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リピーター多く即品切れの“薪”「森と相談して3年かかった」【ツリーランバー】

ふるさと納税のサイトにアップすれば瞬く間に品切れ。リピーターに圧倒的な人気を誇る幻の薪がある。生産者は、関東エリアで一番小さな村・丹波山村で林業を営む「TreeLumber(ツリーランバー)」の佐藤駿一さん。村の面積の97%を森に覆われた人口530人の村は、東京都の約1360万世帯の飲料水をまかなう水源涵養林(すいげんかんようりん)だ。村に拠点を構える林業法人の代表として、森と、地域と、向き合う覚悟を決めた佐藤さんの活動を通じ、丹波山村の今に触れる。

入荷と同時に即品切れ!こだわり派が唸る薪

「現場では、いつも次の世代に森をつなぐことを考えながら1本の木と向き合っています」と話すのは、林業法人「株式会社TreeLumber」の代表を務める佐藤さん。拠点を構えるのは東京から約2時間、美しい渓流が流れる山梨県北都留郡丹波山村。日本百名山の一つである雲取山をはじめ、飛龍山、大菩薩嶺など深い山々に囲まれた人口530人の小さな村だ。

大学時代に林業を学んだ佐藤さんが2019年に立ち上げた「TreeLumber」は、村で林業や木材利用事業を展開する唯一の林業法人だ。森林の調査や管理、林業イベントに関する企画・運営、農林産物の生産など、その業務は多岐に渡る。中でも注目は、ニーズに応じた樹種を吟味した“薪”。ふるさと納税のサイトにアップされれば、ものの数時間で品切れてしまう超人気商品だ。しかも、その多くはリピーターというから圧倒的な顧客満足度が窺える。

「会社としては、まだまだ種まきをしている最中」と話す佐藤さんだが、薪の販売に関してはようやく納得のいく形が見えてきたという。

「薪の販売事業は、やっていること自体は本当にシンプルなんですが、お客さまの声に耳を傾け、森の状況と相談しながら形にするまでに3年かかりました」と振り返る。

そんな佐藤さんがこだわりを持って製品化する薪は、ナラ、サクラといった広葉樹、スギやヒノキの針葉樹。

薪とひとくちに言ってもそれぞれに違いがあるらしい。

例えば、一番人気のナラは、薪としての火持ちのよさが大きな魅力だ。元々、ナラは福島県が一大産地だったが、東日本大震災で大きなダメージを受けた。そのため、全国的にも引き合いの多い品種となっているという。

また、スギやヒノキの針葉樹は、脂分が多く着火しやすいため、時間のない朝の焚き付けに最適。一方で、ゆっくり焚き火を楽しみたい夜は、火持ちのいいナラの方が適しているという。サクラは、薪の品質としては中程度だが、香りがいいため一定のニーズが見込める素材だ。

現在は、“半年以上雨に当たらない環境で自然乾燥させたもの”という自社基準を満たした薪を出荷している。

「エリアによっては薪の入手に苦戦している人が少なくありません。今後は、もう少し個別のニーズに応えていけたらと思っています」と佐藤さん。

「リピーターの方がほとんど。薪で暖を取ることはもちろんですが、炎を眺めて過ごす時間を大事にしている方が多い印象です。薪はこだわり始めたらきりがないマニアックな世界ですが、そうした中でうちの薪を選んでいただけているのはありがたいですね」

薪の配送は、近隣のお客さんであれば、薪を直接届けて生の声を聴き、商品開発に活かすなど、常にバランスを意識しているそう。ともすれば山に籠りがちな業界だからこそ、エンドユーザーとの接点を意識的に作ることを心がけている。

大学時代からの夢だった林業で起業

神奈川県出身の佐藤さんは、東京農業大学の森林総合科学科で林業全般を学び、林業の道を志す。中でも丹波山村は、学生時代から調査研究で何度も足を運んでいた馴染みのある場所だという。

「大学時代は、間伐とか森林を制御する前の調査手法の研究に取り組んでいました。何百本もの木を測ったデータを集めて分析をして……っていう地味な研究をひたすらやっていました」

林業を生業にしたいという思いを抱きながらも、就職活動中に業界の実情や課題を知るにつれて「一度は外の世界に目を向けてみよう」と発想を転換した佐藤さんは、登山グッズメーカーに就職。約3年間、静岡や神奈川の店舗で接客や販売、商品管理にまつわる知識を習得しながらも、学生時代と変わらず丹波山村に通うことは続けていたという。

そんな中で「もっと自由に林業に関わってみませんか?」と丹波山村で募集があり、地域おこし協力隊として村に移住。3年の任期終了が間近に迫った頃、今度こそ林業の道へ進みたいと思いながらも、村に林業を営む会社がなかったため、自身で起業する道を選んだ。

20代〜40代の社員4名が在籍する「TreeLumber」の特徴は、社員全員が移住者であること。そして、天気に左右される林業業界では珍しく月給制を導入していることだ。

「村には林業事業を営んでいる会社が1社あるのですが、東京からの受託事業を行っているのみ。これだけ山に囲まれた村であるにもかかわらず、村に拠点を構えて地域の仕事に取り組む会社はゼロ。だったら、もう自分がやるしかないなと腹を括りました」。

