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見える尾州をつくりたい!繊維のまちの繊維のビル【Re-TAiL】

愛知県尾張西部から岐阜県西濃に広がる、日本最大の繊維産地・尾州(びしゅう)。イギリスのハダースフィールド、イタリアのビエラと並び、世界の三大毛織物産地に数えられる。

そんな尾州の中心である愛知県一宮市。JR尾張一宮駅・名鉄一宮駅から徒歩3分ほどの場所に、茶色のスクラッチタイルと白隅石の縁取り、ゴシック風のアーチ窓が印象的なレトロビルがある。1933年に尾西織物同業組合事務所として建てられたビルだ。

2014年、このビルに入居していた事務所すべてが新築のビルに移転することが決まった。戦時中の空襲もまぬがれ、経済産業省の「近代化産業遺産」に指定された価値ある建物だが、次の入居者がいなければ取り壊されてしまう。

「繊維のまちにある繊維のビルなのに、取り壊されるのはもったいない」。そう考えた繊維関係者たちが新会社「リテイル」を設立。2016年4月、このビルに繊維を主軸にファッションやデザインなどの創造的なショップやアトリエを集めた「Re-TAiL(リテイル)」をオープンさせた。

リテイルを立ち上げた思いと今後の展望を、リテイルの代表取締役である伊藤核太郎さんと、発起人のひとりであるコーディネーターの稀温(きおん)さんに伺った。

「眠れる素材」から価値あるものを選び出して届けたい

リテイル社長の伊藤さんは、尾州で最も古い歴史を持つ毛織物メーカー・国島株式会社(1850年創業)の7代目社長でもある。2007年に入社した伊藤さんは、毎シーズン捨てられる生地を見て心を痛めていた。

「生地屋では、シーズンに先立ってサンプル反(見本反)をたくさん開発するんです。それをアパレル業者さんに見せて提案をするのですが、シーズンが終わるとサンプル反は行き場がなくなり捨てられてしまいます。それがもったいなくて僕は家に持ち帰っていましたが、たまる一方でどうしようかなと。

でも、少量で欲しい人は確実にいるんです。サンプル反とはいえ品質は本番レベルなので、そういった水準の生地が欲しい個人は絶対いる。そこをつなげられないかなと考えました」(伊藤さん)

そこで伊藤さんは、後のリテイル発起人のひとりとなる稀温(きおん)さんに声をかけた。稀温さんは、過去に東海地方最大規模を誇るものづくりイベント「クリエーターズマーケット」などのプロデュースや、個人的にも30年近く布や糸の残材を活用してきた経験を持つ。

「尾州はもともと小売りをしない産地で、卸売りがメイン。多くの機屋(はたや/織り屋のこと)があっても、地場産の布が一般のお客さんの目に触れる機会はほぼなかったんです。でも、せっかくこんな良い生地があるんだから、実際に手に取って買ってもらえるイベントをやってみてはどうかと提案しました」(稀温さん)

2014年5月、繊維のビルで尾州の生地を集めたイベント「アール・マテリアル・プロジェクト(RRR MATERIAL PROJECT)」を開催。繊維関係者の協力を得て、約20社の機屋から、ウール、絹、綿、麻などの一般に流通しないサンプルや、上質なデッドストックといったファッション素材を集め、展示販売をした。

アール・マテリアル・プロジェクトのコンセプトは、3つの「R(アール)」。ものの見方を変えて新しい価値を見い出す「Refind」、価値の再生を楽しむ「Recreation」、そして、人との交流から価値あるものを集め引き継ぐ「Relation」だ。

「あたらしくないものからも、あたらしい価値が発見できる。」をキャッチコピーに、眠れる素材から価値あるものを選び、それを求める一般消費者のもとに届ける。尾州産地の長い歴史においても、前例のない試みだった。

イベントには500~600人ほどの来場者を見込んでいたが、いざ蓋を開けてみたら全国から約1,300人が訪れた。産地の魅力的な素材を並べたことに加え、稀温さんの友人知人がファッション・アクセサリー・古物・ボタンなどの販売やカフェ出店といった形で参加し、ビル全体を楽しめるようにしたことも予想を超える集客の理由だった。

