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「大切なのは土づくりから」農家&シェフが創る食の未来【クチーナ サルヴェ】

秩父盆地は山や川に囲まれた自然豊かな土地。この秩父で活躍しているのが、自給自足のイタリアンレストラン「クチーナ サルヴェ」のシェフ坪内浩さんだ。有機農場経営者でもある坪内さんは、持続可能な循環型有機農業に邁進中。土作りからこだわる坪内さんのチャレンジは現代社会に対する問題提起でもあり、未来のための食意識改革の可能性を秘めている。「シェフ」と「農家」という2つの視点を持つ坪内さんは、食の未来をどのように見ているのだろう。

日本古来から続く秩父の自然の豊さ

生まれも育ちも秩父という坪内さん。料理人として野菜の有機栽培に目覚めてからというもの、秩父のさまざまな土に触れてきたという。

「有機農業って化成肥料を使わないので、土作りにすごく時間がかかるんです。2年や3年かけて土作りをしていって、ようやくイメージ通りの作物が収穫できます。ですので農地を借りても、やっと土ができてきたと思ったところで『そろそろ土地を返してもらっていいですか』と言われたり、宅地になってしまっていました。そうやって場所を変えざるを得ない状況があったから、秩父の土壌が地域ごとに大きく違うことに気付いたんです」

そうしてたどり着いたのが、秩父盆地の一角にある太田地区。坪内さんによると、太田地区は歴史的にも作物が実りやすい土地だったという。

「太田地区では古墳が多く出るのですが、縄文時代からずっと文化が続いている地域なんですよね。縄文文化の素晴らしいところは、狩りをするための矢じりや肉を割くためのナイフ、穀物をこぐための手刀みたいなものは古墳から出てくるんですけど、武器が一切出てこないこと。食べ物が豊かで争う必要がなかったんです。常に自然採集できるため、備蓄する必要がなかったんでしょうね。(この辺りの土地は)冬は穀物がありますし、果実も保存が利くものがたくさん採れます。クルミや栗など縄文時代を代表する食べ物が森の中に豊富にあって、川には魚もいましたから本当に豊かだったんでしょう」

そんな自然の恵み豊かな太田地区で、坪内さんは実に多くの作物を育てている。栽培品目は150種以上。そのうち60品種以上は自家採取の固定種だ。

「野菜の他にハーブもあって、野草や山菜きのこも合わせると200品種を超えるかなと思います。この環境に適する作物は何なのか、とにかく全て実験しているんです。秩父の農家の先輩方が育て続けてきた野菜もありますよね。たとえば『キュウリがよく育つ土地ということはウリ科の野菜は育ちやすいんだろうな』とか昔からあった既存のデータを吸収しつつ、常に毎年新しいものにチャレンジしています。ここの土が適正なのか不適正なのか、野菜自身に判断してもらっているんです」

農業と料理の世界を行き来する「循環型有機農業」

有機農場で生産した野菜を使い、レストランで料理を振る舞う坪内さん。農業と料理の世界を行き来する坪内さんが実践しているのは「循環型有機農業」だという。循環型農業とは、家庭から出る生ゴミや農業の廃棄物などを循環利用する農業システムだ。

「お米を食べれば、籾殻(もみがら)と稲わらと米ぬかという副産物が生まれてきたり、お豆腐を食べれば大豆の残渣であるおからが生まれてくるじゃないですか。こうした副産物は、お米農家さんやお豆腐屋さんにしてみるとゴミになることがあります。日本では法律上、お金を払ってその副産物を捨てなくてはいけません。でもそれらの副産物はエネルギーを有している。循環型農業はゴミとなってしまう副産物から、新たなエネルギーをいただけるだけいただくものなんです。お米も大豆も命ですし、野菜も鶏も命。命をいただいたからには最後までというのが、僕たち有機農業家の信念です」

日本では1971年に日本有機農業研究会が発足され、循環型農業の研究と実践が精力的に進められてきた。坪内さんも同研究会に参加し、有機農家の先輩たちから多くのことを学んでいる。

「循環型農業の素晴らしい点のひとつは、生ゴミが出ないこと。たとえば僕は野菜だけでなく鶏も育てていて、オーガニックの卵も収穫します。僕たちのレストランでは生ゴミが存在しないんです。全部鶏の餌になります。鶏をしめれば骨などが出てきますが、それは有機物と一緒に堆肥にするんですよ。僕たちの農場だけでも年間で30t~40tの生ゴミが出てしまいます。それが循環型農業によって、料理に変わっていくんです」

坪内さんの農場では小麦も栽培しているが、レストランで使いきれなかった場合は提携している洋菓子店や飲食店、オーガニックショップに提供することもあるそう。農場で余った生産物を地域のお店で引き取ってもらう一方、地域のお店が持て余した廃棄物を受け入れている。

「お豆腐屋さんでは、油揚げやがんもどきを揚げたときに廃油やおからが出ます。おからと廃油は、農場の卵などと交換。秩父錦の造り酒屋さんがあってすごい量の米ぬかが出るんですが、造り酒屋さんからしたら生ゴミなんですよね。僕たちはその米ぬかをもらって、発酵飼料にします。お豆腐屋さんからもらったおからと米ぬかを混ぜて、そこに腐葉土をひと掴みいれてくるくるっと混ぜる。するとたった一晩で55度ぐらいの熱が出て、ほかほかに発酵するんです。この発酵飼料は鶏にとって最高のご飯になります。そして鶏が生んだ卵がレストランのコース料理になったりするんですよ」

