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「“辿れる関係性”を繋ぎたい」工場出身プランナーの地域づくり【マゼル】

「地方と都市の暮らしや営みは、どんな違いがあるのだろう?」

自らの問いにブランディングの視点から答えを見出し、2022年に大分市にJターン。大分市府内町にクリエイティブ複合スペース「mazeru」をオープンした井上龍貴(いのうえりゅうき)さん。

大分県西部の山間の町に生まれ育ち、工業高校を卒業後、10年間の工場勤務を経験。地域おこし協力隊を経て、関東のクリエイティブ業界の第一線へ飛び込む。クリエイティブ業界では、異色の経歴を持つ井上さん。多種多様な立場の人と関わる中で「これまでの経験に無駄はなかった」と実感したという。

「大切なことは、企業や個人との“辿れる関係性”作り。その上で、圧倒的な熱意と共感の継続することです」と語る井上さんに地域やブランディングに注ぐ思いを伺った。

“クリエイティブ”とは対極にある10年間の工場勤務

大分市府内町に誕生したクリエイティブ複合スペース「mazeru(マゼル)」。地域ブランディング事業の傍ら、民芸品や国内外の作家の作品が並ぶギャラリーと、看板メニューのソフトクリームが人気のカフェを運営している。この場所を営む井上さんは、高校でものづくりの技術を学んだ後、大分市内の工場に勤務する。幼い頃からファッションやアートに興味を持っていた井上さんは、次第にクリエイティブな現場への憧れを募らせ、転職活動を始めた。しかし、これまでの経歴とはまったく畑違いの進路。希望はなかなか叶わず、履歴書は100%書類審査で不採用通知が届いていたという。

それでも諦めずに履歴書を送り続けた結果、井上さんに転機が訪れる。それは、不採用を告げる企業からのメールに書かれた一文だった。

「クリエイティブの現場に興味があるのであれば、地域の仕事から始めてみてはいかがですか」

すでに結婚をして、子どもにも恵まれていた井上さん。それでも、自分の人生に挑戦することを諦めたくない。一筋の希望を胸に、“地域の仕事”を探し始めた。不意に生まれ育った故郷・玖珠町のホームページを開くと、そこには、“地域おこし協力隊 募集”の文字が光っていた。

“これだ!”とひらめいた井上さんは、祈るような思いで履歴書を送る。家族への責任や住みなれた環境を変えること、挫折ばかりだった転職活動への恐怖‥‥。背負っていたものは、そう軽くはなかったはずだ。それでも、自分らしく生きることを決して諦めなかった井上さん。結果は、見事採用だった。

地域おこし協力隊へ就任後は、破竹の勢いでアイディアを形にしていった。地域編集ユニット『KUSU NO KOTO』を立ち上げ、田舎ではお馴染みの素材・米袋や鹿の角を生かしたオリジナルグッズ『KUSU NO  MONO』の製作、建築家と木工作家と作り上げたモバイル屋台『YATAI UNIT』の開発など、地域の中で人と人、人と技術を結ぶ活動に邁進する。

いい意味で公私混同した辿れる関係性を

「人と人を結び、ものづくりをしながら、改めて自分の生まれ育ってきた町の魅力を掘り起こしていく活動の面白さを感じました。それと同時に、やっぱりクリエイティブな現場に携わって行きたいな、と再認識できました」

中でも印象的だったのは、移動式の屋台『YATAI UNIT』の制作過程。建築家、木工作家、井上さんの3名でユニットを結成し、組み立て式のモバイル屋台の企画・デザイン・制作・販売まで一貫して手掛けたプロジェクトでは、確かな手応えを感じた。

「企画は僕自身が発案したモノだけど、関わってくれた建築家、木工作家の技術が混ざって一つのプロダクトが完成している。調整する過程でも細かいアイディアが出て、過程を辿ることもできる。その関係性が僕にとって一つの理想系だなという風に感じた貴重な経験でしたね」

想いを込めて作ったものを、誰がどんな用途やシーンにおいて使うのかということを、明確にした上で、両者を繋ぐ。「作る人、使う人、の関係性が明確で“ 辿れる関係性”を生み出すこと」。それが、井上さんにとっての活動の喜びであり、“ブランディング”の意味だ。

クリエイティブな現場の最前線で得た気づき

「人の暮らしや営みは、地方と都心とでどのような違いがあるのか」を確かめるために、2018年には活動拠点を関東に移す。そこで千葉県松戸市で民間企業によるまちづくりのプロジェクト「MAD City」を運営する「株式会社まちづクリエイティブ」や東京都渋谷区の「株式会社ロフトワーク」で3年間、大学や企業など多岐に渡るジャンルのプロデュース業務を手掛ける。

「エリアブランディング業務では、現場の作業から、物件管理、企画までなんでもしました。従来の都市開発ではなく、民間主導の自主性の高い街づくり事業は、とても刺激的でした。プロデュース業務では、“デザイン経営”という言葉が頻繁に使われていましたが、ごく当たり前のことに思えるくらいまで、自分のものにできたと思います」

