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「お茶を楽しむ文化をつくりたい」伝統を未来へ繋ぐ茶房の挑戦【mirume深緑茶房】

愛知県名古屋市西区那古野(なごの)。名古屋駅から歩いて15分ほどのこのまちに、2021年5月1日、伊勢茶専門店「mirume(みるめ) 深緑茶房」がオープンした。

mirume深緑茶房があるのは、下町情緒があふれカジュアルな文化が根付く円頓寺(えんどうじ)商店街と、上品な古民家が立ち並ぶ四間道(しけみち)の交差する場所だ。

店主の松本壮真(そうま)さんは三重県松阪市のお茶農家出身。毎日当たり前にお茶を飲む環境で生まれ育った松本さんは、日本茶を高尚なものとする風潮に違和感があったという。

「『お茶はこうあるべきだ』と正しさを押しつけることで近寄りがたくなり、お茶の楽しさが伝わらなくなってしまうのではないか。ひいてはお茶業界の衰退につながるのではないか」そう考えた松本さんは、カジュアルに本物の日本茶を楽しんでもらえる場所としてmirume深緑茶房を立ち上げた。

お茶農家に受け継がれてきた伝統と文化を大切にし、その上で新しい挑戦を続ける松本さんは、いったいどんな未来を見据えているのだろうか。

お茶農家の3代目として生まれ、日本茶カフェの店長に

三重県松阪市飯南町のお茶農家に生まれた松本さん。おじいさんがお茶を始め、お父さんがそれを継いでいたが、そのまま3代目として家業を継ぐ気になれず、大学卒業後は東京の大手飲食チェーンに就職した。

そこで数年働いたが、椎間板ヘルニアを患って退職。トラックでキッチンカーを始め、お弁当を売ったり、イベントに出店したりと忙しい日々が続く。しかし、再び椎間板ヘルニアになって手術を受け、継続的にキッチンカーの仕事をするのが難しくなってしまった。

「そのころ、お盆で実家に帰っていたとき近所のおばさんが亡くなりました。飯南町は今でも亡くなった方の自宅に地域の人が集まって葬儀をすることが一般的な地域なので、僕もお手伝いに行きました。

祭壇を組むなど、自宅葬の段取りを把握しているのは80代のおじいちゃん1人だけでした。このおじいちゃんが亡くなったら、葬儀の準備がわかる人はいなくなるでしょう。

僕はその場にいながら『こうやって文化は受け継がれなくなるんだなぁ』とぼんやり思い、『こうやって”まち”は終わっていくのか』とさみしさを感じました」(松本さん)

松本さんは文化も含めて”まち”だと考える。暮らしを通して培われた文化が次世代に継承されていかなければ、”まち”は終わってしまう。

そんなさみしさを感じ、地元に帰ることを決意した松本さん。自身の原風景ともいえる茶畑の広がる”まち”を自分の代で終わらせるわけにはいかない。そんな思いもあったのだろう。

故郷へ帰る前に農業の知識を身につけるべく、東京にある全寮制の学校に入って農業経営を2年間学んだ。30歳で学校を卒業し、地元に帰ってお茶の生産に携わろうとした矢先のこと。父が会長を務める生産法人「深緑茶房」が名古屋市内で運営していた日本茶カフェ・店長の枠が空いた。

「深緑茶房全体のことを考えたら、自分がいま地元に帰るよりも、名古屋にいて深緑茶房の魅力を発信していくほうがよさそうと感じたんです。名古屋でお茶の楽しさを広めながら、地域の雇用を生み出せればいいなと思いました」(松本さん)

そして2019年3月、松本さんは名古屋駅近くの日本茶カフェ「深緑茶房」の店長となった。

大事にしないといけないのは「お茶そのもの」

松本さんは、深緑茶房 名古屋店の店長に就任した3か月後、2019年6月にメニューの大きな変更を行う。開業以来ずっと提供し、店舗売り上げの約8割を占めてきた「ラテ」「パフェ」「シフォンケーキ」「ソフトクリーム」などの人気メニューをすべてなくしたのだ。

「長期的に会社が大事にしないといけないのは『お茶そのもの』だと確信があったので、メニューを変更しました。パフェが売れても深緑茶房のブランド力が上がるわけじゃない。農家としての深緑茶房がすべきなのは、お茶の面白さや楽しむ余地を伝え続けることだと思ったんです」(松本さん)

さらに、お店は名古屋駅前の好立地にあったため、賃料が非常に高かった。ラテやパフェを目当てに来店してくれる若い女性客は多かったが、その売り上げ以上に賃料の負担が大きく、なにも積み上がっていない感覚があったという。

松本さんの決断の後押しをしてくれたのは、華道の先生に言われた言葉だった。

「『お茶を嫌いな人はそんなにいないよね。そこがビジネスチャンスなんじゃないかな』って言われたんです。それを聞いて、ビジネス戦略的にも自分たちの一番の強みである『お茶そのもの』で勝負していくべきだと考えました。」(松本さん)

