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5軒しかない天然氷でのかき氷「日光市『四代目徳次郎』に惚れ込んで」【福島家】

江戸時代から続く老舗の和菓子店。ご年配の方が多く集うことで知られて久しい巣鴨で、地元とのつながりを大切にしながら、新しい風を吹き入れるべく奮闘しているのが「福島家」6代目の店主、福島真太郎さんだ。

伝統を守りつつ、新しい上生菓子のコンセプトを考え、よりおいしいかき氷のために自ら天然氷の切り出しに行く。フランスからの職人修行も受け入れ、自ら通訳をかってでる。長く地元に愛され続けながら、新しいことに挑むことを忘れない、その原動力はなんなのだろう?

巣鴨のアーケードの始まりにある老舗

通りがかった通学途中の小学生が店内をのぞき込み、「福島さーん、今何時?」と大声で聞いてくる。さっと入り口にかけ寄った店主の福島さんが「今ね、8時ちょっとすぎですよ」と答えるやいなや、あわてて走り出す小学生。福島さんは、ニコニコとそれを見送る。

巣鴨駅近くに店を構える和菓子店「福島家」では、日常の朝のできごとだ。

福島家の創業は、文久元年という江戸時代末期にまで遡る。ずっと巣鴨という土地で、和菓子を作り続けている老舗だ。店は、関東大震災や東京大空襲で何度か焼失して移転を繰り返してきた。現在の店があるのは、駅を出たアーケードのいちばん手前。巣鴨駅からとげぬき地蔵へ向かう人を最初に出迎えると同時に、冒頭のように地元の人たちが駅へ出入りする際に通りかかる場所でもある。

「この立地のおかげか、お店にいらっしゃるのは地元の方々も多いですし、観光客の方もたくさん。年代はちょっと上ですね。でも、最近は若い方たちも増えてきたんですよ」と嬉しそうに福島さんが教えてくれる。

昔ながらの商店街が減ってきている東京で、巣鴨は今もなお飲食店や洋品店など個人経営の店が元気に営業を続けている。その姿に親しみを覚える人もいれば、逆に新鮮に感じて足を運ぶ人もいるということだろう。

天然氷を使った、新しいかき氷が話題に

「うちの店でも、さまざまな客層を想定してのメニューを考えています。かき氷がそのひとつ。今から作りますから、見てください」と、店主の福島さんが自ら厨房へ入っていく。シャリシャリという軽い音が遠くから響いてきたかと思うと、ほどなくして大きな山となったかき氷を手に現れた。

「これが、福島家の夏の風物詩です。かき氷自体は昔からあるメニューなんですが、私の代でリニューアルしました。天然氷を使っているんですよ。栃木県日光市にある『四代目徳次郎』さんの氷なんです」

天然氷とは、湧水などを採氷池に引き入れ、冬の気温の低さを利用して、ゆっくりと凍らせたもの。冷凍庫で急速に固める氷に対して、天然氷はその何倍も時間と手間をかけて作られている。それだけに、薄く削っても溶けにくく、かといって冷たすぎず、ふんわりとした口溶けの良さが特徴で、かき氷に最適な氷というわけだ。

「天然氷を作っているのは全国で5軒しかないそう。私がこの徳次郎さんの氷に惚れ込んでお願いしたんです。でも、すぐには無理で、お店で使わせていただけるようになるまで4年かかりました。何度も通って氷作りを手伝ってやっとです。今でも通っているんですが、氷作りは本当に重労働だし、自然相手のことだから大変で。でもね、できあがった氷の美しさを見たら苦労なんて吹き飛びますよ。食べてみたらなおさらです。どう、おいしいでしょう?」

そんな福島さんの話を聞いている間、目の前のかき氷はほとんど溶けていない。一般的なかき氷なら、きっと少しずつ溶けて崩れ始めているだろう。さぞや冷たいのかと思って口に入れてみるも、ふわっとしたやわらかい冷たさが広がっていくだけ。キーンと眉間の奥から頭のてっぺんまで抜けるような痛さはまったくない。これが、天然氷ということかと思い知らされる。

写真提供:福島家

材料にこだわり、味を追求する姿勢

「自然の中で作るということは、毎日世話をしなければなりません。風が吹いて落ちた枯れ葉がそのまま凍らないようにすくい取らないといけないし、雪が積もってしまうと凍りにくくなるので掃き続けないといけない。少しずつ凍っていく段階で、気温や湿度の具合でよくない状態に凍ってしまったら、全部割ってゼロからやり直すんです。気が遠くなる作業なんですよ」

時間ができれば日光まで車を飛ばし、その作業を手伝う。店を運営しながらなので、福島さんの冬は本当に忙しい。そこまでして天然氷を使いたいという思いを持っているのはどうしてなのだろう?