工場勤務時代「5年間の転職活動の中で、1度も面接まで進んだことがなかった」とは思えない活躍ぶりに目を見張る。

「僕が一番驚きました(笑)。周りは大学とかデザイン系の学校を卒業した方ばかりで、僕のような工業系の高卒の人は、1人もいなくて。それでも、相手のバックグラウンドに関係なく、仕事はできていた。それは、学校で学んだ知識ではなくて、幼い頃から共働きの両親に代わって周りの大人が育ててくれるような環境で育ってきた経験があるからだと思うんです」

“情けは人のためならず”を地で行く、周囲の善意の中で生きてきた井上さん。そこに原風景があるから、いわゆる“デザイン経営”で謳われている、ストーリーを大事にするという視点は、ごく当たり前のことに感じられたという。

「みんなと見てきた世界が違う僕の視点から見ると、企業の価値とか、いいところって言うのは、すごくよく見えたんです」

仕事という接点がなければ、もしかすると、一生交わることがなかったであろう人。どんなにバックボーンが違っても、社会人として、親として、1人の男性としてどこかに分かり合える部分があれば、共に手を取り合うことはできる。

「地方と都市。どこに軸足があろうとも、目の前の仕事に向き合う熱量は変わらない。そう思えたことは、自分の中で大きな気づきでした」と井上さんは、飄々と語る。

プロジェクトは終わっても、経営は終わらないから

2022年まで勤めていた「株式会社ロフトワーク」で、井上さんにとって大きな転機となった仕事がある。大分の印刷所「高山活版社」と一緒に手がけたプロダクト「NOT A NOTE」と題した一冊の“ノート”だ。

「情報ではなく、情緒に語りかけるもの」として社員全員で取り組んで作り上げた企業理念を体現するためのプロダクトとして、さまざまな色や質感のノートの商品化を企画。書くだけなら白い紙で十分だが、心を注ぐ器としてあえて“ノートらしくないもの”を考案した。

「正直に言えば、当時勤めていた会社では、予算的にも受けることが厳しい案件でした。それでも、故郷大分の会社とどうしても仕事をやってみたくて、なんとか予算面を確保して。苦労した甲斐あってそのノートは今でも販売されていますし、会社の人たちは誰もがそのプロダクトのことを自分ごとのように話せる。そういう温度感の仕事は、僕にとって理想でした」

ただ、プロジェクトは必ず終わりを迎える。一方で、企業の経営は続いていく。「仕事でやっていることの価値は理解できるけど、経営は終わらないのだから、ゆるやかに関係性を続けていきたいと思うようになりました」。

地域おこし協力隊を卒業する時から抱いていた「いつかは地元で働きたい」という思い。この仕事を機に強めた井上さんは、いよいよ故郷・大分で起業することを決意する。

自身が大切にしてきた「辿れる関係性」を、大分で育んでいくためには、どのようなコンセプトを軸に置くと良いのだろうか。

そこで考えたコンセプトは、“まぜる”だった。「まぜる」という言葉は、「 混ぜる」と「交ぜる」の2種類ある。ひとつは、混ぜた後に形がわからなくなる「混ぜる」。もう一方は、形が明確にわかる「交ぜる」だ。

「企画の視点で見ると、意見やアイデアが“混ざった”状態。制作の視点で見れば、それぞれ関わる人の役割が明確にわかる“交ざった”状態。この2つの意味が交錯する場所を作ることで、面白い化学反応が起きる。いい意味で公私混同した関係性の中で、いいアイディアが浮かんだらチャレンジして、うまく行ったらフィーを分け合う。そういう関係性があってもいいんじゃないかなって。そんなふうに余白を残しながら長く活動を続ける中で、地域に根をおろしていきたい。その上で、“大分らしさ”や“mazeruらしさ”を育んでいきたいですね」と井上さん。

「mazaru」は今、ひと・もの・ことが混ざり合う接合点として「 ブランディング支援事業」と「飲食/物販/ギャラリー運営事業」の2本柱で運営している。今後は、上階にゲストルームを作り、アーティストの滞在制作を支援するアーティスト・イン・レジデンスの企画を計画中だとか。

目的はシンプルに、店を開け続けること。訪れる人は、クリエイティブの相談でも、食事でも、自由に解釈してもらえたらいい。自身の肩書きは、あえて言うなら“プランナー”、“ディレクター”だが、こだわりはないという。

「大切なことは、想いを込めて作ったものがある。それを誰が、どんな用途で、どんなシーンで使うのか。そういった背景を明確にした上で、作り手と使い手が繋がること。そういう“辿れる関係性”の交差点になることが、僕にとってのやりがいになっていることに気づいたんです。そこの役割をしっかりと担うことで、新たな地域の魅力を生み出します」

圧倒的な熱量と共感で、地域の色を濃くする

井上さんに言わせれば、地域づくりとは「圧倒的な熱意と共感の継続」。そこに、近道も成功法もない。

「信じてるものを自分の言葉で発信して、毎日をいかに思い描いている方向へと舵を切っていくことと、“何か楽しそう”という期待感を断続的に生み出していくことが重要です。そうしていくうちに気づけば特色が地域に溶け込んで、地域性が生まれて、次第に感覚の近い人が集ってくる。結局は人なんです」

今後は、これまで培ってきたネットワークを生かし、全国のクリエイターと地域を繋ぎ、新しいコミュニティやプロダクトを創出して行きたいとのこと。大分の新たな発信拠点『mazeru』が秘めた底知れない可能性は、実際に足を運んで確かめてみてほしい。

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