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「女の子が初めて体験する日本の伝統」雛人形の衰退を食い止める30代夫婦

女の子の健やかな成長を祈り、3月3日の初節句に贈る〈お雛さま〉。しかし、少子化の加速に伴い、節句人形の市場は年々縮小している。厚生労働省の発表によると、出生数は約81万人。前年より3万人近く減少し、過去最少を記録した。(参考:「令和3年(2021)人口動態統計月報年計」)
少子化による雛人形の売り上げの落ち込みもさることながら、高齢化による作り手の引退、売り手となる人形専門店の後継者不足も顕在化し、業界全体が深刻になっているという。
そうした現状を打破しようと、情熱を注いでいる30代の夫婦がいる。埼玉県岩槻市にある人形工房「ひととえ」を営む、飯島直也さんと詩織さんだ。「雛人形は女の子がはじめて体験する“日本の伝統”だから」と、質を落とさず現代に合う人形づくりに心魂を傾けるおふたりに、雛人形の〈いま〉と〈未来〉をつくるための取り組みを聞いた。

平安にはじまった文化が、令和に危機をむかえている

平安時代、宮中でおこなわれていた人形遊び(ひいな遊び)。それが江戸時代になると女の子のお祝いに変化して大衆で大流行。これが雛人形、雛祭りのルーツのひとつと言われている。

埼玉県岩槻市では、江戸時代から人形づくりの歴史がはじまり、大正時代になると本格的な産地へと成長。市内でつくられる「江戸木目込人形」と「岩槻人形」は国の伝統工芸品に指定され、人形のまちとして栄えてきた。令和となった現在も、市内では人形をテーマとしたさまざまな行事を開催している。

しかし、岩槻市に人形工房を構える「ひととえ」の飯島直也さんは「私たちの若い世代がもっともっと雛人形、雛祭りという文化を盛り上げていかないと、出生数とともに衰退してしまうかもしれない」と、”人形のまちの未来”を懸念している。

「小道具を作ってくれていた方が辞めてしまった…など、毎年職人さんが引退してしまっている現状です。ひな人形は子どもの出生数に大きく影響するので、職人さんがその仕事だけで食べていけなくなってきている側面もありますし、70代、80代の職人さんも多いなか後継者がいないという問題も表面化しています」

雛人形の製作は分業制で、1体をつくるだけでもたくさんの職人が関わるという。

原型をつくる人、お頭(かしら)をつくる人、目を入れる人、衣裳を織る人、それを着せつける人……。また、お道具や屏風といった小物も専門の職人が担っている。

写真左は漆を使って模様を入れる漆蒔絵(うるしまきえ)、右は本金箔を使って描く金彩蒔絵(きんさいまきえ)。こうした繊細な模様も職人による手作業で、ひととえではどちらも80歳近い方が手がけているそう。

コストはかかるが「ぬくもりも大事にしたい」と、詩織さんは言う。匠の技があるからこそ、“正統派”の雛人形は完成するのだ。

伝統技法を貫きつつも「現代の住宅事情にあったお雛さまをつくる」

ひととえは、昭和57年から人形をつくる株式会社 松永が立ち上げた自社ブランドだ。松永の創業当時は他社のお人形だけをつくり卸していたが、コスト削減により伝統が失われてしまうことに歯痒さを感じ、「小さくても“本物”をつくりたい」と、2010年にひととえを始動させた。

桐塑(とうそ)と呼ばれる、桐の粉とのりを混ぜたものをかたどりボディをつくる。そこに溝を彫り、衣装となる布地を木目込んで着せ付けていく。これが伝統的工芸品として国が指定している「木目込み雛人形」の技法。ひととえはこの伝統製法を貫いている。

しかし、なかには桐塑ではなく発泡スチロールでつくり重しを入れているところもあるという。生産性が上がりコストが下がる分、安い値段で販売できるからだ。“伝統的”な雛人形とは言えなくなるが、我々買い手が見抜くことは難しい。

「一般的に小さい方が安いというイメージがあると思いますが、私たちは小さくても宝石のようなお人形がつくりたい。お客様が見たときに『わぁ、素敵!』と感動してもらいたいし、『ここにしてよかった』と思っていただきたい。だから手間やコストがかかっても先代から続く技法を貫き、衣裳に正絹を使っています」

正絹とは、シルク100%でできた織物のこと。詩織さん曰く、「正絹にしか出せない鮮やかな色味があり、技術が進化している今でも深み、風合い、なめらかさは化繊とまったく違う」そう。使用する糸も、シルク100%というこだわりだ。

