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尾州産地のものづくりを体感できる工場併設の洋服店【新見本工場】

尾州(びしゅう)は、愛知県尾張西部から岐阜県西濃に広がる、日本最大の繊維の産地だ。木曽川の豊かな水に恵まれ、毛織物の生産に適している尾州は、イギリスのハダースフィールド、イタリアのビエラと並んで、世界の三大毛織物産地に数えられる。

繊維産業は1950年代の高度成長期に隆盛を極め、尾州の工場にも集団就職でたくさんの人がやってきた。最盛期には、大規模な織物工場から「機屋(はたや)」と呼ばれるのこぎり屋根の小規模工場まで数千もの会社があり、いたるところでガチャンガチャンと織機の音が聞こえたという。

しかし1970年代半ば、安価な輸入製品が普及したことにより生産量は激減。尾州の繊維産業は厳しい状況に置かれている。職人たちの高齢化もあり、廃業する会社は少なくない。

「このままでは、世界に誇れる尾州の毛織物産業そのものがなくなってしまう」

そう感じた毛織物卸商社「大鹿株式会社」の若手社員・彦坂雄大さんは、尾州におけるものづくりの魅力を知ってもらうための活動を自主的にスタート。2021年4月に工場併設の洋服店「新見本工場」をオープンさせた。

所在地:愛知県一宮市西萩原字上沼40
営業時間:13:00〜17:00(月・水曜日)10:00~17:00(土曜日)
定休日:火・木・金・日曜日・祝日
※月・水・土曜日が祝日の場合は10:00~17:00で営業
https://bishu.stores.jp/

産地を盛り上げ、尾州のものづくりを未来につなごうと奮闘する彦坂さんにお話を伺った。

自社ブランド立ち上げのきっかけは産地がなくなってしまう危機感

彦坂さんは岐阜県可児市の出身。現在の大鹿株式会社(愛知県一宮市)で働く以前は、名古屋市でアパレル販売員をしていた。尾州には縁がなかった彦坂さんだが「既製服を売るだけでなく、服づくりそのものに関わりたい」と転職を決意。2014年のことだ。

「最初はビジネススーツの卸売をする営業として大鹿株式会社に入りました。でも、せっかく尾州の会社に入ったからにはものづくりをしたいと、僕は思っていて。それで、その方面に詳しい上司に教えてもらい、尾州の工場に足を運ぶようになったんです」(彦坂さん)

工場で職人たちと話をするようになった彦坂さんは、産地の窮状を目の当たりにすることになる。長年受注に支えられてきた企業ゆえに、外への発信がまったくされておらず、高い技術があるにも関わらず”選ばれない”状態になっていたのだ。

「このままではまずい。この業界で5年、10年と働いていきたくても、産地そのものがなくなってしまうかもしれない」と危機感を覚えたという。

将来を見通せないがゆえに辞めることも考えた。しかし「職人たちの存在がある限りは、この人たちと仕事を続けていけるように、産地を盛り上げたい」と思い、会社の中で自社ブランドを立ち上げた。

尾州産地で服を作り販売までやる、いわゆる産地発のD2C(メーカーが中間流通を通さず自社製品を直接消費者に販売する)ブランドだ。

最初に手掛けたのは、ふっくらと柔らかい尾州産の毛織物を使って仕立てたウールコート。ブランド名をつけて世の中に出し、消費者のもとに直接届くようにした。

「会社の中で新たな事業を起こしたわけです。尾州産地のことを伝えながら、欲しいと思ってもらえる服をつくり、発信と販売をしていく。そんな活動をまず1人で始めたわけですが、 2~3年やってみて、自分1人ではやっぱり弱いな、と痛感しました」(彦坂さん)

そのころ、百貨店の催事でほかの繊維企業と関わったことをきっかけに、自分以外にも尾州産地で働く若い人たちがいることを知った。

企業の枠を超えて結成した「尾州のカレント」

尾州の繊維企業に勤める若い人たちで協力し合い、産地を盛り上げていく方法はないだろうか……。そう考えていた彦坂さんに転機が訪れたのは、2018年11月のことだった。

一宮市の中心部である一宮駅本町商店街や、真清田(ますみだ)神社で毎年開催されている人気イベント「杜の宮市」から「繊維企業の人たちみんなで出て欲しい」と声がかかったのだ。

尾州織物を知ってもらう絶好のチャンス。しかし、会社として参加するとなると、それぞれ経営者に許可をもらわなくてはならず、ハードルが高い。

「それぞれの会社にいる若い人たちでサークルを作って出れば、あくまでも自主的な活動になるんじゃないかと思ったんです。それなら会社は反対しないだろう。そう思って『尾州のカレント』というサークルを作りました」(彦坂さん)

カレントとは水の流れのこと。繊維産業におけるものづくりは、しばしば川の流れに例えられる。原料生産から販売までの流れを「川上・川中・川下」と表現するのだ。

「ものづくりの流れは、すなわち分業の流れです。尾州産地では、糸作り、糸の加工、生地作り、生地の仕上げ、加工までの行程を、尾州内での分業・協業によって一貫して行えます。その流れを良くし、川上から川下までがひとつになって業界を活気づける必要があると考えました」(彦坂さん)

