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「天然醸造の蔵は全国でもごくわずか」2年間の発酵・熟成も厭わない老舗蔵【丸秀醤油】

佐賀大和インターから車を走らせることおよそ10分。佐賀市の郊外に佇む「丸秀醤油」は、その誕生から120年以上にわたって醤油、味噌を作り続けてきた歴史のある蔵だ。この老舗蔵では、創業以来、丸大豆と小麦を主原料とし、醸造を促進させる酵素や食品添加物の類を一切使わない天然醸造を貫いてきた。6代目・秀島健介さんはこの天然醸造を守り、そして醤油や味噌づくりに欠かせない麹の可能性を押し広げるために活動。今では麹に関する分野では全国に知られる人物だ。秀島さんに先祖代々受け継がれてきた天然醸造への思い、麹の未来について話を伺った。

「天然醸造」という矜持

日本が世界に誇る伝統的な調味料、醤油と味噌。基本的には醤油は大豆、小麦、食塩で、味噌は大豆、米、麦、食塩によって昔から作られてきた。とてもシンプルな食材から生まれるのに、全国では各地で固有の醤油や味噌が親しまれ、その土地の味を決める要となっている。醤油や味噌の数だけ、ふるさとの味があるのだ。

そんな醤油、味噌において、ターニングポイントになったのが第二次世界大戦。この前後で、醤油、味噌づくりは大きく変化する。戦前は、醤油なら大豆、小麦、食塩、味噌なら大豆、小麦、米、食塩といった原料だけで、それらは作られてきた。天然醸造が当たり前だったのだ。

ところが、戦後以降は、コスト削減を図りつつ、大量生産を実現するために効率を重視した製造が急増。例えば脱脂加工大豆や培養酵母の使用、人工調味料及び着色料などの添加が、日本での醤油や味噌づくりにおいて主流となってしまう。今では天然醸造を掲げる蔵元として、佐賀県内では「丸秀醤油」が唯一の存在。全国のシェアから見ても、天然醸造の蔵はごくわずかと言われている。

天然醸造による製法を守り続けてきた「丸秀醤油」にとって、令和になった今も逆風の時代が続く。それでもこの天然醸造を変えないのは、天然醸造こそ、「丸秀醤油」のアイデンティティだからだ。

「元々、うちの蔵があったのは旧長崎街道のほうで、現在、蔵があるこの一帯が工業団地として整備された際に移転してきました。その移転の際、他の県内の醤油蔵の方々から『天然醸造を変更したらどうか』という醤油づくりにおける協業化の話があったそうです。当時の代表は悩んだ末、やはり天然醸造の製法は曲げられない、と決断しました。その思いがあったからこそ、今があります。これからも変えることはないですね」。そう言い切る6代目の目に迷いはなかった。

「製法において変わったといえば、昔は手作業だった工程の中で機械化できるものを移行したくらいでしょうか。それでも、本質的な部分は人の手が欠かせません」と秀島さんは力を込める。

麹第一の醤油・味噌づくり

一言に天然醸造と言っても、その製法は蔵それぞれで異なる。「丸秀醤油」の醤油づくりにおける大きな特徴は、創業以来、100年以上にわたって育ててきた麹へのアプローチ、そしてじっくり時間をかけた発酵、熟成だ。

「私たちの醤油づくりは、つまり“麹づくり”です」という秀島さん。例えば、「丸秀醤油」の象徴ともいえる代表作「自然一醤油」は、醤油を2年間という長い時間をかけて発酵、熟成させていく。マラソンに例えるなら、日頃からしっかり走り込んだランナーでないと完走できないように、タフな麹でないと、長期の発酵、熟成に耐えられないようなイメージだ。

原料となる大豆は主に長崎県産、小麦においては地元・佐賀県産を使用。大豆は脱脂大豆ではなく、丸大豆だけを厳選する。そして小麦においては豊穣な佐賀平野の、とりわけタンパク質の豊かな小麦だけを選んで用いている。

まず大豆を蒸し、そこに炒って粗く砕いた小麦をまとわせる。そして、麹菌をふりかけ、丸3日間もかけて丁寧に麹菌を育てていく。

この麹づくりの工程において、秀島さんは「麹菌を穀物の芯までしっかり“破精込ませる”ことがポイントですね」と教えてくれた。

秀島さんの言う「破精込む」とは、蒸した大豆の中心部分まで麹菌が菌糸をがっちりと食い込ませている状態を意味する。

一般的には穀物の表面の水分を多くして菌糸を外へと伸ばす麹の作り方が主流だが、「丸秀醤油」では真逆の手法をとる。穀物の表面は乾燥させ、一方で内部には水分が十分蓄えられるような蒸し方を施し、菌糸が水分を求めて外側ではなく内側へと伸びていくように、温度、湿度、風の当て方を微調整しているのだ。大豆自体の硬さ、それに伴う水分量の個体差、さらに言えば収穫時期や実際に作業を行う当日の気候まで踏まえた上で、その蒸し加減、蒸し時間を調整するのだからシビアだ。

