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「技術が進化も素潜りに徹する海女」未来を見据えた日本最大級の商業施設【ヴィソン】

美しい自然や名所旧跡が数多く存在する三重県。自然と文化、海山の幸に恵まれていることから、古くから“美し国(うましくに)”と謳われてきた。この地の歴史は古く「万葉集」や「古事記」にもその名が記されているほど。「伊勢神宮」や世界遺産の「熊野古道」を有し、古来から人々に意識的に守られてきたこの場所に、「自然と共に生き・生かされていく、美しい循環を目指す場所」として、2021年に誕生した日本最大級の商業施設「ヴィソン」。その場所を担う2人のキーパーソンに話を伺った。

東京ドーム24個分の敷地を有する日本最大級の商業施設「ヴィソン」。宿泊、温浴施設、飲食店、ギャラリーや産直市場、物販店、農園が集う、“食と健康”をテーマにした巨大複合リゾートだ。

2021年からエリアごとに段階的にオープンし、2021年7月にグランドオープン。個性あふれる約70店舗がひしめくこの場所の顔となる「ホテルヴィソン」と、土地の文化を体現する「海女小屋なか川」。異なる要素を担う2人の視点が交わる先に、「ヴィソン」の本質が浮かび上がる。

伊勢神宮の式年遷宮のように20年に一度の修繕を

“木と建物の関わり”をコンセプトにした宿泊棟は、全6棟のプライベートヴィラと、全室から多気町の自然を望むホテルタイプの客室を有する全155室を有する「ホテルヴィソン」と、1棟ごとに異なるクリエイターがデザインした世界観を楽しむ全40室の「旅籠ヴィソン」の2つの宿泊棟からなる。伊勢志摩国立公園と連なる雄大な山々を望み、露天風呂や世界中から集めたアートに癒される。木材を多用した温もりを感じる空間は、20年に1度の式年遷宮によって「伊勢神宮」が続いてきたように、20年ごとに傷んできた箇所の修繕を前提としている。そこには、ヴィソン全体でそうした取り組みを続けていくことで、地元の林業や産業を守りたいという思いがある。

日本の木材を20年という単位で大量に使うということは、山から海へとつながる生態系の営みに責任を持つというある種の覚悟が必要だ。存在し続けることで自然と人々の暮らしを守る、日本の建造物のあり方の原点に立ち返る試みは、「ホテルヴィソン」なりの“持続可能性”への決意表明なのだろう。 

ゲストと地域に寄り添える形を目指した2年間

「2021年7月のオープンから、ホテルとして居心地の良さを生み出すために、1年目はお客さまのお声を大切に、ハード面の改善に注力しました。2年目はより上質で快適なご滞在、記憶に残る体験の提供を目指し、全スタッフでサービスの向上に努めました。変えるべきところは変えながら、お客さまと地域に寄り添える形を目指してきました」と話すのは、2023年6月まで宿泊支配人を務めていたマーケティング部の部長の長井超生さん。

その一つの指標となるのがリピート率。実は開業当初は「熊野古道」や「伊勢神宮」参拝のハブになる場所としての役割を想定していたものの、蓋を開けてみればヴィソンを訪れることそのものを目的としているゲストも少なくなかったという。「多いシーズンで宿泊者の約10%がリピーターの時もあり、中には月に1度のペースで計20回以上ご宿泊いただいているゲストもいらっしゃいます」と長井さん。

認知度が上がりスタッフの受け入れ態勢も整ってきたことで、地元の方々と連携したいちご狩りやヴィソン内のテナント、地元企業とコラボレーションしたプランの造成や企画も叶った。「大事なのは、数ではないんです。地域とのつながりを1つでも生かせたこと。そこに意味があります」と長井さん。今では行政との双方向のコミュニケーションの中から新たなプランが生まれているそう。

それぞれの運営会社の強みを生かし、新たな価値を創造

国内外からアートを集めたアートホテルとしての側面も。多様なアートと四季折々の装飾で何度訪れても飽きない空間を演出している。「アートを鑑賞しながら館内を歩き周りたくなるような空間になれば」と長井さんはその思いを口にする。