このイベントは半年ごとに全4回開催され、累計の来場者数は約4,000人。尾州の生地が欲しいと思ってくれる人がたくさんいると確信を持てたことが、後のリテイル発足へとつながっていく。

Re-TAiL(リテイル)のコンセプトは「見える尾州」

2015年、繊維のビルに入っていた全事務所が転居するため、次の入居者がいなければ取り壊されることになっていた。「このビルは残さなくてはならない」そう感じた伊藤さんは、稀温さんや尾州の繊維企業各社の協力を得て、2016年2月に「株式会社リテイル」を設立。

ビルを丸ごと借り上げ、それまでイベントとして開催していたアール・マテリアル・プロジェクトを常設のキーテナントに据える。同時に、繊維やデザイン、ファッションといったクリエイティブなテナントの誘致を進めた。

ずっと小売業やデザインをやってきた稀温さんは、一般消費者のリアルなニーズがわかる。そこで、伊藤さんが社長として入れものを作り、コンテンツを創るのは稀温さんが受け持った。

2016年4月、直営店のアール・マテリアル・プロジェクトのほか、コンセプトに賛同する数店舗のテナントが入った「Re-TAiL(リテイル)」がグランドオープン。

Re-TAiLとは「Re(再び、新たに〜し直す)」の意を持つ接頭辞と、「Textile Art in Life(テキスタイル・アート・イン・ライフ=良い素材のある暮らし)」の頭文字からなる造語だ。「TAiL(テール=尾州の尾)」と「Retail(リテイル=小売り)」にもかけている。

それまでB to B(企業間取引)がほとんどだった尾州に、B to C(企業と個人の取引)を生み出し、産地の素材の魅力を一般消費者にも広く伝えたい思いを込めたネーミングだ。

「尾州はたくさんの小規模事業者が散らばった集積地。それまで『ここを見れば尾州がわかる』といった場所はなかったんです。でも、リテイルを立ち上げてあちこちの機屋から生地を集めてみたら、『あ、これが尾州だ』と感じました。だから、この会社のコンセプトは『見える尾州』だと僕は思っているんです」(伊藤さん)

それまでは工場の中に隠れていたもの・眠っていたものを店頭に出して、誰もが見て触れ、少量でも買えるようにしたリテイル。東京からパリコレに出るようなメゾン(ファッションブランド)も訪れるが、割合でいえば、駆け出しの小規模アパレルやハンドメイド作家などのスモールビジネス、さらには趣味で洋裁をされる方や服飾を学ぶ学生のほうがずっと多い。

「行政も尾州ブランドを発信してくれていますが、言葉だけでは説明できません。見て、触って、素敵だなと感じる。そういう感動が尾州だと思うんです。それができる場所が生まれたことには、すごく意味があるはず」(伊藤さん)

卸売りしかなかった尾州に小売りをする場所ができたことで、たくさんの人に尾州の存在を知ってもらえた。若い世代を中心に地域のものづくりが見直され、サステナブルな取り組みが注目される機運が高い時代だったことも追い風となった。

リテイルで扱っている布はウール、リネン、コットンなどさまざま。値段はまちまちだが、1メートルあたり2,000円程度のものが多い。趣味でハンドメイドをする人にとっては少し高めの価格と言える。

それでもはるばる買いに来る人がいるのは、ほかでは入手が難しい生地や糸がそろっているからだろう。ここにあるものはすべてファッションブランド向けの上質素材で、わずかな傷が入ったものや普通は流通しない試作品などだ。

「私は『安いものはあるけれど、安物はありません』と言っています。絶対的な価格として2,000円は高いけれど、わかる人にとってはお値打ち価格。以前、お孫さんの服を作るために布を購入した女性が『ちょっと高いかなと思って買ったけど、いつもより上手にできたの! 仕立て映えする生地で、カチッときれいにできる。だからまた買いに来るわね』と伝えてくれたのが印象に残っています」(稀温さん)

リテイルで買った布で服や小物を作り、それを見せに再び来店してくれる人は少なくない。稀温さんたちはそれを「おかえりマテリアル」と呼んで、新しい価値を持たせてもらった生地の里帰りを楽しんでいる。