多摩川源流の森を守る、移住者集団

登山で使うアイテムは、時にユーザーの命を救うこともある。大きな責任を伴うメーカーの徹底した品質管理の中に身を置いた経験は、自身が起業する立場になった今、大きな礎となっているという。

「登山グッズメーカーでは、品質管理に厳格な基準を設けていました。たとえば商品を跨ぐことは禁止、商品を運ぶ際も必ず袋に入れてから運ぶなど、細かい部分まで自社の製品を大事にする姿勢は、自分が起業して会社のガイドラインを整える際にもずいぶん参考にさせていただきました」

そうした意識があるからこそ「薪一つ商品化するにしてもさまざまな角度から検討して、ようやく答えが見えてきた」という佐藤さんの言葉にも頷ける。

現在は、主力事業となっている森林の調査から整備、管理(間伐、下草刈り、素材生産など)に加えて、公園や庭園管理、草刈り、樹木のメンテナンス、林業および林政に関するコンサルティング業務や体験イベントの企画・運営の他、薪を含む木製品の企画・開発、地域の固有種であるじゃがいもや特産品の舞茸の農林産物の生産販売、木質バイオマス利用推進業務など、地域密着型の事業形態を展開しており、その活動内容は多岐に渡る。

「間伐、歩道づくり、柵の点検、他の事業体のフォローアップ……あげればキリがないですね」という山の仕事。村のマンパワーはどんどん縮小傾向にある中でも、佐藤さんは林業を通じて地域を支えることを諦めない。そこには「頼られる存在になりたい」という林業や地域への強い思いがある。

ところで林業は、大きく分けて、いわゆる造林・保育分野と、素材生産の分野がある。今は造林・保育がメインの業務となっているが、今後は素材生産の分野にも積極的に取り組んでいく方針だ。

「森林の管理と活用を並行して取り組む体制を整えることが直近の課題ですね。今後は、会社としても仲間を増やして、地域に人を呼び込みながら、仕事が循環する仕組みを作っていきたいです」

次世代のために、森と真摯に向き合う

林業全体の全国的な傾向として、健全な山を育成するための間伐が行き届いていないため、積極的な伐採が推奨されている。一方で、林業者としてそれをやる方は意外にも少ないという。なぜならば、今、価値のある木を全部切ってしまえば、瞬間的な収入にはなるけれど、再びその場所に木が育つまでには、半世紀もの時間を要するからだ。

「目の前の木1本の重みを肌で感じるからこそ、現場ではとても慎重な判断が必要です。仲間と“自分たちの子ども世代に対して、僕らは何ができるかな”と言いながら仕事をしています」

収益化する部分と、森の継承という葛藤の狭間でも、常に軸足は健やかな森を守ることにある。

「木を切ること自体は簡単だけど、現場の判断はそう単純なものではない。だからこそ、いろんなアイディアを考えていくしかないですよね」

1本の木が育ち上がるまでに約50年。

「僕らが次の世代にできることは、結局のところ、今ある森とちゃんと向き合うことしかないんです」そう話す佐藤さんの言葉から、利益優先という側面だけではない林業だからこそ、他にない魅力を感じていることが伺える。

山を育て、人を育て、地域をつなぐ会社へ

近年は、村の観光資源を発掘する活動として、山の中にマウンテンバイクのコースを造成するなど、新たな試みにも挑戦している。林業の枠にとどまらず地域の産業に目を向け、足りないものを補っていく姿勢は、人口減少が進む村にとってどれほど心強い存在であるかは計り知れない。

「農業の分野では、特産品の舞茸の生産や、村に残るじゃがいもの原種の生産〜販売まで行っています。村に数人しか作り手が居なくなってしまって、僕らも生産をやめられない状況になっています」

65歳以上が45%という高齢者の村。佐藤さんのような移住者も少なくないが、村の人口は減少傾向にあることに変わりはない。「地域としては、課題だらけなんで、最近は課題とも感じなくなってきました」と話す佐藤さんの活動は、しっかりと村の暮らしに根差していることが伺える。

山での活動の蓄積が、未来の暮らしを支える

自身の活動を「事業的に特に目新しいことをやっているわけではない」と佐藤さんは言い切る。従来の林業を継承するだけでは、難しい状況にあることは確か。ただ、スローな産業構造に根を下ろすスタートアップ企業として、未来につながる林業のロールモデルを構築することが、目下の課題だという。

「あくまで地域単位でコツコツやっていくほかないです。全国に目を向ければ面白い活動をしている林業経営者も少なくないので、そこにヒントを得ながら連携していきたいと思っています」

丹波山村の森は、多摩川流域の暮らしの根幹を担う水源涵養林だ。東京都の1360万世帯の飲料水となるその森は、その先につながる人々の未来を育んでいる。

山の営みは一見、遠くの話に聞こえるかもしれない。けれども、その表層的な部分だけでなく、その奥に張り巡らされた壮大な自然のシステムに目を向ければ、私たちの暮らしのすぐ足元まで繋がっていることに気づくはずだ。

「自由にやっています」と佐藤さんは笑ってみせるけれど、山々の営みを支える彼らの活動の蓄積が、いかに価値ある行動であるかは想像に易い。深い森の中で灯をともし続ける彼らの存在意義を、今一度考えてみたい。

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