読むふるさとチョイス 地域の挑戦者を応援するメディア

「冷凍の魚が置いてあるかも?」カフェじゃない『公園の売店』の強み【喫茶売店メリー】

池袋駅から徒歩15分ほど。上池袋エリアは木造住居が立ち並び、どことなく懐かしさが漂う穏やかな住宅街だ。
この地に2022年2月、地域住民のためのカフェが誕生した。コロナ禍で他人との関わり合いが難しくなる中、クラウドファンディングで資金を募り、ようやく完成した「喫茶売店メリー」。目指したのは、近所の人が気軽に入れる「公園の売店」。聞けば、駄菓子もコーヒーも売るし、本場モノの台湾料理も出すし、コワーキングスペースもあるし、会員制のシェアアトリエでもあるという。地元住民が繋がる場づくりのヒントが、どうやらたくさんありそう……百聞は一見にしかず。早速、噂の現地を訪れてみた。

誰もが自由に過ごし、繋がれる「売店」

北池袋駅から徒歩5分ほど。ぱっと見には倉庫か駐車場かと思ってしまいそうな外観。「喫茶売店」ののぼりとカラフルな看板が、ここがフードが提供される場所だと教えてくれる。

入口の前には「お店の人に声をかけてね」と書かれたバトミントンの貸出セットが置かれ、奥には野外用のプラスチックのテーブルと椅子が見える。駄菓子屋でお馴染みのお菓子やおもちゃが並ぶ横には、懐かしい風貌の冷蔵ケースに冷えた瓶ビール。手前の段ボールの中には、産地直送野菜が売られている。グレーカラーがおしゃれなカウンターの向こうには、楽しげに笑うカフェスタッフが2人。

情報量が多くて、誰もが「何のお店だろう?」と立ち止まる。と、すぐにこちらに気づいた店員さんが、こんにちは!と挨拶。喫茶売店メリー(以降、「メリー」)は、こんな不思議な場所だ。

「ここの説明を、僕は特に修正しないんですよ。みんな見たいようにみる。その人それぞれが見たように説明するのがいい」と、運営する山本直さんは言う。

誰もが思い思いに、自由に過ごせる場所

取材で滞在したのは土曜の午後、いろんな「ご近所さん」が店を訪れていた。現場あがりに「今日の仕事が終わったんで」とコーヒー酎ハイを買っていく男性、サッカーの練習後に飛行機のおもちゃをお母さんに買ってもらう小学生、隣の公園へ犬の散歩にくるついでに「晩御飯に」と魯肉飯(ルーローハン)を買っていく常連さん、「こないだ買ったのが当たった」とアタリと書かれた駄菓子の包装紙を持ってきた小学生……。入口に置かれた鉢植えに反応して、話しかけてくる人もいる。

ここでは、みんなが自分の興味のままに、自由に過ごすことが許されている。そしてちゃんと、そのための仕掛けがたくさん用意されている。

「『公園の売店』って変なプライドがない。なんでも売る。カフェや中華料理屋だと出てこないメニューって、やっぱりあるじゃないですか。そうじゃなくて、我々は公園にいる人たちとか、地域のニーズに応える売店だっていうスタンスなんです。カフェって言っちゃうと、カフェらしさを保とうとしたり、カフェがベースにあることになってしまう。でも売店だから、なんでもいい(笑) だから、もしかしたら今後、冷凍の魚が置いてあるかもしれない」(山本さん)

小学生に大学生、親子連れに犬を連れた人まで、さまざまな人がここには訪れる。そして初対面でも、会話を交わしていつの間にか長居していたりする。まるで家のリビングのような居心地のよさだ。

くすのき荘を舞台に「ご近所づきあい」

実はメリーは、「家」のリビングそのものでもある。

メリーがあるのは、シェアスペース「くすのき荘」の1階。くすのき荘は、木造賃貸アパートの「山田荘」と対になる存在で、山田荘が持たない風呂やキッチン、リビングなど「寝室以外の家の要素」を補完する建物だ。

くすのき荘はメンバー制度を設けており、月額会費を支払うことで、1階のアトリエスペースを借りたり、2階のラウンジを借りたりすることができる。だから、山田荘に住むメンバーばかりでなく、近所から通うメンバーも出入りする。