10人ほどの若手メンバーで計画を練り、2019年5月5日、尾州のカレントとして「第19回杜の宮市」に参加。尾州織物を手にした消費者の反応を見て、手応えを感じた。

その半年後の2019年11月には、一宮市西萩原にある木玉毛織株式会社の工場の敷地を借り、自分たちのイベント「びしゅう産地の文化祭」を開催する。

びしゅう産地の文化祭には、飲食店や雑貨店なども含め55店舗が出店、来場者は2,500人を超えた。開催場所の織物工場に興味を持つ人も多く、特に工場見学ツアーは賑わった。

「イベントが大成功したことで、工場に人を呼ぶ活動をしていけば、より多くの方に尾州へ興味を持ってもらえるんじゃないかって思えたんです。工場を見ることで服への意識は絶対に変わるはず。見せていくことが尾州を良くしていく第一歩なんじゃないかな、と感じました」(彦坂さん)

尾州産地の工場に併設した洋服店「新見本工場」

尾州のカレントとして活動することで、尾州のものづくりに興味を持ってくれる人、ものを買ってくれる人がたくさんいることを実感した彦坂さん。

工場内にお店を作れば産地にものを買いに来てくれる人が増えると確信。勤務先の大鹿株式会社の上司とやりとりを重ねて、2021年4月、直営の洋服店「新見本工場」をオープンさせた。洋服だけでなく生地もそろう、自社ブランドのアンテナショップの誕生だ。

新見本工場があるのは、かつてイベントを行った木玉毛織株式会社の敷地の一角。隣には実際に稼働している織物工場があり、工場見学と明治時代から続く伝統的な糸紡ぎ「ガラ紡」の体験ができる(要予約/有料)。

木玉毛織(株)による工場見学&体験ツアー ネット予約
日程:月曜日から土曜日の14:00〜15:00(集合時間:各日13:50)1日1回開催(祝日を除く)
参加費:大人2,200円(税込)、中学生以下1,100円(税込)、3歳以下無料
※支払いは現地にて(現金のみ)
https://kitamakeori.co.jp/event/

新見本工場では、彦坂さんが手掛ける自社ブランド(「blanket」「糸と色」「毛七」「新見本工場」)の服を買えるだけでなく、自分で選んだ尾州の生地で、ズボンやスカートをオーダーメイドできる。

「世界的にみても最高級とされる尾州の生地は、通常であれば限られた極一部のハイブランドしか扱えません。僕らの給料ではとても買えない。自分がつくったものを身に着けることすらできないのに、いくら『この生地いいですよ』って言ったって、説得力がない。それで、なんとか自分たちが着られるものをつくろうと始まったのが、この『びしゅうのズボン』です」(彦坂さん)

自分の会社の生地を工場に持ち寄って、職人さんの手でズボンに仕立ててもらえたら、最低限のコストで穿ける。普通にハイブランドのパンツになったら5万円するような高品質な生地でも、産直価格なら 2万円以下で買えるのだ。

「自分たちが着たいものを自分たちでつくるってことだから、いわゆる”まかない”ですね。2万円のパンツは、そうポンポンと買えないけれど、がんばれば手が届く価格です。実際に買って身につけてみて、尾州の服の素晴らしさを肌で実感できました。一般の方にも着てもらえたら、絶対に着心地の良さは伝わるだろうと確信しました」(彦坂さん)

企画・デザイン・発信までをすべて産地でやることで、コストを抑えられ、良い生地の服を産直価格で販売できる。オーダーをしてもらうことで、会社は生地を買ってもらえ、縫製工場は仕事が増え、産地の経済が潤うわけだ。

新見本工場で尾州の服を売るようになり、メディアやSNSを通じて製品の魅力を発信し始めたところ、それを見た人が服を買いに来てくれるようになった。尾州のことを知らなかったであろう20代のお客さんも増えた。

新見本工場は、決して交通の便が良い場所にあるわけではない。しかし、インスタライブで生地や服の魅力を知った人たちは、強い購買動機を持って産地に足を運び、工場で服を買ってくれる。現在の売上比率は、新見本工場の店舗が6割、オンラインでの販売が4割だという。

世界に誇る尾州のものづくりを未来につなぐ

「糸から服まで全ての工程ができる産地は、もう『尾州』しかありません。その尾州で私達が服を作り、直接販売する意味が必ずあると信じています」と彦坂さんは目を輝かせる。

消費者にとっては、本当に良いものを適正な価格で買えるのが、産地に足を運ぶ最大のメリットだ。新見本工場では、自分の手で生地を触って商品を選べるほか、彦坂さんに服選びの相談もできる。ものづくりの背景を知った上で服を買うことは、地域へのエールであり、職人たちの技術を未来へつなぐことを応援する行為でもある。

「たくさんの人が尾州に服を買いに来てくれるようになれば、尾州産地として安定的に仕事が生まれ、職人さんたちの給料も増えて、弟子が雇えたり、この仕事を続けていくための設備投資ができたりする。そんなふうにいろんな環境が整っていけば、きっと尾州のものづくりは続いていくと思うんです」(彦坂さん)

尾州のものづくりは、決して過去のものではない。彦坂さんは尾州で働く人たちといっしょに未来を見続けている。

(文:ayan)

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