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「古民家ホテルを目指していない」NIPPONIA 秩父が提供する“体験”

関東圏の観光地として人気が高い埼玉県秩父エリア。西武鉄道が走る秩父市は東京からのアクセスもよく、気軽に訪れることができる。ところが秩父地域おもてなし観光公社のCMO(マーケティング責任者)である竹内則友さんによると、秩父は日帰り観光客の割合が高く、滞在型の観光客が少ないのが課題だという。ぐるなび創業メンバーという経歴を経て、地域活性のために秩父へやってきた竹内さん。2022年にオープンした「NIPPONIA 秩父 門前町」を起爆剤に、秩父がこれからどんな観光地へと変わっていくのか展望を伺った。

大企業の創業メンバーから地方創生の道へ

一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社は、観光庁など政府が促進するDMO(Destination Management/Marketing Organization:観光地域づくり法人)のひとつ。DMOの役割は、地域が観光地としてビジネスを軌道にのせ、持続可能な発展を続けるための舵取りを担うことだ。地域への誇り・愛情の醸成も視野に入れながら、観光地域づくりの戦略作成を担当する。

「秩父地域おもてなし観光公社は、秩父市・横瀬町・皆野町・長瀞町・小鹿野町の1市4町で連携して観光推進をするためにできた第3セクターです。この1市4町は平成の大合併で合併する計画があったのですが、さまざまな事情があって合併に至らなかった自治体。ただし観光や医療、ライフラインに関しては協定を作り、一緒に取り組もうという方向性が決まりました。観光分野に関して1市4町で連携するためにできたのが、秩父地域おもてなし観光公社です」

竹内さんの仕事は、1市4町の観光事業をマネジメントすること。それぞれ歴史も個性もある自治体をまとめ上げる重要な役どころだ。ところが竹内さんは秩父地域おもてなし観光公社に入職するまで、観光業の経験があったわけではなかった。

「僕は以前、ぐるなびで20年間働いていました。ぐるなびで働く前にアメリカに留学していたのですが、その頃はWindows95が大フィーバーしていてインターネットが商業化されたタイミング。アメリカでインターネットの可能性を知り、日本でもインターネットの時代が来ると考えたんです。帰国後にぐるなびというWebサービスが始まることを知り、創業メンバーになりました。ぐるなびも始めの頃は鳴かず飛ばずだったんですけど、日本にもインターネットブームが来たおかげで一部上場まで成長することができました」

時代の流れを感じ取り、飲食店と消費者をインターネットでつなぐビジネスを始めた竹内さん。会社が順調に成長するにつれて、新たなキャリアプランを考えるようになったという。

「がむしゃらに働いてきたら、創業当時は7人だった社員が2500人程に増えていました。企業が大きくなると組織が重くなるんですよね。お客さんの顔を見て仕事をしている感覚がなくなってしまったことも、フラストレーションになっていました。そこで自分で事業を作りたいと考えて、20年の区切りでぐるなびを卒業させてもらったんです。どんな事業を始めるか考えていたとき、地方創生の話を耳にしました。僕はぐるなびで食の分野に携わってきたので、レストランのオーナーやシェフ、生産者をよく知っていました。日本の経済や食というものは、地方あってこそなんです。それならば食を地域活性化のテーマにして、僕の次の人生を始めたいと思ったんです。丁度その頃、中小企業庁の『ふるさとプロデューサー育成支援事業』という募集を知りました」

ふるさとプロデューサー視点で捉えた秩父の姿

「ふるさとプロデューサー育成支援事業」とは、地域産業の支援と活用を目的とし、中小企業庁が開始した取組だ。同事業では地方の課題を発見し、魅力ある観光地づくりや地域のブランディング、地域活性化のマーケティングなどを担う人材を育成する。

「地方をプロデュースする人間が、地方だとなかなか出てこなかったんでしょうね。そこで中央が人材を育成して派遣することになったんです。僕は募集にエントリーし、ふるさとプロデューサー事業の一期生になりました。そうして2015年に、中小企業庁から秩父に派遣されたんです。ふるさとプロデューサーの事業では、年間100日の期間で国から地域にふるさとプロデューサーが派遣されます。僕も秩父に100日間住み込み、秩父地域おもてなし観光公社が設立されて2年程経った頃、研修生というかたちでこちらに入りました」

