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いつか「柏崎にはバナナがある」へ排熱から誕生のおいしいバナナ【越後バナーナ】

明るい光が差し込むビニールハウスで、たわわに実るバナナの房。バナナの大きな葉っぱが生い茂る様子は南国さながら、しかしここは雪国・新潟県の柏崎市。「シモダ産業」のバナナ農園だ。同社は、主事業のひとつである産業廃棄物処理で発生する排熱を利用して「越後バナーナ」を栽培している。なぜ新潟でバナナを育てるのか? 本業とはまったく異なる事業に取り組む意味は? バナナの事業を立ち上げたシモダ産業常務の霜田真紀子さんに、その想いを伺った。

排熱を生かしてバナナを育てる

「越後バナーナ」を食べると、ちょっと驚いてしまうかもしれない。甘みと香りがぎゅっと詰まっていて、もっちりとした食感。濃厚で味わい深く、まるで何か上質なスイーツを食べているよう。

このバナナは「グロスミッチェル種」という希少種のバナナ。世界的に主流なのは「キャベンディッシュ種」で、スーパーに並ぶバナナはほぼこちらといっていい。グロスミッチェルは、糖度が高くて皮がうすく、樹の上で熟成させることによって濃厚な甘さが引き出される。「越後バナーナ」は農薬を使わずに栽培されているので、皮まで安心して食べられる。

「社長が旅行でフィリピンを訪れたとき、現地で食べたバナナがとてもおいしかったそうです。会社の主な事業のひとつは産業廃棄物の処理なのですが、発生する排熱で何かできないかと考えたときに、ビニールハウスで作物を育てようという話になって。そこで社長が真っ先に『絶対バナナだ!』と。本場のバナナの味が忘れられなかったのでしょう。バナナ一択でした」

排熱を利用するというのは、どういうことなのだろう? ごみの焼却に使う炉は、変形や損傷を防ぐために常に冷却水で冷やし続ける必要がある。冷却水は炉の熱を吸収して熱湯に近い温水となるが、その温水をビニールハウスまで繋がった配管に通すことで、ハウス内が温まる。これで新潟の寒い冬も乗り切ることができる。

さらに、ハウスで熱を利用することで温水が冷え、タンクに戻ったときにまた冷却水として使うことができる。その結果、炉を冷やす冷却効率も上がる。これまでは熱湯が蒸発して冷却水が減ると、その分、地下水をくみ上げて補充していたが、その量も減った。「バナナを栽培することで、炉の冷却効率も上がり、地下水という天然資源の使用量も減って、いいことづくしです」。

農業に初挑戦。「畑違い」の苦労

バナナを育てる、つまり農業に取り組むことになったわけだが、シモダ産業の本業は鋳物砂・鋳型の製造と産業廃棄物処理というまったくの畑違い。しかも社長の思いは「ただのバナナではなく、『おいしいバナナ』をつくること」だった。

おいしいバナナの苗を探すことから始めた霜田さん。それが海外にあるのか、日本にあるのかも全くわからない状態から始まり、台湾の商社などにアプローチしつつも、行き着いたのは「もんげーバナナ」を生産する岡山県の「D&Tファーム」だった。

D&Tファームから苗を購入することに決めて、スタッフが3ヶ月かけて岡山で研修を受けた。2018年の6月から苗を探し始めて約半年でバナナの苗に出会い、2019年7月にはハウスが完成。その翌月には苗を植え付けるというスピード感。そして1年後、ついにバナナを初収穫するに至ったが、すべてが思い通りに運んだわけではなかった。

同じ日本でも、新潟と岡山ではやはり環境が違う。岡山では、バナナの収穫サイクルは10ヶ月。それに合わせて販売代理店と発売日を決めていたが、新潟では12ヶ月かかった。

「相手は生き物なので、いくら私たちが頑張っても成長が進むわけでもなく、見守るしかない。シモダ産業はずっと製造業や環境事業をやってきて、機械と向き合って仕事をしてきました。決められた工程を守り、納期で収めて……という仕事のしかたと、バナナ栽培はまったく違うものでした」

新潟で2万5000本のバナナを売り切る

そんな苦労もありつつ、現在「越後バナーナ」は県内の果物屋やデパート、飲食店など4店舗で販売されている。

実は、販売前に県内のバイヤーから「新潟県内だけでは販売しきれないかもしれないから、首都圏への出荷も想定したほうがいい」というアドバイスを受けた。売れ残ってロスになってしまえば、それこそ本末転倒だ。そう思って、いざ商談を始めようというときに、コロナ禍へ突入してしまった。現地視察に来てもらえず商談が止まってしまい、どうしようかと困ったときに、思いがけず県内から「越後バナーナ」を扱いたいと声がかかった。「排熱を利用して栽培されていること、新潟県唯一の国産バナナということで、ポテンシャルに期待してくださいました」。

