果、ニューオーモン始めたりしちゃってますけどね」

ニューオーモンは現状利益がほとんどないというが、他で稼ぎ口があるからリスクが取れる。

ひとつの“事業”じゃなく全体のバランスで考えるのは、人生においても同じ。仕事以外の、家庭、趣味、生活、何に時間を使いたいかは自由だ。

数年後をシミュレーションをする

俗にいう “好きなことを仕事にする” ことだけが正解とは限らない。性格や運やタイミングもあるだろう。好きなことでなくとも、自分のライフスタイルに合った仕事や心地いい生活を作るために、前田さんがやってきたことがあるかを伺ってみた。

「月並みなんですけど、先のことをシミュレーションするようにしています。だいたい3年後、5年後、10年後にどんな感じで生活しているか、結構具体的に考えていますね。で、途中でやりたいことを思いついた時に、それをやるパターンとやらないパターンを考えます」

新しい事業のアイデアが浮かんだ時、良い物件と出会った時、良いビジネスパートナーになれそうな出会いがあった時。その都度シミュレーションをしてみるという。

「『まずは生活のために稼がないと』とか『定職に就いて働かないと』とか、固定概念に縛られてることは結構多いと思います。その固定概念すらも退けて、フラットにイメージしてみるといいと思います」

今後のビジョンを伺ってみた。

「今やってることもそうですが、一番好きな骨董の仕入れは特にやり続けていきたいですね。僕の軸です。でも歳を重ねたらしんどくなってくると思うから、長く続けられるように規模は小さくしながら」

好きな仕事をしているのだからプライベートは諦める。子育てがあるからやりたいことを我慢する。地元に仕事がないか都会に出る。両極端な選択肢で自分を狭めずとも、何か方法や抜け道はあるはずだ。

小さな事柄を日々天秤にかけながら、理想の生活は作れることを教わった。

ニューオーモン

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