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「農福連携で生きやすい場所を」ビールも作るソーシャルファーム【イシノマキ・ファーム】

宮城県北部の石巻市は、牡鹿(おしか)半島を有する海の恵み豊かな地域。そんな石巻市北上町に「ソーシャルファーム」をコンセプトとする一般社団法人イシノマキ・ファームがある。農業をキーワードに多様な人をつなぎあわせ、地域活性化を目指すのがミッションだ。クラフトビール「巻風エール」の開発など、県内外から注目される事業も展開中。イシノマキ・ファームの取り組みについて、東京から石巻へ移住してきたスタッフの池田新平さんに話を伺った。

心が豊かになる暮らしを求めて石巻市へ移住

東京生まれの池田さんは、高校卒業後はブラジルにサッカー留学へ。帰国後は東京の飲食業界で働いていたが、2019年に石巻市へ移住することに。

「2019年に結婚したのですが、優先順位が変わったんです。東京に住んでいると生活コストが高いので、夫婦共働きで週6で働いていたり休みも合わなかったり。『こういう暮らし方は豊かとは違うよね』という話を夫婦でするようになって、家族の時間を大切にするために移住したいと思ったんです」

地方移住が頭に浮かんだとき、真っ先に候補地に上がったのが石巻市だった。

「2017年に『リボーンアート・フェスティバル』という石巻市の芸術祭を訪れていたんです。北上町の景色がすごく良くて、田んぼの稲穂が立っていたり、北上川の水が太陽の光を受けて綺麗だったりしたのが印象に残っていました」

夫婦の想いが一緒だったこともあり、石巻市で移住生活をスタートさせた。池田さんが新しい仕事として考えていたのが、農業の道だったという。

「僕の両親が愛媛県出身で、祖父母はミカン農家。僕も小学生の頃は夏休みにみかんの剪定などをお手伝いしていました。そういう経験もあって石巻で農に関わる仕事をしたいと考えたんです。市の移住コンシェルジュに相談して農家さんを紹介してもらったのですが、そのひとつがイシノマキ・ファームでした」

生きづらさを抱える人も活躍できる居場所作り

イシノマキ・ファームではソーシャルファーム(Social Firm)の概念に基づき、多様な人々が地域と協力しながら農業に取り組んでいる。イシノマキ・ファームが実践する農業と福祉が連動した「農福連携」とは。

「イシノマキ・ファームで僕が担当しているのは、中間的就労支援プログラムです。若者の自立支援を行う就労支援団体と連動し、一緒に農作業をしています。心身に不調を抱え、就労が困難になっている方などが対象です。農業では、土をいじったり太陽の光を浴びたりしますよね。生きづらさを持つ方たちが農業をすることで、ホルモンか活性化されてモチベーションが上がったり、自分の動機付けに繋がったりすることがあるんですよ」

中間的就労支援のほか、「農村留学」や「石巻百姓塾」、石巻市との連携支援「石巻市農業担い手センター」などの事業も展開している。イシノマキ・ファームのスタッフは2022年現在で10名前後。元々は首都圏に住んでいた20代後半から30代の人が多いという。

「東北のビーチサッカーチームに所属しながら働いている人もいますし、医療業界やアパレル業界、美容業界で働いていたスタッフもいるんですよ」

異なるバックグラウンドを持つ人たちがイシノマキ・ファームに集まったのには、どんな理由があるのだろう。

「僕もそうなのですが、自分が元々いた場所に少し生きづらさを感じていたのは共通していると思います。たとえば都心部だと満員電車で出社が辛かったり、職場の上下関係だったり。『少し辛いな』と思うことがあって、『どこか(自分の生活に適している場所)ないかな』と探してみたらイシノマキ・ファームに出会った。詳しく話を聞いてみると同じような人たちいることがわかって、しかもみんな生き生きして働いている」

イシノマキ・ファームのミッションのひとつは「農を通じて、多様な人々が生きやすい機会やきっかけをつくる」こと。

「今の世の中で適応しにくい人たちに『頑張れ』と言うのは酷な話。たまたまその仕事場では優劣がついてしまっただけで、別の場所に行くと逆転することもたくさんあります。利用者さんの中には集中力がものすごい人がいるんです。僕なんかは30分位で疲れる作業でも、長時間集中できるみたいなんですよ」