お茶が大好きな人はそこまで多くないかもしれない。しかし、好き嫌いされず、万人がターゲットになり得るのは、ほかの嗜好品と比べたときの大きなアドバンテージだろう。

伊勢茶を中心としたシンプルなメニューにしたことで離れていくお客さんもいたが、来店者の年齢層も広がり、急須のお茶を楽しむ人が増えていった。

順調に目指す方向に進んでいたが、2020年、新型コロナウイルス感染症が拡大し、一気に風向きが変わる。3月には売り上げが大幅に落ち込み、高い賃料を払ってお店を続けていくのは無理だと判断した。

「すごく小さなところに移転するか、撤退するかの二択だろうと父とも話しました。すごく小さいお店だと僕ひとりで回せてしまうので、スタッフの雇用も継続できない。これらの理由から、独立をしようと思いました」(松本さん)

それまでは深緑茶房の社員として店長を務めていた松本さんだが、自分で会社を立ち上げ、深緑茶房の名を受け継ぐお店をつくることを決意した。

縁あって出あったのが、四間道と円頓寺商店街の交差点に建つ古民家を改築した物件。賃料は以前の半分以下で、元のお店のお客さんやスタッフが通える範囲内、さらにまちの雰囲気も良かったのが決め手となった。

mirume深緑茶房で”お茶を飲む文化”をつくりたい

2020年12月末にもとの深緑茶房 名古屋店を閉め、2021年5月、那古野に松本さんのお店「mirume深緑茶房」をオープンさせた。

「みるめ」とは「若い芽」「新しい芽」を意味するお茶業界の用語だ。若い芽を使った品質の良いお茶を提供すること、受け継いだ伝統を革新する挑戦を続けていく意思が込められている。

1階はお茶の試飲もできる物販とテイクアウトスペース。2階はカフェスペースで、町並みを眺めつつお茶やお菓子を楽しめる。

mirumeのお茶メニューは以下の通り。

・急須で楽しむお茶(香小町/玉緑茶) 650円
・急須で楽しむお茶(千寿/深緑) 850円
・マグカップで飲むお茶(香小町/玉緑茶/くきほうじ茶) 550円
・水出し緑茶(香小町/玉緑茶) 550円

「香小町」「玉緑茶」などは茶葉の名前だ。mirumeのお茶はすべてお茶農家が丹精込めてつくった伊勢茶で、品種は「やぶきた」のみ。同じ品種でも、栽培方法・加工方法・焙煎度合い・摘む時期によってまったく違った味に仕上がる。

こうした技術は、何十年とお茶に向き合い続けてきた深緑茶房ならではのものだ。過去には何度も農林水産大臣賞を受賞し、2006年には国内最高と言われる天皇杯も受賞している。

また、mirumeのお茶は「煎がきく」といわれ、何煎も飲めるのが特徴だ。寒暖差がある地域で育ったお茶の葉は肉厚で、含まれる成分も多いため、4、5煎目までしっかりとお茶の味を楽しめる。

大福や羊羹といった和菓子(250円~)やお茶とのペアリングを考えてつくった伊勢茶のチーズケーキ(400円)などのお茶請けもそろう。ほとんどのお客さんが急須のお茶とお茶請けを頼み、1,000円くらいを使っていくそうだ。

mirumeでは、茶葉を入れた急須、お湯の入った湯冷まし、湯飲みを載せたお盆をテーブルに運び、スタッフがお茶の淹れ方を説明する。全国に日本茶カフェはたくさんあるが、説明を聞いてお客さん自身がお茶を淹れるところはまずないだろう。

「淹れたお茶を提供するだけなら、もっと少ないスタッフでお店はまわります。でも、必ず口頭で説明をしているのは、おいしいお茶を飲んでもらうだけでなく、お茶を飲む文化をつくっていきたいから。文化をつくるには、やっぱり自分で淹れてもらう必要があります」(松本さん)

淹れ方を記載した紙を添えれば済むのではないかと尋ねると、紙だと読んでもらえないこともあるし、日本茶を飲む習慣のないお客さんの場合は予期せぬ手違いが起こることもあるから不親切だという。

実際に、これまで一度も急須を見たことがなく、お盆の上のどれが急須なのかわからない若いお客さんもいたそうだ。

「急須っておもしろくて、2人の人が同じお茶を注文しても、淹れる人によって少し味が違うんです。最後にどれぐらい振るかなどで同じ茶葉でも味が変わる。そういう『お茶を淹れる楽しみ』みたいなものを僕らが奪うのは、違うと思ってるんです」(松本さん)

やり方を知る人がいなくなれば文化は受け継がれなくなる。それは、かつて松本さんが地元の葬儀で感じたことに近いのかもしれない。

「お茶の淹れ方はネットで調べれば出てきます。でも『自分で淹れたことがある』って体験がきっと大事だと思うんです。僕らは正解を示したいわけではなくて、うまくできなくても自分で淹れてもらいたい。それも含めて体験しに来てほしいですね」(松本さん)

