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「原体験は100人BBQ」場をつくり“暮らし”を伝える建築家【うだつ上がる】

大きな藍染の暖簾が目印の引き戸を開けると、天井には重厚な梁の下に明るい空間が広がる。雑貨、古着、本、カフェ、その先の中庭……と続く空間では、赤ちゃんからお年寄まで世代を超えた人びとが、想い想いに過ごしている。ここは“うだつの町並み”として知られる徳島県美馬市脇町に、築150年の建物を改装して2020年に誕生した「うだつ上がる」。 “みんなの複合文化市庭(いちば)”と掲げられた通り、この場所から町に新たな動きが生まれている。仕掛け人であり、徳島在住暦20年の建築家・高橋利明さんに、これからの地方に必要な「場」について伺った。

外側からの地方創生より、内側から広がる優しい経済を

うだつの町並みは、江戸中期~昭和初期の建築が立ち並ぶ重伝建(重要伝統的建造物群保存)地区。うだつとは建物の間と間に建てられた仕切りのことで、かつては家の財力を表すもの。吉野川流域にあるこの町では、古くから阿波藍(徳島県産の藍)の集積地として栄えたことから、かつての藍商人の立派な商家が今も多く残っている。

訪れたGW初日は、画家・田中紗樹さんによるライブペイントが開催中で、店内は終始賑やか。この町で使われていた古い建具や瓦、土地の名産品である阿波和紙、また徳島特有の青石などの素材を使った即興アートが繰り広げられている。それをコーヒー片手に眺める年配夫婦がいれば、雑貨を買う観光客の女性、中庭で遊ぶ子ども、また「今日はなにやっとるん?」と地元の方らしい男性もいる。

こうした人が交わる場所を提供していることから、高橋さんはよくこう聞かれる。「地方創生、ですよね」と。

「僕自身は1ミリもそう思っていなくて。それよりも、まず自分が楽しむことで最終的に地域全体が良くなっていく方が良い。外からのプレッシャーから生まれる地方創生よりも、内からの楽しみが広がってできる優しい経済の方が、結果長続きすると思うからです」

自分の目の前の景色は面白いか?

高橋さんと町との出会いは、今から約20年前。観光地だと聞いてきたが、印象は「町に香りが一つもしない」ということだった。保存された町並みはあるが、それだけ。飲食をする店もなければ人も歩いておらず、滞在わずか15分で町を後にしたという。それが、なぜ店を構えるまでになったのか?

大阪市立の専門学校卒業後、自然と共生する建築を志し、徳島市内の設計事務所で10年間修行を積み独立した高橋さん。当時、大阪に帰る選択肢は浮かばなかった。「徳島で建築を10年やったけど、徳島の住環境は全然良くなっていない」ことに気づいたからだ。

「例えば、徳島には古くから生活の源としての吉野川やその分水があって、そこに僕はとても豊かさを感じるのですが、ここではどの家も川に背を向けて建っている。自分の建築はそうじゃない。環境も一つの素材として捉える建築。それを徳島でもっと深めようと思いました」

高橋さんから見た、徳島の人は「結構ネガティブ」。徳島については、口を揃えて「なんもない」と言う。でも、徳島総人口がそう言っていたら何も変わらない。高橋さん自身は建築の仕事に没頭するのは楽しいし、食べていけるだけの仕事もあった。けれど、こんな想いがある日頭をよぎる「好きな仕事はできているけれど、目の前の景色が面白くないって、そんな人生でいいのかな」と。

そこで高橋さんは、自宅のある阿波市の観光協会や商工会議所に出入りして、地域を盛り上げる企画を提案していく。なかでも町の元気なおばちゃんたちや農家さんや行政の方々にも協力してもらった「100人BBQ」は大盛況だった。阿波市の食糧自給率は130%を超え、どれも美味しい。それらを阿波市の風土を感じながら地元の人と一緒に食べよう!という直球な企画に、他府県からも含め総勢130人が集まった。天ぷらの屋台を出してくれたり、100人分のおにぎりとそば米汁を作ってきてくれる方もいて、地域の方も大盛り上がり。他市や他府県から来た人も皆、阿波市の豊かさに驚いた。「これからは建築家として活動していくより、ここに住む個人として活動していこう」これ以降、高橋さんはそんな思いを強めていった。