秩父地域おもてなし観光公社では明確なKPIを設定し、秩父の1市4町地域の観光地域づくりを促進。旅行消費額や宿泊者数などのデータを分析し、観光満足度の向上に役立てている。竹内さんにとって地方創生は新しいチャレンジではあったが、大きな可能性を感じていた。

「僕はぐるなびにいた時に大阪の支社長を勤めていたことがあるのですが、大阪って食の都だとか天下の台所と言われていますよね。大阪には食材や食に関する職人が集まりますし、食を楽しむお客さんもたくさんいます。大阪にいた頃、グランフロント大阪の広場をお借りしてマルシェを定期的に開催していました。マルシェには生産者さん、ぐるなび加盟店のオーナーさんや料理人さんも来て、色々なイベントを開催していました。そうして気付いたのですが、食に関するイベントや企画を応援してくれる人って多いんです。参画してくれる人や感謝してくれる人も多い。もっと地方に入り込めば、食を通した地域活性化でやれることも多くあるんじゃないかと思いました」

実際に、秩父の食文化には地域ならではの魅力が溢れている。秩父ワインやオリジナル品種の果物、どこか懐かしい気分に浸ることができる飲食店など、秩父の食文化はとても豊かだ。ところが観光客に関するデータ収集と分析を進める内に、秩父のある弱点が見えてきたという。

「秩父地域の観光客の9割が、日帰り観光客なんです。観光消費額という観光客が地域で使う金額で比べると、日帰りと宿泊とでは天と地の差があります。我々のデータでは、秩父地域の日帰り観光客の観光消費額は2,000円~3000円なんですよ。宿泊客の場合は20,000円~30,000円。10倍も差が開いてしまうんです」

泊まって楽しむ秩父「NIPPONIA 秩父 門前町」誕生

日帰り観光客が多いものの、秩父に長時間滞在する観光客が少ないという事実。観光地として地域を活性化していくには、避けられない課題だった。

「秩父には泊まれるイメージがあまりなかったんだと思われます。秩父にもいくつか旅館があるんですけど、高級旅館は多くない。秩父の宿泊施設のブランディングとして、高級ブランドの宿泊施設を設けてバラエティーを増やし、宿のピラミッド型を作ることを考えました。そこについて期待しているのが『NIPPONIA 秩父 門前町』です」

2022年8月5日、西武秩父駅近くに分散型宿泊施設「NIPPONIA 秩父 門前町(以下NIPPONIA)」がオープンした。古き良き歴史を感じる古民家3棟をリノベーションし、レトロモダンな宿泊施設へと蘇らせた。築約100年の「マル十薬局」は、「MARUJU棟」へ変身。母屋と離れの客室のほか、立派な蔵も浴室付きの客室に改修されている。地産地消の創作フレンチレストランも併設されており、秩父の食を堪能できるのもうれしい。

番場通りに位置する「KOIKE・MIYATANI棟」は、登録有形文化財「小池煙草店」と「宮谷履物店」をリノベーション。3つの客室は昭和レトロな情緒たっぷりだが、高級感も味わえる造りとなっている。宿周辺を散策したら、併設のカフェ「Cafe de KOIKE」で一息つくのもおすすめだ。

「NIPPONIAを作ったのは『株式会社秩父まちづくり』という会社です。この会社は、株式会社西武リアルティソリューションズさん、一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社、株式会社NOTEさん、三井住友ファイナンス&リース株式会社さんの共同出資で作りました。NIPPONIAの運用は、旅するレストラン『52席の至福』のプロデュースをした株式会社NKBさんと秩父まちづくり社で共同運営しています」

北は北海道、南は沖縄まで国内に続々とNIPPONIA HOTEL が誕生し、日本の伝統的建築物が宿泊施設として利活用されている。秩父にNIPPONIAが生まれた意義を、竹内さんはどのように感じているのだろう。

