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「秩父銘仙はワンピース」普段着としての着物のあり方

着物の生地として大正や昭和の時代にブームとなった、先染めの織物「銘仙(めいせん)」。なかでも「秩父銘仙」は、玉虫色に輝く美しさと柄の華やかさで女性たちに愛用された。洋服文化の流行とともに銘仙は日常から遠ざかったが、近年再び秩父銘仙の価値が見直されている。地域おこし協力隊として秩父に移住し、レンタル銘仙「イロハトリ」を運用する関川亜佐子さんに、令和時代の秩父銘仙の楽しみ方を伺った。

秩父銘仙のために参加した地域おこし協力隊

関川さんが着物に親しむようになったのは、社会人になってからだ。「着物を着てみたい」という興味をきっかけに着付け教室へ。

「出身は茨城で、秩父の地域おこし協力隊になる前は、都内のNECグループ会社に11年勤続し、主に運用保守の仕事をしてました。ある程度その仕事に満足していたんです。そんな時に秩父銘仙をPRする地域おこし協力隊の募集がかかっていることを知って、新しいことを始める気持ちで秩父に飛び込みました」

国の伝統的工芸品にも指定されている秩父銘仙。関川さんは着付け教室に通っていたこともあり、地域おこし協力隊に参加する前から秩父銘仙の存在を知っていた。

「秩父銘仙は商品としては反物なんですよ。着物に使われることが多いですが、生地なので別の小物に使われることもあります」

秩父銘仙の歴史は非常に古い。第10代天皇である崇神天皇の御代、地方官の知々夫彦命が地域住民に養蚕と機織の技術を伝えたとされる。山々に囲まれた秩父は稲作が難しかったことから、養蚕業がさかんになり絹の名産地として評判を得た。こうした背景もあり、秩父は絹織物である銘仙の産地となっていく。「ほぐし捺染」技術の開発に成功してからは華やかな柄が女性人気を呼び、大正から昭和にかけて秩父銘仙は全国規模の織物となった。

「着物の中にもいろいろなジャンルがあって、皆さんの目に触れるのは振袖や留袖、七五三など礼装が多いですよね。ですが秩父銘仙で作られるのは普段着の着物。洋服に置き換えて考えると着物の礼装はドレスのようなもので、秩父銘仙はワンピースにあたります。浴衣はTシャツやデニムくらいカジュアルなので、浴衣と比べると秩父銘仙はちょっとお洒落着なんです」

近年は化学繊維やウール、デニム生地を使用した着物もあるが、秩父銘仙は天然素材のオールシルクだ。

「最近はオールシルクの洋服を普段着として着ることなんてないですよね。高級品である絹を普段着として着られるところは、秩父銘仙の面白さだと思います」

移住地での起業はチャレンジだらけ

関川さんは秩父に移住し、地域おこし協力隊として約3年間活動。協力隊の経験を活かし、秩父銘仙のレンタルショップ「イロハトリ」を開店させた。

「地域おこし協力隊としてやって来た当時、秩父銘仙を気軽に着られる環境が秩父になかったんですよね。地域の皆さんは『箪笥の中にはある』と言うんですけど、誰も秩父銘仙を着ないんです。私はちちぶ銘仙館という施設で協力隊の活動をしていて、着物の保管や着付けサービスをしていました。レンタルという形で秩父銘仙を提供したら、秩父銘仙を着る文化が秩父に戻るんじゃないかと考えたんです」

2019年、関川さんは自らがオーナーとなって開業。秩父銘仙のレンタルサービスを開始した。基本のレンタルプランは、着付け込みで1日3300円(税込)。秩父銘仙に身を包み、周辺の散策などをすることが可能だ。ところが新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、観光客の利用は下火に。そんな中、イロハトリの秩父銘仙レンタルは、地域住民の間に浸透していったという。

「卒業式と七五三のご利用が定着してきました。3月や11月はほぼ出ずっぱりで着付けを。これは地元の方々の口コミが大きいと思います。元々、地域おこし協力隊時代に『子どもたちに地域の伝統文化に触れてもらいたい』という気持ちがあって、秩父市立南小学校の卒業式で6年生全員に秩父銘仙を着ていただくことができたんです。その噂を聞きつけたのか、周辺の学校などで『着物を着てみたい』と言う子どもが増えてきたようです。『地元だし秩父銘仙を着てみようかな』と思ってくれる大学生くらいの若い子もいます」

イロハトリのレンタルをきっかけに、若い世代が秩父銘仙に触れる。秩父とのつながりを着々と築いている関川さんだが、レンタルショップを開くまでには地域との信頼関係構築が重要だったそう。

「秩父の人は好奇心旺盛で、移住者の私に対しても距離感は近いです。ですが私がお店を出せたのは、地域おこし協力隊として秩父に来て地元企業さんで修行させてもらったから。ぽんと秩父に来ていたとしたら、こんな風には参入できなかったと思います。やっぱり地元の人との繋がりがないとできないものも」

秩父銘仙の価値再発見がもたらした変化

地域おこし協力隊の活動を経て、イロハトリで秩父銘仙の魅力発信を続けている関川さん。PR活動で痛感しているのは「秩父銘仙の認知が上がったからといって、産業そのものが潤うわけではない」という難しさだ。