「おいしいものをお出ししたいというのは、大前提にあります。さらに、材料にこだわるのは他の和菓子と同じこと。古くから守られてきた和菓子の技術を受け継いでいくためには、同じように大事に作られている素材を使いたいという思いがあります」

小豆や黒砂糖だけでなく、季節によって使う栗や梅、あんずなどまで福島さんは自ら生産者とやりとりして仕入れているという。

「製菓学校には通ったけれど、美しくておいしい菓子を作るのはうちの職人の仕事。私にできるのは、職人が納得して使いたいと思える材料を選ぶことなんです。できるだけ農家さんの元へ足を運んで、どんな思いでどう育てているのかを聞き、味を確かめて仕入れるようにしています。氷も同じように、こだわりを持ってお出ししたいんです」

天然氷はもちろん、そこに添えられたあんこや黒蜜、梅やあんずなどのおいしさも格別だ。自分で好きなように加えながら、氷と一緒に食べられるスタイルなのもいい。夏の風物詩として人気となるのもうなずける。

「常連さんにも好評ですし、おかげさまでSNSでも話題になって、若いお客様がぐっと増えたのは嬉しいことですね。巣鴨がもっと活気づいてくれたらという思いはずっとあるので、そのきっかけになれたらいいな、と」

後継ぎから逃げたことも、今に生かす

今でこそ、店主としてこだわりを持ち、風格さえある福島さんだが、20代の頃は自分の好きなことをしたいとフランスへ行っていたこともある。パリでアルバイトをしながら語学学校へ通ったり、サーカス学校を出てフランス各地を回って大道芸を披露したり、日本料理店を経営したり……そうして10年の月日を過ごした。

「後継から逃げたんです。でも、30歳になってやっと家や親のことを考えるようになって、帰国してね。父や店の人たちに頭を下げて、店に入ることにしました」

店に戻ってからは6代目として真摯に仕事に向き合ってきた。それが、材料の仕入れや新しいメニューの開発につながっている。

「今はね、この天然氷についての話をするために、近所の小学校へ行くこともあるんですよ。SDGsの授業があるでしょう? そこで講演しているんです。氷の話をしつつ、うちの店の説明にからめて巣鴨の歴史も話していますよ。子どもたちが自分の住んでいる街にもっと興味を持って誇りに感じて来れたらいいな、と。いつかこの街を離れることがあっても、自分の生まれ育った街はいいイメージで覚えていてほしくて」と照れくさそうに話す。

自然の力を利用した天然氷は、温暖化が進めば作れなくなってしまう。山からの水や冬の寒さがあるから食べられるのだと話しているという。さらには、巣鴨がどんな街で、どんな成り立ちなのかも伝えていくことは、福島さんのライフワークになりつつある。

写真提供:福島家

そして、もうひとつ、福島さんが大切にしているのが、海外からの職人志望者を受け入れること。

「フランスから店に戻ったころに通っていた製菓学校とのつながりで、和菓子を勉強したいというフランス人を受け入れたことがあるんです。うちでしっかり勉強してくれたので、彼女はフランスに帰ってから和菓子店をオープンするまでになりました。それが前例となり、今でもそういう話があって。今は入社4年目になるフランス人女性がいますし、秋にはさらにもうひとり受け入れる予定です。反抗期に習得したフランス語が無駄にならなくてよかった(笑)」

もちろん、和菓子店として代々守り続けてきた定番の和菓子も大切にしているし、お茶席や社寺への納品なども大事に受け継いでいる。「いつもの5つ包んでちょうだい」という常連さんもいれば「かき氷ってまだありますか」という若い男女もいて、興味津々に和菓子を眺め続ける海外からの観光客もいる。それが、今の福島家の姿だ。

何やら店の外が賑やかなので目をやると、今度は小学生が列を成して歩いていく。どこかへ実習に行くのだろうか。こちらに手を振る子に、同じように手を振り返しながら「あ、先生!」と慌てて頭を下げる福島さんに、先生も頭を下げながら通り過ぎていく。日常のなかで当たり前のように存在する店かもしれないが、代々守って受け継いできた技術があり、地元を活気づけたいという思いで取り組む挑戦がある。いつか、子どもたちもそれに気がつき、同じように大切に思ってくれる日がきっと来るに違いない。そう思わされる光景だった。

福島家 ※かき氷は季節商品です。販売時季はお店のSNSなどでお知らせします。

Photo:相馬ミナ

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