そうした地域活動と並行して、高橋さんは徳島市内で週末だけの雑貨店「WEEKEND TAKAHASHI STORE」を開くように。実際に使ってみて良かったものや個人的な繋がりのあるものだけを販売し、様々な人と出会えるきっかけになった。が、自宅のある阿波市や美馬市など徳島の西部からも遥々来てくれる人の多さに気づき、「やっぱり自分の目の前の景色を良くしたい」という思いから西の拠点を探すようになった。

制約から、新しいものが生まれる

物件探しで脇町を再訪した高橋さん。かつて「保存されているだけ」と感じた町並みは、「よう残してくれたなぁ」に変わって見えた。そして、この築150年の建物に出会う。

「自分がこれまで考えてきた生き方、暮らし方、働き方が全部ここで表現できるのでは、と思いました。時間が作り上げた材の美しさや貴重な職人の技が生きていて、古い建築やそうした町並みは素晴らしい。ですが、それらを未来に残していくには『保存』だけではこれからは難しいと思います。建築家として、こうした建物を継いで『活用』していくことに価値があると思いました」

町並みに面したファサードは極力残し、内部は当時の間取りや骨組みを活かし、新たな役割をもたせた。入り口には阿波藍で染めた大きな暖簾を垂らした。こうした場作りをクラウドファンディングで発信すると、共感の声が多数寄せられ、集まった資金で改装費の一部をまかなった。

こうして2020年5月に「うだつ上がる」はオープンしたが、コロナの感染拡大によりオープニングイベントは中止。代わりに、オープニング企画としてライブ配信を実施した。「コロナが当たり前になった時代にどう生きるか?」を全国のクリエイターと繋いで対談した。配信は7時間に及び、視聴は3000人を超えた。

オープンから2年、コロナ禍では予定通りにいかないことの方が多かったが、2021年9月には2階に大阪のクリエイティブ会社「graf」による家具の“体感する”ショールームが誕生。同社が大阪以外に出店するのは初となる。消費がネットショップに移るなかで、モノを体感することの大切さを考えたい、といった投げかけが形になった。1階にある本屋とは別の本屋にも入ってもらった。それまで徳島には個人書店がなかったが、今この町に2軒ある。

「思い返すと、常に制約から新しいものが生まれていて。マイナスが僕にとっては栄養になる。だから、この町に呼ばれたのかもしれません」

生き方の選択肢を増やす場所に


ちょうど訪れた日に開催していたライブペイントは、2年前のオープニングに予定されていたもの。子どもたちが描いた絵を田中さんが型を抜き、瓦に転写する、といったミニワークショップも行われた。完成した作品群は2階のギャラリーで展示される。

立ち上げから2年。この場所で、親子でものづくりに触れられるのはもちろん、「帰宅後に、それが共通言語となって会話が生まれたら」というのが、高橋さんの思い描くことだ。

「大阪のような都市では、美術館や本屋や古着屋など、目的から目的までの間に寄り道があって、そこでは様々な生き方を知ることができます。でも地方では、そうした選択肢がないまま進路を決めなければいけない。だからここは、色々な生き方や働き方に出会える場所にしたかった」

ここへ来れば設計事務所で働く人がいれば、普段は別の仕事をし週末だけ出勤する本屋さんや古着屋さんもいる。月一で居酒屋を開く人や得意なお菓子を振る舞う高校生もいる。高橋さんの表現の場所として始まったうだつは、「周りの人」の場所になりつつある。

まずは自分が楽しんで、そして周囲の人も無理せず関われること。結果的にそれが、地域に根付き、地域の未来を変える場所になる。一見自由で無秩序に思える高橋さんの場づくりに、そんな信念が見えた。

写真 生津勝隆

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