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「鑑賞するのではなく、使い続けていく身近な絞りを」【まり木綿】

名古屋駅から名鉄名古屋本線で約20分。有松駅を降り南に少し歩くと、江戸時代のような町並みが広がる。このあたりは、国の伝統的工芸品に指定されている「有松・鳴海絞り」で有名な絞り染めの産地だ。

有松・鳴海絞りの歴史は古く、慶長年間(江戸時代初期)から始まったとされる。以来、400年以上にわたり、絞りの伝統と文化が受け継がれてきた。

絞り染めは「布をくくる」「縫う」「締める」ことで染料がしみ込まない部分を作り、布地にさまざまな模様を描き出す。巻上げ絞り、杢目縫い絞り、雪花絞りなど、絞りの技法は100種類以上。わずかな差によって仕上がりが変わるため、同じものが二つとないのが魅力だ。

しかし、多くの伝統産業の産地と同じく、有松も職人の高齢化や後継者不足、安価な中国産製品の輸入による生産量の減少といった問題を抱えている。

「需要が減って、産地から絞り染めが消えていくのはもったいない。だったら、もっと気軽に手に取ってもらえるものを作ろう」と考え、有松に染め物のお店を開いたのが伊藤木綿さんと村口実梨さんだ。村口さんは現在育休中のため、伊藤さんにお話を伺った。

板締め絞りの多様性に惹かれて


(写真左:伊藤 木綿さん、写真右:村口 実梨さん)

「まり木綿(もめん)」は、伊藤木綿(ゆう)さんと村口実梨(まり)さんの女性二人のユニットだ。二人は愛知県北名古屋市にある名古屋芸術大学の同級生。ともに1年生でデザイン領域全般を学び、2年生からテキスタイルデザインコースに進んだ。

3年生のとき、授業の一環で、愛知の地場産業である有松絞りを学ぶ機会があった。絞り染めの老舗「張正(はりしょう)」で職人さんに教えてもらったのが「板締め絞り」。

板締め絞りは生地を屏風たたみにし、板に固定して染める染色方法だ。くくったり縫ったりする絞りよりも短時間ででき、たたみ方や浸し方によってさまざまな模様が生まれる。

「そのときの授業ではクラス全員が同じたたみ方をし、色も紺しか使っていなかったのに、染める面積・場所・角度によって、まったく違う柄ができあがりました。同じことをやってるのに多様性があって、すごくおもしろいなと思ったんです」(伊藤さん)

伊藤さんは、その体験以来、大学の制作だけでなく自発的に板締め絞りに取り組むようになった。「手ぬぐいじゃなく、分厚い生地でやったらどうだろう」「白じゃなく、色付きの生地を染めたらどうなるのかな」。村口さんもまた、染めの表現に魅せられた。

手染めには滲みやぼけなど偶然に生まれる「美」があり、まったく同じ模様は作れない。伊藤さんが細かく折りたたんでいろいろな柄を作り出したいと考えたのに対し、村口さんはシンプルなたたみ方でちょんちょんと染めただけの、ふわっとした雰囲気を好んだ。

その授業の特別講師に来ていた京都の和装ブランド「SOU・SOU」の社長が二人の作風を気に入って、「SOU・SOUで商品化してみないか」と持ちかけた。自分たちの作品が認められたことが嬉しくて、喜んで絞り染めのTシャツや手ぬぐいを作り始めた二人。しかし、すぐに「作品」と「商品」は違うことを実感する。

「それまでは『作品』という概念でしか、ものづくりを見ていなかったんです。『商品』としてお店に並ぶのであれば、自分のためだけではなく、自分以外の人に求められるものを作らなくてはいけない。自分が良いと思うもの=売れるものとは限りません。試行錯誤してすり合わせをしていきましたが、それも含めてすごく新鮮で楽しかったです」(伊藤さん)

二人はその後もSOU・SOUで商品を作り続けた。大学卒業の前、SOU・SOUの社長から「有松でこういう明るい色を使ったポップな絞りをやっている人はいないし、販売しているお店もないから、二人でお店をやってみたらどうか」と提案された。

見ているだけでパッと心が晴れるような絞りを

2011年3月に大学を卒業した二人は、同年5月末、有松駅近くに「まり木綿(もめん)」をオープン。店名は二人の名前「木綿(ゆう)」「実梨(まり)」から取った。

「二人とも大学を出たばかりで貯金もなく、本当に小規模なスタートでした。最初から儲けは出ませんし、実家住まいだったから何とかやっていけた感じです。いま考えると無謀ですよね」(伊藤さん)

有松には何代も続く絞り染め店が何軒もあり、若い世代でこの仕事をしているのは、家業を継いだ人がほとんど。有松に縁のない若い女性がやってきて、いきなりお店を立ち上げるのは前例がなく、決して歓迎されたとは言いがたい。

板締め絞りしか扱わないのも、ほかのお店と大きく異なっていた。伝統的な有松絞りでは、高貴で芸術的なもの、難しくて作るのが大変なものにこそ価値があると考える人が多い。

芸術的な絞り染めは、絵の線を点で表し、すべての点をつまんでしわを寄せながら絞っていく。そんな熟練の技と比べると、板締め絞りは工程がごくシンプルだ。初心者でも折り紙ができれば作れてしまう。

