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「喜界島で地域の役に立つとは何か」たどり着いた花良治みかんのフレグランス

「クラウドファンディングでは、香りの商品は資金が集まらない」、業界での常識を覆し、達成金額200万円、達成率1000%という支援を受けて実現されたフレグランスブランドがある。日本の地域の素材を使ったルームフレグランスやルームスプレーを手がける「CARTA」だ。ブランドを率いる矢田部美里さんはフレグランスの専門家でもなく、商品開発自体が未経験。そして、喜界島出身でもない。もともとは、東京でコンサルティング業に従事していた。

そんななか、奄美大島群島の一つ、喜界島の固有種である柑橘・花良治みかんを使用したフレグランスオイル「KERAJI」を商品化。地元で有志たちに守り続けられてきた品種だ。また、「日本の地域社会に根ざした香りづくり」というCARTAのコンセプトに沿い、素材の調達から売上の還元先まで、喜界島の経済や産業、コミュニティに循環をもたらすことを実現している。その背景を追う中で、コミュニケーションを繋げていくことで「地域にとって価値を生む」彼女のスキルが見えてきた。

2時間の説得の末に辿り着いた若き生産者

大きさでいえば山手線一周ほどと同じ大きさの喜界島は、珊瑚礁が隆起することでできあがった。そのため、島では珊瑚を使用した石垣が今も残り、世界でもめずらしいサンゴ礁の研究機関があるなど(喜界島サンゴ礁科学研究所)、珊瑚は島の生活に深く関わっている。

この珊瑚を、CARTAはそのままディフューザー(フレグランスオイルを垂らして、香りを空間に拡散させて楽しめるようにするもの)に仕上げている。小さな穴が無数に空いている珊瑚は、フレグランスオイルを吸って適度に揮発させてくれるのだ。

フレグランスオイルは、調香師に依頼して特別に配合したオリジナル。自然素材100%のオイルを数滴たらせば、スパイシーさを感じる爽やかな柑橘の香りが広がり、生命力豊かに緑が生い茂る島の情景が、その空間に再現されるようだ。

矢田部さんと喜界島の関わりは偶然生まれた。東京出身だった矢田部さんは、​​地域おこし協力隊として宮崎県日南市に赴任したことをきっかけに、九州に移住。縁あって福岡に移った後、地域に直接的に利益をもたらす仕事がしたいと考え、かつての同僚とともに日本の地域の素材を使った香りの事業を立ち上げることを決意する。

香りの元となる素材を見つけるべく、九州県内のあちこちに問い合わせていたところ、鹿児島県の六次産業サポートセンターの方から「喜界島に花良治みかんという品種があって、10年ほど前から一生懸命、精油づくりで活動されている方がいる」と聞いて、早速その人に電話をかけた。ところが……

「花良治みかんの精油に関して、うまくいかなかったストーリーがほとんど。『花良治みかんに大変興味がありまして、そういったご活動をされてるんですか?』って聞いたら、気まずそうに、『あ〜〜〜〜痛いとこつく……』みたいなリアクションで(笑) 『いや花良治みかんの精油はちょっともうやめようとして……』と」

病気に弱い花良治みかんは栽培に大変な手間がかかり、島でも育成されている農家はわずか。フレグランスオイルの元となる精油(エッセンシャルオイル)は、大量の皮を蒸留することで得られるが、その量はわずか3%以下。もともと希少性の高い品種をさらに希少な精油に仕上げてしまうことで、原価が恐ろしく高くついてしまう。ビジネス的には成立しない……ということで、いくつもの事業者が断念してきたのだ。

電話口で2時間ほど難易度の高さや苦労の数々を聞いた矢田部さん、さすがに諦めて電話を切ろうかとしたが最後に「でもちょっと最近変わった若い子がいて。こんなに大変なのに役場をやめて、花良治みかんの畑をつくるって言って頑張ってるんですよ。応援したいんですけれど、つなげましょうか……って」。かくして、矢田部さんはその「役場をやめて花良治みかんの畑をつくっている若手」である園田裕一郎さん(ソンターガーデン)と知り合うことになる。

名刺なし・社名も未定、登記もしてない。丸腰で挑んだ商品開発

役場を辞めて地元の農家を継ぎ、難題である花良治みかんに挑もうとしていた園田さん。対して、香りづくりの経験もないまま、手探りで事業を始めようとしていた矢田部さん。二人は電話にて意気投合。みかんの収穫の時期を待って早速矢田部さんは現地に赴くことになった。しかし、その時点で名刺なし・社名も未定で未登記という、ほぼ丸腰の状態。そして、事前に話は聞いていたものの、10年もの間断念され続けてきていただけに、そのハードルは想像以上だった。「(無事に商品化まで至れた)今だから言える話なんですけど」と笑いながら矢田部さんは続けた。

