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「工藝は現代社会の問題を反映」森で見直す工藝の在り方【工藝の森】

公家社会や茶の湯などの影響を色濃く受け、多様な工藝が生まれてきた京都。そんなかの地の工藝文脈のなかでもユニークな活動が今、右京区・京北(けいほく)で広がっている。循環型のものづくりを通じて、工藝素材としての自然と人の健やかな関係性を育む長期的なプロジェクト「工藝の森」だ。かつて平安京造営の際の木材供給地でもあった森に、漆の木を植樹したり、開放型のファブスペースを設けたり、ワークショップを行ったりしながら、本来の工藝の“生態系”が再構築・循環されることを目指す。

一見、工藝というと、伝統技術をもつ職人のように限定的な業界のイメージが強いが、彼らによると「工藝の問題は現代社会の問題を反映している」という。工藝を通じて見えてくる社会課題とは一体? 2019年に「工藝の森」を立ち上げ今も運営を担う、一般社団法人パースペクティブ共同代表の高室幸子さんに話を聞いた。

工藝素材としての森や地域産材によるものづくりを開放する

京都駅から車で約90分北上した所にある京北は、総面積の9割以上を森林が占めるという全国屈指の林業地帯。平安京造営の際の用材供給地となって以来、現在に至るまで、京都の木材供給地としてその伝統を引き継いできた。こうした緑深き一帯で、漆芸素材である漆の木を植樹するモデルフォレストや、旧小学校に設けたファブスペース「ファブビレッジ京北(FVK)」、またウッドボード(木製サーフボード)工房を併設した事務所兼シェアスペースを拠点に、地域産材を使った循環的なものづくりを促進するのが工藝の森だ。

京都といえば、工藝を含めた伝統産業が色濃く、職人も多い。この街で工藝文化コーディネイターとして長年シーンを見てきた高室さんも、「もしかしたら工藝業界では『これは工藝?』と思われているかもしれません」と工藝の森の異質性に触れる。

「例えば先日のワークショップでは、漆の植樹のために切り倒した栗の木を使い、FVKの職人に習いながらグリーンウッドワーク(*)の手法で椅子を作りました。FVKに常駐する職人には、第一線で活躍する方のお弟子さんのような職人もいますが、かたやグリーンウッドワークもやる。それらは対極に思えますが、 “匠の職人”から“作り手でない人”までが緩やかなグラデーションで続いていれば、工藝を支える土壌はもっと強くなると思うんです。誰もがものづくりに関わることで、ものづくりの多様性が生まれるからです。それを実践していくのがこのプロジェクトです」


*生木(伐採したばかりの乾燥していない木)を、大型機械や電動工具は使わず、斧やナイフなどの手工具を使って小物や家具をつくるものづくりのこと

森のフィールドでは植樹や草刈りなどの育林作業やフィールドワークに参加でき、ファブスペースでは誰もが職人に習いながら工具を使用できる。職人に習いながらの木工は予約制となっているが、オープンデイやワークショップが不定期に開催されるほか、基本的にはいつでも見学は自由。誰もがものづくりの源ともいえる森や地域産材を使ったものづくりに触れることができる。

工藝は社会問題を反映している?

2013年頃より京都から海外に向けて、工藝の発信や販売、また教育プログラムを手掛けてきた高室さん。多くの作り手を訪ねるなかで「物そのものより、物の裏側にある物語に興味が湧いた。その土壌を耕したい」という想いを強くしていったと言う。

そうした想いを京都で漆の精製・販売を行う「堤淺吉漆店」の4代目・堤卓也さん(写真上)に相談したのが工藝の森の始まりとなる。同店では明治42年の創業以来、日本産・中国産の漆の精製と販売を行ってきたが、ここ数十年間で漆の生産量・輸入量は急激に減っている。国内生産量で見ると、江戸時代には2000トン生産されていたものが、プラスチック製品や化学塗料の浸透などを受けて80年代には400トンに。ここ数年では35トン程度にまで数値は落ちている。