「何か作業をしてる人もいるし、ゴロゴロしている人もいるし、子どもを連れてきてご飯を食べさせている人もいるし……。保育士のメンバーがお母さんの代わりに子どもをあやしてくれたり。サービスとして提供しているというよりは、お互いの関係性でそんな日常がつくられているんです」(山本さん)

2階には運営者である山本直さん・山田絵美さんご夫婦も住んでおり、さながらゆるやかな大家族が同じ屋根の下で暮らしているかのよう。くすのき荘の入口で七輪を囲んでの飲み会や、メンバーであるアーティストのワークショップ、映画上映会やゲーム大会などメンバー以外が参加できるイベントが開催されることもあるので、半分オープンで半分プライベートな、不思議な場所なのだ。

コロナへの解決策として作った「繋がれる場所」

そんなくすのき荘に、なぜメリーをつくることになったのか。きっかけはコロナだった。コロナ禍に突入する前の山田荘とくすのき荘は、居住者やメンバーのコアな繋がりから会員を増やしていた。濃い関係性によって保たれてきたコミュニティだったが、コロナによって対面で接すること自体が避けられるようになり、会員は半数まで激減。

「イベントなどの『隙間』を用意しててもなかなか入って来づらくなったので、じゃあもっと開けなきゃだめだよね、ということになりました」(山本さん)

そうして、地域の人がふらっと入れるきっかけとしてカフェをつくる、というプロジェクトが立ち上がった。

「この街に住んでいてこの場所に興味を持っていたり、いろんなことをしたいという思いをもつ、自分らしく暮らしたい人たち。これまで出会わなかったそうした人たちとの接点や活動場所が、まったくないなって思ったんです。いろんな人が交われる場所をつくりたいなと思っていて、それが『令和のご近所づきあい』っていうキーワードに繋がっています」(山本さん)

目指したのは、カフェよりも「公園の売店」

山本さん・山田さんの依頼でコンセプトの段階からアドバイスをしてきたのが、まちを編集する出版社・千十一編集室 代表の影山裕樹さん。自身も山田荘にオフィスを借りている影山さんは、カフェのコンセプト設計やクリエイティブディレクションを担当している。前述の「令和のご近所づきあい」というコピーも、山田荘とくすのき荘でのライフスタイルをわかりやすく表現するために影山さんが出したアイデアだ。「(カフェができる前は)近所の人からすると、若い人が集まっているよくわかんない場所。だからカフェを作るのは、いいことだなと思った」と話す。

「予算もないし、がっつり作りこむ感じじゃないよね、と。ありものをそのままどう開放的に使うかっていうことから、『公園の売店』というコンセプトを考えました」(影山さん)

イメージしたのは、井の頭公園や日比谷公園などの都市公園にある、売店。テーブルと椅子が置いてあって、ラーメンが売っていたり、アイスや飲み物が売っていたり。池袋駅を中心に再開発が進む豊島区では、既存のなんでもない公園が綺麗に整備され立派なカフェが建設されている。そうした商売要素の強い場所よりも、だれもが気負わず入れるような「気の抜けた」スペースを目指した。

「わざわざここに来るというような場所よりも、この辺に住んでいる人が使う場所であるべきだから。ここは池袋じゃないので。外からわざわざ来るような特別なものがあるというよりは、近所の人が生活のプラスαで面白いと思うような、そういう場所。ターゲットは完全に地元の人ですね」(影山さん)

店内を見せて街に開く、透明な入口

コンセプトはできた。とはいえ、ただでさえ苦しい経営状況。カフェに必要な工事内容は多く、おまけに費用がかさむ内容ばかり。DIYでコストを抑えながら、必要経費はクラウドファンディングや寄付で賄った。

カフェができる過程から、地域を巻き込むきっかけ作りは少しずつ仕掛けられた。カフェの設計を任されたのは、信田匡康さん・藤本綾さんによる建築家ユニット「チンドン」。

「街の要望を拾えるし、完成を楽しみにしてもらえる」と提案し、依頼を受けてから設計するまでの期間に、地元住民にチラシを配りカフェのアイデアを募る取り組みを実施。集まったアイデアは後日パネルを用意して掲示した。描いたチラシをわざわざ持ってきてくれる子も。最終的に50枚ほど集まり、駄菓子屋を求める声はこの時複数寄せられたという。

また、メリーの大きな特徴となっている透明素材でできた売店の外観も、地域の人が入りやすい雰囲気をつくるための工夫だ。

「最初の印象として、内輪感が強くて入りづらいなと。ファサード(入口の外観)を刷新するのが大事だと思って」(藤本さん)

