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「1日30カ所以上で振り売り」コミュニティ醸成のための八百屋【ジージーズ】

“振り売り”と聞いて想像するのは、江戸時代の行商人? 天秤棒を振り担いで練り歩く?
もちろん歴史的にはそうだが、この商いのスタイルを現代風に行うユニークな八百屋がある。京都の洛北(京都市北部)をベースに、京都の農家から旬の野菜を仕入れ、直接消費者に届ける「Gg’s(ジージーズ)」だ。振り売りは週3回、1日30カ所以上の場所を回る。立ち上げから8年、「売りに来てほしい」という依頼は多いが、現在新規は受け付けていない。人気の理由はどこにあるのか。事業を大きくしないのはなぜか。Gg’sの代表・角谷香織さんに訊ねると、コミュニティを醸成する装置としての八百屋の姿が見えてきた。

畑と町をつなぐ伝言板

振り売りはもともと天秤棒を振り担いで商品を売り歩く様から名付けられた商いの手法で、江戸時代にはその姿は全国各地で見られたという。そんななか古くより、振り売り=野菜のイメージが強いのが京都だ。京都市は南以外の三方を山に囲まれ、その山裾に農地が広がっており、農地と市街地の距離が近い。そのため、農家が朝採りの野菜を大八車(リヤカー)や車に積み、独自のルートを回りながら、「お野菜どうどす」などの売り声とともに直接野菜を売り捌く振り売りが根付いてきた。

けれども、そうした光景は今では珍しくなった。そこで八百屋として、独自の手法で振り売りを行っているのがGg’sだ。

前日や当日の朝に農家から仕入れた野菜を軽バンに積み、振り売りと飲食店への配達を織り交ぜながら、毎日30カ所以上を回る。毎週日曜には大徳寺のそばに「晴れときどき雨、のちお野菜」という八百屋を開き、野菜を販売する。仕入れた野菜は、必ず1度はスタッフ全員で試食する。畑で収穫を手伝うこともあれば、シェフを畑に案内することも、シェフと一緒に新メニューを考えることもある。

「私たちが町の人の目の代わりになって、農家さんの畑を見て。また農家さんの耳の代わりになって、町の人からの感想やリクエストなんかを聞いてくる。農家さんのことも町のお客さんのことも理解して、できるだけ同じ視点をもっていたいと思います」

今の畑はこういう状態、とか、このお野菜はこうして食べると美味しい、という話が聞けるのはGg’sで買い物する醍醐味だ。反対に、こんな野菜に人気がある、などの町の情報が届くのを農家は楽しみにしている。Gg’sは伝言板としての役割も担っている。


「野菜の売り買いの間にわざわざ私たちが入っているのだから、何かプラスのことができないと意味がない。そこに価値を感じてもらうためにも、双方の声を届けつづけなければと思います」

きっかけは福島の農家

角谷さんが野菜に関わるようになったのは、大学時代に手伝った福島県で開催された東日本大震災のチャリティーライブがきっかけ。イベントの一環で、会場内で県内の農家による野菜を販売した。

「福島の野菜に対する世間の不安も強い時期でした。それでも明るく自分たちのできることを、言い訳もせずに楽しそうにやっておられる姿を見て、なんて強いんだろうと思いました」

その後、角谷さんは当時決まっていた内定先を辞退し、より積極的に福島の農家とも関わるように。次第に出身地である京都の野菜にも目が向くようになり、畑の手伝いをさせてもらうことになったのが、上賀茂にある八隅農園だった。

「昔、祖母が“賀茂のおばちゃん”と呼んでいた振り売りのおばちゃんから野菜を買っていたので、振り売り自体は知っていましたが、私にとっては過去のものだったんです。だから、八隅農園の八隅真人さんが今も振り売りをされていることや、他にもされている農家さんがいるのを知って驚きました」

自らの仕入れや伝え方次第で野菜の価値を高められる、という振り売りは、当時野菜のP Rに携わっていた角谷さんにとって魅力的に映った。

「振り売りしてみれば? と八隅さんに言われ、面白そう!という勢いで始めました。振り売りをやっている農家さんにゼロから教えてもらいながら、今の形ができていきました」