「その時までに、すでにいろんな地域から精油のサンプルを取り寄せて調査はしていました。何リットル、という単位で。それが、園田さんから届いたサンプルは、100mlもない量で……しかも金額も今までサンプルで仕入れたオイルで1番高かったんですよ。だから、 これは確かになかなか大変かも、と思ったんです(笑)」

ただ、園田さんが、花良治みかんの価値を信じた祖父の代から意思を引き継ぐ形で花良治みかんづくりに挑戦していることなど、思いを直接聞くなかで、「これは産業を作る取り組みだな」と、強く思いを固めることになる。

「いろいろお話を聞いた時に、『これは産業をつくる取り組みだな』ってすごく思ったんですよね。未来をつくる取り組みだなって……『あ、私がこれを商品にして売らなきゃ』って思ったんです」

「自分が宮崎の地域おこし協力隊にいた時期に、地元の生産者さんはいっぱいいらっしゃるんですけれど、売上を伸ばすってなると、やっぱりそこまで手が回らないっていう人が多いんですよね。でも、生産の現場ってすごく大変じゃないですか。『6次産業化』と(簡単に)言っても、3次(流通・販売)までもとても行かんのよ、っていう話だったから……じゃあ、そこをなにかやりたいなというのが、元々自分の思いとしてもあったので。一番最初に自分がやるべき商品はこれだなっていうのは、その時すごく思ったんです」

痛感した「自分がまったく役に立たない」

矢田部さんがそう強く感じた背景には、地域おこし協力隊で痛感した「自分のキャリアが役に立たない」という経験があった。新卒から、DeNA、リクルートと、いわゆる大手企業でコンサル業としてのキャリアをしっかりと積み上げて赴任した宮崎。矢田部さんは、「地域おこし協力隊をやってた時に、あんまりまちに役立てられた感覚がなかったんです」と続けた。

「その当時、市長のすぐ近くで観光の施策を考えようと、大掛かりなイベントを担当したものの、まちのためにやれたみたいな感覚がなかったんです。まちのためを思うと、短期間ではなく長期的な目線で並走しないと価値提供できないことに気づきました。それには地域おこし隊の任期は短い」

また、「役立つ」ということは自身のキャリアそのものだったはず。それが得られないもどかしさも同時にあったという。「DeNAやリクルートにいたという東京で通用する実績が、現地でまったく役に立たないんですよ。コンサルよりも、植木屋さんです、石屋さんです、パン屋さんです、という方が、まちに価値を与えてると思う。そのまちの人たちに対して、毎日美味しいパンをお届けする、そのパンがあるというまち……。コンサルなんて、なんもないに等しい。だから、じゃあ私は何ができるんだってずっと思ってたのがあった。看板が欲しいなって」

手にした看板は「地域の香りをつくる会社」

一方で、コンサル業務の方が自分の能力が生きる、という実感もあった。そこを忘れず、なにかと掛け合わせた事業で、看板を作りたい。ーーそんなふうに思い始めていた矢先、タイミングよく再会した前職時代の同僚と、事業を起こすことになった。

「マーケティングやコンサルの会社じゃなくて、物を売っていて、その会社の売り上げが本当にまちに役立ってるっていう取り組みがしたかった」

彼女が実現を望んでいた「役立っている」実感。それは、直接的に自らが関わる誰かに直接的に利益が還元されること。それが一過性のものでなく、地域の経済サイクルとして組み込まれて、関わる人たちみなで継続的に走り続けられる事業であることだった。

時は、コロナ禍真っ只中。何を事業の柱とするかーー。検討する中で、当時、需要が伸び始めており、フードやドリンクと比較して地域特化型の企業がそこまでなかった「香り」に目をつけた。

かくして、地域の香りの素材集めとして、各地の六次産業サポートセンターに電話をすることに。欲しい情報がそこに集まっていることは、役場にいたことで知っていた。協力隊時代の経験が、ここで活きた。

資金を集めるために、クラウドファンディングを実施。その時にある精油100mlはすべて仕入れた。掲載する記事の構成や記載、リターンの品などのコンテンツ内容を練り上げることはもちろん、ただクラウドファンディングサイトに掲載して終わりではなく、協力してもらえる先への呼びかけまで、あらゆる手を尽くした。無事にクラウドファンディングを200万円で達成。その結果、100mlの精油はすべて商品として手渡すことができることになった。一方で、園田さんの方は1年間で順当に生産量を伸ばし、1年間でつくれた精油の量は5倍の500mlに。将来的には2リットルを目指したい、というのが目標だ。「うちも成長していかないと、2リットル仕入れられない(笑)」。どちらか一方の運営が滞ってしまうと、両者の商売も、花良治みかんの生産も先行きが厳しくなってしまうーー両者でともに成長を続けていくことが望まれる、一蓮托生スタイルだ。

