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「制作に98工程を踏むことも」木工メーカーがつくる箸の凄み【マルナオ】

背中には杉林、目の前には田んぼ。のどかな里山の風景に佇む、一軒の工場。

ここは、新潟県三条市にある木工メーカー「マルナオ」の本社であり、オープンファクトリーだ。口当たりのよさにこだわったマルナオの箸は、国内外に愛用者がいる。ほかにもカトラリーやステーショナリーまで「人が手で持つ道具」を中心に、先代から培われた技術を生かして数々の木製品を生み出してきた。もとは大工道具の製作から始まったマルナオが、なぜ箸をつくるようになったのだろう? 工場のなかを一般の人に公開する、東京に次ぎパリにも直営店をオープンさせるなど、マルナオの意欲的な取り組みとは? 代表取締役で三代目の福田隆宏さんにお話を伺った。

フレンチのシェフをも唸らせる精巧な箸

私たちの食事にお供してくれるお箸。多ければ1日3食、3回は使うはず。しかし、お箸にこだわっている人はどれくらいいるのだろう?

マルナオの箸をはじめて見る人は、その先端の細さにまず驚くかもしれない。一番太いもので直径3ミリ、そして一番細いものはなんと1.5ミリ。しかもよく見てみると、持ち手だけが八角形なのではなく、お箸の先端までがきれいな八角形なのだ。なぜ、こんな形をしているのだろう?

「割り箸で刺身を食べるときのことを、ちょっと想像してみてください」と福田さんは言う。刺身に醤油をつけて口へ運ぶ。そのとき、醤油が染み付いた割り箸の味が最初にしたことはないだろうか? そして割り箸を口から離すとき、下唇に割り箸のザラザラとした角が当たる。

「お箸はあくまでも脇役で、主役は料理です。なので、箸は食材を邪魔しない道具であることがベスト。私たちがつくるお箸は、口に入れたときに下唇に当たる感覚があまりありません。かつ、小さいものもしっかりとつかめる。箸の機能と口当たりを追求していくうちに、先が細くて先端までしっかりエッジが効いた箸になりました」

この緻密な形状を作り上げているのは、職人の手仕事だ。紙やすりが回転する機械を使って一本一本削っていく。マルナオの箸に使う木は塗装しておらず、木の乾燥状態は日々変化する。少し乾燥させては削る、という繰り返し。一本の箸を完成させるために、多いときは98工程を踏むのだという。

「何か型のようなものにはめて削るのではなく、手に箸を持って手の感覚だけで削っていきます。もちろん削っている面は見えません」。そんな状態で、縫い針のような直径1.5ミリの小さな円に八角を削る。この技術を完璧に習得するまでには、7、8年の月日を要することもあるという。

そんな高度な技は、海外でも高く評価されていると福田さんは語る。マルナオの箸の人気が高いのは、フランス。フランス料理と箸の親和性は高く、アランデュカスやジョエル・ロブション、ティエリー・マルクスなどフランス料理界のトップシェフもマルナオの箸を認めている

「フレンチは食材、食感、温度などを吟味して、さまざまなテクニックを駆使します。箸は熱が伝わりにくく、食材の形も崩さないのでベストな道具です。盛り付けのときに箸を使用するシェフもいます。和食文化やアジア料理の普及で箸を使う人も増え、最近ではお客さんのために箸を用意しているレストランも多いです」

大工道具から食具へ

マルナオで箸づくりが始まったのは、2003年頃。今では年商の9割を箸の売り上げが占めているが、当時は家業を継ぐために東京から戻ってきた福田さんが一人で箸をつくり、販売先を開拓するところから始まった。

マルナオは戦前、福田さんの祖父にあたる福田直悦氏が創業し、建築現場で線を引くための道具である「墨坪車」の彫刻業からスタート。その後、2代目の福田健男氏の代では、糸巻・カルコ・千枚通しといった古典的な大工道具をつくっていた。

