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「都合よく操作してきた自然と対峙」高額プログラムも人気な“表現の学び”【スピーシーズ】

京都でユニークな学びのプログラムが密かな話題になっている。“自然の不確定要素を探究する”コミュニティ「SPCS(スピーシーズ)」だ。2022年秋のスタート以来、京都で開催されるプログラムには日本全国、及び海外からも、多様なメンバーが参加しているという。おまけに1プログラム(全3~4回)あたりの参加費はトータル3万円などと、価格帯も決して安くはない。自然の不確定要素とは一体何か? それをどのように探究するのか? SPCSを運営するロフトワーク京都ブランチの浦野奈美さんに聞くと、今求められる学び×コミュニティのあり方が浮かび上がってきた。

自然を“コントロールしない”ことで生まれる創造性

SPCSで探究されるのは自然の不確定要素。と言っても、なかなかピンとこないかもしれない。元来、人間の手に追えないものである自然の“コントロールのできなさ”に着目し、制作や表現を通して、それをポジティブに捉えようという試みだ。SPCSの活動のひとつに連続した参加型のワークショップがあり、最後には参加者による発表の機会が設けられる。

例えば2023年に2カ月にわたって実施した、採集物からインクを創り出す実験プログラム。採集物からインクを作る「Foraged Colors」というプロジェクトを行っているグラフィックデザイナーの吉田勝信さんを講師に迎え、30名の参加者が身近な自然からインクを作り、そのレシピとそれを用いた多様な作品を展示した。

例えばあるデザイナーは、近年自宅周辺の水田周辺で増え、被害が深刻化している外来種・ジャンボタニシの、猛毒のある卵に着目。この卵の鮮やかなピンク色がインクに活用できるかどうかを実験した。またある料理家は、以前からその美しい銀色の鱗が気になっていたというイリコを使ったインクを制作。それを使ったペイントからは、見るものをハッとさせる繊細な光沢が、イリコの新たな側面に気づかせてくれる。

「私たち人間がこれまで避けたり、関心をもたなかったり、また都合の良いように操作してきた自然に向き合いながら、新しい表現につなげていくと。そこに大きなクリエイティビティが生まれる可能性がきっとあるし、それは私たちの生きる力にもつながります。もしかしたら社会課題の解決にもなるかもしれない。『どうにかしなきゃ』と憂うのではなく、ありのままの自然をポジティブに捉えることで、新しい価値が発見できると信じています」

メンバー間の化学変化が起こり続ける

SPCSの大きな特徴の一つが、メンバーの多様さ。職業・経歴・年齢問わず、誰もが同じように参加できる。既出のインクのワークショップの参加者も、市の職員から学校教師、専門家、デザイナー、学生まで幅広い顔ぶれが集まった。ポイントは、そこに強い共通点があることだと言う。

写真提供:SPCS

「参加者のバックグラウンドは本当にバラバラ。対して、毎回テーマが非常にニッチなので、参加者のピュアな興味関心や大きな問いは共通しています。みんなが可能性を感じているものに対して、同じレベルで向き合えるからでしょう。交流が始まると、非常におもしろいディスカッションやコラボレーションが生まれ、面白い化学反応が起こり続けるんです」

写真提供:SPCS

すごいのは、その化学変化がプログラム終了後も続いていく点。参加者同士の交流が続いたり、参加者同士がスピンオフのプロジェクトを一緒にやっていったり、あるいは講師と参加者が仲良くなり別のところで新しい取り組みが始まっていくこともあると言う。

写真提供:SPCS

「プログラムごとにぶつ切りになっているのではなく、新たな形で交わりながら繋がりは続いていく。化学反応が生まれやすい状態ができてきているように思います」

きっかけはパンデミック

SPCSを運営するのは、さまざまな企画デザインから企業の支援プログラムまで、表現を通じて新たな価値創造を行うクリエイティブカンパニー「ロフトワーク」。同社が京都で運営するファブリケーション機器を設けたカフェ「FabCafe Kyoto」を拠点に、浦野さんは企画を盛り上げ、人をつなぐ、さまざまな仕掛けづくりやコミュニティ醸成を行なってきた。

そこでパンデミックが到来。FabCafeでのイベントは全てオンラインに移行され、対面の必要性が問われるように。と同時に、誰もが世の中の当たり前を疑い、学び直しに目が向くようになったと浦野さんは言う。そんななかで同社の中で浮上したのが、新しいスタディプログラムの案だった。

 「私たち人間がひたすらコントロールしてきた自然。そことの間に生まれた歪みが、年々大きくなって今取り組みが急がれている生物多様性の課題が生まれているという感覚はありましたが、パンデミックはその大きな現れであると体感しました。この先私たちはどう自然と付き合っていくべきか?一方で危機感だけでは面白いアクションには繋がらない。 その入り方や手法を多方面からクリエイティブに拓いていく探究活動が作れないかと。話し合いを重ね、SPCSの原型が作られていきました」

原点としての市民科学とMITメディアラボ

他方で、SPCSに至るまでの個人的な出発点になっているものもあると言う。2017年に京都に移住する前に、東京で浦野さんが関わっていた市民科学のプロジェクトだ。ガイガーカウンターを有志で作り放射線量を市民全員が共有できる仕組みを作る世界的な市民活動のボランティア団体「Safecast」に参加するほかに、自らも料理研究家の森本桃世さんと共に発酵を研究する「渋谷菌友会」を主宰した。

誰もが科学に参加し、未来を拓いていくことの可能性を感じていた浦野さん。世界的な天才研究者が集まる研究機関「MITメディアラボ(マサチューセッツ工科大学メディアラボ)」に関わることで、さらなる影響を受けることになる。浦野さんは、ラボの日本企業のスポンサーコミュニティの運営を5年にわたって担当していた。MITメディアラボで目の当たりにしたのは、「カオスの必要性」だったと言う。

「個性的な問いをもった人が、ジャンルやターゲットに縛られることなく、自由に探究できる場があって。そこから思いもよらない表現や新たな問いが日々生まれていたんです。前例のない未来を作るためにも、極めてカオスであることが重要なのだと知りました。以来、学びの場を作る上では『どんなカオスを作れるか?』を大事にしています」

新しい取り組みが評価される社会に

SPCS開始から1年が経とうとする今。現段階では大きなゴールは2つある。1つは、自然と共生していくための技術や知識のアクセシビリティを世の中に拓いていくこと。そしてもう一つは、SPCSの活動の中から生まれていくような新しい取り組みやアプローチが社会に評価される素地を作っていくことだという。まだ構想段階ですが……と前置きしてから浦野さんは言う。

「これまでSPCSに関わられている方に共通しているのが、強い好奇心と探究心、そしてなにか面白いことをしてやろうというクリエイティブな心意気です。さらに彼らが取り組んでいるのは「自然を操作しないデザイン」や「生物多様性の課題」という難しいお題。彼らの中から生まれてくる新しいアクションが既存の評価軸や貨幣価値ではない方法で社会に評価され、活動を続けていけるように、私も参加者と一緒に学びながら、その素地を作っていきたいです。例えば先進的な国の評価軸やアワードを学んだり、省庁や自治体、あるいは教育機関や企業との連携の手段を探ったり。情報共有とネットワーク作りを主眼においたプログラムも今後開催していくつもりです」

身近な環境を入り口に、誰もが科学研究活動に参加し、能動的に社会に貢献する。そうした市民科学の考えが根底にあるSPCSの活動には、今後の学び×コミュニティを考える上での大きなヒントが詰まっている。

SPCS 

Photo:成田舞

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