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「苦労した木の魅力を伝える」まな板から始まる日本の自然回帰【ワンダーウッド】

都会での忙しい暮らしに疲れてくると、人は「自然」を求める。定期的に海や山に行きたくなったり、公園で緑に囲まれて癒されたり。自然の息吹に触れることで心身がリセットされて、また日常生活を頑張れたりする。

今回お話をお伺いした一枚板ブランド「WONDERWOOD」の代表・坂口祐貴さんも、「人間は自然と共生するべき」ということを痛感する一人。彼が多忙により都会での生活に疲れ果て、出合ったのは「一枚板」。木の温もりに触れて、健康的な心と生活を取り戻した。現在ではそんな一枚板を世に広めることで多くの人の心を救い、さらには地方林業の後押しをする活動をしている。

多忙に疲れ果てた心を救ったのが「一枚板」

「WONDERWOOD」の坂口さんは、日本各地より仕入れた木を一枚板として仕上げ、大手ホテルや飲食店に卸している事業の第一人者。

「一枚板で起業しているのは僕くらいしかいない」

と自らが語るように、前例のない一枚板のビジネスで成功をおさめている。そんな彼が現在の事業に携わるきっかけは、うつ病発症からだった。大学卒業後大手メーカーでの営業職として勤務していたが、オーバーワークにより体調を崩してしまう。身も心も疲れ果てて死んでしまったほうが楽かも、とすら思うようになり、どうせ死ぬなら自分の生まれ育った場所へ帰ろう……と、鳥取へ帰郷。

「ストレスと向き合えなくなったから、逃げました(笑)」

そんな坂口さんの心を受け止めてくれたのが、鳥取の大自然だった。

「昔から、嫌なことがあると家から10分ほどの鳥取砂丘に行っていました。鳥取砂丘は、実際に訪れると思っていたよりずっと広かった。自然の偉大さに比べると自分の小ささを痛感して悩んでいたこともばかばかしくなって。心のバランスを取り戻すことができましたね」

幼少期はいつも近くにあった自然が、東京での暮らしにはあまりにもなさすぎた。それに体と心が違和感を覚え、アレルギー反応を示していたんだ、と気付かされた。そんな頃に出合ったのが、とあるカフェの、一枚板のテーブル。

「木に、大きな穴があいていたんです。その穴に触れたときに、なんかものすごい、ダイレクトに伝わってくるものがあって。僕が東京で負った心の傷って、2~30年か生きているうちの2~3年のものだったんですけど、この木は2~300年生きてきて、そしてこの穴があいて……。全然、時間軸が違うじゃないですか。木の穴に手で触れたときに、「お前はまだ2〜3年でそんなことをいっているのか」のような、叱咤激励されているみたいな感覚を覚えたんですね」

手で木に触れていると、本当にその木から離れられなくなって、心がものすごく解放されていく感じがしたという。

「人に悩みを相談したときに話を聞いてもらってるだけで意外と心が楽になっていくみたいな感覚に、近かった。大自然の中にスーッと魂が溶け込んでいくみたいな感覚だったので、全部ゆだねよう、と」

この経験から、自分と同じく都会で暮らして心が傷ついている人を、この木で救うことができる、と確信。雷や虫食いで穴があいてしまった木は処分対象となることも多いが、むしろそんな「木の怪我」の魅力を伝える一枚板のブランド「WONDERWOOD」を立ち上げるにいたった。それが、2016年のこと。

おもしろいことに、故郷の木に惹かれたりする

木でビジネスをするにあたり、前例のなさが大きな壁ともなった。全国の材木屋に突撃訪問し、最初はコミュニケーションにとても苦労した。それでも頑張れたのは「一枚板の温もりを多くの人に届けたい」というたった一つの思い。そんな折に紹介されたのが、現在では日本に2名しかいないといわれている木挽き職人の東出朝陽氏だった。現在はWONDERWOODのアドバイザーとして携わっている。

「この出会いは、大きかったですね。僕が届けたいと思う理想の一枚板に近づけたきっかけでした。機械を使わずに何日もかけて木の表情に合わせて微妙な差分で切っていくんです」

ショールームには、そうして丁寧に整えられた一枚板がずらりと並んでいる。その姿は、圧巻。木の香りがふんわりと香ってきて、自然と頬が緩む。承諾を得て、木に、そして傷の部分にそっと触れてみると、なんだか温かい。自然と心が緩む。ああ、坂口さんがいっていることってこういうことなのかも。ふっと、腑に落ちた。これが、一枚板の魅力なのか。

東京・代官山にあるこちらのショールームへは、アポイント制で訪れることができる。

「選んでいただく際は、お客さまのライフスタイルやどんなものを求めているかをじゅうぶんにお伺いします。お話を聞くうちに、この木に惹かれているのってこういうことなんだ、というのが垣間見えることも多くて面白いですよ」

例えばイチョウが好きという人はイチョウが全盛期を迎える秋生まれだったり、サクラを選ぶ人は、春生まれだったり。生まれた土地や幼少期を過ごした土地の木に惹かれる人も多いという。

