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「4年間で117回」市職員らが熱い企業訪問を続ける理由【山形県上山市役所】

日本の産業の空洞化が進む中、産学官民が一体となってオンリーワンな商品を生み出している地域がある。そこは、東京から新幹線で乗り換えなしで2時間半ほどのところにある山形県上山市。市商工課の職員と地域産業振興の救世主、Dr.ホッキ―こと東北大学大学院工学研究科の堀切川一男(ほりきりがわ かずお)教授(2022年4月からは東北大学名誉教授)がタッグを組んで、日本有数の技術力を持つ市内企業に対して技術開発などの助言を行う取り組みを始めたのが平成29年度のことである。それから令和2年度までの4年間で19社、117回企業に御用聞き型訪問を繰り返し、10社16品の自社製品が生み出された。

あるふるさとチョイスAWARD2021にて上山市観光ブランド推進課の川島啓太さんは、産業振興アドバイザー事業について話していた。

事業を担当する市商工課の職員とDr.ホッキーの足跡から、対面コミュニケーションが繰り広げられてきた“あの頃”の現場の熱に触れることで、代替的な対面方法が確立された今でも「会って話したい」と願う理由が見えてきた。コロナ禍に対面を強制的に遮断されたことにより、コミュニケーションに対する人々の意識は確実に変化した。アフターコロナのコミュニケーションはいかに変容しうるのか。

※本記事は「ふるさとチョイスAWARD2021」時の内容となり、最新の状況と内容が異なる場合がございます。

山形県上山市商工課担当者

地方に隠れた世界レベルの技術を伝えたい

「これだけは今日、覚えて帰ってください。上山と書いて『かみのやま』と読みます」。アワードのスピーチで川島さんが開口一番、自らの地域を表現した言葉である。

さくらんぼ、ぶどう、ラ・フランスをはじめ、ここで採れたぶどうを使用したワインなど、豊かな自然、肥沃な大地と生産者の熱意、高い栽培技術により生み出される産物はどれも最高級品。また、純白の冬景色に樹氷が乱立する光景を写真や映像で目にしたことがないだろうか。おそらくそこは蔵王連峰に広がる風景。それらすべてが上山市にある。

「いいものがたくさんあるのにウチはアピール下手なんです(笑)。

上山市内には世界ラベルコンテスト最優秀賞や、山形エクセレントデザイン賞などの各種表彰を受けている企業など、全国や世界に誇る技術を有する企業が多数あります。これら市内企業の高い技術力を発信することが、市の魅力向上、強いてはブランド力を高めることにつながると考えていました」(川島さん)

例えば、上山市内に本社・工場のある「進和ラベル印刷株式会社」は国内外のラベルコンテスト受賞の常連。産物の品質の高さを巧みなデザインと技術力を持って表現することに定評がある。さくらんぼの王様「佐藤錦」の贈答用の掛け紙やワインのラベルなど、食卓の彩りとして数々の恩恵を受けている。

世界的に優れた企業の存在がお茶の間に知られていないのもそのはず。それらの企業のほとんどはBtoBの事業形態で自社商品を持たないのだからアピールがうまいもヘタもない。とはいえ、いつまでもそう言ってもいられないようだ。

「自社が持続可能な企業となるために、BtoC事業に取り組まなければなりません。例えば、自社製品を持ったとして、それがコンテストで受賞することになれば業界内外への宣伝となって、従来のBtoB事業にも繋がっていくでしょう。

そのために市は、『産業振興アドバイザー事業』を通じて、自社製品開発及び販路拡大の取組への支援を企業に対して行っています。中小企業が持っている高いポテンシャルをさらに磨き上げていくための投資です。世界に誇る技術を持つ中小企業が世界に先駆けて新しい産業を生み出すことが、市の未来につながっています。どんなに小さくても構いません。いくつかの事業を集めれば、一つの基幹産業と並ぶ雇用や経済力を持つことができると信じています」(川島さん)

地域創生の救世主。その名もDr.ホッキー

下請けだった中小企業を、開発の拠点にする。

日本の産業構造のニュースタンダードとなりうる壮大な構想の実現には、地域に根付いた中小企業の継続的なイノベーションが欠かせない。とはいえ、経営資源に限りのある中で単独でイノベーションし続けるのは現実的ではない。そこで必要となるのが他との連携だ。

そこで、地域産学官民一体となった産業振興をすべく東北大学大学院工学研究科堀切川一男教授を核とする支援策が平成29年度から始まった。

堀切川教授は摩擦学など学術知見が豊富で、これまで多くの地域企業が抱える技術的課題の解決に尽力してきた。長野五輪では日本ボブスレーチームに技術顧問として参加するなど、幅広い研究開発で国内外から注目を集めている。

特筆すべきは「御用聞き型企業訪問」という独自のスタイル。

「教授は、『何か困っていることはありませんか』という姿勢で何度も、何度も企業に直接足を運ばれました。教授がもつ学術的知見を活かした技術的課題へのアドバイスなどが行われた数は4年間で117回。熱い訪問を行った19社のうち10社から16品の自社製品が誕生しました」(川島さん)

前述の「進和ラベル印刷」も例外ではない。教授からのアドバイスを通じて、新型コロナウイルスの感染拡大の中にあった当時、ドアノブや照明スイッチなどに貼り付ける抗菌ラベルの企画販売を始めた。まさに時代の変化に対応した取り組みがアドバイスをきっかけとして生み出されているのである。

「御用聞き型企業訪問」を通して生まれた抗菌・抗ウイルスシート”タッチバリア”

アイデアのブラッシュアップは会食の場で

Dr.ホッキーとの開発で生まれた製品は、いずれもオンリーワン。企業が認識する課題の解決に向けてともに取り組むこともあれば、時には、過去の失敗作を拾い上げて新たな製品開発に生かすこともあるという。当事者とは違う視点でアイデアが出せるのも、ものづくりの現場を訪れているからこその強みである。

「打ち合わせの場以外で新製品のアイデアが着想することもありました」(川島さん)

例えば、ダイヤモンドの粒子を使用した爪やすり。1950年の創業以来、70年以上の伝統と技術の研鑽に努めてきた企業が保有する、めっき業界では参入のないダイヤモンド電着という技術を活用しBtoC商品の開発事業に取り組むプロジェクト第一弾で誕生した逸品だ。

株式会社ジャストのダイヤモンド粒子を使用した爪やすり”クラフテムセルフネイリスト”

天然のダイヤモンドをめっきで固着させることにより強力な密着強度を保持し、地球上で一番硬い鉱物でもある天然のダイヤモンドが優しい力で研磨できるという、これまで見たことのない爪やすりだ。

この爪やすりにはケースがついていて、実は、本体とケースは別の企業が担当している。

「堀切川教授を交えた会食の場で企業同士がつながり、そこで話に上がったアイデアを形にするために市内の企業が連携しました。この一本には、あれできたらいいね、これできたらいいねって思いが詰まっています。一つの技術から地域内連携を創出することができました。“上山堀切川モデル”は、着実にまちの魅力発信とブランド力向上につながっています」(川島さん)

リアルなコミュニケーションは、会議の場以外でこそ真価を発揮するのか。

対面の代替方法が確立されてコミュニケーションの変容が見られるが、「リアル」な場でこそアイデアやひらめきが生まれるのか。人と人の繋がりが生みだすワクワクする上山発のものづくりから、今後も目が離せない。


山形県上山市

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