「秩父にも古民家が多く、空き家問題があります。空き家を改修して利活用するのは非常に良い取り組みです。ただし僕たちが目指すのは古民家ホテルを作ることではありません。NIPPONIAに泊まる人に、秩父の文化や歴史、地域の魅力を知ってもらうことが重要です。NIPPONIAと秩父地域おもてなし観光公社が連携することで、それが実現できるのかなと考えています」

地域と共に歴史を歩んできた建築物だからこそ、ここからでしか見えない景色があるはず。NIPPONIAに宿泊した観光客は、ゆったりと秩父を堪能できるそう。

「NIPPONIAは秩父神社の周辺に出来ましたので、『門前町』という名前を付けました。NIPPONIAがあるのは、秩父の中心地で昔の面影や秩父の魅力が詰まった場所。秩父夜祭のような伝統行事もこの辺りで開催されます。秩父の伝統工芸で『秩父銘仙』という織物がありますが、これも祭りと関係があるんです。宿泊された人にはそういったことを知っていただきたいですし、NIPPONIAを拠点にして街歩きプランや人力車を利用して街を回ってもらったり、もっと奥の方にも入ってもらいたいですね」

秩父の魅力を発見できる場所になるために

秩父地域おもてなし観光公社が、NIPPONIAの運営事業で力を入れていることを伺った。

「データ分析やマーケティングの分野、全体のマネジメントに加えて、NIPPONIAに宿泊したお客さんに対して体験プランを提供したり、二次交通的なことを提起する役割をしています。NIPPONIAの施設創設や運営には複数の企業が関わっていますが、秩父地域にいるメンバーは秩父地域おもてなし観光公社しかいないんですよね。ですから実質的な秩父のまちづくりについて意思決定してるのは僕たちで、応援してもらっているかたちなんですよ」

応援してくれているのは、出資や運営をする企業だけではないという。秩父地域の人々のサポートがあったからこそNIPPONIAが誕生したのだ。

「NIPPONIAは地域の協力で成り立ちました。NIPPONIAが出来た場所には、それまで住んでいたご家族の歴史もたくさんあるわけですよね。分散型宿泊施設なのですが、二棟それぞれがある商店街も魅力的です。NIPPONIAで提供する料理にも秩父の食材をたくさん使わせてもらっていますし、箸や器、お皿なども秩父地域の作家さんが作ったものです。NIPPONIAの暖簾も地域の染物屋さんに作ってもらいました。秩父銘仙で作られた着物のイメージも置かせてもらっています。改修工事も地域の工務店さんに手掛けていただきました。今まではバラバラにご商売されていた方々ですが、オール秩父のようなかたちになっているんですよね」

外部の協力者の応援を得ながら、地域の人と連携する。今後はNIPPONIAが秩父のシンボル的存在になり、観光客が秩父を深く知るための入口となることを目指しているという。

「宿泊客が少なく日帰り観光客が多い一方で、秩父を訪れた人のリピーター率は7割から8割と高いんです。NIPPONIAが新しい発見の場になるように、何度秩父に来ても楽しくなるプログラムを準備していきます。たとえばNIPPONIAの施設にはバーがないんです。ですが秩父はウイスキー文化やバー文化がすごく成熟していて、NIPPONIA周辺にも素敵なバーがいくつかあるんですよ。宿泊者が街のバーに行くとニッポニアボトルがキープされていて、それが自由に飲めるというような連携はできています」

このほか、秩父銘仙を使用した着物の着付け体験なども計画中。NIPPONIAという拠点ができ、秩父の魅力を観光客に知ってもらう仕掛け作りが進んでいるのだ。

「NIPPONIAで働くスタッフが地域のことをもっともっと知って、観光客に伝えていくことも大切だと考えています。まずは秩父の魅力を伝える語り部として、ガイドを育成していきたいですね。現在は3人の外部スタッフが手挙げてくれて、秩父のまち歩きガイドをしています」

日中とは異なる夜の涼しさや夜祭で賑わう街。地域の飲食店やバーで味わう秩父グルメ。日帰り観光ではわからない経験や景色が秩父にはまだまだある。秩父の1市4県観光事業は新しいかたちで動き始めたばかり。知られざる秩父の魅力に人々が気付く日もきっと遠くはないのだろう。

NIPPONIA 秩父 門前町

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