生きづらさを抱える人が、弱い人とは限らない。得意なことや誰かのために貢献できる力を持っていたり、農業を通してそうした力が伸びる可能性も秘めている。

「『生きづらさを抱えているその気持ち、わかるわかる!』と共感できたり、『そういう時はこうすると楽だったよ』と一緒に話すこともできて、それが役に立つこともあるんです」

年間100人から150人ぐらいの人たちがイシノマキ・ファームを訪れて、農作業を体験しているという。

「今はサツマイモを作っていて、今後は干し芋など加工品の生産も目指しているところです。加工なら体力に自信がない方もできますし、商品になれば接客に興味がある方の就労支援につながります。このプログラムを通していろいろな選択肢をつかんでもらいたいです」

本格派クラフトビール「巻風」で被災地に活力を

イシノマキ・ファームは地域との共生を重視し、農を通した地域活性化を目指している。

「北上町では今、休耕地や高齢化が進んでいて田畑が荒れていっています。里山もありますが、人間と動物との間の境界がなくなってきているんです。タヌキや鹿などの動物が山から来て、いたずらをしたり食べ物を探したり。僕らが管理することで、景観保全や地域の棲み分けにつなげていけたらと考えています」

さらに2017年からは「イシノマキ・ホップ」の栽培に着手。東日本大震災で浸水した休耕地も活用し、地域再生を後押しした。

「ビールの醸造は岩手県一関市の酒造(世嬉の一酒造)に委託をしていました。ですが地元の方から『ホップを作ってるんだったらビールも石巻で作ったら?』という声をいただいていたんです」

イシノマキ・ファームは旧石巻日活パール劇場を利活用し、石巻市内初のビール醸造所「ISHINOMAKI HOP WORKS(イシノマキホップワークス)」を誕生させた。

「元は映画館だったのですが、津波があったりして閉館してしまったんです。稼動しなくなってから月日が経っていたので、建物が老朽化して寂しく見えました。ですが下見に行ってみたら、天井が高くて広くて醸造所に適していたんです。ここで僕たちがビールを作ることで、もっとたくさんの人に北上町を知ってもらえるのではないかと思い、『ここでビールを作ろう』ということになりました」

2017年にフラッグシップビール「巻風(まきかぜ)エール」が誕生。2020年10月には巻風エールやホップを使用したドリンクやデザートを味わえる「I-HOP CAFE」がオープンした。

「クラフトビールに興味を持った人が石巻に来てくれたら、そこから地元の方とつながって関係人口が生まれていく。地元の人も外部の人と交流できるので地域の活気づけにもなるのではないかと考えています」

少子高齢化社会で農福連携が果たす役割

イシノマキ・ファームがある北上町は、高齢化が進んで子どもや若者の減少が進んでいるのが課題。石巻市は約13万7千人が住む都市だが、北上町の人口は約2千人だ。

「北上町はすごく住みやすいところで、移住者がたくさん来ている町なんです。デザイナーなどクリエイティブな人たちが集まって、立ち話なんかをきっかけに新しいことを立ち上げています。『自分で何かやりたい』という芯を持っている人なら、いろいろな人とつながることができますよ」

石巻市は「世界で一番面白い街をつくろう」をスローガンに、震災後のまちづくりに力を入れている。イシノマキ・ファームも地域の活性化に積極的だ。

「出版社のポプラ社の社長が石巻市出身ということもあって、『ポプラファーム』という畑を一緒に運営することになりました。幼稚園や小学校の子どもたちとサツマイモ堀りなどの体験を予定しています」

池田さんが語るには、ソーシャルファームの理念は人々の根底に根付いているものだという。

「もともと福祉がなかった頃は、誰かが困っていたら助けることが普通だったはずです。ソーシャルファームと聞くと難しく感じてしまいがちですが、シンプルにみんなで助け合いたい。都心部で働くのが辛いと感じる人に『こういう生き方があるんだよ』と伝えて、賛同する人がイシノマキ・ファームに来てより幸せになれればいいですよね」

生き生きと働くイシノマキ・ファームのスタッフ。石巻市と連携しながら、この街をさらに面白くしてくれるはず。日々の暮らしに疲れたときは、石巻市北上町を訪れてひと息ついてみてはいかがだろう。

※イシノマキ・ファームは「Power of Choice project -私たちの選択が地域事業者の力になる-」の支援対象事業者です。

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