さらに、もともとよそいきではなく普段着だった板締め絞りは、大正時代には寝巻(浴衣)の生地に使われ、着古されたあとは解いて赤ちゃんのおしめになった。そのため、年配の人の中には「板締め絞り=おしめ」のイメージを持つ人も少なくない。

そんな背景があり、芸術的な絞りを作りたい人からすれば、板締め絞りだけのお店はありえない。反発まではいかずとも「板締め絞りなんかが売れるのか?」といった空気があった。

それでも、二人は自分たちが本当に使いたい・身に着けたいと思えるものこそが、若い人たちに受け入れられると考えた。

「いままでにない自由な色使いと発想で、かわいくて、きれいで、見ているだけでパッと心が晴れるような絞りを作りたかったんです。従来の有松絞りの製品は、工程が複雑なぶん価格も高くなり、若い人には手が届きにくい。買えたとしても、もったいなくて普段使いにはできません。でも、伝統を未来に残していくには『鑑賞』するのではなく、使い続けていくことが大事だと思うんです」(伊藤さん)

工程がシンプルな板締め絞りは制作コストを抑えられるため、手に取りやすい価格で販売が可能だ。激安ではないが、手ぬぐいなら2,000円程度、ハーフサイズ(ひめ丈)の手ぬぐいなら1,200円程度で購入できる。

手ぬぐいに使用している伊勢木綿は、三重県の伝統工芸品。強く撚り(より)をかけずに、綿(わた)に近い状態のふわふわした糸をゆっくり織っているため、非常にやわらかい肌触りが特徴だ。洗えば洗うほどに風合いが増し、数年使ううちにシルクのようにとろんとしてくる。

手に取りやすい価格で、デザインにも使い心地にも愛着を持てる、暮らしに寄り添った製品こそがまり木綿の魅力だ。いままでにない絞りは、それまでの有松絞りの客層よりも若い世代に広まり、新聞やテレビの取材をきっかけに認知度が高まっていった。

最初は「よそから来た若い女性二人組、しかも、板締め絞りなんかが売れるのか?」という反応だった産地も、まり木綿が5年、10年と続いていくうちに「お店が続いている=消費者に評価をもらえている」と実感したよう。最近では、同業者から声をかけてもらえるようになったという。

彩り豊かな小物で、心も豊かに

まり木綿のお店を始めて12年目を迎えた伊藤さん。改めて、自分たちのものづくりを振り返ってもらった。

「授業で板締め絞りを学ぶまで、私は絞りに興味がありませんでした。伝統工芸品としての有松絞りは知っていても、渋めの色合いでおばあちゃんが持ってそうな高級品のイメージ。だから、自分が身の回りに絞りの製品を持つ想像はできず、遠い存在に感じてたんですね。

実際に産地に来てみたら、その気持ちはより強くなって。確かに高価な絞りは芸術的ですごい技法が施されているけれど、身近で使うイメージが湧きづらい。若い人にもっと魅力を知ってほしい、使ってほしいと感じたんです。

私が求めていたのはカラフルなものだったんですよね。なぜ、もっと明るくて色をたくさん使った絞りがないんだろう。ないのなら自分で作ってみよう。そう考えたのがお店を始めるきっかけでした」(伊藤さん)

自分が良いと思うものを作りたくて、それにぴったり合う技法が板締め絞りだった。自分たちの感性を信じて、身の回りに置きたくなる・使いたくなるような色とりどりな絞りを作り続けた二人。そのまっすぐな思いが、潜在的なニーズを掘り起こしたのではないだろうか。

まり木綿で初めて絞りに触れる人もいれば、インターネットで知って遠方から買いに来てくれるお客さんやリピーターもいる。ネット販売もしているが、二つと同じものができない絞りは、実際に手に取って選びたい人が多い。お客さんが製品を見て「わあ、きれいな色!」と顔をほころばせるのを見たり、対話できたりするのがとても嬉しいという。

「色が与えてくれるエネルギーってすごく大きくて、その日の気分も色に左右されます。お客さまからも『明るい赤色のものを持っていると見るだけで元気になる』とか『かばんの中をガサゴソやったときに、まり木綿のカラフルな手ぬぐいが見えると気分が上がる』といったお声をいただくんですよ。彩り豊かな小物を持つことによって、心も豊かになったらいいなと思ってます」(伊藤さん)

色や形は違っても「絞り」を未来へとつないでいく

有松の地で400年以上にわたり多くの職人たちが築きあげてきた「絞り」。形や色こそ違っても、絞りを残していきたい気持ちは二人も変わらない。絞りは染めるたびに発見があり、新しい柄との出合いにいつも楽しさを感じる、と伊藤さんは目を輝かせる。

何年もかけて完成させる芸術品のような有松絞りがあってもいい。でも、それしかないと、人は寄ってこない。大切なのは多様性。「こんな彩り豊かな絞りもあるんだよ」と入り口を広げることで、たくさんの人に興味を持ってもらえる。

伝統を未来につないでいくには、従来のやり方に固執せず、時代に合わせて柔軟に形を変えていくことが必要なのではないだろうか。鑑賞するのではなく、使い続けていく絞り。まり木綿は、これからも日々の生活に寄り添ったものづくりを続けていく。

参考情報

まり木綿
愛知県名古屋市緑区有松1901
営業時間 月・金10:00~16:00、土・日10:00~17:00
https://marimomen.com/

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