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「95歳のおばあさんが綴る日々も」町民3600人の素顔が見える雑誌【とさちょうものがたり】

ちょうど四国の真ん中ほど、高知県北部の山あいに位置する土佐町。「四国の水がめ」と呼ばれる早明浦ダムが有名で、美しい森と水の宝庫でもある。この人口3600人の小さな町で2017年から発行される雑誌が「とさちょうものがたりZINE」だ。創刊号は、絵描き・下田昌克さんによる味のある町民の似顔絵が数十ページに渡って続く。2号目以降も内容は、町民の普段の暮らしに焦点を当てたものばかり。おすすめの飲食店や立ち寄りスポットなどを紹介する、いわゆる観光ガイドではない。かといって、住人向けのお役立ち情報が満載の生活情報誌とも違う。観光客にとってはローカルすぎるし、町民にとっては当たり前すぎる情報、にも見える。町民向けなのか?はたまた町外に向けているのか?土佐町に暮らし「とさちょうものがたり」を編集・制作する、写真家の石川拓也さんと編集者の鳥山百合子さんに、制作への想いを聞いた。

人口3600人の町をどう発信する?

「とさちょうものがたり」は高知県土佐郡土佐町が発行するWEBと紙の媒体。WEB「とさちょうものがたり」が随時更新される一方、紙の「とさちょうものがたりZINE」は不定期発行で、発行直後は全国の店舗で無料配布され、その後はバックナンバーとして販売される。

町のお母さんのレシピを、教えてもらったそのままの口調で鳥山さんが記す「お母さんの台所」に、町の人全員のポートレイトを石川さんが撮影する「4001プロジェクト(4001はプロジェクト開始時の町の人口)」、また95歳のおばあさんが綴る日々の記録まで、内容は町民の素顔が見えるものばかり。

「表面的な情報は世の中に溢れているし、一度紹介したらそこで終わり。媒体を作るなら、人の心の奥深くに届くものを扱いたいという思いがありました」という石川さん。それは例えば、「人が生きるってどういうこと?」といった深いテーマなどだ。

かつては東京で、芸能や広告業界などの、メディアの“第一線”で活動していた石川さん。めまぐるしいスケジュール感や実感のもてない規模感に、「誰のために、何のために撮っているのかがわからず、心が迷子になっていた」と当時を振り返る。撮りたいものがありそうで、かつズレてしまった感覚を取り戻せそうな場所を探し、辿り着いたのが土佐町だった。移住して町役場で働いていると、「関係人口や移住者を増やしたいが、町の情報発信が全くできていない」という相談を受ける。町の公式サイトは既にあるが、町の魅力が必要な人に届いている実感は得られない、と。それを受け、石川さんと同じ志をもった鳥山さんが立ち上げたのがWEB版「とさちょうものがたり」だ。翌年には紙版の創刊にも至った。

「当時、暮らしにまつわる様々な知恵を町のお年寄りに聞いて鳥山さんが文章にして、僕が写真にして残す、ということをライフワークとして一緒にやっていたんです。そこで気づいたのが、この町の人は季節の循環に組み込まれた暮らしを送っている、ということでした。そこでは、あらゆる自然と人は対等で、双方向のやりとりで繋がっている。それって人の生き方としてすごく美しいものだと思ったんです。都会の人が失ってしまったものを、ここの人は努力して維持しているように僕らには見える。それらを伝えていこう、というのが媒体の指針になりました」

紙版の新刊が出れば、土佐町の全戸に無料で送られる。加えて、全国約120ヶ所の書店や美術館、カフェ等にも無料で配布される。町内外のどちらの人にも読まれているが、「特にターゲットにしている層はない」と石川さん。一つ気をつけているのは、「町の良い部分にフォーカスしながら、厚化粧はしない」ことだ。

「偽ってまでよく見せる必要はない、と思っていて。写真一つとっても『これがうちの町だよね』って町の人に言ってもらうことが最高の褒め言葉ですし、それが結果的に、町外の人にも一番響くものだと思います」

たとえ土佐町のことを知らなくても、「とさちょうものがたり」に惹きつけられるものがあるのは、小さな町や個々のエピソードのなかに、人間として大事なことが散りばめられているから。読者はそこに自分を重ね、共感するのだ。