「木目込み雛人形は、小ぶりでコンパクト、着崩れしにくく扱いやすいといった特長があり、なによりコロンとした見た目が可愛らしいんです。このコンパクトさを生かして、現代の住宅事情にあったお雛さまをつくること、これがひととえのコンセプトです」

今のニーズに合った雛人形をつくることで、伝統も守る。これがふたりの信念だ。

買って終わりじゃない。雛人形の“カスタマイズ”を提案

ひととえはこんなユニークな取り組みもおこなっている。世界でたったひとつのお雛さまがつくれるカスタマイズサービスだ。

「私たち自身、お人形のセットを考えるときが一番楽しいんです。この組み合わせ可愛いよね、絶対こっちの方が合うよね、って。この楽しさをお客様にもやってもらいたいという思いもありますし、実際に『この形がいいけど色はあっちがいいな』というお声もあり、お人形やお道具をカスタマイズできるようにしました」

人形のシルエットはもちろん、織物のデザインや小物に至るまで、すべてオリジナルで製作したものを組み合わせ“お雛さま”のセットをつくっている。屏風ひとつとっても、同じものは他所では買えない。

7年前に工房のなかにショールームをつくり、実際手に取れる環境をととのえ、その場でカスタマイズできるようにした。『実物を見たい』と京都から訪れる方もいれば、『決めきれないのでまた来ます』と5、6回足を運ぶ方もいるそうだ。

ウェブからの注文でもカスタマイズできるため、全国どこにいても自分だけのお雛さまがつくれる。筆者も娘のお雛さまを買う前にこのサービスを知っていたら、是非ともやってみたかった……とこぼしたところ、「五人囃子やお道具を足していく楽しみもありますよ」と、詩織さん。

「毎年同じものを飾るのもいいけれど、今年は屏風を変えてみようか、嫁入り道具やウサギちゃんを加えてみようかと、足して飾っていく楽しみもできるように小物を充実させているんです。小学生の娘さんとショールームへいらして、『今年はどれを足す?』と小物を選ばれるお客様もいらっしゃいます」

ひととえの雛人形は段を増やせるシリーズがあり、10年かけて7段飾りを完成させようとしている方もいるという。“雛人形を足していく”ことができるなんて知らなかったし、考えたことすらなかったが、子どもと一緒に、年月をかけてつくり上げていけるだなんて、とても素敵な取り組みだ。

1度買って終わりじゃない。すべては「雛人形を“永く”楽しんでもらいたい」、ふたりの気持ちがそういったアイデアを生んでいる。

「なくなってほしくない文化だからこそ」。5年後の目標は雛人形を海外へ

女の子なら雛人形、男の子なら五月人形が生まれてはじめて体験する“日本の伝統”になるだろう。その文化を守るため、人形職人の仕事を奪わないため、人形になじみのない若い世代にも興味を持ってもらうため、ふたりは業界全体を見据えている。

「親が子を思う気持ちは、江戸時代も令和も一緒だと思うんです。子はかけがえのないもの。人形の大きさとか金額じゃなくて、子どものための行事をやってあげることで親は子への愛を再認識するし、子は『自分だけのお人形』を誇らしく思う。だからひいき目一切なしに、子どものためのお祝いごとはなくなってほしくない」と、直也さんは言葉に力を込める。

「もちろん自分たちの雛人形を広めていくことも大事ですが、それ以前に職人さんの仕事を増やしていく、それを後継者にやりたいと思ってもらえる市場に僕たちの世代でしないと、次の世代に引き継ぐことが難しいと思っています。目先のことだけやっていると、文化そのものがつくれなくなるという危機感がある。だからこそ販路先を海外に広げたいーー」

雛人形だけじゃなく道具も含め、職人さんがつくっているものを海外の方に見てもらえるようにするのが、ここ5年のひとつの目標だ。

お正月、七夕、お月見、クリスマス。1年を通してイベントごとはたくさんある。よくよく考えてみれば、お雛さまだってクリスマスツリーを飾りつける感覚で子どもと一緒に楽しめるイベントなのだけど、親としてはつい『子どもが汚してしまわないように……』と、こっそりと飾りつけをし、手の届きにくい場所に置いてしまいがちではないだろうか。

「仮に衣裳が汚れてしまったり、傷がついてしまったりしたとしても、それも含めてその子のお雛さまの歴史になってほしいなあと僕は思っています。直接触れることで、手作業ならではのぬくもりを感じ取ってもらえたら嬉しいです」

人形工房 ひととえ

写真:茂田羽生

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