そうして設計された売店の入口は、開店時には売店のカウンターに、閉店時には入口を閉じる扉になる可動式のもの。山本さんの知人の大工さんとともに現場合わせを何度も繰り返して、ようやく完成した。スタイリッシュな外観は、周辺で一際目立つ。街ゆく人を「おや」と立ち止まらせるだけでなく、店の中の様子を外から伺えるようにし、光が入る明るい店内をつくり出した。

メリーを軸に生まれた年齢や国籍を超えた繋がり

オープンから約3ヶ月。これまで会わなかった人との関わりが、メリーでは早速生まれ始めている。ご近所に住む吉川さんもその一人だ。

工事期間中にたまたま前を通りすがったら、カフェをつくるための寄付を募っていた。「話を聞いたら、『ここにお店を作りたい』と。『まあええことやなあと思って』」寄付をした吉川さん。何年か前にくすのき荘で絵画展を見たことはあったが、山本さんはじめメンバーとも面識があった訳ではなかった。

「以前にそういうことがあって、ここは何か面白いことするんやなって印象に残っていたんでしょうね」(吉川さん)

待望のメリーが完成したあと、吉川さんは毎日の日課である散歩のついでに寄るようになった。先日は夕方にふらりと立ち寄ったらビールを飲んでいた地元の他の人と音楽談義で意気投合し、夜10時まで盛り上がってしまったそう。

「直近の例でいえば、タイ人の東大の留学生とかつてエンジニアだった高齢の方が、たまたまここでお茶をしていて会話が始まったり。ただのカフェでは起こり得ないことがちゃんと日々ここで起こり始めている。そういう意味では満足しているけど、もっとここの可能性はもっと先にあって、そこを高めていきたいなと思っている状況です」(山本さん)

豊島区は「本場を日常で楽しめる街」

山本さんの話す「その先」にあるのが、地元に住む外国人たちと繋がるコミュニティだ。豊島区は、2020年の国勢調査で東京23区で外国人比率が第一位となるなど、外国人居住者が多いエリア。メリーで週末だけアルバイトをしているケサビちゃんは、ネパール人の高校生。看板メニューとして提供する魯肉飯を作るのは、近所に住む台湾出身の料理人・千田さん。日本人の好みに合わせた魯肉飯だとここでは受け入れてもらえないのだと、山本さんは話す。

「ここの地域には中華圏の人が住んでいるから、日本化されてる魯肉飯だとダメ。本場の人たちに『あいつらはダメだ』とされちゃうと、接点が無くなっちゃうので。日本化されたものでウケがいいものではなく、本物を出す。この街らしさは出したい」(山本さん)

千田さん直伝の豆花(トウファ)のレシピも加わり、人気は上々。中国や台湾出身の人が喜んで買って行ってくれ、「台湾を思い出した」などと話してくれるという。

元々、家賃が抑えられていた木造賃貸アパートが多かったからこそ、若者やクリエイター、外国人が多く住んでいた上池袋エリア。これまで、その繋がりはなかなか醸成されてこなかった。これまでなかったコミュニティを生み出し、海外からの居住者が多いエリアの特色を強みに転換できると、影山さんは考える。

「人と繋がる場所がやっぱりもっとあるべきだと思うんですよね。豊島区や板橋区、東京の北側は、東京の東側とかと比べると、まだまだ活かしきれていない地域だと思います。おしゃれな店があるとかそういうことじゃなくて、場に人が集まって、イベントがあって、みたいな流れができていないので。ここ(メリー)ができたところで、街が変わるわけではないし、やっぱりそういうのを増やしていかないと(街全体として)盛り上がっていかないと思っています」(影山さん)

上池袋、ひいては豊島区、北東京のその先。いつか「谷根千」のように、この地にコミュニティが広がり、そして目に見えないその空気感に名がつけられたとしたら。

「めちゃめちゃ楽しいと思いますよ。だって本場のものが、本当に日常で楽しめる街だから」(山本さん)

「メリー(merry)」には、「楽しい」「愉快な」といった意味が込められている。喫茶売店メリーが仕掛ける壮大なプロジェクトは、まだ始まったばかり。この場所が発信するコミュニティや地域全体のムーブメントに惹かれて、居住者が増えていく日はきっともう、すぐそこまで来ている。

この記事の連載

この記事の連載

TOPへ戻る