「記憶のリンクがどこか、木が持つストーリーと結びついていたりすることがあるんですよ。先日はクスノキを気に入ってくださったお客さまがいたのですが、熊本出身の方でした。家の近くにクスノキがあって木登りしてよく怒られた、なんてエピソードもお伺いできて、だから惹かれるのかもと妙に納得したりして。直感で気に入ったとしても、どこかに自分のルーツとリンクした、心惹かれる理由があったりするんです」

ショールームには、いろいろな地方の木が並ぶ。その土地で何百年も育ってきた木だからこそ、土地の空気をはらんでいるのは当然のこと。生まれ育った故郷の木に惹かれるのは、心が自然に還っている瞬間なのかもしれない。

「僕たちが扱うのは、すべて日本で育った木。日本の木は、いいですね。四季があるので、とても表情が味わい深いんです。木目がはっきりして豊かで繊細な表情をもっています。同じ木でも土地ごとに全然違う表情があったり。面白いです」

毎日触れるまな板から、自然への原点回帰を

木挽き職人の東出氏と組むようになり、少しずつ口コミでお客さんが増えてきた。とはいえ一枚板は決して安い買い物ではなく、ビジネスは全く軌道に乗らない状態……。そんな中、東京オリンピックのインバウンド需要を見込んで新しくできるホテルや飲食店への販売が始まり、やっと事業が軌道に乗り始めた。と思った矢先、それがコロナ禍で白紙に……。

「このままでは事業をたたまなくてはいけない、となったときにまな板が売れ始めたんです。コロナ禍で自宅で料理する人が増え、ギフトなどでも選んでいただくようになりました」

この「MANAITA | 贈るまな板」は、普通のまな板とは違う。樹齢100年以上のイチョウの大木から切り出している、大変貴重な一枚板を使っている。微かに香る木の香り、優しい刃あたりが奏でる「トントントン」という音。これらが、料理をさらに楽しいものにする。イチョウの木を採用しているのは、耐水性、抗菌、刃あたりの優しさ、復元性に優れているから。

「僕たちの世代って、本物がどんどんなくなっているように思うんです」

だからこそ「WONDERWOODでは、『Back To Nature=自然への原点回帰』をテーマにしているという。都市生活をしているからには人工物に囲まれるのはある程度仕方ない。だとしても、その中でちょっとでも自然とのタッチポイントを作ることができたら。

「料理をするときに、まな板に触れますよね。それがプラスチックなのか、樹齢100年以上の大木から切り出したものなのか。1日で考えたら大差はないかもしれないですが、これがずっと続いていけば、ものすごい差になって人生に表れていくと思います」

都市生活の中で、自然にふと還る瞬間。その積み重ねが、心を少しでも浄化してくれるのかもしれない。

「僕自身の経験ですが、テーブルを一枚板に変えたら、大量生産された器が浮いてみえてきて、器を変えました。そうすると食にもこだわるようになり、出汁を取るようになったり、食材選びも変わってきました。一枚板のテーブルがきっかけで周りがどんどん変わり、自然とメンタルも健やかになりました」

生活に、一枚板がある。一つのまな板から始めたっていいし、思い切ってテーブルを選んでみてもいい。生活に「本物」が入っていくことで、衣食住、ライフスタイルに変化が起こってくる。

「一枚板は高い買い物なので『いつかは持ちたい』と思う人も多いかと思いますが、できれば少しでも早く生活に取り入れてもらって、生活が変わるのを味わってもらいたいです」

地方のパワーを東京に集結させて、循環させる

「東京の木ももちろんありますが、ウチで扱うのは地方の木が多いです。地方の木のパワーを都会で頑張っている人に届けたい、という意図もあります。各地方からのエネルギーを東京に集められたら、と日々思いながら事業をしています」

現在、日本の林業は低迷の一途を辿っている。例えば1980年代はヒノキの丸太の単価の相場が8万円ほどだったのが、2019年には2万円ほどに落ち込んでいるという。この40年ほどの間で大量生産の時代に突入し、プラスチックなどの素材が台頭してきたこと、そして、外材の流入による内需の低迷が大きな理由。そういった現状があるからこそ、木の価値を引き上げていきたい、と坂口さんは語る。

「一枚板は決して安いものではないですが、その本物の価値がきちんと世に知られることで、各地方で林業を営む人に還元でき、さらに林業が盛り上がります。だからこそ、僕たちが木の価値を伝えていくべきだと思っています。ショールームで実際に一枚板に触れていただき、そのパワーを価値として感じてほしい」

地方のエネルギーを「一枚板」という形で届けることで都市で働く人のパワーとなる。そうしてビジネスとして成り立ち、地方へと循環していけたら。そう語る坂口氏の目は、キラキラしていた。

現在では、北海道、岐阜県、熊本県などの林業産業と提携し、木の魅力を伝えるプロジェクトにも取り組んでいるそう。

「地方に現存している自然の力で、今後、東京を守っていく。そんな図式があってもいいと思います。地方のパワーが、日々東京で生きる人の力になっていく。そういう時代が来ているのだと思います。僕たちは『一枚板』というものを通して、それを実現できたら」

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