
冷めないラーメン丼「メタル丼」、開発背景にある情熱と地域文化
新潟県燕市は「ものづくりの街」だ。スプーンやフォークなど金属洋食器のシェアは高く、全国どこの家庭でも燕市で作られた食器を使っていると言っても過言ではないだろう。
包丁や電子レンジのような調理器具・家電も数多く生産される同市で、ひときわ珍しい食器を開発している企業があった。冷めないラーメン丼「メタル丼」シリーズを作る株式会社カンダだ。
冬に寒さが厳しくなる新潟県には「5大ラーメン」と呼ばれるご当地ラーメンがある。こうしたラーメンを冷めずに食べられるのであれば、消費者にとっても有難いことだろう。
メタル丼の開発経緯や、どのように利用されているかなど、株式会社カンダの神田智昭社長に伺った。
熱が逃げない「メタル丼」の構造
温度変化が少ない魔法瓶、ポット、水筒を使ったことはないだろうか。これらの製品の多くは器がステンレスでできており、液体が触れる側の層と、手で持つ側の層がわかれた二重構造になっている。
層の間は中空となっていて、ここに断熱の秘密がある。温度が伝わりにくくなることによって熱の変化が小さくなり、熱いものはより冷めにくく、冷たいものは冷たいまま保たれる仕組みになっている。
丼としては、陶器でなく金属製になっているのも特徴の一つ。落として壊れる可能性が著しく減り、洗浄時などに丼同士がぶつかって縁の部分が欠けることも無くなる。
メタル丼の製造のためには、サイズが異なる二つの丼を金型から打ち出し、その二つを溶接・研磨する必要がある。これらを行える職人が揃っている燕市だからこそ、実現できた器と言えるだろう。
メタル丼開発のきっかけは展示会への出展
かねてから中国料理に使われる道具を開発・販売していた同社。2006年9月27日から同29日まで行われた「ラーメン産業展2006」(横浜)への出展を決めたところから、メタル丼の開発が始まった。
その頃、燕市ではすでに、真空断熱の仕組みを使った容器を開発していた。また、金属を美しく磨く技術も確立していたことから、熱を通しにくい中空断熱層を用いた二重底のラーメン用丼を製作してみることに。9月下旬のイベントに向けて、8月に始まった企画だった。
新潟には「5大ラーメン」と呼ばれる5種類のご当地ラーメンがある。なかでも燕市で食べられているのは、煮干しの出汁と背脂をふんだんに使った「燕三条背脂ラーメン」(隣接する三条市でも有名)だ。
表面に浮かぶ背脂が外気とスープを遮断することで、スープの温度が冷めにくくなっている。そのため「身体を温めるラーメン」として、とくに寒冷期に人気が高い。
背脂が表面からの温度を遮断し、中高断熱層を用いた丼がサイドから底面部の温度を遮断することから、より温かいスープを維持できるラーメン丼となった。
同社では金型の設計をし、二重底の溶接や丼を美しく仕上げる磨きを、燕市内で付き合いのある企業に任せて丼を作り上げた。これを「メタル丼」と命名。
「燕市におけるものづくりの象徴でもあるメタルと丼を掛け合わせた名称にしました。これ以降、ステンレス製で中空断熱層を用いた二重底の製品にはすべて『メタル丼』の冠をつけています」
と神田社長は語る。
広がるメタル丼シリーズの活用
その後、メタル丼シリーズは様々な形状に進化していく。
全体のサイズを小さくした『メタル丼Jr.』『メタル丼Baby』をはじめ、胴の部分を細く上部を広くした形状の『フラワー厚口タイプ』、そして磨きでなく塗装を施すことでカラーバリエーションを増やすなど、丼としてのラインナップを広げていった。
また、日本酒を飲む際に使用する『メタル丼「徳利」』、平皿タイプの『メタル丼サーラ』など、他の食材に応用を利かせやすいタイプも登場した。
「徳利タイプは、従来のメタル丼よりもさらに金属の加工が複雑。開発に2年ほど掛かりました」(神田社長)
短いと3ヶ月ほどで開発できる製品もあるなか、2年は長い開発期間だ。料理と合わせて、温度を意識した酒を提供したいと希望する飲食店で使われているそうだ。
「お酒の温度が変わりにくいこともサービスとして意識され、他のお店との差別化として考えてもらえているようです」
と神田社長は製品の持つ力に胸を張る。
(画像は株式会社カンダ製品ページより)
平皿タイプの『サーラ』は、刺身を出す居酒屋やオイスターバーなどで活用されているそうだ。オイスターバーで生牡蠣を提供する際、お皿に氷を敷いて、その上に牡蠣を置くような盛り付けをすることがある。こうした盛り付けにおいて氷が溶けにくく、またお皿が結露しにくいのが特徴だ。
「氷が溶けにくくなると、お皿から水をこぼさないオペレーション上のメリットもあります。また、氷の見た目を維持できるサービス上のメリットも。お店とお客さま、双方にメリットを感じてもらえます」(神田社長)
断熱の効果を活かせるシーンは多岐にわたる。
メタル丼のラーメンを実食してみた
実際に、メタル丼でラーメンが提供される店を神田社長に紹介いただき、実食してきた。
ラーメン店は燕市内の「麺’s 冨志」。燕三条ラーメンをはじめ、どろ麻婆麺、味噌ラーメン、醤油ラーメンなど、様々なラーメンを美味しく食べられる人気店だ。
ここで濃厚味噌タンタン(1,000円 税込 写真右)と背脂らぁめん(850円 同 写真左)を注文。同店 代表の森山史朗さんにお話を伺いながら頂いた。
オペレーション面でのメリットとして森山さんは、以下のように語る。
「とにかく壊れないことと、スタッフが手で持っても熱くなく火傷をしないこと」
ラーメン店は丼を何十も仕入れるが、陶器の丼は、早ければ納品時点で欠けてしまうこともあるという。また、落として割ってしまうことも多く、洗浄や手入れの際に欠けてしまうのも日常茶飯事だそうだ。
それが、メタル丼を購入して以来、壊れた丼は皆無だそう。
「単価は陶器のものより高いのですが、確実に元を取れていますよ」
と森山さんは笑う。
また、熱々のラーメンを運ぶ際に、手に火傷を負う心配がなくなったそう。これは断熱性の高さを示している。
「陶器の丼とメタル丼で食べ比べたとき、ラーメンを食べ終わった頃のスープの温度が10度は違ったんです」(森山さん)
と効果は抜群だったそうだ。
実際に、メタル丼で提供されたラーメンを食べ終えた後のスープは、陶器の丼で食べたラーメンのスープに比べて、満足のいく熱さを感じられた。丼が変わるだけで、ラーメンの味わい方が変わりそうな体験ができた。
クレームのないラーメン丼
「メタル丼を販売して10年以上経ちますが、これまでクレームや返品は一切ありません。業務用のメタル丼で、色が落ちたものに対する手入れはありましたが、割れた・壊れたと言われたことはありませんでした。買い換え需要がないのが残念です(笑)」
神田社長の贅沢な悩みが示す通り、メタル丼の頑丈さは、飲食店にも大きなメリットをもたらしている。
最近のメタル丼一押しはラテカップだ。淹れたラテを使ってラテアートをつくる際に、カップが熱くないため作業がしやすいとのこと。
・持った時に熱く(冷たく)ない
・商品が冷めない(ぬるくならない)
・壊れない
こうしたメリットを活かしたメタル丼の新しい形状は、これからも進化し続けるのだろう。