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アートとの距離が縮まる。美術館とは異なるアートホテルの多様性【パークホテル東京/藤川欣智】

東京都港区東新橋に2003年9月に開業した「パークホテル東京」。2013年、創業10周年の節目に「日本の美意識が体感できる時空間」をコンセプトに据え、それから2022年現在に至るまで館内各所でアートを意識した空間づくりを進めている。

400点以上の作品が展示された館内では、散策をしながら芸術鑑賞が可能だ。また、アーティストが直接壁に絵を描いた客室「アーティストルーム」に泊まれば、誰にも気兼ねすることなくアートの世界に浸れる。

なぜパークホテル東京はアートホテルとして歩み始めたのか。アートを通じてゲストにどんな体験を提供しているのか。美術館やギャラリーとは違うアートホテルならではの魅力とは何か。アートディレクターの藤川欣智(よしとも)さんにお話を伺った。

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アートを通じて日本の良さや文化を伝えられるホテルに

2003年9月に開業したパークホテル東京は、当初は独立系ホテルが参画する世界的ネットワーク「デザインホテルズ」に加盟する都内唯一のホテルだった。

そんなパークホテル東京がアートホテルとして歩み始めたのは2012年4月のこと。季節展示「アートカラーズ」を始めたのがきっかけだ。アートカラーズは、それから10年以上経つ現在まで、回を重ねて開催されている。

「もともとパークホテル東京は、外国人旅行者が多いホテル。2012年初めはお客様の6割が海外の方でした。オープン10年目にあたり、日本のホテルとして何ができるか、海外の方をどう受け入れるかを見直そうと考えたんです。東京は世界でも最先端のクリエイティブな大都市。その中心にあるホテルでどんな表現をするのが良いか考え、候補として出たのがアートでした。アートを通して日本の良さや文化をゲストに届けられるのではないか、と」(藤川さん)

アートを通して日本の良さや文化を伝える。そう聞くと、日本画のような「和」の作品をイメージするかもしれない。しかし、パークホテル東京は「日本の美意識」が感じられるアートであれば、作家やテーマにこだわらず取り入れてきた。例えば、日々変化していく自然風景や植物、祭礼、伝統工芸や伝統文化。季節のうつろいを美しいと感じ、自然を愛でる心には、日本特有の美意識が宿っている。

「アートを扱ってはいますが、根幹にある理念は『私たちはまずホテルである』。だから、ホテルの柱であるART=空間(Atrium)・食(Restaurant)・旅(Travel)の中にアートの要素を入れ、日本ならではの美しい空間を体感できるようにしています」(藤川さん)

その取り組みのひとつが、すべてのゲストが最初に身を置く25階アトリウムでの「室礼(しつらい)」によるおもてなしだ。室礼とは、室内を清め、季節を取り入れた飾りをその場にふさわしく整え、ゲストを迎え入れる準備を行うこと。

枯山水に見立てた砂柄のカーペットに、不動の置石をイメージした家具を設えたラウンジ。ステンレス材にヘラ絞りと呼ばれる工法で作られたテーブル「砂州(さす)」は砂にできた風紋を表す。約30メートルある都内最大級の高い吹き抜けでは、日本特有の移ろいゆく四季を表現した展示でゲストを迎える。

唯一無二の泊まれるアート空間「アーティストルーム」

アートカラーズ展示と同じく2012年から始まったプロジェクトが「アーティスト・イン・ホテル」だ。アーティストを一定期間ある土地に招聘し、滞在しながら作品制作を行ってもらう事業「アーティスト・イン・レジデンス」のパークホテル東京版である。

アーティストが実際にホテルに滞在し、そこで生まれるインスピレーションを元に部屋の壁紙に直接絵を描く。制作期間はまちまちだが、完成するまでに数ヶ月かかるアーティストルームもあるそうだ。

アーティストルーム「富士山」。鳥居をイメージして赤く塗られた入り口に、風神・雷神を従えた富士山が鎮座するメインのヘッドボード、その反対側には宝船に乗った七福神が描かれた壁がある。大きな窓の外に広がるのは東京タワーを借景にした都会の風景。空気の澄んだ季節の晴れた日には、遠くに本物の富士山が望める。

夜には、ライトアップされた東京タワーを挟むように富士山と雷神が窓ガラスに写り込む。まるで雷神が都心の上空を舞っているような光景。これを見られるのは宿泊者だけだ。

アーティストルーム「桜」。客室の角を屏風の折り目のように見立て、ベッドを覆うような大きな桜の木が描かれている。桜の花は儚さや魂の象徴である蝶。周遊する蝶は、四季の巡り、また人の生死といった循環を表す。桜の木の向こうに描かれた華やかな金色の雲は、400枚もの金箔を一枚一枚貼って仕上げたものだ。

アーティストルーム「招き猫」。夏目漱石の『我輩は猫である』がモチーフだ。枕屏風に見立てた壁に正体不明の招き猫や妖怪「猫又」が描かれ、天井には「我輩は猫である」の一節が書かれている。

ほかにも、歌舞伎、百人一首、相撲、侍、城、里山、禅、江戸、山水、侘び寂び……。2022年7月現在、全34室(シングル7室、クイーン21室、キング6室)のアーティストルームがある。いずれもアーティストの世界観が伝わる、たったひとつの独創的な客室だ。