お客さんの反応は機屋の職人たちにも伝えられ、彼らのやる気につながっているそうだ。「尾州は原料の多様性はもちろん、織り方や編み方、仕上げ加工といった技術の多様性で、さまざまなものができます。店頭では、もっとそれぞれの機屋の親父さんたちの顔が見える売り方をしていきたいんですよね」と伊藤さんは目を輝かせる。

「見える尾州」には、それまで消費者の目に触れなかった布や糸が見えるようになるだけでなく、尾州の作り手たちの存在が見えるようになる意味も含まれているに違いない。

尾州の生地を楽しみたい人のコミュニティが育つ場所に

リテイルは小売りの店舗だが、買い物をする人だけがお客さんだとは考えていない。この空間と素材を見てもらうことも大切な仕事だからだ。

「生地の楽しみを知ってもらうことがすごく大事だと思っています。尾州の生地って本当にいろいろな作り方がされていて、風合いもそれぞれ。僕は仕事でパリやロンドンに行くたびに生地屋をのぞくのですが、これだけ服地が充実した生地屋ってないですよ。だから、実際に来て触って生地を知ってほしいし、尾州の布を楽しみたい人のコミュニティが育っていったら嬉しいです」(伊藤さん)

伊藤さんが特に来てほしいと思っているのは、地元の人たちだ。一宮市を名古屋市のベッドタウンのようだと思っている人も少なくない。尾州織物を知らない若い世代もいる。

「自分の地元に何もないと思うのはさみしいもの。でも、地元にすごい繊維産業があるんだと知ったら、誇りを持てます。地元の人の自尊心が高まり『一宮ってすごいんだよ』と言えるようになったら、尾州ブランドはさらに立ち上がると思うんです。行政と繊維業界だけでなく、地元の人が尾州を誇りに思ってくれる状態を作っていきたいですね」(伊藤さん)

リテイルビルは、建てられてから89年になる(2022年現在)。あと11年で、百年建物だ。伊藤さんはここを地域のランドマークとすべく、維持保全に尽力している。

「単に古い建物があるだけじゃなく、そこで生地に関わる人たちがさまざまな活動をして、それらが相互に影響し合って全体的なコミュニティになっていることが大切なんです。ビルもひとつのマテリアル。尾州の布を紹介し、良い素材のある暮らしを提案する場所は、ここ以外ありえません」(伊藤さん)

開かれた場所だからこそ、機屋とアパレル業者だけでなく、地元の人たちがそれぞれの関心に基づいて何かおもしろいものを見つけられる。実際に、ここで出会って何かをいっしょにやり始める人も少なくない。尾州の繊維は、人とものだけでなく、人と人を結びつける運命の糸なのかもしれない。

産地と素材と人が出会い、新たな価値や活動が生まれる

尾州の繊維業界を80余年見守ってきたレトロビルが、取り壊される予定から再生を果たし、創造的な人とものが集まって、尾州を盛り上げていく発信拠点となっている。

その立役者であるお二人に、どんな人にリテイルに足を運んでほしいかを尋ねてみた。

「『生活を豊かに美しくしたい。どうしたらそれができるだろう』と思っている人に来てほしいですね。そのためのヒントはここにあると思います」(伊藤さん)

「着ることは生きること。良い生地を身につけると、絶対にその人の人生が良くなると思います。リテイルに来て、着るものに頓着しなかった人が、身にまとうものを気にするようになってくれたら嬉しいですね。洋裁や手芸をしなくても、布は楽しめます。品物を選んで買いたいとか、身の回りのものを豊かにしたいと思ってる人であれば、より楽しめると思います」(稀温さん)

産地と素材と人が出あい、新たな価値や活動が生まれ、未来へと引き継がれていく。繊維のまちの繊維のビルは、これからもその様子を見守ってくれるだろう。

参考情報

Re-TAiL(リテイル)
愛知県一宮市栄4-5-11
10:00~18:00(月曜定休・祝日の場合は営業)
0586-59-2105
http://re-tail.jp/

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