福田さんは家業を継ぐ前、東京の大学を卒業して大手住宅建材メーカーで働いていた。簡単に言えば、商社から丸太を買い、国内で加工した建材を全国に出荷する仕事。そこで日本における住宅着工数や大工人口の減少など、建材や建築業界のこれからについて耳にするようになった。

「50年後は日本の人口が減って住宅着工数も減少し、それに伴い実家でつくっていた大工道具の需要も減るだろうと予想がつきました。業務転換をしなくては、継承できないぞと。それで三条へ戻ってきて暗中模索し始めたんです。家業のことを改めて知ると、木材に関するノウハウと細かな技術が長年培われてきたことがよくわかりました。まったく違う業種のものを作るのではなくて、延長線上にあるものを作ることに決めました」

大工道具とお箸、一見「延長線上」にあるとは思えないかもしれないが、福田さんにとってはピンとくるものがあった。大工道具もお箸も、人が「手で持つ」道具であり、使うときに繊細な動きが伴う。用途に合う適材適所な木材を選び、機能を重視してものづくりをする。

さらに、大工道具の原材料として長年扱ってきた黒檀・紫檀といった硬木を箸に使用することで、箸の使いやすさを向上している。黒檀や紫檀はとても硬くて密度があり、手に振動が伝わりやすい木材。繊細に部品を打つための玄翁(げんのう)の柄などに使用してきた。

「マルナオの箸は木材自体の質が高いので、耐久性が高く、メンテナンスをしながら一生使えます」と福田さんは自信をもって語る。マルナオでは、箸やカトラリーの愛用者のために「お直し」を行なっている。

「例えば箸の先端が折れてしまったとき。箸をゴミ箱に捨ててしまうのは、すごく悲しい気持ちになりますよね。でも、持ってきていただければ、長さは少し短くなりますが、新品同様に削り直すのでまたずっと使えます」

マルナオでは毎年8月4日に「箸供養」を行なっている。使われなくなった箸をお客さんから回収し、お焚き上げをして供養するというもの。地元の宮司さんを呼び、お経を上げて箸を焼納する。

「お箸は神と人間をつなぐものと言われ、古くから神事などでも使われてきました。食べる・生きるということに直接関わるお箸を、ありがたみを持って最後まで使うのは大切なことだと思います」

工場を開いて、世界とつながる

2014年に誕生したオープンファクトリーでは、ガラス越しに職人たちが作業する姿を間近に見ることができる。

「ここで見たものが記憶に残り、箸で食事をするときにまた思い出してくれる人がとても多いです」と福田さんは言う。実はオープンファクトリーを始めてから、ビジネスとしても大きなメリットがあったと福田さんは話してくれた。

これまでは、国内外の大きな展示会に出展するために、労力や時間をかなり投資していた。しかし、工場を開いたと同時に日本はもちろん、海外からもバイヤーが来るようになった。

「工場をひらくことで、自然に人が来てくれることに気付きました。しかも、ここへ来ていただければ、木材を削る音、山や田んぼに囲まれた風景、職人の集中した顔、マルナオのものづくりのすべてを五感で感じてもらえます。なので、とても効率的で合理的でもあるんです」

三条の地に根を張り、人を呼び込みつつ、2019年には東京・青山に続いてはじめて海外に直営店をオープンさせた。初の海外直営店はフランス・パリ店。福田さんの今後の展望は、世界各地にさらにマルナオの直営店を増やしていくことだ。

「私たちは箸やスプーンなど食具を中心につくっていますが、それぞれの国で必要とされているものを作るために、私たちの技術を応用することができると思っています。たとえばステーショナリーにも挑戦していますが、やはりそこには先代から脈々と伝わる『手で持つ道具』の技術が生かされています」

求められる道具の種類が変わっても、道具の手触りや使いやすさは普遍的なのかもしれない。継承してきた技術を応用して、これからもマルナオは時代の波を乗り越え、ものづくりの伝統をつないでいくのだろう。

Photo:神宮巨樹

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