「堤さんは、当時のことをよく『絶望的な気持ちだった』と言いますね」と高室さん。その閉塞感を肌で感じていたのはもちろん、家業という意味でも危機感は相当だろう。対して、高室さんの関心は少し違う方向に向けられた。

「私はその数値が何を象徴しているのか? ということの方が気になって。おそらく手仕事で物が作られていた時代には、材料としての素材を植えて、収穫し、作って、売って、修理する、という小さなサイクルがあちこちで回っていて、何世代にも続いている状態だった。そうした循環が近代的な大型マーケットの仕組みに合わず弱まっていった。そこで失われてしまったのは『人の営みを自然と同一のものとして捉える感性』の方なんじゃないか、と思ったんです。すると現代のあらゆる社会問題につながりました。なんとかするには、多くの人が森やものづくりに関われる場が必要だと。そして良いことには、堤さんも『漆が売れさえすれば良い』という思いでは決してなく、地球に起こっている問題と、漆に起こっている問題を重ね合わせて、何かそこにつながりがあるんだろうと直感的に動いている人でした」

漆を、ものづくりや自然と人の関係性の象徴に掲げ、漆の植樹からものづくりの環境を整えていく。そうしたアイデアが、高室さん・堤さんを共同代表とする工藝の森へと結実した。ネーミングを「漆の森」にしなかった理由もここにある。

平安京を支えた木材供給地

古くより林業が盛んな京北には、戦後はスギやヒノキが植えられ、現在も木材取引をする木材センターがあり、製材所も点在する。そのなかでも、工藝の森は弓削(ゆげ)と山国(山国)という集落を跨ぐように活動している。

山国は、歴史的には平安京造営の木材を供給していた集落だ。古くから都文化との関係も深く、今も京都の時代祭では山国の農民兵である山国隊に扮した人びとが行列の先頭を務めている。


一方で、弓削では、近代にゴルフ場開発計画のもとに森の伐採が行われた後に計画が頓挫したことで、東京ドーム57個分相当の森が自然に再生され、京北の他のスギ・ヒノキばかりの森にはみられない多様な樹種が育っている。

以上のことからこの地は、工藝と工藝を育んできた自然との繋がりを表現するには適していたのだ。

工藝は自然と人間の共創

伝統工藝や美術工藝といった使われ方もされるように、「工藝」のイメージや解釈は、その文脈や個々によっても異なる。そこで高室さんが考える工藝について訊ねると、「3つの要素を備えているもの」という。3つとは「人一生の時間を超える営み」であり、「個人の創作を超える集合体の営み」であり、「自然と共創する営み」であることだ。

高室さんは、会社設立と同時にそれまで暮らしていた京都市内から京北へ移住。京北に腰を据え、森に関わるようになると、その考えに変化が生まれたと言う。

「工藝や職人の仕事には、長い蓄積のなかで受け継がれたコトを受け取り次世代に渡すことを前提にした、時間を超越した感覚があると思います。が、日々森に入って作業をするようになると、森もまったく同じだと気づきました。自分たちの今の行いが何十年も後に立ち現れてくるという意味では、森も、現代のマーケットの時間軸を越えたところで動いているのだと。工藝の3要素は全部つながっていたんだ……と、自分のなかで統合した瞬間でした」

どう人が素材を受け取り、素材の個性を見極めてどう物を作るか、またそれがどう自然を改変していくか。工藝のプロセスから浮き彫りになるのは、自然のサイクルのなかに人の営みがある、という図式そのもの。

「工藝は人間と自然環境の共創でもある、というよりスケールアウトした視点に行き着きました。自分がその共創のサイクルの一部になろうとしたために得られた視点かもしれません」

今、工藝の森では2020年春に植えられた漆が育っている。漆掻き(樹液を採集すること)ができるようになる15年後には、この森と人の暮らしがどんなサイクルを描いているのか、たのしみだ。

Photo:町田益宏

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