アーティストルームの宿泊料は、同じ広さの一般客室より約5,000円高く設定されている。たいていホテルの宿泊料は平米数によって決まるが、アーティストルームを作ったことで、部屋の広さを変えることなく客室単価を上げられた。

約5,000円高くてもアーティストルームが選ばれるのは、アートの力だ。つまり、アートがホテル全体の売り上げを増加させている。パークホテル東京の基本チェックインは15時、チェックアウトは12時。最大21時間アート空間を独占できるのであれば、5,000円の価格差以上の価値がある。そう考える人が一定数いるわけだ。

「記念日にアーティストルームを利用されるカップルが多いですね。どのお部屋にするか一緒に選ぶ時間も楽しいはず。『このときにこの部屋に泊まったね』と共通の思い出を作れるのは、唯一無二のアーティストルームならではだと思います。そういった体験は、おそらく一生忘れません」(藤川さん)

多くのホテルで客室の印象は似ているから、時間と場所が曖昧になるのは想像に難くない。しかし「あのとき富士山のお部屋に泊まったね」といった記憶は、いつまでも2人の心に残るだろう。パークホテル東京は今後もアーティストルームを増やしていく予定だという。

アートホテルならではの多様性(ダイバーシティ)

地下2階・1階・25階のフロント・ロビーのほか、26~34階にわたる全客室フロアの回廊などに、400点以上ものアートを展示しているパークホテル東京。まるで美術館のようであるが、美術館とアートホテルの違いはどこにあるのだろう。

「美術館やギャラリーは、展示するアート作品の路線がだいたい決まっている場合が多いです。パークホテル東京では、伝統工芸、現代工芸、物故作家、現代アートなどジャンルを問わないアート作品を扱っています。言葉を選ばずに言えば『ごちゃ混ぜ』です。そのごちゃ混ぜをしっかりやりたいと思っているんです」(藤川さん)

ごちゃ混ぜは、言い換えれば「多様性(ダイバーシティ)」だ。パークホテル東京に訪れるゲストは国籍も年齢もジェンダーもさまざま。宿泊だけでなく、食事をしにレストランへ、お酒を飲みにバーへ訪れる人もいる。多様性はまさにホテルの要素と言えるだろう。

「展示する作品は『日本の美意識を感じられるもの』が前提です。その上で、ゲストが観て楽しんでくれそうなものを選ぶようにしています。アートとの偶然の出合いがあるように、バリエーションの豊富さも意識していますね。

パークホテル東京に訪れたときに『あ、これいいな、こういうの好きだな』と思えるアートに出合う。セレンディピティ(素敵な偶然を手に入れる力)というのでしょうか。そんな価値観を届けられたらいいと思っています」(藤川さん)

アートを目的に来たわけでない人が、予期せぬアートとの出合いを体験する。それが美術館やギャラリーとは違った、アートホテルならではの魅力だ。

まだまだ日本では「アートは距離を取って静かに眺めるもの」と捉える見方が多い。しかし、藤川さんはアートとの距離感を変えていきたいと考えている。

「アート作品はもっと身近になっていい。試しに自分の部屋に飾ってみたら、雰囲気も変わります。このホテルを訪れてたまたまアートを目にしたゲストの心が、少しでも豊かになったらいいなと思います」(藤川さん)

アーティストルームに泊まったら、お酒を飲みながら、あるいはベッドに寝転がりながらアートを楽しんでも良い。お行儀が悪くても構わない。アートとの距離が近づくことで、「アートってそんなに難しいものじゃないんだな、ただ単純に楽しめばいいんだな」と体感できる。パークホテル東京はそんな場所だ。

アートは「問い」。潜在から顕在へ

「一期一会」は茶道に由来する言葉。人とホテルとの出合いも、たくさんの偶然の上に成り立っていると言えるかもしれない。たまたまこのホテルに泊まって、あるアートに目が止まり、何かを感じる。パークホテル東京は、そんなセレンディピティのあるホテルだ。

「アートって『問い』なんですよね。そこに答えがあるわけではなく、解釈は受け手側次第。正解も不正解もないから、ほかの人と答えが違っていても全然構わないんです。私はそれがアートの良いところだと思っています」(藤川さん)

パークホテル東京では、宿泊者向けのアートツアーを提供している。今後はファシリテーターを育成し「対話型観賞」の機会も提供したいと藤川さんは展望を語る。

対話型観賞とは、複数人でアート作品とじっくり向き合い、感じたり考えたりしたことを言葉にしあう、主体的なコミュニケーションに基づく鑑賞方法のこと。対話をすることで刺激を受け、鑑賞者同士の気づきの輪が広がる。

興味を引かれるものや好ましく思うものが人によって違うのは当然だ。他者の意見に合わせたり、考えを無理に変えたりする必要はない。しかし、未知のものに出合い、多様性を受け入れる中で、それまで気づかなかった自分自身を発見できるだろう。

アートが何かを教えてくれるわけではない。しかし、創造的な空間に身を置き、いくつもの「問い」を受け取ることで、自分の潜在的なものが表に出てくるのではないだろうか。

パークホテル東京を訪れたら、ぜひ1時間は館内散歩のために確保してほしい。たくさんのアートを観ていちばん気に入る作品を探すことは、自分自身との対話だ。対話を通して得た価値観を持ち帰ることで、ものの見方が少し変わるような気がする。

参考情報

パークホテル東京
東京都港区東新橋1丁目7番1号 汐留メディアタワー
03-6252-1111(代)
https://parkhoteltokyo.com/ja/

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