メニュー説明の際には「高いお茶=おいしいお茶」ではないと伝えることも心がけている。日本茶をよく知らないと「とりあえず高いほうを選んでおけば間違いないでしょ」と思いがちだ。しかし、玉露のような高い日本茶は旨みが強く、人によってはそれを「昆布だしのよう」と感じることもある。一定の割合で苦手と思う人がいるのは事実だ。

「わざわざ来てくれた方は、せっかくだからと高いものを頼むことが多いんです。高いほうがおいしいだろうって。でも、値段の差は基本的には収穫量の差。収穫量が少ないから高いのであって、おいしいから高いわけじゃないんです。だから、普段あまりお茶を飲まない方には『香小町や玉緑茶のほうがおいしく飲んでいただけると思います』と伝えます」(松本さん)

高いお茶ならおいしいはずと思って頼んだのにいまいちだったら、日本茶に苦手意識を持つかもしれない。「自分が味がわからないせいだ」と納得してしまう人もいるだろう。そうしてせっかくお茶に興味を持ってくれた人を排除していったら、お茶離れはますます進む。

「日本茶を『わかる人にだけわかる高尚なもの』にせず、一般の人が当たり前に日本茶を飲む文化をつくっていきたい。急須を知らない人にこそアプローチをしていきたい。そのためにmirume深緑茶房があるんです」と、松本さんは胸を張る。

「なんとなくお茶を飲む」を当たり前にしていく

2022年5月、mirumeは「本格的な伊勢茶をもっと日常に取り入れてもらいたい」との思いから、オフィスワーカー向けの本格水出し緑茶のテイクアウトサービス「朝ボトル」を開始した。

朝ボトルの利用方法はシンプルだ。朝に店舗外カウンターで水出し緑茶のボトルを受け取って、オフィスでコップに注いで飲む。飲み終わったら再び水を入れ、ゆっくり振ることで3煎目までおいしく飲める。帰りはそのまま返却するだけだ。

最初にボトルを購入する必要もなく、デポジット(保証金)もない。1回の価格は300円。300mlを3回分で約900ml飲めるので、ペットボトルのお茶を2本買うのとほぼ同じ値段だ。本格的な伊勢茶を手軽に飲めるとあって、テレビ番組や雑誌などのメディアにも取り上げられ、注目されている。

朝ボトルを利用している人が物販で「ついで買い」をしてくれたり、お中元などのお遣いものに選んでくれたりといった相乗効果も生まれた。また、オフィスで同僚が朝ボトルを使っているのを見て来店してくれる人もいて、認知拡大にも一役買っている。

「他社に真似されないために『朝ボトルでビジネス特許を取りませんか』と言われたこともあります。でも、僕は真似をされるほうがいいと思っているんです。QR コードと同じで、特許を取らないことで技術が広まり、みんなが自由に使えて便利になる。真似されてお茶を日常的に楽しむ社会になっていくほうが、お茶業界の未来は明るいですよね」(松本さん)

入り口を広げていくことが、業界の存続には不可欠だ。お茶好きな人を1人増やすより、「なんとなくお茶を日常的に飲んでいる」人を増やすほうが、全体として消費量は増える。コンビニでなんとなくコーヒーを買うように、”なんとなく”日本茶を飲むことが多くの人にとって当たり前になっていく。松本さんが見据えているのはそんな未来だ。

伝統を大切に、革新的なお茶の可能性に挑戦したい

オープンから1年4か月が経過し、順調にお客さんも増えているmirume深緑茶房。松本さんに今後の展望を伺った。

「今後も続けていきたいのは、お茶を楽しむワークショップ。お茶の飲み比べをして自分好みのお茶を見つけたり、小学生のお子さんにお茶の淹れ方を覚えてもらい自分で淹れたお茶をお母さんに出してもらったり。その子が後日お父さんと来店してくれたんですが、得意そうにお茶の淹れ方を説明している姿を見てすごく嬉しくなりました」(松本さん)

サービスの質を保つためにカフェの多店舗展開は考えていない。しかし、たくさんの人に日常的にお茶に触れてもらえるように、駅前に1坪程度の小さなブースを置くことを考えている。「そこでは朝ボトルと物販のみをして、興味を持ってくれた人にこのお店にお茶を体験しに来てもらえたらいいですね」と、松本さんは目を輝かせる。

mirume深緑茶房の根幹にあるのは、間違いなく、三重県松阪市飯南町で受け継がれてきた伝統と文化だ。そうした本質を大切にしつつ、新しいことに挑戦していく未来志向こそが、長期的にお茶を盛り上げていくのではないだろうか。

お茶を楽しむ文化をつくり、次の世代へ継承することで”まち”を守る。松本さんの革新的な挑戦は続いていく。

参考情報

mirume深緑茶房
愛知県名古屋市西区那古野1丁目36-57
052-551-3366
https://shinryokusabo.co.jp/

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