3mの柿の枝の差し入れ

2017年に紙版が創刊したのは、絵描き・下田昌克さんの滞在制作がきっかけだ。石川さんは旧知の仲だった下田さんに、町の人の似顔絵を描きませんか、と声をかけた。下田さんは土佐町に1週間ほど滞在。あちこちに行って町の人の似顔絵を描き、保育園や小学校では大きな紙に子供たちと一緒に絵を描いた。その後、完成した絵は廃校になった小学校で展示した。下田さんが町に置いていってくれた50枚ほどの絵をまとめるべく、「とさちょうものがたりZINE」が創刊した。

下田さんは、ニコニコしながら人の本質を捉えた似顔絵を描き上げ、誰とでも打ち解けてしまうタイプだ。結果、石川さんの予想通り下田さんは「会う人みんなと仲良くなった」という。また、石川さんの言葉を借りると土佐町は「すごいでっかい家族、みたいな規模感」。町民は知り合いだらけなので、似顔絵を介して町民同士の会話が生まれ、気づけば下田さんの滞在制作が町一番のホットな話題になっていた。

「展覧会初日に、下田さんが似顔絵を描いたおっちゃんが軽トラで乗り付けて、『これ差し入れ』って差し出したのが、柿がたくさんついたでっかい枝だったんです。3mくらいの。さすがの下田さんも『今までこんな差し入れもらったことないよ!』って驚いていて。こういうお金に換算できない豊かさみたいなものは、どこに住んでいようがどんな人だろうが大きく心に響く。それを確信した出来事でしたね」

町民の価値をひっくり返す

町の情報発信に加えて、媒体にはもう一つの役割がある、というのが編集部の考え方だ。2011年に移住して以来、町のお年寄りの暮らしや考え方を文章に残している鳥山さんは言う。

「お年寄りの皆さんはパソコンもスマホも使わないけど、手で藁をなって紐を作りそこ干し柿を干したり、身の回りのものを工夫して使う。また季節に沿った種を蒔いて、コツコツと土を耕して暮らしている。彼らにとっては当たり前でも、素敵に思えることがたくさんある。そう感じたことをそのまま伝える。すると、喜んでくれるというか、まんざらでもないっていう表情を見せてくれるんです。こんな見方があったんだ、って気づいたら、自分の町をもっと大事に思える。それってとても嬉しいことだなって」

さらに、そうした暮らしの取材や撮影を依頼することは、「あなたの暮らしに価値がある」と伝えることでもある。石川さんは言う。

「『なんでこんな何もない町に来たの』『こんな古い料理誰も喜ばないよね』と町の人はよく言うんです。対して、僕らのスタンスは「ここには人間にとって大事な、尊いものが全てある」というものです。この媒体を作ることが、町の人の価値の“ひっくり返し”になればと思っています」

人対人の関わりが表現に

媒体が町の人を巻き込んで、というよりも、町の人が常に主役。「とさちょうものがたり」から滲み出るのは、そんな編集部と人の関係性そのものだ。町の障がい者支援施設との繋がりから生まれた企画もある。

編集部では、シルクスクリーンでプリントした「土佐町オリジナルポロシャツ」の販売を5年前から続けている。毎年春先に新しいデザインを発表すると、たくさんの町人からオーダーが入る人気企画だ。このプリント作業を土佐町の障がい者支援施設「どんぐり」にお願いしている。

また大豊町の障がい者支援施設「ファースト」には、鹿の角の御守りの制作を依頼している。鹿の角は戦国時代には武将が身につけるなど、古くから縁起物としての意味がある。今でも高知では、水難よけに身につけている漁師さんも多いそう。土佐町では「山によく落ちている」というこれを、編集部では御守りにし、ガチャガチャで販売している。設置している「まるごと高知」(東京・有楽町にある高知のアンテナショップ)では、スタッフに「バズっています!」と言われるほどの人気という。

「これらの取り組みは、一般的には障がい者支援事業と言われるのですが、“支援”というのは正しくないと思っていて。彼らがいないとうちの仕事は成立しませんし、彼らのなかには失敗や試行錯誤を重ねて経験を積み、職人のようになっている人もいます。なので、僕たちからは、一般的な時給をお支払いして仕事を“依頼”しています」

“町の人が主役”の情報発信は、地域の自信になるだけでなく、遠くの人の心にも響く。人対人の関わりが薄れている今、多くの人が求めているものがそこにある。

Photo:石川拓也

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