HIS、住友林業、アクアイグニスの3社が共同運営している「ホテルヴィソン」。「今後は、旅、ものづくり、地域活性化のプロである各社の強みを生かしたプランニングで新たな価値を生み出していきたいですね」。現在は近隣の県からのゲストがメインだが、今後は関東、東北、四国からも足を運んでもらえるように認知度を高めていく方針だ。

目的は、この場所を“つづける”こと

単なるハコモノではなく、持続可能な空間を目指す「ヴィソン」。その意図は、約70店舗の姿からも浮かび上がる。

「マルシェヴィソン」内にあるショップ「マーケテリア」では「地球の未来は今日の食事から」をコンセプトに、マルシェで扱っている野菜を中心に規格外野菜やフードロスを活用した「本日のハタケスープ」を販売しています。

また、「ヴィソン」内の農園では、農薬はもちろん肥料も使用せず、草に水をかけて発酵させた堆肥をベースに、自然農法で野菜を育てています。堆肥は農園に隣接するレストラン「ノウニエール」からでた野菜くずやそば屋「伊勢翁」から出るそばガラを混ぜて発酵させたものを使用するなど持続可能な農業に取り組んでいます。農園内で飼育するヤギの糞尿からの堆肥づくりにも挑戦中。 農園では水道からの水を一切使用していません。農園の小屋(約200平米)の屋根から雨水を集め、タンクに貯蔵し、ハウス栽培の野菜の散水に活用したり、野菜を洗う際にも役立てるなどさまざまな試みを実践しています。

美し国の伝統と文化を訪れる人へシェア

 自然と文化、海山の幸に恵まれていることから、三重県は古くから“美し国(うましくに)”と謳われてきた。中でも素潜りでアワビや伊勢海老などを採る海女漁の歴史は3000年以上に及ぶ。「マルシェヴィソン」に店舗を構える「海女小屋なか川」は、三重県鳥羽市で3世代で活躍する海女としてその文化を継承してきた中川さん一家が営む店だ。

「漁を終えた海女たちは、海女小屋に集い、火を囲みながら語らい、日々の疲れを癒します。採れる漁にも限りがありますが、だからこそ人間と海がともに生きてこれたのだと思います」と語るのは、「なか川」のシェフ・中川涼太郎さん。

三重県の中でも海女漁がもっとも盛んな鳥羽市に生まれ、幼い頃から海と一緒に育ったという中川さん。中学生の頃から料理の道を志し、高校卒業後は大阪の料理学校へ。卒業後は、帰郷し「アクアイグニス」の料理長の元で2年間修行した後、「ヴィソン」での店舗立ち上げと同時に「なか川」の料理長となった。

中川さんとともに店に立つ母・早苗さんと姉・静香さんは、現役の海女としても活動している。

「海女漁は、資源保護のために午前9時から10時半までと時間が決められています。さらに海に入ることができるのは、天候や気象条件を鑑みると年間80日程度。漁の許可は前日にしか知らされない上に、どこへ行けば採れるのかももちろんわかりません」

しばしば海に潜るという中川さん自身も、海という予測ができない世界にアプローチしていく中で、人と自然がともに生きるための塩梅を学んできたという。

「海女は、自分の身体能力だけを頼りに漁をします。ウエットスーツを着用するくらいで、酸素ボンベやシュノーケルなどの道具は一切使いません。道具に頼って獲物を採りすぎてしまえば、資源保護の視点から見てもよくないですから」

どんなに技術が進化しても、海女たちは今も素潜りに徹している。それはあくまでも次世代にゆたかな海を残すこと。そうしたポリシーが大前提にあるからだ。

昨今は海女の数も、獲物の全体的な収量も減っているという。

「潮の流れや気候変動の影響から、あわびのエサとなる海藻が激減しています。自ずとあわび全体の数も減っています。そうした変化を目の当たりにしながら、僕らは常に海と向き合い続けています」

いくつもの思いを携え、「なか川」の今がある。あわびや伊勢海老など、豪快な海の幸が並ぶテーブルの上のひと皿。その背景にゆっくりと思いを馳せながら、美し国の美食を堪能してほしい。

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