「私が協力隊として秩父に来た頃、秩父がメディアに取り上げられることが多かったんですよ。テレビ番組の取材など、メディアがたくさん秩父銘仙を紹介していました。すると着物好き以外の人が秩父銘仙を知ってくれるようになったんです。西武鉄道のCMで女優さんが、秩父銘仙を着て踊ってくれたので、ファンの方が秩父銘仙を認識してくれるようになったり。ですが秩父銘仙が売れるわけではなかったんです。知名度を上げることと秩父銘仙を着たい人を増やすことは別物で、繋がっていないんだと感じました」

外に対するPRに難しさを感じながらも、地域住民が秩父銘仙に向ける目線が変わったことに気付いたという。

「秩父銘仙の認知が広がったことによって、秩父の人の購買意欲が上がったんですよ。地域の方々からすると、秩父銘仙はあまりいい印象のある着物ではありませんでした。昔の普段着というイメージが強かったですし、産地であるからこそ『秩父銘仙は自分たちが買うものではない』という気持ちがあったみたいです。ですが認知が広がり、周囲の人から認められることによって、秩父の人がお土産に買っていくようになりました。たとえば都内に住んでいるお友達や親戚のためのお祝いの品として、秩父銘仙の製品を見繕ってお土産にする人もいます」

秩父に暮らす人々が秩父銘仙の魅力を再発見する中、イロハトリでは家族でのうれしい利用があったという。

「3歳のお子さんの七五三で来てくれたご家族が、7歳の七五三でまた来てくれたんです。『ずっと秩父銘仙を家族全員で着てみたかったんです』と、写真館での家族写真撮影のためにイロハトリに来てくれるご家族もいました」

秩父銘仙は女性や子どもだけでなく、男性用も作られている。男性向けの秩父銘仙は無地もしくは縞模様が中心で、華美ではないからこそ滲み出る趣きがあるのだ。

秩父の魅力は良い意味での変わらなさ

秩父銘仙を通して、秩父の伝統文化や地域で暮らす人とのご縁が深まっている関川さん。東京から秩父へやってきて6年ほど経つが、東京への恋しさはあまり感じていないという。

「東京と秩父は遠くないんですよね。西武鉄道を使えばすぐ行き来できますので、都内にいる友達にも会いやすい。それに秩父は面白い要素が盛りだくさん。芝桜や秩父夜祭、川瀬祭りなど有名な観光スポットがあります。食べ物ならホルモンや豚みそ、お酒もいっぱい楽しめるんですよ」

訪れた人はハマってしまう秩父の魅力。東京から近い距離にありながら、秩父ならではの文化を色濃く保っているのはどうしてなのだろう。

「新しいものに飛びつかない文化というか、実直で慎重なところが秩父の良さだと思うんですよ。だからこそ伝統が残っているんじゃないでしょうか。秩父銘仙もそうです。他の着物の産地だと、形を変えたり洋服の生地を作ったり、大型になっていったりします。でもそういう風に変わっていくと、やっぱり行き詰まったり海外の文化に負けちゃうことがある。秩父銘仙が着物の産地として残ってきたのは、変わらなかったから。ただひたすらに着物を作り続けてきたからこそ、今も残っているんだと思います」

昔ながらの伝統を受け継いできた秩父銘仙は、地域のお祭りとも深く関わっているそう。

「冬のお祭りの時期に『せっかくだから地元のものを』と秩父銘仙を着てくれる人もいます。秩父夜祭の男衆が着る『おそろい』という衣装があるのですが、これも元々秩父銘仙なんですよ」

地域に根差し、その魅力が再発見されつつある秩父銘仙。これからも地域の人々の日常や思い出を彩ることが期待されるが、近年は作り手の後継者問題が生じている。

「ちちぶ銘仙館は、かつて職人さんだった人たちが運営している施設です。私も地域おこし協力隊時代、ちちぶ銘仙館で秩父銘仙について教えてもらっていました。ですが最近は高齢で亡くなる方もいて、世代が変わっていくタイミングだと感じています。ちちぶ銘仙館では『後継者育成講座』を開き、技術の伝承をしています。そのおかげで秩父銘仙を作れる人は少しずつ増えていますが、需要と供給のバランスが取れないと作り手を増やすのは難しい。現在、秩父銘仙をメインに作っている会社は2社ほどで、メインではないけど秩父銘仙を作っている会社は4社ほどになりました」

関川さんが秩父で感じた、良い意味での変わらなさ。そしてこれからも秩父銘仙を残していくために必要なこと。関川さんがイロハトリで目指す未来を尋ねてみた。

「地元の小学生などがイロハトリに来てくれるようになったので、秩父銘仙を気軽に着られる場所として秩父銘仙のレンタルを続けていきたいですね。秩父銘仙を作ることについては、もうちょっと注力してやっていきたいと考えています。ほかにも全国的に対応できるようにしていったり別のサービスを増やしたり、できることはあると思います。秩父の人が秩父銘仙を着るための場所として始まったイロハトリも残していきたいです」

イロハトリでは着付け教室や型染体験も可能。地域に愛される文化だからこそ、観光客も楽しめるはず。秩父銘仙に袖を通してハイカラ気分で秩父を満喫すれば、旅の思い出も華やかに彩られるだろう。

イロハトリ

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