さらに、海外のバナナが病気や輸出のコンテナ不足で、流通量が落ちてきているというのも耳にする。土の中に生息するカビがバナナの木全体を枯らすという「新パナマ病」が、フィリピンなどを中心に広がっているという。「そんなときに国産バナナをバナナのひとつのカテゴリーとして扱っていきたいと考える販売店さんも多いようです」。安くて手軽に手に入る海外のバナナ。しかし将来的にどうなっていくかはわからない。

農薬と化学肥料を使っていないところも評価が高い。実は、日本にはバナナの天敵になる害虫がほとんどいない。コガネムシやカミキリムシなど葉っぱをついばんだり、ちょっと悪さをするような虫はいるが、根本的にバナナをダメにする虫ではない。「寄ってくる虫は手でとったり、水で払ったり。手間ひまがかかりますけどね」。

年間2万5000本生産しているバナナは、主に新潟県内の販売代理店で販売されるほか、新潟県や柏崎市のふるさと納税の返礼品として出荷されている。つまり、県内ですべてのバナナが消費されているということになる。さらに2021年5月には、新しいハウス2棟を増設して合計4棟となったため、今年から生産量は2倍に増える見込みだ。それに伴って、今後は県外への出荷も始まる。

「まずは地域の人に認知してもらい、愛してもらって初めて『地域の特産品』と言えるようになると思っています。生産量が倍になったいま、今後は県外の方々にも『越後バナーナ』を手にとってもらい、同時に柏崎のことも知っていただきたいです」

バナナが会社と地域を明るくする

シモダ産業がバナナ栽培を始めて、社内外で変化があったという。シモダ産業が創業したのは、昭和24年(1949年)。元々は鋳物の資材の販売から始まり、そこから鋳物資材の製造、産業廃棄物の処理事業と、これまでB to Bの仕事に専念してきた。

「長く地元にある会社で名前は知っているけど、一般のかたからは何をしているかわからない会社。ちょっと壁があるというか、とっつきにくい印象だったと思います。ですが、越後バナーナという一般のかたが手に取れるものを作り始めたことで、会社のことを知ってもらうきっかけにもなっていて。『何をやっているかわからない会社』から『何をやっているのか気になる会社』になったのかもしれません」

社内でもうれしい変化があった。従業員は約200名。そのなかで越後バナーナに関わっているのは4名で、ほとんどの人はバナナの仕事に触れていないが、「自分の会社でバナナが始まった」ということが、社内の雰囲気を少し明るくしていると霜田さんは笑う。「『あなたの会社、バナナつくってるんでしょ?』と自分の会社のことを知っている人が増えて、しかも興味をもたれるというだけで、少しモチベーションが上がるのかなと思っています。それに、バナナって南国フルーツで、黄色くて、明るい感じじゃないですか?(笑)」

「地域のためにできることを何かしたいとずっと思っていたんですけど、何ができるかわからないという状態が続いてモヤモヤしていて」とバナナの事業を始める前の気持ちを語ってくれた霜田さん。

「人員やお金の面で十分な余裕があるわけではない中小企業にとって、地域のための活動をボランティアのような事業と切り離したやり方で取り組んでも、長続きしないと思ったんです。事業活動の延長線上で地域と関わることができていて、やっと今までの思いが叶えられています」

霜田さんが特に力を入れているのが、小・中学生の総合学習支援だ。子どもたちにとっては環境についての理解を深められる上に、地域のことを知る機会になる。見学のときは、ハウスのバナナだけではなく、産業廃棄物の処理施設も合わせて見る。

「柏崎が人口の減っていくまちだというのは、統計からも明らかになっていること。私たちの思いとしては、柏崎にある『おもしろいもの』として『越後バナーナ』が子どもたちの記憶に残り、体験から何かを得てくれたらと。進路や就職を考える段階で、柏崎や新潟県に興味を持ち、残ってくれるきっかけになれば最高です。離れることになっても、『自分の生まれた柏崎にはこんなものがあるんだよ』と話のネタになれば、またそれもひとついいですね」

行き場のなかった熱エネルギーからバナナが生まれ、そのバナナが人も、会社も、地域も明るくしていく。さらに「大切に育てたバナナの茎も無駄にしたくない」と、収穫後の古株の繊維を使った「バナナ和紙」も開発中。「越後バナーナ」はこれからもますます、未来を明るくしていくのだろう。         

Photo:神宮巨樹

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