小商いにこだわる理由

現在Gg’sのメンバーは角谷さん含め3人。新規の配達依頼もあるが、現在は受け付けていないという。事業のサイズ感はいつも悩んでいる部分ではあるのですが……と前置きしてから角谷さんは言う。

「野菜は自然のものですし、様々な要因に左右されるデリケートさもあります。それゆえに、この仕事は本当に細かい調整の連続なんです。農家さんと電話で話して、そのニュアンスまで料理人さんに伝えてリクエストを聞いて、また農家さんに細かく伝える、というのを毎日行っています。経済合理性は低いと思うんです。けど、その細かな調整が私たちの要でもある。事業の規模を大きくしたら、そこが成り立たなくなる。小商いの規模感でしかできないことがあると思います」

事業を大きくするよりも、農家と町の人との関係性を丁寧に紡いでいく。そうした角谷さんの原動力になっているのは何か。

「ストイックな料理人さん、農家さんへの憧れかもしれません。例えば、京都にある日本料理店『草喰なかひがし』の店主・中東久雄さんは、毎朝野山や畑へ入り、季節の移ろいやその土地の空気に触れ、感じたものをお客さんに伝えながら料理を提供されています。私も実際、大原の畑で何度もお会いしていて。本当にすごいなと。農家さんだって、毎日畑に出ているわけだし。積み重ねていくことでしか生まれない信頼がある。だから私も、もっと丁寧にやろう、の積み重ねです」

京野菜が当たり前に残っている

農作物の一元化といった社会の変遷とともに、在来種が各地で姿を消すなか、京都では、京野菜と呼ばれる固有の野菜が今も多く残っている。聖護院かぶや賀茂なす、万願寺とうがらしなどが有名だが、これらの京野菜はGg’sでも人気が高い。ただ、角谷さんがおもしろみを感じているのは、こうした京野菜が“当たり前に残ってきた”ことだと言う。

「京野菜は現在ではいくつかの認証やブランディングがされていますが、京都では、特別な高級品としてではなく、おばんざいを作るための日常的な野菜として、他の野菜と同等に扱われてきました。今もそれは変わりません」

在来種が他の野菜と同様に扱われ、金額的にも手に入りやすい、という状態がどのようにでき上がっていったのか。その背景には振り売りの存在があったのでは、というのが角谷さんの考えだ。

「振り売りをしていると『去年のトマトの方が美味しかったわあ』などと言われることもありますし、『なすがちょっと皮が固くなってきたけど、その分実は味がのってきて、
揚げたりするとすごく美味しいですよ!』などとお客さんに提案して買っていただくこともあります。社会のニーズを知ることで、農家さんは腕を磨いていく。畑の状況を知ることで、町の人の理解が深まる。振り売りは、そうした信頼関係のなかで持ちつ持たれつで育ってきた部分があると思っていて。そのなかで在来種も、他の野菜同様に品質を向上させていき、当たり前のように残ってきたのだと思います」

野菜は人そのもの

現在、直接取引をしている農家は30軒ほど。これまで様々な野菜を扱ってきた角谷さんだが、Gg’sで販売する野菜の基準はどこにあるのか?

「うちでは野菜の細かい農法よりも、農家さんの人となりがその基準になっています。野菜や土地にきちんと向き合っていたり、私たちと肌感覚が合うことを大事にしています。というのも、結果的には、その人となりがそのまま野菜に表れるんです」

同じ赤大根でも、農家によって味は全く違うものになると言う。例えば、ストイックな農家の大根はサイズ感小さめで味もキュッと締まっている。対して、朗らかな農家のものは大きく柔らかく、良い意味で水の力を感じるものになる。販売前に配達顧客に送っている日々の入荷リストに作り手の名前を必ず記しているのも、そんな理由から。

野菜を通じて、農家と町の人を丁寧につないでいくGg’sの振り売り。食や人への信頼という基盤の上に醸成されていくのは、かけがえのない地域の絆だ。生産者と消費者が離れてしまった今。コミュニティを醸成し地域を豊かにする装置として、こうした“次世代型”の八百屋は大きな可能性を秘めている。

Photo:成田舞

Gg’s

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