自給自足のレストランで目指す食のかたち

イタリアンレストラン「クチーナ サルヴェ」のコンセプトは、「レシピのないレストラン」。というのも、レストランで使用する野菜や作物は農場で有機栽培したものばかり。安定的にいつも通りの商品を流通させる現代の市場とは違い、天候などの影響を受けやすいのだ。かといって食材が不足することはない。農場で育った作物が、その日のテーブルを豊かに彩る。

「足りているならば、外から持ってくる必要がないんです。これって子供でもわかることなんですよね。僕の子どもたちからすると、大人の行動が疑問に感じられるみたいなんです。『自分の絵具のバッグの中に赤色が100個あっても、絶対使い切れないじゃん』って。コンビニなどでは弁当が売り切れにならないように調整して、売り切れる一歩手前ぐらいに発注するのがベストとされているじゃないですか。廃棄するのを前提に発注しているんですよね」

国内外で社会問題となっているフードロス。まだ食べられる食品を廃棄する消費行動は、環境保護の観点から警鐘を鳴らされている。フードロスを放置することで、人口増加による食糧不足が深刻になるのではという懸念も大きい。

日本における一年間の食品ロスは、約612万トンで東京ドーム約5杯分。国民一人当たりに換算すると、毎日お茶碗一杯分の食料を捨てているという計算になる。海外から多くの食料を輸入する一方で、口に運ばれすらしなかった食料が捨てられているのだ。世界では年に13億トンの食料が廃棄されているのが現状である(参考:農林水産省)。

「売り切れでいいんですよ。売り切れだからって、お客さんとの信頼関係は壊れない。でも企業や飲食業、宿泊施設もそうかもしれないけど、消費ニーズに答えていった結果がこういうスタイルになったんですよね。ですので僕のレストランでは、お客さんたちにそういうことを伝えていきたいんです」

土作りからこだわり、有機栽培で作物を育てている坪内さん。地域に密着して食と農に向き合ってきたからこそ、秩父の人にもっと気付いてほしいことがある。

「ありのままの秩父というか、秩父が持っている魅力というのは自然環境や土壌環境だと思っているんです。僕のレストランにはフォアグラキャビアは登場せず、基本的には僕たちが育てた地のものを使います。秩父の飲食店が秩父の食材をもっと使ってくれたら、より大きな動きになると思うんです。循環型農業のエネルギーで生産された食材で料理をして、お客様が身体から喜んでくれるような料理を作る。こうした取組は、秩父の人や飲食店の人とシェアしていきたいですし、僕の周りではすでに影響を受け取ってくれている人がたくさんいます」

循環型有機農業で得られる、かけがえのない幸せ

坪内さんはクチーナ サルヴェに来店する人々を通して、循環型農業や自家栽培、食糧問題に対する関心が高まりつつあるのを感じるという。

「ロシアでは『ダーチャ』という、国の政策で進められた生活文化があるんです。普段は都会で働いている人が、夏休みや週末はダーチャと呼ばれる郊外の住まいに行き、そこの自家菜園で野菜を育てます。日本でも東京など都会の人たちにそういう傾向が見られますよね。僕のレストランに来るお客様でもそういう方々がたくさんいます」

有機農業は化学肥料や農薬を使用しない分、手間やコストが増えたり虫害のリスクも上がる。有機栽培された作物は比較的価格が高く、敬遠する消費者も少なくない。こうした事情がありつつも、有機農業へのポジティブな視線が増えているのにはどんな背景が考えられるのだろう。

「一番シンプルかなと思うのですが、有機農業や自然農法をしている人には共通点があるんですよ。みんな“幸せ”なんです。僕らの幸福感は、たとえば通帳の中のお金が増えていくことではないんですよね。僕たちが求めるのは、動物的というか人間的な幸福感。先日、小麦を収穫したんです。400キロ程の量で小さな範囲なんですけど、5人家族で2年分位の食料になります。一年のうちに何日か農業に従事すれば、家族が食べていくために必要な小麦が確保できる。自分が生きていくということに関しての自信になるんです。こういった人生における、生きていくための技術や知識を獲得していくのがめちゃくちゃ楽しくて幸せなんですよ」

こうして見つけた幸せは、坪内さんが循環型有機農業を続ける原動力なのかもしれない。クチーナ サルヴェでは食材のみならず、店内にも坪内さんの幸せが散りばめられている。

「ものを育てていくという考え方が好きなんです。お店もほとんど手作りで、土壁から漆喰からワックスまで自分でやりました。カウンターの装飾やドライフラワー、木のモニュメントなども、お金で買ったものじゃないんですよ。僕が秩父の山を歩いて自然採集した植物や流木です」

自らの手で作り上げていくことに幸せを感じる坪内さんだが、自身を「システムを作る人間ではなく、種をまく料理人」だと言う。

「僕の周りでも有機農業を始めたという方が増えてきています。日本全国や世界中にいる仲間とネットワークで繋がってるんです。これをもっとシェアしていきたいですね。『この方法でやってみたらもっと良くなったよ』『新しい保存方法があるから試してみて』とか。技術の獲得を仲間とシェアできることは、僕にとって幸せなんです」

循環型有機農業はたくさんの人がバトンをつなぐことで、未来へと続いていく農業だ。農業や食に関心がある人はクチーナ サルヴェを訪れたり、有機野菜を購入してみたり、さまざまなかたちでバトンをつないでみてはいかがだろう。

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