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「職人は裏方ではなくスターに」クリエイター集団・屋雲万次郎の気概【富永ジョイナー】

徳島市福島の助任川沿いに立つ無骨な建物。「Tominaga Joiner(富永ジョイナー)」と書かれた扉を開けると、DIY感たっぷりのパーティクルボードで仕切られた長細い空間が現れる。木材や工具や試作品、また建築関係の書籍などが手に届く位置に置いてあり、すぐさま“秘密基地”というワードが浮かぶ。ここを拠点に活動するのが、徳島のクリエイター集団「屋雲万次郎」だ。大工、藍師、ビデオグラファーなど、異分野で個々に活動してきた彼らだが、チームで活動する意味は一体どこにあるのか。2021年6月の立ち上げに関わった、グラフィックデザイナーの村田道弘さん(写真下左)と阿波指物師の富永康介さん(写真下右)に話を聞いた。

職人技で徳島と世界をつなぐ

屋雲万次郎のメンバーは現在7名。阿波指物師の富永さん、大工の坂本健作さん、宮大工の山口寿輝さん、建材や家具の修復士の樋口堅太さん、蓼藍の栽培から手がける藍師・染師の渡邉健太さんの5名。伝統産業を担う彼らの技術や哲学を、村田さんやビデオグラファーの木里優太さんがアウトプットに起こしていく。

全員が30〜40代という職人の世界では“若手”の存在。さらに、彼らの技術は国外でも高く評価されている。例えば、イタリアの自動車メーカーと阿波藍(徳島県産の藍)のコラボ商品を開発したり、阿波指物のミラーが外国人審査員による「クールジャパンアワード 」で受賞したり、また海外での施工や技術交換に招かれることも多い。

屋雲万次郎が目指すのは、こうした職人の技術をもって、徳島と世界を繋ぐこと。かつて日本と世界の架け橋になった小泉八雲とジョン万次郎からとった名前には、そんな想いが込められている。

職人の分野は様々だが、徳島の伝統産業という点では共通。木工業は特にここ福島で、藍作りや藍染は藍住・板野といったエリアで江戸時代から盛んに行われてきた。また、山間部から市内、そして太平洋まで無数の川が流れる徳島では、木材も藍も水運によって流通してきた。富永ジョイナーは福島で明治28年の創業以来、建具や指物(板を差し合わせて建具や家具を作る技法)を手がけてきた。その5代目である富永さんは言う。

「うちも創業前は、阿波水軍(徳島藩の水軍)の船大工を代々務めていました。阿波藩主・蜂須賀公の参勤交代の際には50以上もの船が旅に出ていたほど、船は重要なものでした。造船業の衰退後は、ここ一帯は木工職人の街へと発展しました。川向こうには貯木場があり、内陸の林業地帯から筏で運ばれてきた木材が高く積み上げられていたそうです」

伝統産業の敷居を低くする

屋雲万次郎は、そうした一見敷居の高い伝統産業をオープンにする挑戦とも言える。例えば、県内産の杉「徳島すぎ」の魅力を職人目線でPRする動画を県木材協同組合連合会と作ったり、木材の展示会では徳島すぎと阿波藍を使い県のブースを制作した。

直近では、県の空き家活用事業の一環で、藍住町にある築46年の公団住宅「さくら団地」をリノベーションする「徳島空き家スタイル」プロジェクトを実施。完成した物件は、徳島すぎの木目をふんだんに生かした空間に、寝室以外は土間コンクリートを打ち、壁には建設現場で使われていた足場板を活用した。募集開始後すぐに入居者が決まったんです、と村田さんは嬉しそう。

「藍住町は古くから農業や藍の製造が盛んで、他府県からの移住者や地域おこし協力隊の方など、外からの若い世代によって盛り上がっているエリアです。そうしたコアなファンに向け、より地域の伝統やストーリーを感じられるような内装にしました」

こうした実験的なリノベーションができるのは、当然職人の技術があってこそ。そのリノベーション過程を「プロから学ぶDIYワークショップ」として参加型のイベントにし、さらにはそれを映像コンテンツとしてオンライン配信まで展開できたのも、屋雲万次郎だからできたことだ。

職人を若者世代のスターにしたい

「徳島には面白いことをやっている職人さんがたくさんいるのに、若い世代には全然知られていない」

屋雲万次郎の出発点は、村田さんが抱いていたこんなモヤモヤだった。徳島から都会に出なくても面白い人はたくさんいる。皆知らないだけ。それは、自分含め大人がきちんと発信していないせいだと……。そこで村田さんは、若年層に親しみやすいメディアとして、映像制作を学ぶことに。知人だった富永さんの映像を撮り溜めるうちに、職人の世界に魅了されこんな思いを抱くようになる「彼らには裏方ではなく、スターになってほしい」。

富永さんは代々続く建具・家具職人の家系でありながら、阿波指物の新たな表現を追い求め、他ジャンルとのコラボレーションにも積極的で、また木育活動にも熱心。そのマルチな活動で、良い意味で“型破り”な職人として、業界外からの注目度も高い。ある日、富永さんの高校生向けの木育教室に同行した村田さんはこんな光景を目にしたという。

「最初スマホを見ていた子も、スマホを置き、富永さんの話にみるみる引き込まれていって。それを見て、皆めちゃくちゃ興味あるじゃん!って嬉しくなったんです。今思えば、自分のアクセルが入った瞬間です」

これが原動力となり実現したのが、映像を通じて職人やクリエイターの職業紹介をするWEBメディア「KUSABIBITO TOKUSHIMA」だ。コロナ禍の学校教育で子どもたちの「体験」の場が減るなか、徳島県の教育プログラムの一環として2022年1月にローンチした。この活動が後の屋雲万次郎へと繋がっていく。

「腕」と「伝え方」で地域のものづくりを発信

屋雲万次郎にはリーダーはいない。全員がそれぞれ個々に個人事業主や法人として活動しながら、プロジェクトごとにメンバーや指揮をとる人を決める。「遅れてきた青春みたいな感じですね」と村田さんは笑うが、友達であり、ビジネスパートナーであり、相談相手でもある。それぞれが尊重し合うそうしたフラットな関係性のなかでこそ、新しいアイデアは生まれるもの。

「直近では、シリコンバレーにいる日本人起業家の方とのオンライン対談を企画しています。スタートアップ目線の最先端のモノづくりと、徳島のものづくりを掛け合わせたらどんなものが生まれるか、楽しみです」

もちろん対談はオンラインで配信し、誰でも参加できるように。そこにはやはり次世代への目線が注がれている。他にも職人技を集結させたクラフトフェアや学生を巻き込んだ教育プロジェクトなど、今後は建築以外にも活動の幅を広げていく予定とのこと。職人の確かな「腕」とクリエイターによる「伝え方」。2つが補い合うように交わった時、地域のものづくりは世代も国も超え、必要な人の元に届く。やがて、それが地域へ還元されることになるのは明らかだ。

写真:生津勝隆

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