見向きもされなかった柑橘に新たな価値を

こうして無事に商品化にこぎつけたのが、花良治みかんのフレグランスオイル「KERAJI」。その後、CARTAはもう一つ、喜界島の別の柑橘「シークー」を使ったフレグランスオイル「IJICHI」をリリースする。「IJICHI」という名前は、この香りの開発に直接的に関わった人物・伊地知告さんの名前からつけられた。

花良治みかんの「KERAJI」だけでは、やはりビジネスとして成立しづらい。なにしろ初販では50本も作れない量の精油しか仕入れられなかったのだ。これでは十分な売り上げが担保できない……どうしようかと悩む矢田部さんに、島の「シークー」という別の柑橘を紹介してくれたのが、伊地知さんだった。伊地知さんは島の柑橘類の可能性を信じて、自身で蒸留機を購入し、ひとり生産を続けてきた第一人者。園田さんに精油づくりを伝授した当人でもある。シークーは、花良治みかんと異なり、逆に島ではあまり重用されてこなかった品種。だが、すでに香りの世界では立場を確立しているベルガモットと同じ成分を含み、花良治みかんよりも量が確保できて生産も安定する。まさに精油にはうってつけだった。

矢田部さんは、単独でシークーの有益性について活動を続けてきた伊地知さんに敬意を示し、シークーの香りには「IJICHI」という名前をつけた。こうして、CARTAの主力商品として、2つの品が揃うことになった。

「KERAJIは長い目で育てていく商品。2番目のIJICHIは戦力として戦っていただくみたいな、そうやってバランスをとって商品を出したというのがあります」

人と人を繋げて、島に産業をつくる

取材で訪れた日、珊瑚を拾うと聞いて同行した。目が眩むほどに日差しを照り返す真っ白な砂浜で珊瑚を選んでいるのは、地元の福祉施設「ほっと館」の人たちだ。

ディフューザーに使う珊瑚は一つひとつちょうど良い形のものを選び、綺麗に洗ってから商品として届けている。

この珊瑚、実はこれまで矢田部さんが一人で現地に赴き、採取から洗浄まですべて自ら行っていた。島で採取を手伝ってもらえる方はいないかーー役場に矢田部さんが相談したところ、海岸の清掃などを行っている「ほっと館」の人たちを紹介されたのだ。取材当日は、その初めての試みを行った日。「これだとちょっと大きすぎますか?」「いえ、これであれば大丈夫です! これくらいの白さのもので……」矢田部さんと施設のスタッフ、入居者の人たちは、コミュニケーションをとりながら楽しげに作業を進めていく。

「やっぱり早いですね。ちょっと驚いて……今まで1人で一生懸命、何時間も何時間もやってたから……」

サングラスをしていなければ目が焼けそうに乾くような暑さのなか、この作業を一人広い砂浜で行っていたという矢田部さんは、あっという間に山盛りに集まった珊瑚を見て言った。参加する福祉施設の入居者の方々も、「自分たちが拾ったのが島の外とか世界で使われるといいね」と嬉しそうだ。(※CARTAでは、鹿児島県に断りを入れたうえで採取を行っています)

「今回の依頼にあたって、どういう風に思われるかな、前向きにやっていただけるかなって、実は心配だったんです。でも、すごく前向きに考えてくださって、……お仕事の依頼が来るってことは、嬉しいってことだからと。施設の方々も、すごく香りのいい商品だったので、喜んでくれて」

矢田部さんはほっとしたようにそう話した。

島外の人として一人丸腰で挑んだ矢田部さんが島の人たちとの対話を重ね、ようやく形になったCARTAのフレグランスオイル。たくさんの人たちが関わり、生産と経済のサイクルが回ることで地域に利益が還元する仕組みとなっている。そのサイクルにほっと館の人たちが新たに加わることになった。

繋ぐ、聞く。眠る価値を、価値として実現する

商いにはいろんな形がある。ものを直接的に作れる人だけが、地域に価値をもたらすわけじゃない。あと一歩まできていたものの商品化にまでは至れていなかった精油。それを実現したのは、紛れもなくこれまでのキャリアで培ってきた実行力と視座があってこそ。コンプレックスは力に変えられる。

「繋いで聞く」。CARTAのコンセプトムービーの中に、こんな言葉がある。

それぞれに思いを持って続けてきたそれぞれの成果を、歴史を、思いを聞き、繋ぎ、また聞く。その中からそこに輝く価値を見出し、最大価値を持って世の中に姿を表し、届けられるまでの過程に責任を負う。

彼女がその手に持つ彼女自身の価値とは、「地域にとって役に立てる」スキルとは、コミュニケーションを中心とした行動自体にこそある。彼女が縦横無尽に行動すればするほど、そこに生まれた新たな「価値」の輪は広がってゆく。CARTAの香りが柔らかくもシャープに広がって私たちの心を満たし、土地に思いを馳せることを促してくれるように。

CARTA

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