もちろん、大豆だけではない。小麦もその状態を十二分に確認し、繊細な火加減によってじっくりと炒っていく。「小麦の炒り方は香り、甘みを決める重要な工程です。香ばしくしたいからといって炒りすぎても焦げるだけですし、短く炒りすぎても後で酸味の元になります」と秀島さんが言うように、全ての工程で、一切油断できない。

こうして愛情をたっぷり受けてできあがった麹は、塩、水とともにタンクの中へ。ここから、2年にもわたる熟成が始まる。天然醸造ゆえに、ここから一切、手は加えない。アミノ酸液を使ったり、もろみの温度を調整したりして醸造期間を意図的に短縮させることもなければ、酵母や酵素を加えて無理やり醸造を促進させることもない。この蔵に息づく菌の力も借りつつ、佐賀の気候の中で、でーんと構えて、自然に発酵させていく。

完成した「自然一醤油」は旨味が凝縮していて、味わいに深みがある。料理人にもファンが多く、「醤油自体のポテンシャルが高いから、少量でも味が決まる。食材の魅力をやさしく引き立ててくれる」と信頼も厚い。

「結局、私たちができるのは麹が心地よく育つための環境づくりだけなんです。あとは見守るだけ。とはいえ、見守るといっても、どのように菌糸が内へと伸びているか、この目で直接確認することはできませんから、想像していくしかない。マニュアルはあってないようなものですね」

麹の力で社会をより良いほうへ

麹とともに100年以上、歩んできた「丸秀醤油」。醤油、味噌づくりを続ける中で、麹そのものに関する知識、体験がどんどん蓄積されていく中、これを応用するという発想が生まれたのは、ごく自然なことなのかもしれない。

具体的に何をしてきたのかというと、これまでにさまざまな穀物の“麹化”に挑んできたのだ。そしてその挑戦は今では穀物だけに留まらないのだという。

「麹の可能性を広げるプロジェクトを、私の代に入ってから“麹ユニバース”と表現するようになりました。直訳すると、麹の宇宙。麹に無限の可能性を信じているんです」

今でこそ、塩麹などのブームをきっかけに、麹という存在が市民権を得たが、秀島さんたちは代々、麹に魅せられ、引き寄せられてきたのだという。

「麹ユニバースという言葉を作り、麹に対する活動をいったん整理できたおかげで、これまで以上に麹に対する思考が言語化され、仲間の職人たちはもちろん、ひいては一般のお客様たちからも共感が強まったように思います。うちの蔵の強み、蔵への理解も深まったと実感しています」

例えば、麹ユニバースの原点ともいえる「八穀麹味噌」。この商品に使われているのが大麦、白米、赤米、黒米、緑米、はと麦、粟、稗(ひえ)の全8種。単純にこれらの雑穀を味噌の混ぜるのではなく、穀物別に麹菌を破精込み、それをひとまとめにしたという力作だ。

穀物以外では、スーパーフードとして知られるキヌアの麹化に着手し、商品化している。小麦アレルギーの人でも安心して口に入れられるグルテンフリーの醤油ということで注目を集めた。

そして、なんと海苔までも麹化に成功。この海苔麹をもとにした醤油は世界初だ。

「キヌアも海苔も、自分たちが作りたいから作ったという感じではないんですよ。アレルギーの方でも使える醤油はできないか、美味しいのに見た目などの問題から製品に使えない海苔をどうにかできないか、そういったお客様からの要望に応えてきたという背景があります」

目下、挑んでいるのは、亜麻仁(アマニ)の麹化だ。亜麻仁自体は熟していない状態だと本来、毒性があってそのままでの食用はできない。ただ、その種子から抽出された油にはコレステロール値の上昇を抑制するなどの効果があるといわれ、近年注目を集めている。

「この亜麻仁の成分を調べていく中で、麹化しても解毒されることがわかりました。発酵の過程で、毒素がなくなるようなんです。それで、この亜麻仁を麹化できれば、亜麻仁の可能性がさらに押し広げられると思うんです。実は梅も研究中で、麹の力で生で食べられるようになるかもしれません。私たちが育んできた麹づくりのノウハウによって、社会の課題が一つでも多く解決できれば、これ以上に嬉しいことはないですね」

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